176話 踊り、冴えて
出勤前、昨年剪定した挿し木から育てたパキラの鉢をごっそり倒してしまい、1鉢を残して全滅してしまいました。ショックのあまり、次回更新は来週になります。
彼の動きを閑却する事は迂闊だ。とは言え、シチダンカ達とは馴染んでるようで。
館の行動は使用人と共に行っていた。食事もシチダンカと摂るらしい。
ガザニア自身にも変化があった。
ぴっちりした黒いシャツを着ている。文明に歩み寄ったようだ。
「外出させて頂きたく存じます」
日が沈む前、ガラ美が断ってきた。
「構わないけど、都市外に出るんだね?」
メイド姿ではなく冒険者の装備だ。
「近隣のダンジョンに程よいランクの狩場があります。先輩達が腕試しにと」
「うわ、それ俺も見たいやつだ……。」
帝国の近衛隊青組隊長格。如何程の腕前か。
「君らの程よいランクって」
「ツユクサの迷宮、18層を目指そうかと」
Aランク相当だ。
場所も深いな。すぐには帰れないか。
「了解した。ゲートが宿直になるからギルドカードは携行するんだよ」
「かしこまりました」
「……。」
「あの、何か?」
よく考えたら、この子も年頃の女の子なんだよな。
「意見を聞かせて欲しいのだが」
「わたくしで、よろしいのでしょうか?」
いまいち不安だが。
「おかしな例え話になるが」
「はい」
「顔見知りの異性が、パンツに顔を埋めたい旨の要望を提出した際、女性はどういった感情を抱くのだろうか?」
「おかしな話にも限度がありますね……。」
かつては怯えながらお漏らしする姿を俺に見られたがった女とは思えない辛辣さだ。
「そのご要望とは、手紙などの文面でお伝えしたのでしょうか?」
「稟議での決済では無いな。直接交渉の前提だ」
「そうですね……。」
うーん、と小さく考える仕草をする。
やはり難しい所か。
「その男性と女性とは、親密な関係なのでしょうか?」
「ここに登場する女性は脱ぎたてのパンツを男性側の鼻腔に押しつける場合もある」
「おう、ジーザス」
笑顔を張り付かせたまま三歩下がってしまった。
よし、ここから一気に畳み込む!!
「ひいては、決闘の申し込みに手袋が無いからと脱いだパンツを投げつけてくる」
「もう、もう許して下さい!!」
両手で顔を覆ってしまった。
いかん、捏造した。
「うむ。気持ちはわかる。判断に苦慮すると想像にも難く無い。だが、最近の若い子の視点から忌憚の無い意見を聞かせて欲しい」
「その、ご主人様とは、そう歳も変わらないと思いますが……わたくしの見解でよろしければ」
言葉を一瞬区切り顔を上げた。思慮する風に眉を寄せ、さらに目を泳がせる。すぐに結論へ到達したのだろう。次に俺へ向けた表情は、むしろ清々しい笑顔だった。
「最低だと思います!!」
「サツキの姉さ兄さん」
出て行ったと思ったシチダンカが背後に降り立った。今、天井裏から現れやしなかったか?
「ツユクサに出たんじゃないのか?」
「そのつもりでした。さして問題では無いと思いますが、一言お耳に入れておきたい議が。お側に失礼します」
すすす、と近寄ってきた。武士かよ。
「お屋敷の周囲で探ってる者が居ました」
「また王家直轄の精鋭か?」
「いえ、むしろ素人丸出しで。ですので、取るに足りないと判断しますが、ご当家のご迷惑になるようでしたら排除しようかと」
「それを断りに? わざわざ?」
「五名居ました。いくつ、首を捧げればよろしいかと」
「よく戻ってきてくれた」
ていうか、コイツ野放しにできんのか……。
「目当ては俺か、ベリー家か、その両方か――或いは異国の客人か。ソイツらはこちらで対処する。お前は予定通りツユクサへ向かって構わないよ」
「よろしいのでしょうか?」
「百人隊長殿のホスト役を務めるのも任務の内だ。不逞な輩の首なら効果的な使い所もあるしね」
「御意」
短く答え跪くと、黒衣の姿が霞み、その場に俺だけが残った。
……どんどん訳分からない存在になってくな。
確かに素人だ。
ベリー邸から僅かに離れた路地でこちらを伺う影があった。気配くらい消せよ。それと、眼光が月明かりに反射するからハイライトも消せ。あーもう、背を上げるな、角から顔を出すな。だから館に視線向けるんじゃねーよ。
「行ったな」
「お抱えの冒険者とメイドだな」
「もう一人は、後から来た変質者か」
「何だそりゃ?」
「お前は見てなかったが、上半身裸にマフラーだけで街を闊歩していた」
「ば、馬鹿な、衛兵に捕まら無かったのか?」
「報告によると何度か職務質問を受けてたらしい」
「よく野放しにされたものだ」
「まったくだ」
「例のターゲットは屋敷の中か?」
「戻ってからはまだ出ていない。夜間の外出に前例があるんじゃクライアントの指示は無下にできねぇが」
「全員で徹夜はなぁ……使用人でも攫って誘導した方が早そうだぜ? もう一人の標的は戻ったのか?」
「いや、家の馬車で出ているはずだ。まだ見ていない」
「ここの貴族のお嬢様だろ? 夜会でも無いのにほっつき歩ってるたぁ、ろくでもねぇな」
「どっかで男漁りでもしてるんじゃねーのか」
「そいつは聞き捨てならんな」
俺の声に男たちが一斉に距離を取った。
意外とまずまずの反応だ。
だが、これは良くない。これだけは駄目だ。
「お前らが侮辱していい方では無い。その名を口にする事も」
五人。冒険者崩れか街のゴロツキか。或いは野武士か。
「テメェは……いつからいやがった?」
言葉の前に剣を抜いている。周囲を囲むのは同時だった。成程、多少はヤリ慣れてる。
「いずこの手の者か。と聞いても答えるわけが無いか。ならせめて見せしめに役立ってもらおうか」
自分でも驚いた。こんな声、出せるんだ。
あぁ、駄目だ。
クランの事を言われてから、無性にソワソワする。
ダメだな。
早くコイツらを無力化しないと。早く捕らえないと。
早く。
皆殺しにしない内に。
「間合いに入りやがった!! オメェらやるぞ!!」
「おうよ!!」
月光と街灯に俺を囲んだ五つの影が浮き彫りになる。壁に映る姿が一斉に切り掛かった。その瞬間は等しく。
ならばこちらも本職を披露しよう。同時攻撃だからこそ魅せもしよう。本来のインターバルも無く。
ステップを踏む。
次の瞬間、ゴロツキ五人が同時に悲鳴を上げた。
切り掛かった連中が、同時に足を切られのたうち回る。
「ひぃぃ、て、テメー何しやがった!?」
「武器も持たずに、なんで皆んな切られちまってんだよぉ!?」
そりゃ、踊り子だからな。
久方ぶりに冴え渡る、踊り子(反射盾)Ⅵであった。




