15話 マリーと凄く凄いモノ
帰りは、気まずかった。
あの後、駆けつけた衛兵とギルドの冒険者が見たものは、死人の表情で生まれたての小鹿のように震える代官さん一味だった。なんか、すまん。産まれたての小鹿よ。
そして、衛兵達もシャクヤクにビビってた。うちの子が、ほんとすまん。
どんどん産まれたての小鹿を量産したな。
アカシアさんがなんとか元気づけて、テンションを上げた。現金な奴らめ。
私も元気付けようとした。怯えられた。すかさずアカシアさんがフォローに入った。場が一瞬で盛り上がった。アカシア・ハイってやつだ。
結果、家探しはちょっとしたお祭り騒ぎで明日になっても続くだろう。
私の事は特に何も無かった。アカシアさんが身元保証人になってくれたから。ギルド長代行の肩書があるって聞いて納得。ただの受付嬢じゃないわけだ。
今は会話もなく、月明かりが照らす帰り道を辿ってる。
えぇと、何か話さなくちゃ。
指遣い良かったですよ――バカか!? それじゃ期待してるみたいじゃない。美人のお姉さんは好きだけど、私はそういうんじゃない。
「何だかじれったいのう、あるじよ」
「やかましいわ! って、あーっ、シャクヤク! 仕舞い忘れてた!!」
ずっと後ろに居たのか。夜中こんなの居たら、すれ違う衛兵やお役所の人達がビビるわけだ。
そのたびにアカシアさんが手を振って微笑んだ。アカシアさん居なかったら、先に検挙さてたのは私だ。
みんなデレデレだったもんな。あと、女性の冒険者もデレデレだったもんな。怖いな。
シャクヤクの顕現を解除する。
見えなくてもそこに居る。私に危険があれば勝手に動き出す。自動防衛戦闘システムが、この子だった。
「姿、消せるのね……。」
「あ、すみません! 気を使わせたみたいで!」
シャクヤクの顕現を解くのに条件があると思われてたらしい。
「ううん。こっちも、先に言えば良かったし」
何そのダウナー系みたいな喋り方?
美人がここに来て可愛いアピールかちきしょう可愛いな。
何だか胸がドンドンしてきた。ん? ドンドン?
それっきり会話もなく、さっきの倉庫を通り過ぎ、宿屋が見えてきた。
気のせいかな。宿屋の周辺が明るい。役人達がガサ入れしてるからかな? お前らもお祭り騒ぎか。
……いや、何でこの人ら櫓立ててその上で太鼓叩いてるの?
深夜だよ? これ、この国のガサ入れ風景? ていうか、さっきからドンドン言ってたのお前らか。
「それじゃあ」
と別れようとした私のマントが摘ままれた。
見ると、バツが悪そうに顔を背けていた。
「あの?」
「あんな所に女の子を一人で眠らせるわけにはいかないから」
少し顔が赤い。
照れた感じで言ってるけど。
「それはアカシアさんの部屋でも同じですよね?」
「もう!! マリーさんは!! もう!!」
可愛らしくマントの裾をぶんぶんする。
どうやら、彼女なりに反省はしてるみたい。
私も意地悪が過ぎたな。
アカシアさんの言う通り、あそこには絶対帰りたく無い。あ、今キャンプファイヤに灯りがついた。篝火ってレベルじゃねーぞ? 下手したらオクラホマミキサー踊れるぞ?
「ね? うちに来よ?」
「うん」
その後、二人で宿屋の部屋から寝具を回収して、アカシアさんの家に向かった。
宿屋の中もやはり衛兵が詰めていた。他の客も取り調べられてた。私が免れたのは、やっぱりアカシアさん効果だ。素敵ですお姉さん。これからはアカシック効果って呼びます。あと、ちょっとくらいならいいですよ? 第二関節ぐらいまでなら。
「貴女、何か怖いこと考えてない?」
「もう眠いです」
小さくあくびをして見せる。
私、今日は疲れてるんですアピールです。お父さんが言っていた。これでしばらくは無茶をされなくなったと。だが続けると、後で壮絶な目に会うとも。
「そうね。さっさと寝てしまいましょう。明日はご飯作ってあげるから」
「おぉ」
アカシアさんの部屋は、もとが旅人だけあって殺風景だった。色々いい女の部屋を想像していたけど、ベッドと調理器具以外、ほとんど何も無い。
いや、むしろ何も無いのがいい女なのか?
確かに、これなら男の影が見えないが、それ以前に生活の影すら見えない。
年頃のお姉さんの部屋か?
よし、
これなら自前のベッドが置ける。
アイテムボックスからさっき回収したお布団らと一緒に取り出す。
切り替えて行こう。
あの、アカシアさん? どうして残念そうに見てるんですか?
「ベッド、少し近づけますね」
「どちらでも」
あ、拗ねてる。
「まさか一緒に寝たかったり?」
「……少し、こういうのに憧れてたのよ」
どっちの意味だろう?
「女の子の友達と、その、お泊まり会、みたいな?」
「恋バナしましょう!! 恋バナ!!」
もう! いてもたってもいられなかった。
「眠いんじゃなかったの?」
「今はアカシアさんとお話ししたい気分です!」
俄然乗り気な私に、アカシアさんはふふふ、と優しく笑った。
「恋バナかぁ。振るってことは、マリーさんは今、好きな人か恋人が居るのね?」
「いません!!」
「それじゃあ、許婚かしら?」
「いません!!」
「……どうしよう、恋バナが終わってしまったわ」
ベッドに腰掛け足をプランプランするアカシアさんは、何だか楽しそうだ。
「じゃぁじゃぁ、アカシアさんはどうなんですか?」
「私?」
右腕を支柱に首を傾げると、ブロンドが肩からサラリと揺れた。
あぁ、色っぽいな。凄いな。
「んん。好きになるであろうって人、てところかしら? まだ会ったことはないけれど、でも、きっと競争相手が手ごわくなるわ」
「家同士の許嫁みたいなものですか? アカシアさん、やっぱりどこかのお嬢様だったんですね! まさか、お姫様だったりして!!」
いや、お姫様が受付で働くのって、どんな王族だよ。家のしきたりで受付嬢として過ごすとかか? 意味わからん。
飾り気がないというか、インテリアすら無い部屋で一人暮らしって時点で、王族は有り得ないか。そんなアホな王族、キクノハナヒラク帝国だけで充分だ。すると、商豪かな?
でもなぁ、凄く高貴な雰囲気するんだよなぁ。綺麗だし。身のこなしが只者じゃないし。髪を上げてドレスを着せたら凄く似合いそう。
「立場的にはそちらに近いかしらね」
あ、近いんだ。
「相手に関しては、まだ顔すら知らいわ。でも、許嫁とかそんな素敵な関係じゃないの」
わぁ、ロマンチック――ん?
「今は、仲間が隣国のアンスリウムで動向を追っているわ。あちらの冒険者で、確か4人パーティに所属して高ランクに昇格したっていうから、ふふ、研鑽を怠らない人なのね」
んん? 動向を? 追ってる?
「周りには素敵な女性が居るようだけれど、そういった関係にはまだ発展していないって。でも時間の問題とも言っていたかしら」
すとっぷ!! すとっぷ!!
「あ、あの……大変お聞きずらいのですが、その、それってストーカー的な何かでしょうか?」
「要監視対象への配慮をそう呼ぶのなら、そうなのでしょうね」
おい!! ストーカー認めちゃってるよ!!
「だ、だだ、大丈夫なんですか、それ?」
「ふふ、ライバルにマリーさんが居ないなら、問題はないわ」
ポジティブにもほどがあるだろ!? ていうか、私、何気に評価高いな。
「いやいや、無理無理!! 私がアカシアさんと女子力で競うだなんて、絶対無理!!」」
あ、なんか私も変な方向に向かった。
「そうかしら? マリーさんはそこそこ無茶が効くと見たけど?」
無茶=女子力なんですね。
考えがうちのお母さんみたいだ。ひょっとしら、母がたの一族と縁があるのかも。
お父さんはキクノハナヒラク帝国出身だけど、お母さんち、あれでサクラサク国の王族の末席だっていうからな。
サクの所の国の女は相当無茶をする、てお爺ちゃんも言っていた。
「何だか私の知ってる恋バナと違うような気がする……。」
「そう? アタシは楽しいけど」
アカシアさん、砕けてくると自分のこと、アタシって言うんだ。
笑いながら、上着を脱いだ。肩を広く出したニットが現れた。どんどん色っぽくなってく。
「あら? お湯が沸いたようね。たくさんあるから、体を拭いてそろそろ眠りましょうか」
とん、と軽い動作でベッドから降りる。
体重を感じさせない身のこなし。
代官さんの屋敷で、三階テラスに余裕でついて来た。
ほんと、何者なんだろ?
「ふふ、友達同士で体を拭きっこするの、楽しみ」
そういえば、いつの間にか友達にランクアップしてました。私なんかが。本当にいいの? 友達、できていいの? 恐れ多き事なんじゃ?
「って、拭きっこですと!?」
「これも憧れてたのよ。付き合って?」
「吹きっこでなくて、拭きっこってことですよね」
「いえ、吹き合うのがどういう事かは知らないけれど、背中拭いてあげる。さ、脱いで脱いで」
言いながらアカシアさんは肩出しニットを脱いで、エレガントなブラをベッドに放り出した。こういう所は豪快だな。
そして凄いな。凄く凄いな。
ここから先は、まぁ、敗北しかなかったので詳しくは割愛する。あと、少し持たせてもらった。ずっしり来た上に収まらない。
おのれ……おのれ。
拭き終わった後はそれぞれのベッドで眠ったのだが、
ま、結局、
あれだ。
朝、小鳥のさえずりに目が覚めたら、何故か私がアカシアさんのベッドに入り込んでいた。面目ない。
顔を洗った後、二人で食事の準備をした。
アカシアさんを主軸として私はその手伝いだ。とんとんとん、とお野菜を切る隣で、鍋の蓋が煮こぼれないか監視した。
できるもん。
私、料理できるもん。
私がベッドをアイテムボックスに仕舞うと、アカシアさんがどこからともなくテーブルと椅子を2脚取り出した。
なるほど。驚かないわけだ。
「テーブルクロス、そっちお願い」
「はい。変わった柄ですね? こっちの地方じゃ見ないかも」
「ウメカオル国の特産品ね。この模様はあそこじゃなきゃ出せないわ」
確かに、ソリッド調に描かれてるのは梅という植物の花だ。
独自の染料と手法によって、他の国では芸術品としての価値が高い。貴族ですら手に入らないという付加価値がレアリティに拍車を掛けた。流通してないもん。ていうか、交易そのものが無い。
北方のウメカオル国。魔大陸とも呼ばれるサクラサク国。そして我が故郷、キクノハナヒラク帝国。この三国だけは他の列国と毛色が違った。何より、交易は三国間でのみ成り立っていた。
例えば、お米だ。
他の列国にない穀物は、サクラサク国が気候的に圧倒的な産出量を誇っていた。それを流通した原料から、ウメカオル国ではお酒を作ってる。芳醇でフルーティな口当たり。彼の女王はこれをニホン酒と呼んだ。
あれは、美味しい。とても。
あと私の場合、儀式のお清めでも使う。
「そっちの蒸籠、そろそろいい感じじゃないかな? 開けてみて」
「あ、はい――そう! これよこれ!! お米!!」
「うん、いい感じね」
「って、ここここ米っ!? え? お米なの!?」
「そうね。あぁ、研いだの外出る前だったから」
なんか蒸してるなーとは思った。
まさかのご飯とは。旅立ってからは数日で食べ尽くして以来だ。泣けてきた。
「いっぱいあるから、分けてあげるね。俵になるけど、容量、大丈夫よね?」
「もう!! そりゃあもう!!」
いざという時はベッドを捨ててしまおう。
「って、たたたた俵ぁ!? そんなに貰っちゃっていいんですか!?」
「実家から送られてくるのよ。遠慮しないで」
「やはりアカシアさんのご実家、分限者でらしゃるんですね」
「あはは、そんな大したもんじゅあないさね。貴女の方こそ、本当にこんな素敵なもを貰ってもいいの?」
手にしているのは、カツオブシだ。
「うちのお爺ちゃんが作ってるんです。スープのダシに最適なんです」
「お味噌汁よ」
かぱん、と鍋の蓋を開ける。
「お、おおおおお味噌汁!?」
「なめこも入ってるわ」
「な、なななななめこ!?」
なにこのお姉さん!? 異世界転生者なの!?
「凄わね。馴染む。実に馴染むわ、貴女のご実家のカツオブシ。お爺様、さぞ名のある職人さんなのね」
「帝国一番のマイスターと言っていました」
「そう……キクノハナサクで一番の職人は一人しか居ないわ」
「え? 何かいいましたか?」
「さ、早くよそって食べましょう。そっちのお皿取ってくれる? あぁ、お茶碗も。ご飯のほうお願いね」
テーブルに次々と並べていく。
鮭の塩焼き。かぼちゃの和え物。わかめの酢の物サラダ。甘いたまご焼き。そしてご飯とお味噌汁……あぁ、幾日振りであろうか。旅に出て久しぶりに再会する故郷の味達よ。
二人で席につき、手を合わせていただきます。
この、いただきます、という風習。例の三国でしか行われない。逆に言うと、三国の共通点だ。何故か、こうした生活の何気ない風習・習慣が国家間で共有されていた。
そうか。共有してるんじゃないんだ。
きっとルーツが同じなんだ。
「ね、マリーさんも朝からギルドでしょ?」
「はい。師匠……パーティメンバと待ち合わせになります」
醤油さしを手渡しながら、
「じゃあ、一緒に入りましょう」
「お時間、大丈夫なんですか? 業務の準備とか」
「それは専門の係がいるの。ふふ、同伴出勤ね」
「……それ、言わない方がいいですよ?」
「腕組む? ねぇ、腕組んで入っちゃう?」
「何に乗り気なんですか? 嫌ですよ。それだと私、迷子で保護された子供みたいになっちゃうじゃないですか」
「じゃあ、じゃあ――。」
キラキラした瞳でアカシアさんは私の目を見てきた。
「あの鬼神ちゃん連れて行くのよ。きっとみんなびっくりするわ。度肝抜くわよ?」
「あ、サプライズとか好きなんですね……。」
「腕組む? ねぇ、腕組んで入っちゃう?」
「シャクヤクの実体を変えなくちゃ組めませんね」
「え!? 何それ!?」
何て説明したらいいんだろ?
んー。
「美少女モード?」
「素晴らしいわ!! 見せて見せて!!」
「はいはい、ご飯たべてからね。アカシアさん、お行儀が悪いですよ」
「はーい」
美人が幼い仕草するの、やばいな。なんか変な気分になってきた。
「我ならかまわぬぞ、あるじよ」
天井から声が響く。
体を屈めてたとして、あの辺に頭があるのかな。見た目も質量も透明で。でも概念としてそこに在る。式や召喚魔獣や精霊と違って、鬼神は概念が大事。アストロフォースが別宇宙にあって、そっちと同期とってるから、単一でありながら実体が二つある。ややこしい。確かサクラサク国の王様はフォールトトレランスって呼んでるって、お爺ちゃんから教わった。
「できるの? できるの?」
天井に話しかけてる……。あー、もう!! 子供か!!
「勝手な振る舞いの罰は後で受けよう、あるじ。だがあるじの友人であるアカシア殿たっての所望となれば、応えぬわけにはいくまい」
本当に勝手だな。
あと、私にどんな罰が与えられるって?
アカシアさんの方をちらりと見れば、
「友人……ふふ、友人だって。そう見えちゃうのね、もう、やーねー」
違うところに反応していた。
いや、私でそんな風に喜んでくれるのは嬉しいけど。
「ふむ、友人の少なさはあるじと同等と見受ける」
「うるさいわよ!!」
多分、アカシアさんの場合、私とは違う理由だ。美人すぎるのが原因だと思う。昨夜も見たけど、女性の冒険者からは慕われてると思う。でも、その距離感はファンとしての信奉であって、一線引かれてるんだ。
小さくため息をつく。諦めた。
「このままじゃ朝食が進みそうにないわね。シャクヤク?」
「では――アカシア殿、ご覧あれ」
ちなみに、私も久しぶりに見る。旅に出てからはこれが初めてだ。
プラチナブロンドの艶やかな髪は、床にも届きそうだった。結いもせず伸びるのに任せたままだ。その前髪は額から伸びる二本のツノに追いやられていた。おかげで天然のアイシャドウが入った紅い黒瞳がよく見えた
筋肉が花のように咲き誇った昨夜の姿と変わって、細身のシルエットは百合の花を思わせた。どこか歪な姿は純白の着物を着ていたが、大きく開け放たれた胸元から、成熟したたわわな実が零れ落ちそうだ。おのれ貴様もか。
着物には大小の鶴とお日様の刺繍がされていた。金糸や銀糸も編み込まれており、結構なお値段のはずだ。それをラフに着こなすとは。胸だけでなく、動くたびに白いふとももに視線を誘導される。ぐぬぬ。
「如何であろうかの、アカシア殿」
人外の女の子が、着物を萌え袖にしてクルンと回っていた。そんな動きをすると見えてしま――ぶっ!! け、けふん、な、なんでコイツ、ノーパンなんだ?
「可愛いっ!! 凄くいいわ!! ねぇねぇ、この部屋に居る時はその姿でいられない? 力とか消耗する?」
「精神的な疲労以外は特に問題はないな」
「たまご焼き食べる? 食べる? 甘いわよ?」
「ご相伴に預かろう」
「ちょ、あなた食べなくても大丈夫って言ってたじゃない!?」
「あるじよ――栄養摂取と嗜好は別腹なのだと知るがよい。んぐ、うむ、これはこれは、良き甘さよ。たまご焼き。かくも深いものであるな」
早速、うちの自動防衛戦闘システムが餌付けされていた。
お付き合い頂きまして、大変ありがとう御座います。




