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17話 少女と騎士

「指名依頼です」


 ドンっ、と受付に戻ったアカシアさんが宣言した。

 フロアがさらに騒ついた。

 私とギルド長が頭を下げ合ってる間、師匠とシャクヤクを遠巻きに見ていた彼らは、度重なる異常事態に背筋が震えただろう。わくわくが止まらなかったろう。

 指名依頼はその名の通りだ。ギルドが特定の個人または団体に直接依頼を下すシステム。高難易度クエストや緊急性がある時に発令されます。例えば、トロルの群れに強襲された、とか。

 指名を拒否することも可能だけど、おおよそ不利なペナルティを受ける。めんどい。


「エッグスリー、ミドリ組み、オカメインコ倶楽部、スターイチジク、マリーと師匠。以上の5チームはこちらにお集まり下さい。あぁ、逃げても無駄ですよ。このたびは朝から事前の召集に応じて頂きありがとう御座います。皆さんが既にいらしている事も把握済みですので」


 冒険者らが互いに顔色を伺う。

 生贄を求められてるんじゃ無いんだから、ちゃっちゃと出てきなさい。

 にしても、どこかで聞いた名前ばかりだなぁ。あ、最後のパーティ、私たちだ。え? パーティ名、それでいいの?

 怪訝そうな顔で、今名前の挙がったパーティが集まる。何故かシャクヤクがアカシアさんの真後ろで腕組みし、ヌーンってなっていた。

 鋭い眼光で射抜かれ、その場に膝をつく者も居た。何やってんだ?


「すみません、うちの子が、すみません!!」


 ここでも平謝りだ。最近謝ってばかりだ。

 あれ? そういや集められたのって私が以前所属してたパーティじゃ……。

 やばい。

 使えない魔法使いだってバレバレじゃん。

 いじめか?

 大丈夫か、この指名依頼?


「さて、今回皆さんにクリアして頂きたいのは――。」


 アカシアさん、流す方向になってますね。


「こちら!!」


 ドンっ、て感じでフリップを出す。

 そこに描かれたファンシーなイラストよりも、書かれた文字が凶悪だった。


『笑ってはいけないドラゴン討伐依頼』


「笑えねーよ!!」

「S級クエストじゃねーか!!」

「待ってくれ、アカシアさん!! こんなん俺らじゃ無理だろ!?」

「いや死ぬわこれ。フツーじゃねーわ。どうなってんだ、このギルド?」


 流石にブーイングだ。

 そりゃそうだ。ドラゴンキラーは英雄の称号として最上級だ。本来、世界には勇者なんて物は存在しない


「じゃあ説明するわね? えー、ここから馬車で二日ほど南下した山脈に、なんかドラゴンっぽいアレが生息しました。ドラゴンは皆さんが知っての通りトカゲに翼が生えたモンスターです。飛行による航続距離を考えると、この街も十分勢力圏内です。ですので、今回は5パーティという多大構成で討伐クエストに臨んで頂くことになりました。ここまではいいですか?」

「「「「何もよくねーよ!!」」」」


 4パーティの全員が抗議した。


「はい、ありませんね。では報酬についてですが―――。」

「待て待て待てい!! 何もよかねーよ!!」

「何さらりと進めてんすか、アカシアさん!?」


 凄いなアカシアさん。微動だにしないな。ひょっとしたらツッコまれて悦んでるんじゃないのか?


「無事ドラゴンを倒したチームにはSランクへの昇格ならびに、ココヤマオカからファッションリングをペアで。さらに白いギターとジーパンが進呈されます」


 いや、ドラゴン退治してる時点でSランクでは?


「ああ、あと拒否や逃亡を行ったチームにはドラゴン戦に相当するペナルティを受けてもらいます。どのみち、街を強襲でもされたら壊滅は必至ですけどね」


 場が静まりかえった。

 行くも地獄、行かざるも地獄。いいですね。こういうの大好きです。


「な、なぁ、どうして、俺たちなんだ? A級にも遠い中堅だぞ? どう見ても役不足じゃないのか?」


 昨夜クビになったオカメインコ倶楽部も、漏れなく蒼白になっていた。

 アカシアさんは少し嫌そうに眉を寄せ、すぐに受付嬢の顔に戻った。あれ? 何かを切り替えた感じがする。


「ギルドで、最近目立ったチームを選別しました。他意は無いかと。それとも、何か心当たりでもあるのかしら?」


 色気のある仕草だけが変わらず、眼差しは何故か侮蔑を含んでいた。やばい。凄くいい。幾ら払えばいいのでしょうか?

 周りを見ると誰も気づいてなかった。損したね。

 急に静まった。なんかお墓みたい。


「では、計画の説明に移ります」


 正面の投射機のスクリーンに、領地一帯の地図が映る。動力は魔法なんだけど理論は召喚者――勇者によってもたらされたものだ。

 指差し棒でその一箇所が指される。


「ここ。この辺に棲んでます」


 雑だな。


「さっきの話にもあるように、移動には馬車を利用します。二日の行程ですが、ドラゴン相手に装備や荷物がかさばる為、馬車は乗り合いではなく、それぞれのチームで用意してもらいます。チャーターの場合は経費で落としますので、領収書を忘れずに。各馬車にはギルドから世話係が一名配属されます。御者や馬の世話、車両の保守はそちらに丸投げして頂いて結構です。出発より二日後、山岳前に到着予定。ここからは徒歩での移動ですね。半日ほど進み、ここで一旦ベースキャンプを張ります。翌日、探索と会敵。以上ですが、ここまでで質問は?」


 誰も声を上げない。というか質問するだけ無駄って悟った感じだ。


「あの、いいですか?」

「はい、マリーさん」


 全員がこちらを見た。

 この話になって、初めて許された質問だ。


「ドラゴンは一頭なんですか?」


 声なき声。音なき音が騒めいた。

 アカシアさんの次の言葉を、皆んなが震えて待つ。死刑の宣告を受ける人みたいでウケますね。

 ていうか、ドラゴンの数え方って一頭でいいのだろうか? 翼があるから一羽?


「一体です」


 全員がほっ、と息を吐いた。え? どうして?


「そうですか。なら早い者勝ちですね」


 ぎょっとした顔で皆が私を見た。あれ? 何か変ですか? アカシアさんだけが笑顔だ。にたぁ、と嫌らしく口元を歪めてた。

 美人のこういう表情、ぞくりとくる。凄くえっちだ。


「では、馬車に関しては御者の慣らしもありますので、できれば17時に一度ギルド前に集まって下さい。出発は明後日となります。それまでに各自装備や備消耗品の補給とコンデイションを整えると良いでしょう」


 もはや文句を言う人も居ない。

 滅多に無い大捕り物を前に、皆わくわくして言葉を失ったのかな。私も黙っていたが、頭の中はどうやってこの人達を出し抜いてドラゴンを独り占めするかで一杯だった。

 ここは火炎魔法はやめて、本来のスタイルで行こうかな。

 隣りの師匠を見上げた。「にゃ」と一言応えてくれた。なるほど。つまり、ヤレってことですね。


「こちらからの話は以上になります。質問がありましたら、ギルド長までお越しください」


 一まず解散となった。アカシアさんとも一旦お別れだ。

 と思ったら、フロアに出たところで呼び止められた。


「もし先に帰るんだったら、部屋の鍵、渡しておくけど?」

「特に帰宅、というよりアカシアさんのお家に泊めさせてもらってる身ですが、帰る予定はありません」

「ま、夕方にはまた会うから、こちらの残務が終わるまで待てるなら、どこかで美味しいものでも食べて帰りましょ?」

「はい!! うふふ、アカシアさんとディナー。楽しみです。いいお店、選んでおきますね。ぐぅえっへっへへへ」

「……本当にお食事だけなのよね?」



 さて、ドラゴン討伐には馬車が必要。どうやって調達してやろうか。


「にゃーが居るにゃ!」


 いや師匠に車両を引かせる訳にもいかないし、それだと御者の人が困ると思う。


「とりあえず、貰えるかどうかわかりませんが、当たれるだけ当たってみようと思います」

「にゃ。マリーには買うという概念が無いにゃ」

「失礼な。それくらい私にだって……言われてみれば、どうして貰うこと前提だったのでしょう?」

「にゃ」


 とはいえ、私に心当たりなんて一つしかありません。

 師匠と共に、昨夜のあの場所へ行きました。

 代官さんのお屋敷。式で偵察した時に、ちょうど馬車の車両を発見しました。馬舎もあったし一頭だけ大きな馬も居た。

 屋敷はまだ証拠物件の接収祭りが続いてて、お役人がしきりなしに出入りしていました。


「こっちには櫓も太鼓も無いんですね?」


 近くの役人に聞くと、


「ああ、アイツらの事かい? ありゃ税務関係の連中だね。俺たち検察とは管轄が違うからな。うちじゃ太鼓はやらないんだ」


 すまなそうに説明してくれた。

 いえ、別に残念がってるわけじゃないんですけど。


「昨夜はお疲れ様だったね、お嬢ちゃん。ニャ次郎様も、これまでのご協力ありがとう御座いました。後ほど、正式に部門からお礼をさせて頂きます」

「にゃ。にゃーのことより、マリーの話を聞いて欲しいにゃ」


 流石師匠。さり気無くこちらに話の水を向けてくれる。


「これが欲しい」


 単刀直入に馬車の車両を指差した。

 お役人の顔から汗が滝のように流れ出した。


「じょ、上司に確認してみるから、ここで少し待ってくれ……。」

「いえ、お仕事の手を止めさせる訳にはいきません――上司の人に直接話してきます。居所を素直に吐いた方が身のためですよ?」

「ひぃぃぃ」


 あれ? 何で私、悪党みたいになってるの?

 やってきた上司の人は、何故かこの世の終わりのような顔をしていた。徹夜明けで疲労しているのだろうか。お仕事も大変でしょうけど、体を(いた)わって上げて欲しい。


「え、えぇと、この車両について調査の結果、このたびの事件にはなんの関与も発見されず、ただの個人所有の馬車であることは明白なのですが、その、ただ差し上げるというと、器物の横領になるといいますか、検察としてましても、本来取り締まる行為といいますか……。」

「要するに、貰えないんですね……。」


 私が肩を落とすと、


「さ、さ、さささ仕上げます!! ですから、殲滅だけはどうかご勘弁を!! どうか!!」


 何故どいつもこいつも、私が殲滅とか好きだと思ったのだろう? 多大な誤解があるとしか思えない。

 まぁ欲しいと言ったのはこちらだし、快く譲ってもらえるのは有難い。


「聞くにゃ。にゃーは謝礼を望まない――長官にはそう伝えるにゃ」


 何やら小さな声でお役人さんに囁いていらっしゃいました。すると、みるみる上司の人の顔色に血の気が戻っていく。

 凄い、師匠。よもや、たった一言の囁きだけで疲労を回復させるだなんて。


「はぁ、その、恐縮であります。では、次に馬ですが……やはり、アレをご所望ですよね?」


 と馬舎のある方角を見る。

 やっぱり昨日見たあれは見間違いじゃなかった。流石、お代官さん。あんなのまで居るだなんて。だから一頭だけなんだ。

 でも残念。


「欲しいのはやまやまなのですが、ただでさえ無理を通して頂いて、流石にそこまでは申し訳ありませんので」

「……ふぅ。ご理解を頂きまして、感謝します」

「それに生き物を貰うのに抵抗があるんです。一応、人身売買の取り締まりって名目ですよね? 私も昨夜は拉致されちゃったし」

「倉庫の現場なら、わたしも拝見しました。この世の地獄のような光景でしたね」

「やだ、もうっ! それは誉め過ぎですよ?」

「……。」


 何故か上司さんが苦笑いのまま固まった。

 私的には謙遜のできるいい女を演出したつもりだが、何か違ったか?

 やはりここはお上品に、「ふふ、お上手ですこと」と返すべきだったか。


「そ、それでしたら、4日頂ければ上等な軍馬をご用意できますが」

「あの……そこまでして頂かなくても。それに、今日中にギルドへ連れて行かなくちゃならないし」

「では、いくつか牧場に声を掛けますので、見て回って頂くのがよろしいかと。馬に掛かる経費は市議から褒賞として出るよう取り計らいますので」

「せっかくですが、あそこに居る子と同じ種類の子を捕獲しようと思います。ほとんどが野生と聞きますし、ギルドで目撃情報を集めれば、群れの一つや二つ、我が軍門に下だるのも容易でしょう」

「ひぃぃぃ」


 上司さんが再び怯えた時、騒ぎが起きた。

 遠くで破壊音と、砂ぼこりが舞うのが見えた。ちょうど話題に出てた馬舎の方角だ。

 誰かの悲鳴と、逃げ出したぞー、みたいな叫びが交差する。


「どうした!? 代官の罠でも発動したか!?」


 上司さんが駆けつけてきた伝令に怒鳴る。意外と精悍な顔だ。仕事の時の男の顔ってやつか。

 伝令さんは、呼吸困難になったように口をぱくぱくしながら、


「グレートホースが戒めを破りました!! こちらに向かって一直線に逃走中とのことで――あ、もう来ました」


 最後の方、諦めた感が酷い。

 土煙を巻き起こし、黒い巨体が迫ってきた。

 戦闘力が半端ない。スタミナ、スピードはもとより、巨体から繰り出される蹴りは要塞すら破壊するとお爺ちゃんが言っていた。そして、殴るとも。馬なのに。

 グレートホース。馬というより魔獣だ。

 光を反射する艶やかな毛並みと、その下で稜線となって流れを生む筋肉。美しいとしか言えなかった。走るだけじゃない。戦う為に鍛え抜かれた肉体と巨躯から生み出される躍動よ。

 あぁ、なんと見事な。物語で馬に恋をする少女の話があったけど、分かる気がする。

 そしてこれだけの巨体だ。あっちの方もさぞグレートホースなのだろう。ふひ。

 ……今の、無しで。

 え、だって、ほら。実際、試した人が居るかは知らないけど、物語だとそういうシーンもあったりするじゃないですか? 清楚な少女とお馬さんのそういうシーンとか。挿絵付きで。


「嬢ちゃん、狙いはこっちだ!! 早く建物の中に逃げろ!!」


 ほう。この私に指図するとは……て言ってる場合じゃないです。こっちというより、確実に私を狙いに来てますよね!?

 え? 何です? いきなり前段階とか無くそのシーンに突入しちゃうんですか? いえ、その、馬が嫌とかじゃなくて、会ったばかりでお互いのこと良くわからないし、もう少し交流を深めてからでも――。


「こ、これは、必殺祈祷の舞か!? まさかここで見られるとは!!」

「この嬢ちゃん、まさかグレートホースを()る気なのか!?」


 モジモジしている私を、周囲は驚愕の眼差しで見ていた。

 おい、待て。なんだその怪しい舞は。初めて聞いたぞ?

 だが、喧噪は唐突に静寂へと変わった。

 私の目の前だ。黒光りするグレートホースが、そうする事が当然であるかのように、頭を地面に擦りつけていたのだ。

 まさかこれは――DO・GE・ZA!?

 なんと見事はフォームか。く、土下座一つで私の域に迫るとは、馬にさせておくには惜しいやつ。こやつめ!!


「す、凄い……!! 魔獣であるがゆえその全てが野生種であり、人に決して懐かない気高きグレートホースが、自ら服従を誓うだなんて!! このお嬢さん、本当に何者なんだ!?」


 とか、周りが感動している中、私一人赤面していた。

 いやね。

 ほんとね。

 何を考えてるんですか自分。この子が私の初めての人になるとか、つい数舜前まで思っちゃってたよ。

 ……やだ。逃げたい。


「これは、まるで姫に騎士の誓いを立てる英雄の図のようだ……。」

「まさかこんな感動的な光景に出会えようとは!!」

「大変だ!! 皆に教えてあげなくちゃ!!」


 ……やめて。もう、やめて。もうこれ以上、私の心が汚いって思い知らせないで。

 あと、伝令さん、いいから貴方はちょっと待て。


「にゃ? ふむふむにゃ。外の仲間たちを守るには自分が生贄になるしかない、とにゃ? おまえも苦労しそうなのにゃ」


 あの、師匠?



 馬の名前はアセビになりました。いつまで馬のままでは可愛そう。本人も前足で宙をかくほど喜んでいる。威嚇されてる訳ではない。

 その後、馬車の所有権、申請資料、グレートホースの運用説明、各注意事項などこなし、さらに馬舎のおじさんから乗馬の教養を受け、ギルドに戻ったのは約束の時間ギリギリだった。

 ギルド前の広場には、他のパーティやスタッフ達が揃っていた。私が最後かな。あ、なんか私が恐れをなして逃げたとか話してるけど、そんな訳は無い。

 ドラゴン狩りだなんて、みすみす他の人に譲るものか。

 皆さんには悪ですけど、今回だけは前に出させてもらいます。


「お待たせしました。私が最後でしょうか」


 冒険者もギルド職員も、皆さんが呆然とこちらを見ていた。

 そうか。やっぱり浮いたか。これ。

 先に集まったパーティの馬車が、荷台に幌を貼った一般的な車両に比べ、こちらは貴族が使う車体だ。外装も内装も豪華な物だ。派手さ加減で悪目立ちするなとは思っていたが……。先頭の両脇には明かりを灯すランタンまで装備されている。屋根やステー、ステップ、ドアノブに至るまで繊細な細工が施されるときた。

 何より側面の色だ。白だ。白地に赤の模様だ。おっさんが乗るにはメルヘンチックが過ぎないか? ロマンチックどころかメルヘンが止まらない。

 代官さん、お前という奴は……。

 そして、それを引くのはアセビです。グレートホースです。

 ふふ、どうだこの筋肉で引き締まったボディ。そんじょそこらの馬と一味も二味も違う。魔獣だし。


「ちょ、お前、役立たずが何だその馬車は!? どこから盗んできやがった!?」

「これから舞踏会かよ!? どこのお貴族さまだコラ!?」

「ま、待て!! う、馬が怯える暴れる!! 近寄るんじゃねぇ!! って、グググ、グレートホースだと!?」


 関を切ったように、広場が阿鼻叫喚に包まれた。

 ……私、また何かやっちゃいました?

 ていうか、怯えるとか失礼ですね。うちのアセビ、こんなに綺麗な子なのに。ハンサムじゃないですか。目元なんて色気すら感じます。もう、この子でいいかな?

 うん、そこ辺は後回しで。


「よっと――師匠、到着しましたよ」


 飛び降り、車体のドアを開く。

 のっしのっしと、葉巻のようにカツオブシを咥えた師匠が降りてこられた。マフィアのボスの風格だ。


「揺れもなく、上等な乗り心地だったにゃ」

「良いサスペンション機構を備えておりましたな、あるじのお師匠さま」

「にゃ」

「まこと、我があるじに相応しい馬車であろうな」


 師匠の後ろから、長いプラチナブロンドに白い豪奢な着物を着崩した女の子が続いた。全員が思わぬ美少女に釘付けになる。手足も体も華奢で折れてしまいそうなのに、大きく開けた胸元から押し上げる隆起がアンバランスだった。

 その視線に気づき、


「ふむ。皆の者、出迎え大儀であるな」


 最早、どっちがあるじだか分からない。

 そして誰もが言葉を失った。

 そんな中、推しにエールを贈るかのように、アカシアさんだけがぶんぶんと手を振っていた。可愛いなおい。



 場が落ち着くまで、しばらくかかった。

 他の馬が怯えるので私以外のパーティはさっさと手続きして帰らされた。馬車はギルドで世話をするが、私のだけ別扱いになる。今は急遽預かり所を探してもらっていた。


「グレートホースだなんて、どこで鹵獲してきたのよ」


 優しくアセビを撫でるアカシアさんは、一服の絵のようだ。

 何故かアセビも甘えるように頭を擦り付けている。ははは、こやつめ。


「昨日のお屋敷で。お役人に相談したら便宜を計ってくれました」


 私の言葉に何故か師匠を見て、師匠は諦めろと言わんばかりに首を振った。どういう事?


「あの……。」


 と、アカシアさんの後ろから可愛らしい女の子、いや男の子が顔を出した。いや、男の子でいいんだよね?

 セミロングの明るい髪を背中で束ねてる。手足が細くて華奢だけど、一般的な冒険者の服装をしていた。

 ぱっと見は女の子。

 でも私の野生の感が、男の子と訴える。

 大きな瞳に、すべすべの肌――は、まだ子供ゆえなのかも。確かに立ち居振る舞いは男の子だ。

 でもね、どう見ても男の子の振りをしている美少女にしか見えないんだよなぁ……。


「ああ、そうね。紹介を済ませなくちゃね。この子はコデマリさん。マリーさんの馬車のお世話係になるわ。仲良くしてあげてね」

「にゃ。にゃーはニャ次郎にゃ!!」

「シャクナゲはシャクにゃげであるな!!」

「あ、マリーはマリーにゃ」

「え、えぇと……。」


 少年が戸惑っている可愛い。

 わかる。いきなりこの空気はハードルが高いよね。私だってついてくだけで一杯一杯だ。

 ていうか、シャクにゃげって何だよ?


「コデマリです!! よろしくお願いします!! ……にゃ」


 よし。この子を抱きしめよう。


「マリーさん? 一旦ハウス」


 肩をガッチリ掴まれた。

 いけない。あまりの愛らしさに、年下の男の子に目覚めそうになった。ウメカオル国ではこれをオネショタと呼んだそうな。危ない危ない。


「あの…… ハイエンシェント・プリンセス様、にあらせますよね? 僕、ずっとファンでした。お会いできて光栄です!」


 あら? 同郷だなんて珍しい。


「コデマリくんは帝国出なんですね?」

「はい! 神事での舞の奉納を拝見したことがあって、それ以来もうずっと! 凄いです! あの憧れのハイエンシェント・プリンセス様と御一緒できるだなんて!!」

「ふふ、マリーでいいわよ」

「そんな恐れ多い!! 僕なんかが神秘の美しさを体現された姫様に馴れ馴れしく接するだなんて」


 わかった。この子を抱きしめよう。


「マリーさん? 一旦ハウスね?」


 肩を掴まれた。

 面目次第も御座いません。

 何だろう? 私が末っ子ていうのもあるんだろうけど、こんな妹が欲しかった。いや弟か?

 よし抱きしめて確認し――いたた、アカシアさん? ちょっと力が強いですよ?


「でも、お陰でマリーさんのハイスペックの秘密が、少しだけわかったわ」


 手を離して真っ直ぐ私の目を見てきた。


「ハイエンシェント・プリンセス――貴女、姫巫女だったのね」

お付き合い頂きまして、大変ありがとう御座います。


サブタイ、酷過ぎたので変えました。

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