173話 サツキさんの凄く立派でした
こと男女間の恋愛や情事について高いイニシアチブを誇る女性側も、一つだけ恥入るものがあった。
ていうか、一つだけか? 三代目勇者を以って「肉食系にも程がある」って戦慄させたんだぞ。かなり無茶してるよね?
婚姻後だって嚊天下になるのが常だ。旦那なんて宿六呼ばわりだよ。
そんな彼女達だが、脇の下に関しては、異性に見られるのを禁忌とされていた。場合によっちゃ性器を見られるのに等しいと。
さっきの王女との会談だって目のやり場に困ったくらいだ。
スカートの中身を押し付けて来るような連中が今更かよって話だが、グリーンガーデンで遠征した時ですら、クランもサザンカもここだけはガードが固かった。
……いや他にガードする所あるだろ。
チラリと横目で見る。
「もうっ!!」
もう一本杖が飛んできた。
随分とプリミティブだな。
同時に、何故か恥じらう姿に感銘すら覚えた。
客間で待つと、簡素な僧侶服に着替えたサザンカがトレイを持ってきた。
「聖女様に会いにきたの?」
「修練の邪魔はしないさ」
湯呑みを受け取る。
サクラサク国で嗜まれているグリーンティーだ。
「珍しいな」
「最近来国した使節団と交流を持てたのは僥倖だわ。こちらの信仰に理解があるなんてね」
まぁ、魔王の枕元に現れるくらいだし。魔王の安眠妨害するし。
「肯定的判断や定立の根本が等しいんだろうね。君らの教義とじゃ」
「一歩先を行ってると感じたわ」
聖騎士の副長が気安く言っていいのか?
「迂闊に併合なんて事には……。」
「蘊奥を極めたら、いずれ行き着く姿と確信したから。騎士派だけじゃないのよ」
「ああ、それで」
そういや受付のおじさんが何か言ってたな。
慎ましいノックが響いた。
「サツキさんがいらしたと伺いました……あの、入っても大丈夫でしょうか?」
「何もしていないから入って来てよ!!」
「ああ、遠慮される方がやり辛くなる」
「だから何もしてないってば!!」
ドアが開くと、小さな可愛らしい顔が覗き込んだ。
室内を見回し、問題ないと確認してからてととと、足早に入室して来た。
「体調は如何ですか? ほぼ死亡していたから脳機能や自律神経に障害とか……。」
「すこぶる快調だよ」
「安心しました」
えへへ、と愛らしく笑う。
「それで、改めてどうしたのよ?」
コデマリくんが隣に座るのを待って切り出して来た。
アポイントは取ってなかったもんな。
「出立が早まる事態になった。コデマリくんも連れて行きたいが、本人の意思を確認したい」
ここまでなし崩し的に同行させたが、この子を護衛するのに、もう俺の出る幕じゃない。
「僕は……。」
逡巡する仕草でサザンカをチラリと見る。
「貴方の思うようにするといいわ」
素気ない答えが返った。
見放すでもなく、留めるでもなく。この子の出す答えを信頼してるんだ。
次にこちらへ向けられた瞳の輝きよ。
「国元へ帰国しようと思います」
里帰りか。
「武者修行に出てきたとは聞いていたが。出身については伺った事が無かったな」
「仲間だったら興味持ちなさいよ」
横からうるさい。
「聞くは野暮、語るは無粋だ」
「傭兵か」
何でも屋の冒険者とは別に、兵用を専門とした傭兵家業も存在した。それ用のギルドも。
「キクノハナ……です」
「帝国か!!」
例の不可侵三国。その割には鰹節というダシの元が有名だ。
広めたのはサクラサクの魔王陛下だが、生産はキクノハナヒラクの職人だという。
「彼の国の渡航者だったとは。待て、よもや君まで王家などと言うまいな?」
「古い家ではありますけど、僕の所はそんな大したものじゃ」
「それを聞いて安心した。森林都市じゃ結果的に色々と揉んだから」
「ちょ、ちょっと、揉んだですって!? ナニを!?」
「まぁ待て。俺だって揉まれたんだから、そこで手打ちという事で」
「サツキさんの……凄く立派でした」
「あんたはこんないたいけな子にナニ揉ませてんのよ!?」
「男同士の勝負に入ってくるな、サザンカ」(キリッ)
「(トクゥン)」
え? 何で今ときめいた音出したの?
「まあ、大よその見当の通りだ。お前らだってしてるだろ」
「しないわよ!!」
「何!? 温泉とかで『ちょっとあんたまた大きくなったんじゃないの揉ませなさいよ』的な肌色成分が無いだと!? 馬鹿な!!」
「あたしらが温泉入ってる時は大抵あんた達も男湯にいたでしょ。そんな会話、微塵も聴こえてきて?」
「た、確かに……だが、だったら何をしてるって言うんだよ!!」
「フラフラと男湯に向かうクランを止めてるに決まってるでしょ!! あんたが隣の湯に居るといつも何処かおかしくなるんだから!!」
そういや、オダマキでもそんな言い合いが聞こえてきた。
「お前ら……変質者か?」
「あんたにだけは言われたく無いわよ!!」
幾度も辛酸を舐めてきた女の顔だった。
それも今日までだ。
今夜こそ血の歴史に終止符を打たねば。天に背く男が居るってやつだ。
「それでコデマリくんはいつ頃発つのだろうか?」
「こちらでの修練が一通り終わってからと考えてましたけれど」
「了解した。王城にも話は通しておくが、この子の保護は引き続き頼む」
「それはいいけど。教会だって聖女様の在任は貴重だから、意地でも守り通すわ。けど、あたしは着いて行くわよ?」
……。
……。
「どっちに?」
「開拓地の布教に決まってるでしょ!! 行く行くは独立自治になるのよね? 教会本山に利権吸い上げられたく無いでしょ?」
「そこまでする重要拠点に見えるのか……?」
「……。」
あ。コイツ、使節団と何か交わしたな?
教会が動くのは開拓の進捗に合わせればいい。初動で主導を確保する意図――よもやサクラサクへの進出。
コデマリくんとのキクノハナだってそうだけどさ。騎士派、一気に躍進を目論んできたぞ?
「劇症なバランスの崩壊は厄介しか生まないんだけどなぁ」
過剰なパワーアップに肉体が崩壊するみたいな。
「水面化で蠕動するから問題無いわ」
同じく人体で言い返して上手いこと言ってやった風な顔してるけどさ。
総合的に問題しか無いよ?




