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16話 マリーと同伴出勤

 アカシアさんと家を出た。シャクヤクを筋肉モードに戻す。

 いや戻すというのは適切じゃない。

 もとがどっちかわからない。ていうかこの子がなんなのか本当の所わからない。


 のっしのっしとギルドまでの道のりをついてくる鬼神。隣にはアカシアさん。商店街で店の準備を始めた人たち。私たちを妙な顔で見ていた。

 いたたまれなかった。あ、仔猫にシャーってされた。

 パン屋の前でお掃除用具を仕舞いはじめたおばさんが、


「おはようアカシアちゃん、今日は素敵な彼氏と一緒なのね」


 なんてことを言うもんだから、尚更複雑だ。

 シャクヤクも調子にのって、


「いつも彼女がお世話になっている、女将よ」


 余計な事を。


「ねぇ、こんないい男、どこで見つけたのよ。大事にしてくれそうじゃない?」


 食いついてきた。

 赤い肌の鬼神が、いい男だと? これが普通の女性の感覚なのかおばさん独自の感覚なのか、私にはわからない。


「ふふ、内緒です」


 にこやかに返すが、そりゃ代官の屋敷に押し入った時とか言えないもんな。


「ほらほら、焼きたて持っていきなさい」

「ご相伴に預かろう」


 シャクヤクがパンの包みを受け取っていた。もうね、街の風景に溶け込んでる鬼神とか、もうね。

 通りすがりの人たちが、一瞬びびって遠目に見ていた。

 うん、溶け込むわけなかったね。

 そのまま行きかう人々をびびらせ、恐怖に陥れ、凶悪そうな面構えを朝日に煌めかせながら、いよいよギルドに付いた。

 衛兵に捕まらなかったのは、昨日の功労者という認識があったのだろう。嘘です。アカシック効果です。

 こっちも大丈夫だよね? 入った途端、討伐依頼とか出てないよね?


「さ、行きましょう」


 正面扉を開けたアカシアさんが、跳ねるように腕に絡みついてきた。ナイス膨らみ。ちきしょう、いい匂い。洗いっこも、睡眠も、身支度も一緒にやったのに、何だこの差は? 何なんだ?

 ギルドの中に足を一歩踏み入れた。帰りたくなった。


「なぁいいだろ!? ニャ次郎さん、うちに来てくれよ!!」

「待てこっちが先だ!!」

「ちょっとだけ!! ちょっとだけでいいんだ!!」

「俺んところなら、報酬の取り分の半分は出すぞ!!」

「こっちは7割だ!!」

「一緒に高難易度クエストをこなしてくれるだけでいいんだ!! な? 報酬は全部そっち受け取りでいいからさ!!」

「馬鹿野郎!! こっちが先だって言ってんだろう!!」

「んだとコラァ!!」


 みたいな感じで師匠が複数のパーティに囲まれてるんだもん。うわー、ヤダなー。今からアレと関わりに行かなきゃならないのか……。

 私が前に所属していたパーティもいる。

 師匠ほどのチート級がギルドに来たら、こうもなるだろう。一緒に高ランククエストをこなすだけで、自分らのランク評価も簡単に上がるし。あっというまにA級だ。

 もっとも、この人達を冒険者と呼んでもいいのなら。


「道を開けろ小童(こわっぱ)ども。我があるじの御前であるな」


 地の底から響いたような声が一喝した。

 一斉にこちらを見た。余計なことを。

 ひぃぃ、とビビる人。

 腰を抜かす人。

 私と腕を組むアカシアさんに羨望する人。

 そのすべて。


「お、オーガだと!?」

「んな、なんでこんな所に!?」

「おい、あれって例の鬼じゃないのか? 貴族の屋敷を一夜にして壊滅させた」

「待て、何でアカシアさんが役立たずと一緒なんだ?」

「ちょ、あの鬼、従えてるの、あの役立たずじゃねーのか!?」


 師匠に纏わりついてる人も。遠巻きにしていた人も。カウンターの人も。掲示板の人も。

 全てが固まった。

 声だけが涌いた。

 あぁ、

 異質なモノを恐れる視線。

 喉の奥に恐怖を貼りつかせたような呻きよ。

 怖い。

 泣きそう。

 世の中のあらゆる悪意が私に向けられたような錯覚。


「さ、行きましょ」


 アカシアさんが促す。

 彼女と腕を組んでなければ、彼女の体温を半身すべてで感じていなければ、震えで足が動かなかった。逃げることもできずに、泣き崩れていたかもしれない。

 (なか)ば、引きずられるようにフロアへ足を踏み入れた。

 恋人のようにアカシアさんが腕を組み、その背後から筋肉の山のような鬼神が付き従う。

 私の顔だけが引きつっていました。


「にゃ、来たにゃ」


 師匠が体をこちらに向ける。

 誰かが言った。


「おい、ニャ次郎さんがヤル気だぞ!!」

「すげー、流石ニャ次郎さんだ、まったく臆していねぇ!!」

「こんな所で頂上決戦かよ!! 朝っぱらからとんでもない事になったぜ!!」


 何でそうなる?

 ざざ、と師匠に売り込んでいた冒険者らが下がる。

 私との間に、一直線に道が出来た。


「もう、どうしたの? ほら、早く」

「ちょっと、ま、ま、待って下さい……。」


 怖気づいた。

 昨夜は咄嗟にパーティメンバを申し入れたけど。さっきの光景、私なんかが師匠とパーティを組むだなんて恐れ多いことなんじゃ?


「すまぬな、アカシア殿。あるじは妙な所でビビリでな。コミュ障というやつであるな」


 また余計なことを。

 そうなの? とアカシアさんが顔を覗いてくる。

 震える表情でこくんと頷くことしか出来なかった。


「ふふ、もう可愛い!」


 ぎゅっと抱きしめられた。

 周囲から「おぉっ!!」と歓声のようなものが上がった。お前ら何なんだよ?

 アカシアさんは気にせず進んだ。私を牽引して。

 鹵獲された何かみたいだ。

 その行く手を師匠が遮った。


「あら? ニャ次郎さん」

「にゃ。にゃーはニャ次郎にゃ」

「では――アカシアはアカシアにゃ」


 途端にギルド中がざわめいた。

 誰もが目の前の光景に驚嘆しただろう。

 ――あのアカシア嬢が、自分の事を名前呼びしただけでなく、語尾ににゃだと!?

 流石アカシアさん。全部持って行った。

 ……。

 ……。

 よし。


「ま、マリーはマリーにゃ……。」

「知ってるにゃ」

「知ってるわ」


 ……うん、私も知ってた。

 そんな事をしてると、横あいから怒声が飛んだ。

 大別すると二種類あった。それはあたかも人生の縮図のようだ。


「何をちゃっかりオメェが混ざってんだ、役立たずが!!」

「お前、アカシアさんが優しいのいい事に馴れ馴れし過ぎだろ? アカシアさんに迷惑だろうが!?」


 アカシアさん派と、


「待てやコラ、何勝手に割り込んでんだよ!!」

「役立たずが、ニャ次郎さんに取り入ろうってんだろうが、お前、少しは図々しいとか思わないのか?」


 師匠派だ。

 うぅ、だから嫌だったのに。

 もうやだ。帰りたい。もう冒険者やめる。冒険者やめて野盗になる。あ。アカシアさんがめっちゃ体を寄せてきた。胸、埋もれそう。凄い天国。

 そして――。


「小童どもが!! 我があるじを愚弄するか!!」


 音は振動だ。鬼の一声は、建造物を地盤から揺るがした。

 ある者は蒼白になり腰が砕け、ある者は声なき声で泣き出し、ある者は何やら念仏のようなものを唱えた。

 腕の一振りで魔法使い5人が豪奢な壁を飾ったと。昨夜の噂は、真偽はどうであれ既に広まっていた。

 誰もが死を予感しただろう。


「ちょっと貴方達。マリーさんは私の大切な友人なのよ? 侮辱は感心しないわね」

「にゃーはマリーのパーティメンバーにゃ。だからマリーじゃない人類とは組まないにゃ」


 アカシアさん、師匠……めっちゃ出遅れた感じになってますよ?

 ていうか、やばい。


「あるじに敵意を向けた者よ!! よいぞ、我への宣戦と受け取った!! 臆することなく一歩前へ出るがよい!!」


 前に出るどころか、みんなどん引きだ。

 誰もが言葉を失い、ただ時間だけが過ぎればいいと願ったはずだ。

 目の前に居るのは、鬼の姿を借りた圧倒的な『死』だ。


「来ぬか!! ならば、我から行くぞ? うぬら一人残らず一寸刻み五分刻みと覚悟せよ!!」

「貴方はどうして皆殺しにしようとするんですか!?」

「止めてくれるなあるじよ!! このような卑怯者の集団、皆殺しにするぐらいが丁度いいわ!!」

「いいわけないでしょ!!」


 なんとか宥める。最終的には、さっきもらったパンを食べさせて落ち着かせた。


「むむ!? あのパン屋はよい仕事をなされるのだな!!」


 割とご満悦だな。

 あと料理上手には敬意を払うのな。


「ねぇ、マリーさん? この街に来るまで、幾つの都市を殲滅してきたの?」


 アカシアさんの一言に、冒険者たちがさらに一歩後ろにさがった。


「失礼なことを!! まだ一度も無いですよ!! ――あ」


 空気に絶望の色が滲んだ。

 仕方ない。冒険者とは死と隣り合わせだ。君らも腹を括れ。



「このたびは誠に申し訳ない。代官の取り押さえに尽力してくれた君に、所属のチームが大変無礼を働いたようだ。ギルドを代表して深く陳謝するので殲滅だけはどうか勘弁願えないだろうか」


 奥の応接間。豪華なソファに座らされた私の前で頭を下げているのが、いわゆる冒険者ギルドのギルド長だ。

 頭を下げたまま小刻みに震えている。

 そうか。シャクヤクの咆哮、建物全体を揺るがしたもんな。事情については、昨夜の冒険者やアカシアさんら聞いてるんだろうけど、生シャクヤクは相当心臓に悪いから。どっちの姿も。

 あの子には、筋肉モードのままフロアに残ってもらった。師匠もそこで待つと仰り、応接間には私とギルド長と、その後ろに控えるアカシアさんだけだった。

 時々、フロアの方から悲鳴が響く。

 そのたびに、ギルド長から滝のように汗が流れた。


 よし。試してみよう。


「――今、何かしたか?」

「ひぃぃっ! どうかお怒りをお治めくだされ!!」


 祈祷する村の長老みたいになっていた。

 後ろのアカシアさんがぷっと吹き出した。すぐ真顔になり、妖しい眼差しでギルド長の耳元に唇を近づけた。


「それだけでは、ないでしょう?」


 囁くような声は、まるで淫魔のようだった。向かいに座る私も、なんだかむずっときた。


「なんでしたっけ? 友達料? あぁ、登録料ですか。そこそこお高いですわよねぇ? それも、4回――も」


 最後の「も」がめっちゃエロっぽい。

 反して、ギルド長の顔色が蒼白を通り越して土気色になった。

 いや、もう半分死人じゃん。大丈夫かギルド長? 儚いぞギルド長?


「は、は、はいぃぃ、その件に付きましてもギルドの管理不届きでありまして、見舞金も含めて即刻返却致しますので、どうか! どうか心穏やかであります様に!!」


 私は魔王か何かか?

 ギルド長みたいな偉い人に参拝されるのに慣れてない。ど、どうすれば……!?


「ギルドの威信にかけて取り組む次第ですので、何卒!! 何卒!!」


 ちょ、なんか大ごとになってきた。


「い、い、いえいえ、こちらこそ恐縮です!!」

「い、い、いやいや、こちらこそ!!」

「い、い、いえいえ!!」

「い、い、いやいや!!」


 ……何だコレ?


 彼の謝罪を受け入れる訳にはいかなかった。

 本能で分かるのだ。

 こういう時は、面倒ごとが舞い込むって。

 あぁ、どうしよう。わくわくが止まらない。

お付き合い頂きまして、大変ありがとう御座います。

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