175話 その狂悖は背徳の
本作品に多いもの。
・女装男子
・変質者
お気をつけください。
ベリー邸は僅かだが喧騒にあった。正門にアイツが居た。曖昧模糊で恐縮だが、彼の瞳を満たす焦燥感の彩りは只事じゃ無い。希有な貌だ。
冒険者時代の濃紺のメイルに、既に弥生は刃紋の花びらを陽光に晒していた。
「ツユクサの最下層攻略でも入ったか? せっかちな奴だな、遠征前にもう抜剣してるんだ」
だとすると今夜はクランも留守かな。
「……テメェは、何を連れてきやがったんだ?」
緊張してる? ワイルドが?
背後を見た。
半裸マフラーの男が居た。
これが玄関先に来たら確かに緊張する。
「ちょっと愉快なファッションのお兄さんだ。害はない。俺の警護役らしいから、出立までここで世話になる」
「ガザニアと申す」
ざっくり説明すると、ワイルドはいまいち困惑した風だったが、諦めたように妖剣を納めた。
「またおかしな奴を連れ込みやがって……。」
そう言うが受け入れるあたり懐が深い。
……。
……。
あれ?
俺コイツに追放されたんだよな……?
遅れて、鎌を降り上げたシチダンカと、違和感のあるメイド姿のガラ美が駆けてきた。
「遅れました!! 何事でございましょう!!」
今にもデスサイズを振り回しそうな勢いだ。
「何でどいつもこいつも必死なんだよ?」
臨戦態勢だもんな。いや、ガラ美だけ何か引っかかる。
「サツキの姉さ兄さんのお客人でしたか」
こちらが言うまでもなく、それぞれの顔を見て察してくれるのは話が早くて助かる。
「強烈な気配を感じ馳せ参じた次第ですが。本来なら一番槍を務める立場。遅れを取ったようです」
食客だもんな。有事なら家人よりも先に矢面に出るのが礼儀だ。
「す、すみません、わたくしの排尿に付き合わせた為、先輩の初動にも影響が出てしまいました」
あー、違和感はこれか。
確かに、見ると片足にパンツが掛かったままだ。
いくら緊急事態だって、ちゃんと履いてから移動しよ?
片足にパンツ掛けてノーパンのままうろつかれる方が迷惑だよ?
「どうやら、事態は治ったようですな」
そう言うシチダンカは未だ警戒を解かない。
「ここに居る変人どもが全部テメェ絡みってのは、ある意味スゲーよな」
ワイルドの声は、呆れたと言うよりも、憐れんでいる風だった。
応接間に通し、出立の計画を含め改めて説明をした。
ワイルドは無言だった。王女派の重臣でもある。予想は付いていたんだろうな。だが、
「つまり、国王陛下は……夜な夜な上半身裸にマフラーを付けただけで城下町を彷徨うと……。」
半裸マフラーの下りで、流石に奴も驚愕を禁じ得ない。喋りがクランみたいになっていた。
国王の奇行は辺境伯家にも大事だったようだ。
「王女殿下にも申し上げているが、補給と並行しての長距離移動になる。ひとまず単独の出立を想定していたから、同道にも彼は都合がいいんだ」
「充分信頼に置けるかとは存じますが」
「マリーとコデマリくんが帰省するんだ。補佐が一人くらい居たって速度に影響は無いさ――え? 信頼できるの?」
シチダンカの肯定的な態度に、思わず食い気味に行った。
「彼の瞳です。背後に控えたまま敬意に満ちた視線を絶やさず――我ら二人がまとまって相手をしても絶対的優位の揺るがぬ男よ。貴卿なら我が主神たるお方を任せられよう」
「なんの。いずれも歴戦の強者と見受ける。それがこのお方を主と崇めるのだ。これからも良く支えるがいい」
……。
……。
それ以上の言葉はなく、シチダンカとガザニアは硬い握手を交わした。
まるで死神と殺人鬼がガッチリタッグを組んだようだ。何だこれ?
「小娘はそれでもいいのか?」
ワイルドが珍しくマリーを気にかける。
この二人。あまり絡まなかったよな。
「私から提案しました。一人でうろつかれるよりはマシかと」
おいおい、彼をアザレア国王と一緒にするなよ?
え? まさか俺のこと言ってる?
「そちらのグダグダは勝手にやってろ。部屋に案内する。ついてこい」
「使用人に任せろよ」
理由もなく、反射的に否定した。ワイルド自らガザニアを引率するだと?
「代行職はクランだが嫡子は俺だ。何の不足があると思ってんだ?」
ぶち殺しそうな目で見てきた。
瞬間。
ガザニアの腰が落ちるのを感じた。
「いつもの戯れだ」
小声で、シチダンカがガザニアを制すると、すぐに体重の掛け方を戻した。
この人との旅、本当に大丈夫なのか……?
「正味のところ、展望の予測は立てられるのでしょうか?」
「アルストロメリアか?」
二人が出て行くと、マリーが切り出してきた。
「有用性が見いだされた暁には、列国も看過できなくなり何かしら併呑の口実を上げるでしょう」
「新興自治が相手なら、今の列強にとっては外交に苦慮することもなしか」
それはアザレアの貴族にも言えた。
ついでに、この前の共和国の手口も。
ランニングコストとリスクだけ押しつけて、ゲリラやテロで追い出すってのは、勇者の元の世界でもあったらしい。
「そこで特需による主導権を得た形ならば、逆に一生面から打って出れます。その勢いたるや、開国を迫るが如くです」
「どこを開かせる気だ?」
「サツキさんの心をです」
こっちかよ。
「俺の、何?」
「間違えました、サツキさんの蕾です」
「……永劫に間違ったままでいて」
国家体制が脆弱なら盤上に上がるのだっておこがましい。なにより経験値の差は埋め難い。
「でしたら……えぇ、私にもう一つの選択肢ができました」
何か決意めいたものを感じた。
「参考までに伺っても?」
「私が使節を兼ねてサツキさんの元に嫁ぎます。子供を成せば2国間の関係はより強固なものとなるでしょう」
シチダンカがはっとする。
「マリー様!! それだけは!! その狂悖は背徳の業になりますぞ!!」
やべー発言だってのは分かる。元お見合い相手だからって、こんな少女と子供を作るとか……うん、無いわ。
だが、愧赧に染まるマリーに反してシチダンカの焦りよう。何だっていうんだよ。
「せっかくの申し出だが、俺とマリーとじゃもう無いんだよ。いずれは王政維新の宏謨、民心の一統に就いてってなるが、その時に隣に立つ人は決めている」
「勁兵の充てはあるんですか? 侵略者がこちらの練度を待ってくれるわけがありません」
「君が強気で出るのは、久方ぶりの家臣との邂逅か」
カフェですれ違った人物も、お目付役に着いたガザニアも、下手したら魔王陛下の四騎士に相当する。
不可侵でトントン。戦略的協定が締結できれば、これ以上の後ろ盾はないだろう。
だが、それはキクノハナヒラク帝国に限った話では無かった。




