144話 地下の査問会議
ランド状の石壁が剥き出しになった地下室で、両手首を頭の上で拘束される。拘束具の先端は鎖になっており、その先は天井の幽冥に消えていた。
……。
……。
せめて着替えさせて欲しかったな。
結局あのまま――キャミとガーターのまま連れ込まれたよ。鎖は余長が十分で、磨かれた岩を敷き詰めた床に、崩れるように座らせられていた。
あと、目隠しされた。
連れ込む前にやれよ、素人が。
……いや、プロが居ても嫌だな。
「これより……査問会議を始めます。尚……ご覧の通り被告の視覚は封じており……証言人の仔細は秘匿します」
いやこれクランだろ。
「では……第一証言……トップバッター張り切ってどうぞ」
何なんだ?
「はい!! 今日は勝ちに行きたいと思います!!」
マリーかよ!!
「先日、ツバキお姉さんにも言った通り、美人メイドさんの股間にサツキさんが潜り込んでいた事案が目撃されました」
いやお前じゃん、それ広めてるの。
「問題はその美人メイドさんなんです。なんとクランお姉さんの実兄にしてベリー辺境伯嫡男のベリーお兄さんだったのです!! すっごく綺麗でドキドキしました!!」
……それ俺のせいじゃないよね!?
周囲が騒ついた。
「確かに美しいお方ではありますが。私もちょいと胸が高鳴ったのは認めますがね、えぇ」
「兄さん……時々ズレた事するから……。」
「この証言だけでは不可抗力の線も拭えないか」
「その件については、私も口出しはできぬが」
「オダマキ様の仰せの通りだ!! むしろワタシに何を采配しろと!!」
いや何人連れ込んだんだよ?
「あ、サツキさんはまんざらでもないって顔をしてました」
おいこら!!
「「「ギルティ」」」
ほんと何人連れ込んでるの!?
「では続きまして……第二証言、お願いします」
続くんかい。
「えぇ、では私から」
センリョウさんかよ!!
「事が起きる直前まで、被疑者とお会いしておりました。それでせっかくの再会を祝してと、まぁ今後の仕事上のお付き合いもございましょう? お食事でもご一緒にとお誘いさせて頂いたんですがね。お屋敷で夕食の用意があるからと頑なに断れてしまいまして。まぁそれなら後日にでもと話は終わったんですが――今思えばあの時は既に計画を立てられていたのかもしれませんねぇ」
いや普通に怖かったから。なんか強引だったもん。
「待ちたまえ。確かオオグルマでもサツキくんを誘っていたね?」
「あの時もフラれてしまいましたが……どこかでお会いしましたか?」
「こちらが一方的に知っているだけだ」
「だが、これは冒険者サツキ殿の身持ちの硬さの証拠になるのではないのかね?」
「サツキくんってばワタクシの誘いも袖にするくらいシャイなんだから!!」
……いや、待て。待て待て。あんたら何で居るんだよ?
「ならば、対外的には節度があるということで、諸君らはよろしいかね?」
「「「保留」」」
保留かよ!!
「身持ちが硬いと仰せですが、そのような判断は……この方の証言を聞いてからにしましょう。第三証言……はコンプライアンス上、一部音声を変えてお送りします」
うわぁ……。
「え、えぇと、僕からは一言」
特殊なガスでキーを変えたような声。
性別も年齢も分からない。
「あの時、ホテルでサツキさんが沢山良くしてくれたのに僕だけ良くなってゴメンナサイ!!」
「「「ギルティ!! ギルティ!!」」」
君は何でここでぶち込んで来るんだよ!!
いや悪いのは俺だけどさ!! 俺だけどさ!!
「コデマリくん!! 沢山って、どれくらい!? 具体的にはどれくらい!?」
名前出してんじゃねーよ!!
「……。」(すっ)
「ええ!? その指は……5回も!?」
言い訳できない!!
「なんて乱れてるのだね、近頃の若者は。確かに我が領軍の情報士官も戻ってきてから上の空だったが、よもやそのようないきさつとは」
「これなら、あのままオレが手ほどきをしてやれば良かったものを。いや、だが娘たちの手前オレが親密になるわけには……むしろ今からでも?」
「お父様? お母様方には逐次報告せよと仰せ使っています。これ以上、『本妻』を増やしませぬようにと」
「ひぃぃ!?」
つか何であんたらこんな所に来てるんだ?
「どんな風でした!? サツキさん、どんな風に可愛がってくれましたか!?」
マリー、うるさい。
「仔細……知る義務があります」
「わたくしもご主人様のご要望に応えなくてはなりません。そのためにも是非」
「アオイも、聞いておきたい。戦略。シロと練る」
失禁女と野ション女が何か言っている。
「はい盛り上がって参りました……続いて第四証言……かっ飛ばしていきましょう」
「カサブランカの冒険者ギルドで受付業務を行なっていた頃です」
そこまで遡るんかい。
「ちょっと用があってダンジョンの最下層を訪れたのですが、遠目に、ベリー辺境伯嫡男殿に深く貫かれるサツキさんを拝見しました」
剣で刺されてるからそれ!!
「とても激しい二人を見て、この方達はそういう関係なのではと懸念しましたが、まさかこのような事になるとは」
確かに激しいけどさ。
あと、ダンジョン最下層をちょっとスーパーに行くみたいに言うな。
「それは差しつ差されつというやつでしょうかねぇ。いやぁ、羨ましいことでして」
くそっ、商人ジョークか!!
「言ってくれればワタクシが王家の宝剣で!!」
刺されるの趣味な人みたいに言うなよ!!
「サツキさんの純血はベリーお兄さんに奪われてたんですね!!」
「あんた達、露骨過ぎるわよ。マリーさんもはしたない。あまり品性に欠くとキンセンカ様が悲しまれるわよ?」
「アカシアさんは綺麗過ぎるんです。潔癖症ではサツキさんのお嫁さんは務まりません!!」
俺、何なの? ていうかアカシアさん? 誰だよ?
「お嫁さん!? あ、アタシはそんな、まだちゃんと話したことも無いのに……!!」
「マリーさん、あまりおちょくられては困ります。シアちゃんはこう見えて純情少女なんですから。私達とは違うんです」
「クロがわかった風な事言ってマウントをとってくるわ……。」
いやそれマウントじゃ無いから。
「こちら側みたいに言ってますけど、プリムラじゃお見合い相手を差し置いてフィアンセを連れ込むだなんて、この泥棒猫が!! て思ってました」
「あ、そんな風に思われてたのね……。」
いやそれ立場逆じゃね?
「中弛みが酷いので……ここでギアを上げていきたいと思います。第五証言にして弁護人……盛り上げていきましょう」
「どちらかと言うと、サツキってば女の子好きよ? だってあたしに告白してたもの」
おおっ、と周囲がどよめきに満ちた。
駄目だ、コイツに証言させると何言い出すか――。
「それによくあたしを見てるし。冒険で遠征中は、あたしの髪やうなじの匂いとか嗅いでたわね」
よし手遅れだ。
いや実際そうだけどさ!! 何暴露してくれてんだよ!!
「ダンジョン攻略中に野営が続いた時なんて、汗でちょっと匂ってあたしも気になってるところ嗅がれたり。その……交代で睡眠とるときとか、ブーツ脱いで寝る派なんだけど……くんくんって、ね?」
「何ですかそれ!? サツキさん、汗で蒸れた女の子の足の裏を嗅いでたってことですか!? 妖怪ですか!? そういう妖怪なんですか!?」
「そういえば私も鎧で蒸れた所を嗅がれたました」
「あ、僕も後ろからぎゅっとされた時とか、すんすんって」
やめてくれ……。
やめてくれ、もうこれ以上は……。
「あ、それ……私が子供の頃に仕込みました」
クランおめーかよ!!
「「「仕込んだ!?」」」
「毎日、私のスカートの中で……くんかくんかさせてましたから、その名残りかと」
「ではミス・ベリー、サツキさんが貴女の兄上の――メイド姿をした兄上の? スカートに潜り込んでいたのは幼少期の習慣によるもという訳ですね?」
「……八割がたは」
残り二割は何だよ!!
「待ってクラン。あたしはスカートよりも足ばかり嗅がれた気がするんだけれど、これもクランのせいなの?」
「サザちゃんの足の裏……しっとりしててクセになるから」
「何で知ってるのよ!?」
「……旅の間、私もお世話になりました」
「あんたもかよ!!」
「時には……サツキくんと分け合うように」
「止めてよ!!」
あの頃はどっちが右か左かで対立してたよな。
「さて皆さま。ご歓談中では御座いますが、上でベリー辺境伯代行様による宴席を設けて頂きました」
シチダンカ!! 居ないと思ったらそんなの準備してたんか。
「今宵は我が主神サツキの姉さ兄さん御阿礼の儀にご参集くださいまして厚く御礼申し上げます。す? も、もも申し上げま――。」
何だ? 急にバグったか?
「あら? 私の顔に何か?」
「りょ、りょりょ両断卿……。」
「ああ、そういえばカサブランカでお会いした事がありましたね」
「クロ? 貴女、正体明かしちゃってるの?」
「ちっとした行き違いです」
ちょっとした?
「で、では、皆さまこちらへ。ご案内します」
どやどやと出て行く査問会議出席者。いや降臨の儀って何だよ?
ていうか俺はこのままか? ん?
登場人物
クラン、マリー、ツバキ、サクラ、オダマキ、キバナジキタリス、クロユリ、アカシア、アオイ、コデマリ、サザンカ、シチダンカ、イワガラミ




