148話 移籍
事件は朝のクラスで起きた。
「あの……よろしいでしょうか、ハナモモ様」
俺が入るや否や、クラス全員に囲まれた。もう風物詩か。声を掛けたのはいつも色々と注意してくれる子だ。
……委員長よりも、この子やその級友と話すの多いよな。
何だかんだで構ってくる所を見ると面倒見がいいのか。
「えぇ、何でも聞いて下さい」
邪険に出来ないのは人情ってもんだ。
甘いと言われるかな、マリーには。
「ハナモモ様はその、聖堂で『昼食会』を秘密裏に開催されてると伺いました」
色々な人にバレてるけど、確かに秘密ではあるか。
サザンカも教会の上層には黙秘すると確約したし。
「大した事ではありませんよ。気の合う仲間達と語らいながら料理を頂戴するだけです」
途端に騒ついた。
「気の合う仲間!? やはり上流貴族の会合というのは本当だったんだぜ!!」
「語らいながら……まさか利権の分配について協議してるのか」
「料理を召し上がるとは、何かの隠語かしら」
「今朝も王家の馬車で登校されるのを拝見しましたわ」
「俺は昨日、教会の聖騎士様が聖堂に入られるのを見たぜ」
……えぇと。
「「「(何としてもこのビッグウェーブに乗らなければ!!)」」」
妙に殺気立ってきたな。
「は、ハナモモ様!! 是非、俺もその『昼食会』に参加させて頂きたく!!」
「お前だけ抜け駆けか!! ハナモモ様、自分らにも是非に!!」
「お待ちなさい、今はワタクシが話していたのよ!!」
「あの、ハナモモ様、今まで御免なさい。私、クラス委員長なのに、助けになってあげられなくて」
「どうか豚と罵ってくれ!! 蔑むような目で!!」
堰を切ったようにクラスメートが押し寄せた。
あと、最後の何かおかしいぞ?
「え、いえ、あの、ひとまず――ぶ、豚」
「「「(そっちを叶えた!!)」」」
扉が勢い良く開いた。
「隣が騒がしいと思いましたら、まだこんな所にいらしたのね!!」
金髪縦ロール。スミレ様だ。
これもパターンになってきたな。
その両隣で、
「昨日はお食事にお招き頂き、ありがとう御座いました」
彼女の級友二人が深々と頭を下げる。
招いた覚えは無いが、クラスが「やはり!!」と騒ついた。
彼女達の距離感は好ましく思う。
よく見ると取り巻きでは無い。本当に友人の振る舞いだ。
取り巻きなら言葉を挟めないもんな。
「さぁ行きますわよ!!」
「って行くってどこへ!? もうすぐ教員が来ますけど!?」
強引に連行するから抵抗しちゃう。公爵令嬢が何を今更という顔で振り向いた。
「ワタクシ達のAクラスに決まってますわ!!」
何で一切の迷いが無いのこの子!?
「待って、追いつかない、色々追いつきませんですことよ!?」
やべ。喋りが合ってるのか分からなくなってきた。
と、横から、
「混乱なさるのも無理はありません。スミレ様は言葉が足りないお方ですので」
足りないのは言葉だけか?
「君らも苦労してるようだね」
「いいえ。とても素敵な時間を過ごさせて頂いています」
「スミレ様が有道を常とされるから、私たちも誇らしく感じるのです」
取り巻き改め、公爵令嬢のご友人はうっとりと手のひらを合わせていた。
「それより、さぁ行きますわよ!! 今行きますわよ!!」
ちょちょちょ、だから待てい!! 説明しろ!!
「せいてはいけませんわスミレ様」
「ハナモモさんも戸惑っておいででしょう」
ナイスだ、えーとアザミさんとアサガオさんだっけ? もっと言ってやれ。
「そうね。説明は大事ですわね」
よし、そのいきだ。
「端的に言うとハナモモさん、貴女はワタクシ達のAクラスに偏属したのよ」
端的にも程がある!!
「だから貴女はもうワタクシの妹も同然。異論は無くて?」
「むしろ異論じゃ無いものが多過ぎます!!」
「なら道すがら説明するから理解なさい」
いや隣のクラスじゃん。
「お待ちになってスミレ様!!」
クラスの皆んなが立ちはだかる。
「例えスミレ様でもこれは横暴ではありませんこと?」
いつも注意してくれる子だ。
「ましてや学園内での権力の行使は固く禁じられているはず」
「権力とは公爵家の事を仰ってるのかしら? この程度の事にお家の力など必要無いわ」
書類をバーンって突きつけてきた。持って来てたのそれ?
「昨日の定例教員会議で転入生の処遇について意見が上がったわ。結論だけ言えば馴染めず孤立した現行クラスから翌日を以ってAクラスに移籍することが決定。つまり、ハナモモさんはこの時からワタクシの妹になる正当な理由ができたわね。祝福するわ!!」
最後の所、まるで正当性が見出せない。
「そんな……どこからそんな意見が!? まさかスミレ様!?」
「嫌ですわ。まるでワタクシが手を回したみたいじゃないですの?」
みたいじゃなくて、絶対根回ししただろ。
そういやアマチャが昨日、俺の議題がどうこう言ってたな。これの事か。
「そもそも、ハナモモさんを疎外したのが生徒の間に広まり教員が看過は厳しいと判断されたのでしょう? 別に仲良くしろとは言ってません。要らないのならワタクシが貰うというだけの話ですわ」
いやめっちゃ疎外して良かったよ!! ぼっちサイコー!!
「そんな話はしてないじゃないか!!」
「そうだ公爵家の横暴だ!!」
「Aクラスは転校生を勝手に移籍させるな!!」
いや教員会議で裁決されてるし。突き出された書類、大きく学園長のサインも入ってるじゃん。こいつらルサンチマンが過ぎやしないか?
「皆さん……私のことを想って下さるのは大変光栄な事ですが、教員会議の可決を拒否することはできませんので、あの、その辺で」
「「「部外者は黙ってろ!!」」」
えー……。
「だったらこうしましょう!! 多数決で決めるというのはどうでしょう!?」
「確かにそれなら全員が納得いくな!!」
「歴史に残る平和的解決だ!!」
いや学園史に残る愚行だと思うけど?
「多数決なら当然――他のクラスや学年、教員に学園長、それと理事会も含まれますわよね? 貴方達のハナモモさんを慕う気持ちはよく分かりました。では早速、投票管理委員会を設立しましょう」
スミレさん……えげつないな。
衆寡敵せず。さて、どちらの事だろうな?




