166話 高級食材
明けましておめでとうございます。
本年こそは品行方正で臨みたいと思います。
「「「妖精さん!?」」」
驚愕の事実だ。
「お、俺たちはそんなお人になんて事をしてしまったんだ!!」
「おおっ、なんと恐れ多い!!」
「「くわばらくわばら」」
熱血くんとクールくんが拝み出した。
うん。なんか違う。
「「くわばらくわばら、くわばらくわばら――オン・アボキャ・ベイロシャノウ……。」」
やべ。なんか護摩壇みたいなの出して炊き始めたぞ?
「あの、お二人とも? 火気厳禁でお願いします」
さすがのアヤメさんも困り顔だ。
「とはいえ、ご推察の通りこの方に至っては私たちの理が通じません。ちょっと男の子っぽい所があっても、皆様、目を瞑って差し上げましょう」
そうか。アヤメさんには傷や容態を見てもらってたんだ。なら俺が女の子じゃ無いってのも。
「わたくし、予感めいたものを感じておりました。初めてお会いした時から」
イチハツさんが祈るように指を組む。こっちは誤魔化しに行ってるな。
「ですが、僕らもこれで得心がいきましたよ。イチハツさんほどの淑女が、あのように痴女じみた振る舞いに及ぶのも」
「おうよ人として最低な行為だもんな!! つっても相手が人ならざる者なら、それもアリか!!」
いや無いだろ。女神の御使の顔にスカートたくし上げて股がっちゃ。
「ああ神よ!! 俺も流石に恐怖を覚えたぜ!!」
熱血くん。だから君はちょっと言葉を選べ。
「(い、言えませんわ……一っ時の気の迷いだなんて……でも!!)」
顔を紅潮させ、何かぶつぶつ言っている。
その肩に、シスターが優しく手を乗せる。
「いいのよ? そのまま感情に任せ、こちら側の扉を開いてしまっても」
おい、やめてやれ。こんな所で余計な開門の儀してんな。
とりあえず怪しい宗教の勧誘になりつつあるシスターを宥めるか。
「君らはここに居たまえ。騒動を鎮めに行くがまた傷を負うやもしれない。その時、治療できるものに居てもらわねばな」
「!? はいっ、お任せ下さい!! シンニョレン様の御名に誓って今度こそ最後まで!!」
目尻に光るものが煌めく満面の笑みだった。
「シスターは回復術を使えないって言ってなかった? ――はう」
熱血くんが急に昏倒した。彼の首筋に光る線が走った。
針?
射線の元を辿る。アヤメさんの満面の笑みがあるだけだった。
「ま、まぁ、そういう訳で行ってくる」
追求しちゃダメだ。
「どうか、ご無事なお帰りを」
俺の背に、ひたむきな声が掛かった。一瞬、足を止めてしまった。
顔は向けない。
イチハツさんは構わず続けた。
「先ほどのわたくしの治療も、ま、まだ終わってないんですから。わ、わたくしだって、女性同士でああいう事は、不慣れでして、ですから、その、つ、続きを……。」
足を止めるんじゃ無かった。
あと、女性同士ですら無い。
「いや、ほら、俺も元気になったし。もう回復は大丈夫かな、て。あはは……。」
ここは諦めて頂く。
「うう゛ー」
振り向いたら涙目で見上げて来た。
「回復ぅ……わたくしだってちゃんとして差し上げたいんですのに」
お前の要望かよ。
亭主八盃、客三盃ってか?
「承知した。その際はありがたく頂戴しよう」
俺の馬鹿。
現場は混乱の極みだった。
「サツキの姉さ兄さん!! このような甲殻類や魚の首しか捧げられない俺を、どうか罵ってくれ!!」
「シチダンカ、お前だけにいい格好はさせませんよ!!」
「大変ですご主人様!! この魔物、火炎魔法で焼くと凄くいい匂いがするんです!! 美味しそうです!!」
いいから。いいからお前らはちょっと待て。
「魚の頭だけを俺に捧げられてもな。ちゃんと身もよこせ。あと海老は高級食材だ。無駄に焼くな。鍋や天ぷらやフライにする分も残しておけ」
とは言ったものの、数が多いな。講堂の地下ホール、どうなってんだ?
「ガラ美、氷結系は確か……。」
「すみません、まだ習得途中です。お仕置きですか? こんな役たたずはご主人様の手でお仕置きですか!! ハァハァ」
「海の幸は冷凍で保存するのが定石だ。待て。君はスカートをたくし上げて何をしようというのかね?」
この小娘、誰の影響を受けやがった?
「それより元栓だ。ホールの奥にあった祠だか祭壇だかはわかるか?」
「サツキの姉さ兄さん以外、視界に入りませぬゆえ」
「ご主人様に粗相を嗜められることで頭が一杯でした」
「何も祀っていないように見受けましたが? まさかあんなもので」
三人も居てアマチャだけかよ……。
「私たちが見た時には法陣は崩れていましたが」
「術式のサークルが破損しても溢れるんだ。そっちは開門の鍵の役割程度と見ていい」
「ではサツキの姉さ兄様の仰せのように、あの祠がある限り食材は無限に供給される――即ち市場の値崩れ!?」
その発想は無かった。
「合点が行きましたぜサツキの姉さ兄さん。連中、アザレアの経済的破綻が目的だったんだな」
シチダンカが乗っかる。
「さっそく茹でてみましょう、ご主人様!! は!? ですがここには調味料がありません!! かくなる上は……。」
「だから君はスカートをたくし上げてどうしようってんだ!?」
流石に止めた。
「マリー様には塩味が効いてるとお褒めいただきました」
ほんと何してくれてんの?
「とにかく先に異界との門だ。あんなショボいの、放って置いても自壊するだろうが、それまでの被害がこちらに来るのが面倒だ」
「承知しましたサツキの姉さ兄様。とはいえ、この海老の数は面倒ですね」
アマチャの視線の先。次々と損壊した講堂から溢れてくる。
「そいつは本職に任せよう」
左手のほうから質量を伴った轟が迫った。
陽光を弾く銀色の集団は王国騎士団の甲冑だ。突き出されたランスが横陣形に並んでいた。
大通りで整列していた長槍隊。ここまで入り込んでいたんだ。
「おおおっ」と雄々しい雄叫びと共に、エビの群れの腹に突撃した。
横合いから雪崩を受け、巨大エビの波が反対側へ押し出される。
狙ったわけじゃないにしろ、ナイスタイミングだぜ。道が開けた。
「第二陣、ってー!!」
甲高い号令と共に再び轟が迫る。いらん事を。
目の前にさらにランス隊が押し寄せる。
どやどやとやって来て、
どやどやと残ったエビを狩っていく。
「続いて第三陣、張り切ってどうぞー!!」
ええ加減にしろよ。
「……サツキの姉さ兄さん。コイツらの首、捧げちゃまずいですかね?」
「まずいよ!!」
確かに邪魔だが、彼らは仕事熱心な公務員なんだ。その辺のゴロツキや冒険者と一緒にしちゃダメだ。
「わたくしの……わたくしの高級食材が!! ああ!!」
ガラ美の悲鳴が、蒼穹にこだました。
ハリ、いやアカシアさんが用意した暗雲は既に無かった。ビジョンに映る彼女の姿も。
代わりにマグロの頭をした巨人が日差しを遮った。
はい新年の抱負ものの見事に数分で瓦解しましたまた来年




