159話 サツキの中
死んだ魚のような目とはよく言うが、めっちゃ新鮮な魚の目だった。水揚げホヤホヤ。イキがいい。
ただ口をぱくぅぱくぅと開閉する姿は、まるで思考が読めない。
完璧なポーカーフェイスだ。
「イチハツさん、出てきたぞ!!」
「構わないで!! ハナモモさんの応急を優先でお願い!! 上へ上がりましょう!!」
「消え――。」
委員長が何か言おうとした時、マグロヘッドを見失った。俺ですら。
「なっ」
綺麗に真ん中分けした前髪の下で、彼女は驚愕に目を見開いた。
1センチ先にマグロの顔があったのだ。
跳躍した? この距離を一瞬で?
「リーダーさん……!!」
反射的に。
最後の力で熱血男子の背から飛び出していた。
あぁ、
紅の八塩が、散った花弁のように視界を染める。
青い筋肉質な腕が俺の胸に消えていた。
痛みは無い。
生気を吸い尽くされた時に、致命傷はとっくに超えていた。
別のヤツか。くそ。
既に見えなくなった視界の隅で、最初に現れたキマグロが委員長に襲い掛かる。
さらにもう一体、祠から現れた。三体目。
まずい。この子らだけでも上へ逃してやりたかった。
こと切れる寸前、
「サツキの姉さ兄さん!!」
「ご主人様!!」
三人がフロアに降りてきた。
よし。粘った甲斐があった。
慣れない。
この手足が自分のものじゃなくなる感覚。不愉快のあまり癇癪を起こしそうだ。
そこにあるのに、異常に冷たい。
生徒の盾になったんだ。まぁ悪い死に方じゃ、なかったんだろうさ。
白く透き通った空間で、カフェテーブルを挟み美しい女神と向かい合っていた。
グラデーションの波に揺れる銀色の髪は光の数珠を弾き、真珠に似た玉鬘すら霞んで見えた。抜けるような白い肌など内側から輝いてるようではないか。
細面の顔の中で柔和な眼差しがこちらを見ている。
「……。」
「……。」
「……ふひ」
「ってやっぱりお前かよ!!」
シンニョレンだ。前は引き篭もりのような姿だったが、女神像の生写しみたいになっていた。詐欺だろ。
「し、信仰が、ふ、ふふ、私たちを形作る……。」
中身も伴えよ!!
「世のことわりは、いつだって残酷」
ていうかリンノウレンじゃないのか?
女神の中でも唯一の常識人だよな、彼女。
「ふひ、そ、外面だけいいから」
同僚の事、悪く言う女神って。
「一番のムッツリスケベ」
あの清楚な女神様が?
「清楚だから抑圧も、あ、あるんじゃ、ないのかな?」
抑圧、だと?(ゴクリ)
「い、いい、今の想像は、だだだだ駄目」
読むなよ!! そんな所まで読むなよ!!
そういや、言われてみれば色々やらかしてたな、彼女も。後の二人がそれ以上に濃いってだけで。
「チャンネル言語モード、オープン。こ、これで、喋りでしか笑らかせない」
「出だしで会話での意思疎通はできてたけどな。オウケイ。で、俺はやっぱり死んだのか?」
「割と派手に、ふひひ」
今何で笑ったの?
「と言いたいところだけど」
「言いたいのか」
「ふひ」
「まだ召されてない。彼女が居ないって事はそう言うことだな?」
問い詰めると、シンニョレンは小さな顎に人差し指の先端を当て考える仕草をした。
細く綺麗な指だ。
「申さば仮死でここはまだサツキの中……ふひ、さ、サツキのナカ……い、いやらしい」
「ニュアンスおかしいよ? 君はリンノウレンの事をとやかく言えないと思う」
「ふひ、め、女神なんて大抵こんな感じ」
おお、神よ、
「男の子と話す、き、機会もないから、みんな何かしら、歪んでる」
それでリンノウレンもあんな有様だったのか。
「あ、あわゆけば、喪失すら、期待してる」
怖いよ?
「今は仮死って事は、時間は無いわけか」
「わ、私が、ふひ、繋ぎ止めてるから、まだイケる」
そういう意味じゃないんだけどな。
「外はどうなってる? 一緒にいた生徒は無事脱出できたか分かるの?」
「い、いつもの、これで」
薄い、立体感の無い絵が幾つも浮かんだ。大都市にある街頭ビジョンに似ている。
前にも現世に復活する時に見たな。
「た、玉響のひとときだけれど、焼き立て。召し上がりながらでも」
純白のテーブルに、いつの間にか葉椀が置かれていた。
バターの焼けた香ばしい香りが鼻腔をくすぐる。
「クッキー? 供物のおっそわけか――いや焼き立て!?」
見ると歯に噛んだように目を逸らしていた。
「え? まさか貴女が焼いたの? え?」
「ふひ、しゅ、趣味は、お、お、お菓子作り」
なんてこった。




