145話 聖堂会合
前回は、趣味全開な総集編になりました。
こうして振り返って見ると……ろくなことやってねー。
家紋が無いと逆に目立つ反省から、ちゃんとした馬車を調達した。
ベリー家も車両の予備はあるが、俺の都合で占有は避けたい。ダメ元で依頼主(ちょうど昨夜の馬鹿騒ぎに居た)に必要経費で調達の可否を問い合わせたら、すんなり要望が通った。
『いいわ徹底的にちゃんとしてあげるから!! ロイヤルご推奨よ?』
たった一言で疑懼の念を抱かせるプリンセスよ。
翌朝、豪奢な外装に贅を尽くした内装の馬車が来た。通学用じゃねー。
御者役は変わらずシチダンカとガラ美だ。
馬車着き場に到着すると、昨日以上の騒ぎになった。
「み、見ろ、王家の家紋だぞ……。」
「まさか、いや、確かに王家のものだが」
「スミレ様のご親族では無いのか?」
「だったらヴァイオレット公爵家の紋が入るはずだ」
……がっこう行きたくない。
文字通り門前市を成す有様に、馬車の中で頭を抱えた。
いや何手配してくれてんだよ。
「人気者ですね」
向かいに座る大輪の菊の花のような笑顔が嫌味ったらしい。ちきしょう。
「今日も……。」
「はい」
「晒し者の一日が始まる……。」
「はい」
御者台から颯爽とシチダンカとガラ美が降り立つ。
馬車の分厚い扉を開け、彼が一礼し奥へと手を伸ばしてきた。
エスコートされながらタラップから降りると、水を打ったような静けさが迎える。
想像を絶する余り、無感情になった視線が物言わぬ木立のように並んだ。ほんとごめん。
「あの、み、皆さま。ごきげんよう」
泣きそうな顔でスカートを摘み膝を折る俺に、挨拶どころか反応する影すらなかった。
白昼夢のような光景だ。連中にとっても。俺にとっても。
「ご機嫌麗しく、我が光の主様。本日もお美しく存じます」
シチダンカから手を離すと、いつから待ち構えていたのかアマギアマチャが優雅に礼をする。
……お前らは、ほんとブレ無いのな。
「ここからは任せた」
「おうよ」
「かしこまりました」
アマチャはシチダンカ相手だと元の冒険者風になるんだな。
彼を従えクラスへ向かう間も異様な視線に晒されたが、一人になり自席に着いても変わらなかった。
だが、空気が違う。
昨日の排他的な気配はない。
もうどうしたらいいのやら諦めの視線だ。隅の方から「まだやるのかハナモモ様」と畏怖の念すら篭めた声がした。
そのまま講義に突入。
休み時間は気を効かせてクラスから退出すると、緊張が解けた歓談の声が聞こえてきた。
昼の長い休憩時間。
当然のように大聖堂が会食場に化けていた。
テーブルと席、増えてる……。
「取り込む算段が付かづ、足踏みしてるといった所でしょうか」
マリーの所にもこっちのクラスの話は入ってるようだ。
「ベリーお兄さんやクランお姉さんとの関係だけでも対処に困るでしょうに、今度は王家ですものね」
「だから大人しくウチの設備を使ってりゃ良かったのによ。今更下手に遠慮しやがって」
「う、うん……。」
お前と距離取りたかったんだよ!!
あの時な? クランが来なかったら、このままいいかな、とか思っちまったよ!!
「ケッ、生まれで優駿を付ける連中にはキクだろうよ」
「ベリー辺境伯ときて王家の紋入りですものね。ワタクシだって引きますわよ?」
しれっと会食に混じる縦ロール。お前もよくよく聞けば公爵家じゃねーか。
ていうか本当何で唐揚げ食ってるの公爵令嬢。級友の二人も申し訳なさそうに席に付いているし。唐揚げ食べてるし。
「恐らくはハナモモ嬢が警戒されるのは別の理由かと存じます。ケバブうめぇー」
「お褒めに預かり光栄に存じます」
取り皿の肉を食うシスターに、目の前で取り分けるシェフがにこやかに返した。
「……私は……お肉よりお野菜」
「朝に収穫したものです。代行に喜んで頂けるので農園勤務の者も張り切っておりますよ」
執事がクランの前にサラダの盛り付けを丁寧に置く。
「ハナモモ様には、ワインなど如何でしょう?」
「あんたは何で毎回俺を酔わそうとするの?」
「ハハハ、滅相もない」
御神酒が入った顔で授業出れるかって。
「シスター、別の理由って言ったか?」
「乗馬クラブはトラブル解決のため一週間の活動停止を宣言したと聞きました」
「うん、俺たちのせいだなそれ!!」
何というか、凄く申し訳ない。
「私の所にも聞こえてきました。鬼神の姿をしたオーラを放つ娘がサークルクラッシャーとして敏腕を振るったと。サツキの姉さ兄様が向かわれた時間に一致するので何があっても不思議では無いと思っておりましたが」
不思議に思っとこうよ?
あとサークルクラッシャーの意味。
ほら。入り口でコマツナギさんが微妙な顔をで見てる。もう一人も見覚えが……ああ、演劇部の子か。
「って、ナギ様!?」
俺が声を上げると、知った顔を見つけたとばかりに表情が緩んだ。そりゃ、聖堂に来たら公爵家や辺境伯家が和やかに会食してるんだもんな。びびるびびる。
「お食事中のところ失礼します……私たちは祈りを捧げに来たのですが、お取り込み中でしたでしょうか」
「大丈夫です」
アヤメさんが立ち上がる。ここからはシスター仕事だ。
「皆様の分の席も用意して頂いております。どうぞこちららへ」
「いや祈らせてやれよ!!」
大丈夫な要素どこ行った?
そいや参拝に来る生徒にも振る舞って欲しい旨を言ってたな。
二人は奥の本堂に通され、本人に似てもいないシンニョウレン女神像に手を合わせた。
滅茶苦茶こっちを気にしながら。
「あの二人――。」
こそりとマリーが耳打ちしてきた。
一般生徒と思ったが、何か勘づかれたか?
「デキてますね」
「知らないよ!!」
何の話だよ!!
「おおかた、聖堂は人気が無かったはずとイチャイチャしに来た口ですよ」
……そういや俺たちも人気のない所を求めて辿り着いたんだっけ。
今ではこんな大所帯でいい匂いを漂わせてるが。
祈り終えたコマツナギさん達もテーブルに混ざり、大小彩の良い皿が並べられた。参礼の間に準備されたのだ。
そして戸惑う。
誰に断りを入れたらいいのか迷ってるんだろうな。管理者のシスターも、人員を手配したベリー辺境伯代行も、公爵令嬢も揃ってんだもんな。
「ベリー辺境伯王都邸のシェフが腕を振るったんです。是非堪能して行ってください」
促すの、俺しか居ねーよ。
「ご馳走になりますね、ハナモモさん」
「頂きます、ハナモモ様」
あーあ。
これでこの会合のホストが俺になっちまったよ……。
ま、ベリー家の料理が喜ばれるならいいか。ここの飯食べて大きくなった身としては。
「ちょっと、どういう事よこれ!?」
入口から、またも聞き覚えのある声が響いた。
慣れたせいか、みんな食べるに夢中だ。いや誰か構ってやれよ。
アヤメさんが俺を見る。
……。
……。
え? 俺が対応するの?
どう見てもアヤメさんの客だよね?
今、一番顔を合わせづらい人なんだけど……。
ワイルド。は、ぶっ殺しそうな目で見てくるし。
クラン。も頬に熱を帯び顔を横に振ってるし。
あー、もう!!
「昨夜ぶりだな。こんな学園の聖堂にまでどうしたってんだ?」
「っう、サツキ……。」
視線を逸らされてしまった。
俺もつい見てしまう。
サザンカの足元に。
「って見るなー!!」
どうやら今日も蒸れているらしい。




