157話 アクトレス
「転入生は贄にしないと仰ってたじゃないですか!!」
見るまでもない。Aクラスにして演劇部員のアカネさんだ。気配から他メンバーをほぼBクラスと踏んでたから意外だった。
「測定結果が良好なら適合者を使わない手はない。日に何度か分けて見ていたけれど、ハナモモさんの生命力は教師を含めた全学園で最も豊かなんだ」
贄? 生命力?
薄目で周囲を見回す。あ、これ魔法陣だ。その中心点に寝かされてたよ。
さらに周囲を見るため、寝返りの振りをする。
「う、うぅん……。」
「「「おおおっ!!」」」
何だ今の歓声は!? 今度は何が始まった!?
……あ、スカートがさらに乱れて付け根までめくれてた。
まぁいい。それより奥の壇ようなものだ。
大抵は異界の神や精霊や暗黒神、邪神なんてものを祀るんだが……何も無かった。
いやいや、そんな訳あるか。この魔法陣だって儀式用じゃないのかよ?
そうか。この首謀者、宗教の概念が無いんだ。
「とにかく、この方はダメです。この方はこのままではダメなんです!!」
アカネさんが駆け寄る。
「しっかりなさって、ハナモモさん!!」
俺をゆする。やめろ。ゆするな。動かすな。今動かされると――。
「すげぇ……。」
誰かが言った。言葉の通りなんだろうなきっと。自分でも分かるよ。スカートの裾がどんどん捲れていくのが。
カチャ、と音がした。
気づくと、手と足に枷が嵌められている。
「アカネさん、貴女は!!」
思わず飛び起きた。上半身だけ。
「ひと芝居を打ったようですけれど、私には通用しません」
ちっ、バレてたか。逆に嵌められようとは。物理的に。
「先生、これで憂なく開門の儀が行えますわよ!!」
「昏倒したのでは無かったのかね。危うく邪魔される所だった」
Bクラス担任が呆然としている。
そうか。想定外の事態に弱いんだったな。
「先生!! 思い直してください!! このような急拵えではきっと望む成果は得られません!! もっと入念に研究を重ねなくちゃ――。」
「いいえ、時は満ちました。先生? 決して惑わされなきよう」
アカネさんの言葉に、男の顔が急に何かに取り憑かれたように歪んだ。
テメェの息でメガネが曇ってる。説得は無理か。
「そうだ……今を置いて他にない」
幽鬼のような顔色で、ふらふらと神無き壇へ歩む。
「祠が伽藍堂なのが気になりまして?」
横たわる俺の脇で佇むアカネさんが、こちらには一瞥も与えず聞いてきた。
いや皮肉か?
「無神なのはラァビシュか共和国なら納得だ。連中に宗教的道徳が根付く事は、人類が星の海を渡る日が来ても無いだろうな」
「ましてやここはシンニョレン様を崇拝する土地よ。あれらにとって、侵略のシンボルともなるわ」
俺の言葉は全部カマ掛けだ。
彼女の返しだって信用できるか。
でも教師として潜り込んだのは、研究目的だけじゃ無かったのか。
エセ教師。何やら術式の展開を開始した。開門の儀式。開くのは確か地獄門。
「始まるわ。さようなら、可愛らしい転入生さん」
アカネさんが魔法陣から出て行く。
「残念だよ。最後まで君の正体は聞けずじまいか」
「私も……貴女が何者か知りたかったわ」
使途不明金と業者の癒着問題、予算枠の中期見直しの糾明。これらの調査と臨時監査で来園した王女殿下御一行との繋がりまでは、把握されて無いようだ。
アカネさんはそのまま、俺を囲むBクラスのメンバーの間に消えていった。
魔法陣が光り出す。
本格的に来た――ぬおっわ!?
何だこれ!? 体力っていうか生命力のようなものがどんどん抜けて行く!? いや吸われてる!!
担任を舐めていた。
アイツ、ここまで出来たんだ。
「いいぞ!! このまま絞り出しちまえ!!」
誰かが叫んだ。
「俺たちを馬鹿にしやがって!! 商人風情が!!」
狂気をはらんだ怨嗟だった。
あぁ、明確な殺意に囲まれて。
今まさに皮膚が枯れ木のように干からびていく。
誰もが口々に罵る。哀れな生贄に陶酔した。
「なんて事ですの!!」
「どうやら、遅かったようですね」
「お前ら、何やってんだよ!!」
「ひっ、ハナモモさん!?」
新たに4人の男女が巨大ホールに降りてきた。
声で分かるよ。代表戦のメンツだ。
「皆さん、これはどういう事ですの!? 人を生贄にするだなんて!! 先生!! 止めてください!!」
リーダー女子が悲痛に叫ぶと、他のBクラスメンバーが立ちはだかった。
「何言ってんだイチハツ!! あんたが勝ってをやったから俺たちが辺境伯や聖騎士の集まりにハブられたんじゃねーか!!」
「いくら高位貴族だからって私たちを巻き込まないでよ!!」
「貴女がクラスのリーダーのように振る舞うの、みんな納得してないのよ!! それなのに!!」
非難の声にはリーダー女子の取り巻きも混ざっていた。
「それよりもハナモモさんを!! 早くあそこから出さなくちゃ!!」
こらこら委員長。迂闊に近づくな。
「ダメですよ!! 君まで干物になってしまう!!」
クール男子が止める。ぷっ、干物って。
……あ、今の俺か。
「くそっ、もう打つては無いってことか!!」
熱血男子。いやまだあるよ。君らが出来ること。
残った力でそれを伝えなくちゃ。
口を開けると、こホォと空気が出た。
ヤベェなこれ。時間がないぞ。
「……お願いだから…………逃げて」
辛うじて絞り出した。
これが限界か。
うまく伝わってくれよ。邪魔だからさっさと出てけ。
「「「!?」」」
「ハナモモさん、貴女という人は……あんなに冷たくあしらったわたくし達の安全を気にかけてくれてるというの!?」
え?
「うぉぉっ!! あんたって人はどこまでも人がいいんだよ!!」
いや、え? え?
「フッ、これは何として助けねばなりませんね」
コイツら馬鹿だ!!




