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147話 マリーの笑い声

 担任は、打ち解けてしまえば好青年だった。

 気弱そうに見えたが、研究の話題では弁舌になる。なんか色々な理論を捲し立ててきた。


 ……クランとなら話が合いそうだな。


「以上の経緯の末、明日の放課後から担任教師のラボに詰める事となった」

「サツキさん、タラシですね」

「その男、絶対にご主人様に好意を寄せてますよ」

「よくある『コイツ、俺に惚れてるだろ』てやつですね。流石はサツキの姉さ兄様。えげつない」


 あれれー?


「いや教師と教え子だよ? ラボに通うのだって、彼の研究課題の支援が名目だって」


 淵源(えんげん)に到達せんとする心意気は買うんだけどね。まず好み(タイプ)じゃない。


「サツキの姉さ兄様。年若い娘が独身男性の部屋に通う意味をもっと真剣に考えてください。通い妻の意味を真剣に考えてください」

「お前だって同じ学生だろうが!! もっと言うと俺、君の後輩って設定だよ!?」

「尚更、一人でそんな危険な場所に向かわせる訳にはいきません」


 君が通ってる学園だよ?


「密室のラボ。教師と生徒が二人きり。何も起きない訳もなく」

「マリー? 起きないよ?」


 お前ら。不安を煽るな。


「ご主人様、明日からというと本日のサークル訪問は取り止めという事でしょうか」


 ガラ美。分かってきたじゃん。


「ああ、さっさと終わらす。学年主任の方だ。クラブ活動の件じゃ苦情が来てたし、切替え時期だったんだろうね」

「私にかかればざっとこんなもんですよ」


 マリー? 君のせいだからね?


「放課後は教員会議がありますね。定例のものです。昨日の騒動もありますが、辺境伯嫡男令嬢が揃って臨時講師を請負ったりと議題は多いでしょう。特にサツキの姉さ兄様の件は時間が掛かるかと」


 え、俺が何?

 ていうか君は何で教員会議のアジェンダ把握してるの?


「ではご主人様。すぐにでも」

「ワイルド達がこれを見越してくれてたとは思えないが、機会はこのまま利用させて頂く」


 学年主任には各々執務室が充てがわれていた。就任は勤続年数が大きく考慮される。信頼もあっただろうに。


「マリー。五号生棟の上階西角だ。行けるか?」

「貴方のマリーはいい女。そう思いません?」

「今すぐ夜景の綺麗なレストランで指輪を渡したいくらいだよ」

「しょうがないサツキさんですね。あ、私はサツキさんのものにはなれませんので」

「今のくだり、要るの?」




 重厚な扉が内側から開き、部屋の奥からマリーが現れる。


「土は落とさないでくださいね」

「心得てる」

「お二人は?」

「北階段と西階段に待機してもらってる。見張り程度だが万が一の時は時間稼ぎだ」

「結構です」


 何処からか忍び込んだマリーが、体をずらして招き入れる。

 五号生学年主任の執務室で、最初に視線を捉えたのはドアの対面にある窓だ。

 綺麗なもので、こじ開けた形跡は無い。


「ああ、これですか? 前にここの隣国で貴族の館に押入った時、みんなでガラスを割って入り込んだら中に居た代官に凄く怒られたんですよ。なので少し工夫してみました」


 ……情報量が多すぎる。


「君に完全密室は通じないのか」

「良い情報があります。密室に閉じこめられたら、多分普通の女の子ですよ?」

「またまた、ご冗談を」

「いえいえ、本当に」


 自在に密室に潜入し、式も放つ鵺も鬼神も放つ奴が?


「密室だから中で何が営まれたかは誰にも分かりません」

「営むなよ……。」

「営まないと出れない密室なんですよ」


 それ、もうお前の仲間使ってるだろ。シャクヤクとか。


「それより早いところ目的のものを確保するぞ」

「最悪、私のスカートの中も捜索範囲ですね」

「可能な限り最悪の事態は回避したい」

「ラジャ!!」


 手袋を嵌め、書棚に向かう俺。

 猫さんグローブを嵌め、壁の絵画に向かうマリー。


「ちょっ!! ちょちょちょっと待て!!」

「はい?」

「何その肉球グローブ!? え? それで何する気なの?」

「肉球は指紋の付着を妨ぎます。師匠モデルです」

「どっちの!?」

「サツキさん…… カタバミさんな訳ないじゃないですか。怖いですよ、おっさんが肉球とか付けてたら」


 何気に失礼だな。

 いや怖いけどさ!!


「それでは早速」


 と壁に掛けられた絵画に向かう。


「ちょっ!! ちょちょちょっと待て!!」

「もう、今度は何ですか?」

「え? 迷いなくそっちに行ってるけど、目的の在処知ってるの? まさかそこに隠し金庫とかあったりするの?」

「そんなベタな隠し場所な訳ないじゃないですか」

「だよな。流石に安直だよな」


 安堵したのも束の間。

 マリーが絵画に手を掛ける。


「隠し金庫なら、サツキさんの目の前ですよ?」


 じゃこんと絵画を縦にスライドすると、俺の目の前の書棚が合わせてスライドした。


「……。」


 おい。


「さぁてと。あ、これ初期型のダイヤル式ですね」

「……。」


 おい。


「にゃんにゃんにゃが、にゃんー、と」


 奇妙な歌声と共にダイヤルを回す。

 肉球で。


「はい開きました」

「……。」


 壁付き金庫を開ける。


「あ、何か帳簿のようなものがありましたよ。見てくださいサツキさん、何か帳簿なようなものが金庫に入ってますよ。御手柄ですね」


 ……もう嫌。おうち帰る。




『王立教育機関や、んまぁ公共事業のようなものは、私ら商人は共有案件として参画するのが常でして。勿論、認可証の必要はありますが、どこか一方が請け負うって事は基本あり得ない話で。えぇ』


 そう切り出して提示してきた資料には、ある卸商が特定されていた。


 ――そう言ったて、実際に取引が始まれば周知にもなるだろう?


『そこで不認可の店子ですよ。本来指を咥えて見ているだけの彼らに斡旋する事で、表向き組織だった取引をして見せたんです。まぁ直ぐに露見する素人の偽装ですがね』


 まったく、今回はセンリョウさん様様だぜ。

 そのはずだった。

 そうなる予定だった。


「よく考えたら自分で証拠を残すって変な話ですよね?」


 馬車の中で、成果物をペラペラ捲り基本に立ち返っていた。


「数字で儲けが分からないと安心できないんだよ」


 これもセンリョウさんの受け売りだ。

 収支が煩雑になっても空で利益を弾き出せるのなんて商人ぐらいだ。

 ましてや、コレを特定して持ち出せるヤツが居るとは思うまい。


「式とシャクヤクか。国家機密も暴きかねないな」

「夕べ知り合いのお姉さんに会ったのですが、お姉さんのお父さんは式返しができるそうで歯が立たなかったって言ってました」

「何だよその親子。親子喧嘩で呪詛撃ち合ってるの?」

「雑霊の使役ですからね。万能なんかじゃありませんよ」


 あるページで指を止め、マリーは俺に帳簿を押し付けてきた。


「サツキさんの話しと取引が一致します。よくこんな根拠入手できましたね」

「こちらの立場を伏せたままでも協力してくれた子が居てね。流石は本職のアクトレスには敵わないなぁ」

「むぅ。新しい女の匂い」


 マリーがスンてなる。


「女性とは言ってないが」

「アクトレス」

「ぬかったわ。昼食会のお礼だそうだ」

「それ、色々バレてません?」


 ハハハ、まさかそんな訳ないだろ?


「サツキさん」


 マリーが隣に移動してきた。

 横から俺を見上げる形になる。


「私いっぱい活躍しましたよね」


 ていうか、俺の方こそ何もしていない。


「ご褒美、貰ってもいいですよね?」


 それが目的か。

 確かに、事前の情報は有ったにしろマリーのお陰でスムーズに事が運んだのは事実だ。


「公序良俗に反しない範囲なら」

「でしたら……。」


 躊躇いがちに言葉を切る。

 濡れた黒い瞳に吸い寄せられた。ひたむきな願いだったろうか。


「クランお姉さんと二人きりで営む時は、そばで見学させてください」

「それ二人きりじゃないよね!?」

「ぐぅえっへっへへへ」


 久しぶりに聴いた汚い笑い声だった。

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