158話 異界のキマイラ
「これは迂闊に入れませんね。引き摺り出す前にこちらが参ってしまう」
クール男子。お前だけだよ、冷静にものを見てるのは。
「でもこのままじゃハナモモさんが!!」
「はい。そこで秘策があります。確かカーリングという競技があって、質量が同等の物質同士を打合せ円に向けて滑らせると聞きました」
摩擦係数考えろや!!
「滑らす? あそこまで?」
委員長が絶望的な表情でこちらを見る。大掛かりな円陣だ。一撃よく俺を押し出すのは困難だろう。
「飛んだのではない滑ったのだ、というものでしょうか?」
どこの訓練場だよ?
「そんな事よりこの魔法陣を壊しちまおうぜ!!」
熱血男子がバトルアックスを構える。その程度でどうにかなるかよ。
「くそっ、気づきやがったぞ!!」
「死守だ!! 魔術回路を死守しろ!!」
あ、どうにかなるみたい。
いやいや、異界からの召喚門だよね? 何でそんな脆いので呼ぼうと思ったの?
「オラあ、どきやがれ!!」
「ダメよ!! クラスメートを傷つけてしまっては戻れなくなってしまいますわ!!」
「だけどよぉイチハツさん!! もう時間が無ぇぞ!!」
結構吸われてる。
いかん、視界が霞む。
「事がここに至っては、むしろ彼らの方こそ手遅れです!! 処しましょう!!」
委員長。あんたも大概やばいよ?
「邪魔はさせない!!」
「お前らもまとめて生贄にしてやるぜ!!」
「大体お前らが勝ててたらこんな事にはならなかったのによ!!」
視界の隅でBクラスが剣を構える。向かい合うように熱血男子とクール男子も斧とロングソードを構えた。
「どうしても、やると仰られるのね」
リーダー女子――えぇと、イチハツさん? も弓を構えた。矢は試合用に先端を丸くしている。当たれば痛い程度だ。
「行くぜオラァ!!」
「援護はまかせましたよ、イチハツさん」
アックスとロングソードがBクラスを迎え撃つ。
イチハツさんの矢が牽制する。
そして委員長は、
「えいっ!!」
て殴っていた。無手だ。
え、何この子? 格闘家だったの?
武器を振るう相手に怯まず、ただ殴りつける。いや、蹴りも入れる。掌底で人が一人吹っ飛んだ。
割と無茶をする子だった。
でも、一介の生徒が多勢の無勢をひっくり返す訳もなく。鍔迫る金属音は徐々に遠のいていった。
「これでは近づけねぇぞ!! イチハツさん!!」
「絞り込みます!! 三分でいいから稼いでくださいます!?」
例のまとめ撃ちか。あ、なんか10本くらい一気に引き絞ってる。
「術式を削れればいいんですから!! こちらは!!」
「くそっ、撃たせるな!!」
「イチハツを狙え!!」
「させません!! ほあたぁ!!」
また一人、俺の頭上をフライパスして行った。委員長、どこの世紀末救世主伝だよ。
「ふ……ふは……ふははは、ついに成った!! 術式と門のパスが繋がったぞ!! これで我らの目的は成し遂げられる!!」
「まだです!!」
どこかでアカネさんの声がした。押されるように、イチハツさんのまとめ撃ちが放たれた。
祭壇代わりの無神の祠が輝いた。
魔法陣が一直線に削られたのは同時だったろう。
「道は作れたわ!!」
「はい!!」
躊躇いなく委員長が疾走する。一歩の距離が広いのは武術の縮地か。そのまま引きずるように円陣から連れ出してくれた。
「長居は無用です」とクール男子が冷気の纏った剣で牽制する。
「よし任せろ!!」と熱血男子が俺を担ぐ。
「最初の贄だ。行きたまえ」と担任教師が祠に命じる。
お出ましのようだな。
小さな鳥居が震える。誰もが一瞬視線を奪われた。何もない空間から青い手が出てきた。正面に何があるのか見えずに手探りで進む動きだ。
「あれはまさか!?」
「知っているんですかイチハツさん!?」
「メガネを探している動作ですわ!!」
ヤスシ師匠かよ!!
やがて、泥沼から抜き出すように体が現れた。
2メートルに及ぶ高身長。筋肉質な肉体。ブーメランパンツ。
「……ば、化け物」
思わず熱血男子が呟いた。
プロポーションのとれた男性の頭は――マグロになっていた。
確かに化け物だ。
マグロの頭があるのではない。
丸々一匹、先端から尾鰭まできっちり揃った、マグロなのだ。
それもただのマグロではない。
ピチピチと新鮮なやつだ。
「ふははは、ついに顕現したぞ!! 異界の合成獣!! キマグロを!!」




