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153話 感染

「Bクラス担任の噂?」

「えぇ」


 息も絶え絶えに横たわるアザミさんとアサガオさんの隣りで、スミレさんは何気ない顔で佇まいを直す。公爵家の威厳だ。


 あれから色々あって、何て言うかその……色々ありました。公爵家の威厳だ。


「噂話なんてはしたないとお笑いにならないで。閉鎖的な学園では、生徒たちの興味をどうしても引いてしまいますの。もっとも、今の渦中は――。」


 複雑そうな目で見てくる。

 そりゃどうも。


「それで深夜に怪しげな儀式ねぇ」


 研究課題が召喚系だからかな?


「噂にだって真実はあるわ。彼のラボに通うならお気をつけなさい」

「心に留めておきます。スミレ様」


 俺が口調を変えると、いよいよ苦笑に端正な顔を歪めた。


「そのままでもいいわよ。個性は重視されるべきだわ」

「妹に止められてるんです。変にファンが付くからって」

「それは……確かに日毎足を差し出す下級生が増える光景は圧巻でしょうね」


 局所的だな。


「嗅がないからね? 差し出されたって」

「下級生は好みじゃない? 年齢で言ったらワタクシ達だって」


 彼女は友人二人に視線を落とした。

 履き物はまだ履かれていない。

 無防備な足があった。


「……良いものなのかしら?」

「流石にやめてやれよ!!」

「公爵令嬢たるもの、これくらい普通ですわよ!!」

「普通じゃねーよ!! どこの転生者だよおめーはよ!!」


 嫌なチート能力だな。


「でも貴方は嗅ぐんでしょう? 聖騎士様の」

「だが貴女はまだ手遅れじゃないだろ?」


 敬愛する公爵令嬢に嗅がれたりしたら彼女らだって歪むぞ。色々歪む。


「そうね!! 二人は大事なお友達ですもの!!」


 振り向いた時の彼女はいつもの自信に満ちた笑顔だった。なら安心か。


「ではハナモモさん!! お先にクラスへ戻ってらして!!」

「全員で戻るんだよ!!」


 いまいち安心できなかった。




 後で知った事なんだけど。

 その夜からだった。公爵家では遅い時間に、公爵令嬢の部屋にメイドが呼ばれる事が度々あったらしい。


 ある若いメイドが今夜は自分の番かと身を清め臨んだが、お嬢様は酷く落胆されたご様子だったとか。




「ようこそおいで下さいました、Aクラスの皆さま。お待ちしておりました。どうぞ奥へいらして下さい」


 聖堂で迎えたガラ美が案内する。

 悪いのは俺だ。


『いいだろう!! みんなまとめて面倒見てやるぜ!!』


 飲み屋を梯子するノリで、クラス全員を昼食会に連れ込んだ。


 聖堂もテーブルを増やした。立食形式にするわけにも行かず、椅子も無理やり詰め込んだ。料理も臨時の厨房が落成し、使用人も増えた。ついでにお布施も増えた。アヤメさんもホクホクだ。


 聖堂に入ると、いつもの顔ぶれが揃っていた。

 加えて、サザンカに連れられてコデマリくんも居る。回復術の修行で教会に入り浸っていたのだ。何としてでも初級回復術はマスターしたいって。


「師匠さん!!」

「にゃ、コデマリにゃも女の子ににゃったにゃ?」


「も」ってなんだよ「も」って。

 あ、俺のことか。


「って、君ら知り合いだったのか?」

「マリーさんのパーティでご一緒した事があるんです。サツキさんも師匠さんとは顔見知りだったんですか?」

迷宮都市(カサブランカ)でちょっとな」


 意外な縁だ。

 ていうか、にゃーがちゃっかりAクラスの面子に混ざってるんだが?


「サザンにゃもワイルにゃも居るにゃ!!」

「妙な呼び方すんじゃねーよ。モフるぞコラァ」


 ワイルドがそわそわしている。同じ緋桜剣の使い手同士、思うところがあるのだろう。


「カサブランカでサツキが死んだ時は世話になったわね」

「にゃ!! クロ様が悲しむからにゃ!!」

「クロ様ねぇ。ギルドには復帰してなかったみたいだけど、ご主人様も中央都市かしら?」

「別行動にゃ!!」


 ていうか、この前ベリー邸の地下室に来てたよね?

 アンスリウムまで来てあの人も何やってるんだか。


「にゃんだかんにゃで潜入調査にゃ!! シア様と一緒にゃ!!」


 何でサクっとそういう最重要機密をバラしちゃうの?


「まぁまぁ師匠。まずは駆けつけという事で鰹節でも一献」


 いたたまれなくなったのか、マリーがにゃーを席へと案内する。

 この子も成長したよな。


「ハナモモさん? 親しげに話されてますがそちらの可愛らしい女性は、聖女様とお見受けしますが」


 ヤベ。情報通なスミレさんには分かるか。教会通いが始まって噂にもなってるようだし。

 サザンカがよく気を利かせてくれて騒ぎにこそならないが、それも限度がある。


「この子は、なんていうか、見習いみたいのものかな?」

「……事情がおありなのね」

「そう!! 事情があって今は女の子見習いなんだ!!」


 何言ってんだ俺?


「サツキさん、僕、男の子だよ……? お互い触って確認しあったよね?」

「ど、どどどどどこを確認したんですかお姉さま!!」


 マリーが血走った目で食いついてきた。


「テメェは、見境い無しか」


 ワイルドが殺気走った目で射貫いてきた。


「……遅くなりました……あ、兄さんたちまた修羅場?」


 使用人たちへの指示を終えたクランが戻ってきた。


「クラン様、このたびはワタクシのクラス一同をお招き頂きまして感謝いたします」


 すかさずスミレさんが膝を折って礼をする。

 クラスのみんなも静かに彼女にならった。こういう所は流石だな。


「……遠慮なさらずに……育ち盛りなんだから、いっぱい食べていってください」


 いまいちズレた返答だが、なんだか苺さんっぽいなと思った。

 将来あんな風になるのかな。


「クランにゃは、大人っぽくなったにゃ」

「ニャ次郎ちゃんも……成猫じみてきましたね……。」


 それ、誉めてるの?


「にゃ!! にゃーは日々進化を遂げるにゃ!! にゃっ進月歩にゃ!!」

「それは……なによりです……。」


 この二人が並ぶと温度差が激しいな。


「皆さんお揃いになったご様子ですし、冷めないうちに頂きましょうか」


 アヤメさんが祈る仕草で音頭を取る。皆がそれに習おうとしたら、


「私のワガママボディは動物性蛋白質を欲して止みません!!」


 うん一言多いね。




「召喚試験、でしょうか?」


 食後のお茶を頂きながら歓談していたら、午後の特殊カリキュラムの話になった。


「そんな真似、学生には過分ですわよ?」


 スミレさんが困った子を見るような目になる。

 いかん、Bクラス担任の研究課題とごっちゃになったか。


「本当に何も聞かされてなかったのね」


 ああ、呆れたのはBクラスにか。


「いざとなったらフケるつもりでいたからなぁ」

「これ以上の悪目立ちを望まれるなら止めないわ」

「サツキの姉さ兄様。AからCクラスでの合同品評会です」


 アマチャの横槍にスミレさんが小さく噴き出した。


「アマギアマチャ()()は上手い例えをされるのね」

「テイマーの実地研修と名ばかりで、その実、高位貴族の慰めでは」

「アマギアマチャ様、それ以上は!!」


 アサガオさんが珍しく強い口調になる。

 学園批判に対してか、それともスミレさんを含む貴族への皮肉を嗜めたのか。


「いいわよ、アサガオさん。ワタクシも悪習には嫌気が差していたところですもの」

「スミレ様のためなら、私はいくらでも使役されてご覧にいれます!!」


 駄目だろクラスメイトをテイムしちゃ。


「差し出がましく存じますが、スミレ様。アサガオさんの気持ちをどうか汲んで差し上げては頂けないでしょうか」


 アザミさん、何言い出しちゃってんの?


「その子、アラウネね?」


 意外な方から声が掛かった――サザンカ。何を洗うって?


「大分血は薄まってるようだけれど」

「聖騎士様。どうぞ詮索は無用でお願いします。ハナモモさんにとっての右足が貴女であり、クラン姉様にとっての左足が聖騎士様であるように、彼女らはワタクシの右足であり左足ですわ!!」

「どうして足で例えるの!?」

「ゆくゆくは我が派閥のイニシエーションに!!」

「やめてあげて!!」


 ていうか既に嗅いだのかよ!!


 あ、ほら二人が頬を染めてモジモジしてる。


「君らも大変だな」

「いえ……ハナモモさんにされるよりは、優しくしてくださいましたので」

「ハナモモさんは……何だかがむしゃらに来られるので、少しだけ怖かったです」


「「「!?」」」


 何気ないアサガオさんとアザミさんの言葉に、俺の周囲を非難と緊張の渦がまとわり付いた。

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