174話 侍百人隊長
言い忘れてましたが、王都学園編が終わり、王都クラン編に入ってます。
「今の…… 知音のような者か?」
待ち合わせたカフェで、足早に立ち去る男の背を見送った。
「知られましたか」
珍しくマリーが、困ったような困惑したような、複雑な表情を浮かべた。
気遣うべきか?
さっきの男。今すれ違ったのに顔が思い出せない。認識から外れてるんだ。
「お前、妙な友達多いもんな」
アカシアさんとか、にゃーとか。
「これ、なんですけどね」
テーブルの上に、封の切った封筒があった。
見たことの無い蝋印だな。
「実家が帰ってこいって」
そういやこの子も他国から修行で出てきたんだったか。
確か……火炎魔法使いの修練?
……。
……。
いや全然魔法使って無いじゃん。オダマキの地下で派手なのやったけど、アレだって魔法なのか怪しいし。
ただ、ガラ美に何か伝授してるのは気になる。君はあの子をどうしようってんだ?
「帰省するのか?」
「この前、目立っちゃいましたからね。色々バレちゃって」
街頭ビジョンにモロ映ってたもんな……狂気に満ちた笑い顔。
「サツキさんもご一緒に如何です?」
唐突に振られた。一瞬何のことか分からなかった。
「相手はあの帝国だ。他国の人間が容易く入国できるものかよ」
ツバキ王女との一件。調べたがマリーゴールドなんて王族が在籍する国は一つしか無かった。
アザレアの外遊記録とも一致する。
「他国じゃなきゃ問題ありません。父や母に挨拶だってしてもらわなきゃだし」
「俺をどうしようってんだよ!?」
何かヤベェ事言い出してる。
「……ああ。そういう……ふふ、違います。そういうんじゃなくて、何て説明したらいいか」
困った風に、可愛らしい眉を寄せる。意図が伝わらないな。
「そうですね。この話はやめましょう。今のサツキさんにはちょっと早すぎるかも」
「早い遅いの問題?」
「おうちの事、忘れてますよね。叩けば思い出すかな?」
「衝撃系で治るものならとっくに事態は動いてるよ」
クランとのこと以外にも、俺の記憶に何かあるのは想像がつく。
ベリー領の村に住み着く前の記憶が欠落していた。最初から無いのかもしれない。それでもいいとすら思っていたが。
「お目付役、げふん、付き人を紹介したいのですが」
急に切り出してきた。
「了承すると思ったか?」
「まるで」
この野郎。
「既に四人も舎弟が居る。これ以上は根を張らないとな」
「便利屋程度に思って頂ければ。ほら、ご挨拶して」
彼女の視線の先を追った。
背後。
気配は無かった。ずっと背後を取られてたのか。さっきの男にしろ、使い手の質が違いすぎる。
そして、ファッションセンスも違い過ぎた。
上半身裸にマフラー。ボトムはぴっちりしたレザーパンツだ。
さらに人相がやばい。短めのウェーブかかった黒髪に、窪んだ目。いやクマが酷いのか? 痩せこけた頬と相まって不健康さが際立った男だ。
「……その格好で街を闊歩してきたのかね?」
嘘だと言ってくれ。
だが、俺の期待は直後に裏切られた。
「このなりじゃマズイっすかね?」
「何で大丈夫だと思ったの?」
まさか帝国の正装じゃあるまいな。
マリーを見ると――あ、肩を竦められた。
「キクノハナヒラクが皆こうだとは思わないで下さい」
「だったら何だっていうんだよ? こんな変態、俺に付けられても迷惑だよ?」
「その辺どうなの、ガザニア?」
言われて男はマフラーの先を摘まんでみせた。
「ああ、やっぱ水玉なのが駄目なんすかね?」
「水玉に罪は無いと思うよ?」
学園に通っていた頃、水玉の着用を余儀なくされていた事もあり、流石に擁護した。水玉を。
「感じるに不評の様子ですが、この前、ラーメン屋で会ったアザレア国王がこんなナリをしておられたのです。てっきり、この国の標準的な外出着かと」
「んなわけあるか!! 他を見ろ、他を!!」
え? ていうか王様が? あのオッサンそんな格好でうろついてたのか!?
「思えば、奇妙な国王っすね」
「真顔で言うな。君、人相怖いから。半裸の殺人鬼かと思ったよ」
「光栄の至り」
深々と礼をする。
「……よもやかの国では殺人鬼が誉め言葉とは」
「私が殺人鬼と呼ばれて喜ぶ風に見えます?」
「いいや。どちらかと言えば、痴女とか淫乱って蔑まれて悦ぶタイプだよね、君は」
「私のこと変態だと思ってたんですか!?」
「姫、ですから他国での変質者的行為はお控え下さいますよう、あれほど御父上から申し付かったではございませぬか」
「今まさに他国で変態みたいな格好してる人に言われたくないわよ!!」
……あ、やっぱり変態みたいだと思ってたんだ。
「なぁ、コレ、本当に連れて歩かなきゃ駄目か?」
「サツキさんの所在の把握は重要課題なんです。せめて一人くらいお供をお許しください。あと変態を押し付けてごめんなさい!!」
「……いや自分、アザレア王のファッションを真似ただけで、変態じゃないんすけどね」
窪んだうつろな目で言われてもな。
この人、殺人鬼じゃなかったら、入稿前の絵巻物作家だよ。
「変態のレベルの有無はいいとして、それよりも挨拶でしょ。私に二度言わせる気?」
「はっ、失礼しました」
裸マフラーが背筋を伸ばす。
さっきまでの猫背と違い、筋肉の付き方が一目で見れた。
「近衛隊青組十一位、ガザニアになります。本日付けでサツキ様の警護を拝命つかまつりました」
「侍百人隊長格じゃねーか!!」
どうりで戦闘士職としては格上だって感じた。
いや俺の職業、踊り子なんだけどさ。
全容こそ知れないが、赤青組に分別された帝国の近衛隊は少数精鋭で構成され、両隊とも50名に及ばない佐官クラス以上が在籍すると師匠から教わった。
……こんな連中相手に、ツバキ王女は何を粗相なんてやらかしたんだ? むしろそっちがスゲーわ。
「この者はよく役立ってくれるでしょう。戦闘以外にも急な来客の対応から散らかった部屋の探し物まで。サツキさん、ご自分の立場をご理解いただけない事は重々承知していますが、どうか随伴をお許しください」
「一介の冒険者には過ぎたものだ。俺が受け入れると?」
「愛して頂いた女からの、せめてもの心づくしと申し上げても?」
ちっ、何でそんな切ない瞳で見てきやがるんだ。
元お見合い相手。
一度は彼女を失い、喪失感が傾慕に変化した。
これは確執だ。破談破鏡となっても、彼女への愛惜は褪せなかったろう。
あぁ、今までは。
今宵こそはと決意し、かつて姉のように慕った人へ覚悟を定めた。
なら、今をおいて引き際は無いだろう。
「承知した。恋慕の情にも区切りをつけよう」
固い言葉に、マリーは胸に当てた握り拳を強く握っていた。
あと、絶対接客には向かないと思う。




