143話 ワルサツ派捗る
マリーとガラ美は、クラン達の馬車で先に戻らせた。
俺一人でも話が拗れると予想したから。
何だっけ? 役員のおっさんから夕食も誘われてるんだっけ。
「たかが商人が。サツキの姉さ兄さんの美しさ、過ぎたものと知らしめてやりましょうぞ」
馬車の手綱を握るシチダンカだけが、やる気に満ちていた。
パイナス支部での聞き込みはスムーズだった。
「ジキタリスでは妹が大変お世話になりました。お礼をできる機会がこうも早く訪れるとは、何かこう私ら、運命のようなものを感じませんかね? 感じない? ああ、失礼、私もこの度のオダマキ領で召集を頂きまして。えぇえぇ、お察しの通りベリー辺境伯のご縁でして。それで今はギルドの常任理事なんてものの責務でして。いえなぁに、オオグルマも後進に任せたことですし、こういう勤めも増えていくで御座いましょう。おっと前置きはこれくらいで。それで、如何ですか? 今夜あたりにでも王都の穴場にお連れしたいと思うのですが。いえ、お礼も兼ねて。アザレアでは珍しいラーメンなる料理を出す店があるんです。是非、サツキさんとご一緒したいと思いまして。その後は、どこか静かな所で再会を祝うというのは、まぁ如何なものでしょう?」
久闊を叙した勢いで俺をお持ち帰りする気か。
こっちも借りを受けたが、ブランド流通の件で手を打ってもらうぜ。
役員が協力的なら、担当者も隠し立ては出来なかった。
今回の訪問で一部の教師との癒着が浮き彫りになり、担当の商人側はそこから芋汁式、いや芋づる式って訳だ。
「私も着任してすぐ気になる帳簿を見つけましてね。それでちょいと調べさせたって訳で」
「派手な金回りだった?」
「それが全く。どこからどう見ても夕凪のように穏やかなものでしたよ。胡散臭いくらいに」
褐色の肌の中で柔かに湛える瞳は、言葉通り凪いだ水面のようだった。
如何にやり手の商人といえ、多くの商業系工業系商会が参加する中から特定の帳簿を選出する事があるのだろうか?
……最初から勘づいてたな。
「地場の総合商会あたりか。なら、人員の斡旋なんかも請け負ってる」
「――お見事」
掛け値なしの感嘆だ。
大喜利で名回答を出した気分だよ。
「仰せの通りです。いやあサツキさんには敵いませんね。こちらの内情というよりも、件の学園から推測したと察しますが、傘下の特定までされてしまうとは、立つ背が無いというものでして」
「需要から遡っただけだ。すり合わせしようにも顧客情報の機密は完璧だから逆には追えなかった。流石は大手の複合組合と感服したよ」
「サツキさんにそう言って頂けるとは――。」
「だから俺を呼んだ?」
「おや?」
「俺がここへ来ざる得ない状況が欲しかった。これは貴方からのメッセージと解釈したがどうだろう?」
サークル巡りは根拠が少しでも欲しかったから。
何より現場を見るのは大事だ。
「そこまで理解されておいでなら、サツキさんなら会いに来ては頂けないと思いましたが」
「目的を伺って素直に漏らすとは思えないけど、誰が仕込んだか顔ぐらいは見ておかなくちゃって」
「目的なんてそのような。サツキさんと再会を果たしたい想い以外の目的なんて、私には御座いませんよ」
よく言う。
いく先々の街で網を張ってたくせに。
「どうでしょう。やはり再会とこの良縁奇縁に、何処か夜景の美しい所で一杯、如何ですか?」
「食事は帰ってから摂ると言ってきた。間借りしてる立場でね。大きな顔もできまい」
「それは残念」
本心から残念がってるな。
「……一応断っておくが、俺は男だよ?」
「特に問題はございませんが?」
今すぐここから逃げたくなった。
名前は二名上がった。収穫として予想以上だ。
学年主任の男と、もう一人は――。
「学園から苦情が来たぞ。理事会を通してまで」
出迎えたシチダンカの背後で、タンクトップにスリムパンツというラフな格好のワイルドが睨んできた。
コイツのこういう格好な。だらしないというより、婀娜っぽいのがね。どうにも……。
「講義、適当にこなしたんだろ?」
「アホゥ。テメェだ」
三人で客室に向かうが、シチダンカだけ部屋の入り口で待機した。
「……お前にそこに居られちゃ本物の使用人が落ち着かない」
「承知しました。近寄るメイド共を滅しましょうぞ」
「冗談はその辺にしておきな」
ワイルドが妙に穏やかな声で嗜める。
「お二人の邪魔をさせまいと思ったまで。過ぎた心配のようでしたな」
一礼し黒服は廊下の灯りを避けるように闇に溶け込んだ。
「お前ら、何か通じてんな?」
「さてな。テメェの舎弟ぐらい躾けとけ」
「アイツらに手を出したら」
「そこまでベリーの家は狭量じゃねーよ」
「で、学園からのクレーム? その辺境伯を経由してまで?」
客間に入り、無造作に外着用のドレスを脱ぐ。
長めのキャミで股下は隠してるが……よりによってガーターだった。
何着せてくれてんだ、ここのメイド共は。
「どうした? 抗議があったんだろ? 目立たないようには努めたんだけどな」
王家経由で先方に抑えが効かなくなったってことだ。動きずらい。
それにしてもワイルドニキ。何でそんな目を丸くして見てくるんだ?
「お前、本当に大丈夫か?」
「……問題無ぇよ」
大丈夫じゃ無いやつは皆んなそう言うんだよ。
「学園側からの要求は一つだ。サークル荒らしをやめろ」
「荒らしてないよ?」
反射的に答えてしまった。
乗馬クラブでマリーが散々勝手をした結果、釘を刺されたんだ。
「しらばっくれんのか? あぁん!?」
「痛っ」
肩を掴まれ迂闊にも悲鳴を上げちまった。
「……。」
いつもの殺気を籠めた目が突き刺さった。
何でいつもいつも俺に殺意を向けるんだか。
「離せよ、痛いってば」
「ベリー辺境伯として名指しの要請だ。俺やクランが講師に招かれるのとは違う。意味分かってんだろうな?」
「俺にサークル見学をやめろってのが公式の要請?」
「生徒の素性を考えろ。生死に関わるトラブルは問題だってわかるだろうが!!」
グッと詰められて、後ろ向きにバランスを崩した。
背後には三人掛けのハイバックなソファがあった。
ポケットコイルのクッションを背中で感じながら、覆いかぶさる薄浅葱の透明な瞳に魅入った。
逢魔時だ。煌々と切なく灯る燈りの粒を、それ以上に玲瓏な顔が弾いていた。
唇が近い。
吐息が異様に艶かしく感じる。
「……痛いよ?」
考えなしに出た言葉に、自分でも何が痛いのか分からなかった。
「濃艶な顔しやがって。商人に言い寄られて調子に乗ったか?」
何の事だ? ああ、あの人とは知った仲か。
例のオダマキの件だ。
辺境伯に代わってクレマチスと共謀してたんだっけ。
「馬鹿……いい加減どけよ」
ワイルドを押し返そうと力を込めた時だ。
「サツキくん……帰ってきた?」
扉が無常にも馴染みの声と共に開いた。




