167話 幕引き
ゆらりとマグロの巨人が動く。神経伝達に問題があるのか酷く緩慢だ。
射線や光線が、巨体と地上を結んだ。
建物を挟んで反対側からだ。冒険者たちの弓と魔法攻撃。遼遠なのは牽制なんだろうけど、的が遅いから長距離射撃でも当て放題だ。よく当たる。
「むぅ? 我らの獲物を横取りとは恥知らずな」
むしろ恥を知るのはお前だと言いたいのをぐっと堪える。
「果敢に相手をしなくていいから行きな。痛覚もなさそうだし、お前ら揃って決まり手の相性悪いだろ、アレ」
「御言葉ですがサツキの姉さ兄様。彼らだけで攻略が叶うとは思えません」
いや、君らの先輩だから。AランクやSランクだよ。下手したら単身でドラゴン討伐しちゃうよ?
「取り分が欲しいならちゃっちゃと行ってちゃっちゃと戻ってこい」
「「「仰せのままに」」」
まだエビが湧き出すミニダンジョンへ送り出すのに、我ながら無茶な注文だ。なのに意気揚々と突っ込むのな。
「もっとも――。」
行動へスタートする三人の背を見送り、頭上を仰ぐ。
見慣れた影が、俺を覆いだした。
ゆっくりと手足を伸ばす青雲のように。
二つの赤く灯る眼窩。その左に立つ白百合のような少女は、
あぁ、
狂ったように笑っているではないか。
巨大な骸骨を従えるマリーゴールドである。
「あは、はあ、はは、あはは、あはははははははっ!! イケっボタン!! イッちゃえ!! イッちゃえ!!」
哄笑に歪んだ口の端から涎すら垂らし、巨大キマグロに突撃させやがった。我謝髑髏は骨だけの割に俊敏なんだよな。
前に見た時はぴょんぴょん飛んでたもんな。
今回は、
「ヒャッハー!! 飛び移れ!!」
「早い者勝ちだ!! 恨みっこなしだぜ!!」
ボタンから飛び移る冒険者の影。鎖骨や胸骨に乗ってたのか。
何に感動したって、あのマリーが冒険者と連携してるんだ。彼女の成長が窺える。
……良かった。冒険者ごと踏み荒らさないで。
外の一切合切をマリーと騎士隊と冒険者に任せ、俺はある場所へ向かった。
研究室に入ると、地下で俺を生贄にした男が棚から資料の束を放り出す姿に遭遇した。
……それ。俺が昨日整理した所。
「無い……無い無い……無い無い無い無いっ何故だ何故どいつもコイツも俺の邪魔をする何であれが無いんだ!!」
幽鬼に取り憑かれたような表情で自分が散乱した図書資料をさらに拾い投げている。
穏当を欠くヤベー奴になったBクラス担任だ。
……アレは先に持ち出されたかな。
心当たりはある。目的は俺と同じか。
けれど、何故地下ホールで俺を犠牲にした? 口封じ?
第一王子派がわざわざ?
「!? お前は……お前か!! 俺の研究成果を奪ったのは!! お前が来てからだ!! お前が来たせいで隠れ蓑にした学年主任は更迭され俺まで被害を受けるようになった!! 俺の研究を奪うのが目的だったんだな!!」
「そんな感じ?」
今更隠すこともない。
「奪った奴は他にいるけど」
「うるさい言い訳をするな!! お前が!! お前さえ居なければ、続けられたんだ!! ずっと研究を!! 続けられてたのに!!」
それは無い。
「早いか遅いかの差だ。貴方は画策していい気になり過ぎたんだよ」
「商人の娘風情が、知った事を言う!! もはや門は解放された!! 俺だけだ!! 俺だけがアレらを支配できるのだ!! もう手遅れだと知るがいい!!」
それは無い。
「俺の舎弟が向かっている。いずれ奔流も治るだろう。外のヤツだって」
窓の外で、青い巨体が荘厳な振動と共に横転した。
果たしてスローモーションに見えただろうか。
蒼穹の輝きを弾くフルメイルが、自身の五倍もあろうランスでマグロ頭を貫いていた。
トドメはアオイさんか。
え? ていうか何その必殺技?
「貴方はラァビシュだな。国籍と身分を偽装して王立学園に手引きした背後関係を知りたい。話してもらえるかね?」
「お前が!! お前のせいで俺は損害を被ったんだ!! 俺が許すまで謝罪しろ!!」
「そもそも地獄門なんて貴方らに制御が効かないものを。暴走状態は目に見えてるのに技術供与が一方的にされた。研究成果なんて言ってるが、それすら与えられた物だろう」
「何を言う!! あれは俺の物だ!! 俺が最初から導き出した成果だ!! 勝手に奪ったのはお前らアザレアだ!! アザレアは謝罪しなければならない!! 謝罪し全ての利権を俺に返還せねばならいのに!! その程度の事もわからんのか!!」
「行政に協力者が潜伏してると予測するが、そちらの癒着はあったのかね?」
もはやまともな言葉は返ってこなかった。
意味の通じない絶叫だけが彼のラボを埋め尽くす。
幕引きにしては呆気ないかな。
「何か良い成果でもありまして?」
足早に去る文官の背に、やんわりと声を掛ける。
振り向いた顔は、血の気が引いたように蒼白だった。驚きの白さだ。
「貴女は、そんな、生きて……。」
その狼狽も芝居であったろうか。
俺はちょっとだけため息を混え、
「死んでさえ居れば、それ以上殺されることはない。相手が女神であっても――女優にそれが叶うかね?」
俺の言葉が終わる前に、彼女は咄嗟に手を後ろに回した。
隠したのは、ラボの書棚の上から三段目、右から三冊目の図書ファイルだったろうか。それとも、
「不死身とでも仰るの? 商家の出というのは嘘でしたのね」
「パイナスの傘下なら、ひょっとしたら一度の死を回避するハイエンシェントの掛かった何かを携行してるかもしれない。一度きりの使い捨てだったとして、それが一個切りとは限らない。俺に死は無意味だ」
ふっかけた。
いつも死んでるけど、どれもギリギリだ。今回はコデマリくんを頼らせて頂いた。
「奪い返しに……来たというのですか?」
後ろ手に身じろぎする彼女に、「さて」とだけ返した。
確証を得た。
王国に仕官する立場を利用した訳ではあるまい。だったら単に連中の仲間と思われたか。
これだから縦割りの組織は。
俺の答えをどう受け取ったのか。
諦めたようなため息を出していた。
「……分かりました。先生のラボから持ち出したものはお返しします」




