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146話 アレによく似たもの

「昨日、近隣の教会に通報があったのよ。王立第一学園の聖堂で香ばしくていいい匂いがするって」


 誰だよそんなの訴えたの。


「確かに昼飯はここで摂ったが、それで聖騎士長補佐がなんだって出向くんだ?」

「立場上は新参なんだから仕方ないでしょ!!」


 そもそも教会騎士や聖騎士に回す案件でも……あー、タライ回されたな。

 元々の地位が盤石じゃ無いからって。


「それで? 貴方達は何をしてるのかしら?」

「お昼ご飯だ」

「シスター? 貴女まで一緒になって?」

「お昼ご飯です」

「止めなさいよ!! 貴女の管轄でしょ!!」

「し、仕方がなかったんです!!」


 くそ、この期に及んで裏切る気か!?


「美味しそうな匂いだったんですから!!」


 裏切る気すら無ぇ!!


「この匂いを嗅いでしまったら、ご相伴にあずかるしか無いじゃないですか!!」


 逆ギレかよ!!


「……に、匂い……やめて……匂いの話だけは」


 トラウマになってんじゃねーか!!

 俺か? 俺が悪いのか? いやいい匂いの通報があったとか自分で言ってたじゃん。


「大丈夫です。どのような罪もシンニョウレン様はお許しになられます。大切なのは悔い改めようとする心です。さぁ懺悔するのです」


「「冒険で野営中に」」


「サザンカの」「サザちゃんの」


「「蒸れた足の裏をタイツ越しに嗅いでごめんなさい」」

「うがーっ!!」


 手を胸の前で組む俺とクランに、サザンカが頭を抱えて絶叫する。


「「神よ、凄くクセになる匂いでした」」

「そんな事まで報告しないでよ!!」


 ……これトラウマ(えぐ)ってないか?


「どうしましょう。予想以上の事態に言葉が思いつきません」


 アヤメさん。そこで投げないで。


「だ、だだ大丈夫です、聖騎士様。(しゅ)は仰られました。右の足を嗅がれたら左の足を差し出せ、と」

「両方いっぺんに嗅がれてたのよ!!」

「おお神よ」


 アヤメさんが天を仰いだ。

 おい。俺たちは悔い改め損か? おい。


「貴女にはわかる? 密かに敬慕の情を募らせた二人に、ずっと履きっぱなしだったタイツ越しに嗅がれる絶望を!! 遠征の時なんてね? 数日履いて汗とか染み込んで自分でも気になってたのよ!?」

「たはぁ……それは絶望しかありませんよね」


 おいシスター? 何同意してんの?

 ていうか昨夜は「ちょっとだけ」って言ってたよね?


「果たして、絶望だけでしょうか?」


 ケバブを食べてたはずの演劇部員がホークを置いた。


「私にはわかる気がします。許されるのなら私だって!!」

「アカネ君、君は何を言ってるのかな?」

「お姉様のこと、ずっと我慢していたんですよ!!」

「そうか……君もそちら側だったんだね」


 コマツナギさんが困ったように眉を寄せる。

 どうやら他所様に飛び火したようだ。


「しかし、可愛いアカネ君に嗅がせていい匂いなど、私は持ち合わせていないよ」

「悲しそうな顔をなさらないでお姉様。お姉様から発するパルファムなら、例えそれがどこから溢れたものでも私にとってはご褒美なのです」

「アカネ君……。」


 手を取り合う二人に、意外にもマリーが頭を抱えた。


「違う……デキてるって、こうじゃない……。」

「彼女らなりの距離感があるんだろ」


 正直、あまり人の事はいえなかった。




 人知れず、聖堂で秘密クラブが開催されるという噂話が流れた。

 参加者は皆、高位の貴族か教会の重臣という。彼らはそこで、貴族社会の影の交流とコネクションを深めあったらしい。


 ……いや、ここ学園なんだけど。


 あ、でも、公爵令嬢と辺境伯嫡男と辺境伯代理と教会騎士、それも聖騎士長補佐が揃って唐揚げやケバブ食べてるのは秘密にせざるを得ないか?


 また、謎の主催者に認められた一部の生徒だけ、その会合に招かれるという。


 ……謎の主催者、俺か?


 一部の生徒ってのはコマツナギさんと演劇部の、確かアカネさんだっけ?

 確かに俺が招いた形になったけどさ。

 一緒にご飯食べてただけだよ? 二人の間で色々あったのを除いては。




 午後のクラス。恐怖で慄く様は見ていていたたまれなかった。




 流石に悪目立ちし過ぎた。

 警戒される前に動く。顔繋ぎしとこう。


「講義の教材でしょうか。お持ちするの、手伝わせてください」

「わわっ」


 スクロールの束を取り落としそうになるのを、横から慌てて受け止める。

 若い教師は驚いた風に丸眼鏡の奥で目を大きくした。

 彼が気づいた時は顔が急接近ってやつだ。これを見越して背後から声を掛けたんだ。


「すみません、私ったら。先生が見えたので脇目も振らず声を掛けてしまいました」


 今やっと状況に気づいた風に身を離す。


「ハナモモさん……?」


 2号生Bクラスの担任は、五人居る魔法科教師の一角だった。

 未婚で恋人も居ない。ペットに魚を飼育してるらしいが品種は不明。取り分け功名心もなく無難に教師生活を続けている。


「教材、半分持ちますね。教員室……では無いですね。専科でしょうか?」

「あ、あぁ、ボクのラボだよ。気を遣ってくれてありがとう」

「いえ、私がお手伝いをしたかっただけですから!!」


 スクロールの軽い荷物を受け取り、歯に噛んだ笑顔を見せる。


「研究室をお持ちなんですね? 凄いです!! ポーチュカラの分校ではそこまで先鋭的ではありませんでした」

「興味がおありですか?」

「それはもう!! ――あ、すみません私ったら、はしたない」


 これぐらいでいいかな。

 接近し過ぎもうざいし。せっかくだ。生徒という立場を利用させて頂く。


「本当は本日の講義でもう少し踏み込んだ事を伺いたかったんです。ああ、でも現職の魔道士の研究室も体験してみたいし……。」

「授業の質問だね? 手伝ってくれるお礼だ、ラボに歓迎しようか」


 よっしゃ。




「研究の専攻は――古代魔術系統ですね。帰属するのは、地獄門ということは召喚系といった所でしょうか」


 散乱する図書資料と板書の殴り書きから適当に類推する。

 まぁ素人の適当だ。当たるもんか。

 研究成果や命題を他人の前に転がすほど、魔道に無頓着なわけが無い。


「……分かるのかね?」


 眼鏡の奥に怪しい光が灯るのを見た。気づかないふり、気づかないふり。


「稼業で魔法使いさんや魔導士さんと交流もあれば、珍しい標本も流れてくることも。知っている系統だったので推測ですが。当たったようで嬉しいです」

「それは凄い。君のような学生は稀だからこちらも嬉しいよ」


 窓際のブラインドを開ける。

 細かい埃が、粒子のように光を反射した。研究室と呼ぶ割に、あまり使われてないのかな?


「皆さんは、興味がなさそうですか?」

「協力してくれる生徒は多いけど、探求する意欲まではなかなか。ここは先端の研究結果が集中する反面、生徒の大半が貴族だからね」


 協力者? 研究に賛同する割りに人の出入りは少ないようだが。


「自分が稀有だとは理解できます。ご同輩がそんなに多いかと期待してしまいました」

「クラブ活動のようなものさ。興味があるなら、今度メンバーに紹介しよう」

「それは楽しみです」


 この散乱した部屋に複数名は手狭だ。

 埃の舞い方。

 その会合とやらは別な場所が有るってことかな?


「拝見してもよろしいでしょうか?」


 板書を指す。


「セクショナリズムは反感を買うしね。ただの落書きでよろしければ」


 にこやかに笑う。そっか。見られて困るものは書かれてないか――っぶ!?


 思わず吹き出した。

 不意打ちだ。


「どうしたのかね?」

「い、いえ、何でも……。」


 黒板の隅っ子に掛かれた術式とイラスト。

 オダマキで対峙したエビメラに非常に似ていた。

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