141話 乗馬クラブ
先日も多くのかたに読んでいただきまして、大変ありがとうございました。
飛び蹴りを食らい勢いよく落馬する男子生徒を、三重重ねの体捌きⅡで回り込み抱き止める。
疾走。飛び蹴り。お姫様抱っこ。こんな所でスキルの重複掛けかよ。
「ハナモモくん!!」
遅れてコマツナギさんが駆けてきた。
他の男子どもと違い馬には乗らない。事態が把握できない事と愛馬を刺激しない為だ。流石に分かってる。
「一体何が……怪我は無いかね!?」
彼の事か。悪態で絡んでこられたからって、同じ生徒の安全を危惧するのは自然だ。俺たちにはこの感覚が無い。
ジキタリスの冒険者の大量消失。
そして今。
立ちはだかるのは、片方の死に繋がる。お互い覚悟ができてるって話だ。
だからって、それを在校生に求めちゃ駄目だろ。
「マリー?」
少し離れて、黒い瞳が無機質な宝石のように俺の顔を映していた。
「止めた理由を伺っても? あれぐらい自力で解除でずして人を貶めるなら、代償は己で払うのが自然でしょう」
「そりゃ普通ならあの程度は『弾く』けどさ。彼らは俺たちと違う。彼らの土俵ってものがあるんだ。今の俺たちはその中に居る」
「そう言うものでしょうか……。」
説教は無意味かな。当の本人がピンときていない。
叱りつけるだけじゃ駄目だ。
「何故私がレベルを落としてまで敵に合わせなくちゃならないのでしょう?」
そうか……この子にとっちゃ学生も旅路で襲撃した冒険者も同じなんだ。
コデマリくんから聞いた話じゃ、隣国でも幾つかパーティを壊滅に追いやったみたいだし。
「マリー、想像してみたまえ。彼らが得意とするフィールドで彼らを一蹴する己の姿を」
「な、なにを仰っているのです?」
「惚けるな。逆睹しがたくはないはずだ」
「ッ!?」
「きっと皆、口々にこう称えるだろう。即ち――マリーさん今何をやったの!? と」
ていうか既にしでかしてるけど。
「そして君は冷淡な顔で例のワードを口にするんだ。あぁ千言万語など不要。たった一言。さぁ言ってみてご覧?」
「――何って、ただの乗馬だけど?」
俺に誘導されるままに小さな唇から紡がれる魔法の言葉。
私、また何かやっちゃいましたか――と。
「ナギ先輩!! 私に、私に乗馬をさせてください!!」
「え? あ、うん……コホン、いや今しがた事故があったばかりだ。今日はお引き取りを願おうか」
「男子生徒に侮辱されたままでは私もお姉様も引き下がれません!!」
「あ、引き下がってくれない流れなのね」
とりあえずギャラリー増やすか。
ハッ!!
抱き抱えていた男子生徒に背中から喝を入れる。
「ここは……ああ、女神様が居る……。」
寝ぼけ眼でご長寿絵巻物のタイトルのような事を言う。女神だ? 何処にそんなものが居る?
コイツの瞳には俺しかいない。精神が安定しないのか。
「いいから聞け。今から妹のマリーがお前ら貴族よりも良く馬を操って見せる。もし感服するなら先程のナギ先輩と女生徒への侮辱発言は取り消してもらおう」
「……いや何が何やら。ぐぅッ!? 何だよ、この脇腹に響く痛みは!? ちょ、痛い!? これ骨にヒビが入ってんじゃ無いの!?」
体捌きを発動しての飛び蹴りだ。それぐらいは余裕でいく。
「どなたかぁ!! 私の馬を準備してくださぁい!!」
「え、馬? 俺、骨逝っちゃってるかもなんだけど、なんで馬?」
「おいお前ら姉妹、いい加減にしろよっ!! 今はそんな場合じゃないだろ!!」
「俺、見たぜ。さっきこのチビが怪しげな術を使ったのを。そこから仲間がおかしくなったんだ」
俺から奪うように負傷者を肩に担ぎ、ジリジリと男たちが後退りする。
心なしかコマツナギさんに助けを求める風にも見えた。
「ハナモモくん、マリーくん。今日の所は――。」
けしかけておいて何だが、確かに引き際かな。もう少し予算について引き出したかったけど。
「逃げるのですか。無様ですね」
何でお前は被せてきちゃうの?
「女生徒にあれだけ威圧して置いて、貴族の子息だって居るでしょうに。お馬さんに乗せてもらってるうちに、女性の接し方も忘れてしまったのでしょうか。お可哀想に。それではこれからの社交会も苦労しそうですね」
何でお前はそんな辛辣なの?
「何だと!! この紋無しが!!」
「言わせておけばチビが!! 庶民が身分を弁えろ!!」
君らも何で乗ってきちゃうの?
「ちょうどいい。アイツを出そうぜ?」
「アイツか。確かに庶民にはおあつらえ向きだ。誰か!! あの馬を連れて来い!!」
馬屋の用務員へ声を張り上げると、ゴツい男が、これも白いそして一際巨体な馬を連れてきた。
筋肉が流線となって日差しを弾く見事な白馬だ。いや正しくは馬じゃ無い。よく捕縛できたな。
「どうだ、恐れをなしたか!! コイツは今までどんな騎手だって振り解き勝手に走り回ってきたんだ!!」
「まぁ、コイツぐらいの馬を乗りこなせるようなら、さっきの言葉も撤回してやらなくもないがな!!」
「むしろ姉妹揃って詫びを入れてもらおうか」
「おう、それがいい!! そこに跪いて詫びるんだな!!」
「「よく吠えた!!」」
マリーが副音声で叫ぶ。ん? 副音声?
仁王立ちの小さな娘の背後で、腕を組んだ赤黒い筋肉の山が、学生らに影を落としていた。
「「ならば我が真の力、得と味わうがいい」」
同時に喋っていた。何やってんだか。
「オーガだと!?」
「何だこの化け物は!! どこから出てきた!?」
「あ、私から出ました」
「おのれ!! 紋無しの分際で!!」
「一体何をしたらそんなの出てくる!?」
「えーと」と、マリーは小さな顎に人差し指を当てた。
せめて設定決めてからやれよ……。
「私の内から溢れる闘気が形となって現れたのがこの姿です。この姿を見たものは何人たりとも生きては帰れない。人これを――。」
ババン、とポーズを決める。
「オーガニック・オーラと呼びます!!」
寧ろ体に良さそう……。
コイツ、もう反射神経だけで喋ってんな。
だが、
「ありえん!! そんな健康療法があってたまるか!!」
多分、男子生徒も何言ってるのかわからなくなってきたんだろうなぁ。
つか、生きて帰れないって言ってんじゃん。
「ならオーラニック・オーガに改名します!!」
いやもうそれだとお前から切り離された存在じゃん? ただのオーガじゃん?
「くそっ、いい気になりやがって!!」
「だったらこの馬に乗って見せろ!!」
「そうだ!! 乗馬クラブは乗馬してなんぼのもんじゃ!!」
「そこまで言うのなら受けて立ちましょう!!」「おう!! あるじ様!!」
おいこら、オーガニック・オーラ。返事しちゃってるよオーラ。
少し離れて見ていたコマツナギさんが救いを求めるような目で見てきた。
「そろそろ、当クラブの管轄外にはできないだろうか?」
「乗馬クラブの馬を使う限り難しいでしょうね」
「そうですか……そうですね」
悲しげに肩を落とす。
「とは言え、本来でしたら避けたいところではありますが」
問題は馬だ。
毛並みの輝きが内から膨れる筋肉で漣のように躍動している。
巨体と蹄の大きさと、そして吸い込まれる不思議な瞳。この子に似た子を知っていた。
「よくここまで大人しくさせましたね?」
「捕縛した自治体からは、抵抗が無かったと聞いているけれど。受領した後はご覧の通りでね。まだ誰も乗せてはくれないんだ」
「そうですか」
「ハナモモくんには思い当たる所があるようだね?」
改めて白馬を見る。
いななくでもなく、警戒するでもなく。ただじっとマリーを見ていた。
グレートホース。
そもそも馬じゃ無い。魔物だ。




