139話 唸れ反射盾
大分なろう系な流れになったと思います。
あと145話が何を書いてたのかわからなくなりました(その前が酷過ぎて)
そっか、次は移動教室か。
無人の教室を眺め、曖昧模糊とした記憶を手繰る。
えーと……魔法講義の演習?
訓練と違い、実地に触れる事で魔法の効果や戦略や社会での可用性を学ぶんだっけ?
外来の講師を招くって聞いたけど、本日は相当高名な魔法使い様らしい。クラス全員が待ち切れずに先に行っちゃう程だ。
どうしようかな。このままフケるか。
少しだけ悩んだけど、それで目立っても仕方がない。
演習場に着くとクラス全員が集まっていた。ん、演習場? 学園内でも軍事訓練想定してるのか?
時間ギリギリかな。
講義の場所が分からず彷徨ったら、聖堂のシスターと鉢合わせて案内して頂いたんだ。
行きすがらシスター、えぇとアヤメさんから過去何をやらかして苺さんと知り合ったか聞いたけど――この人やばい。相当無茶やってる。
「遅くなりまして申し訳ありません。場所がわからず――。」
クラスに声を掛けると、一瞬だけ静まり、低い声で囁き始めた。主に女生徒だ。
「見て、今頃来られるなんて」
「こんな時間までどこにいらしたのかしら」
「これだから庶民は礼儀に欠くというのですわ」
「委員長さんからも何か言って差し上げたら?」
「あの、私は……。」
「団体行動が出来ないのは困りものですわね」
「クラス全体の評価に響きますわ」
……返す言葉も無い。
実に、真面目に学園へ通う生徒には申し訳ない。
こっちは任務終わったら引き上げる予定だもん。クエストが佳境になったら授業だって休む。
「――何んですかこれ、空気悪ぅ」
さらに低い声が、まるで呪いのように影からのたくった。
クラス全員が、この杳杳とした響きに顔を向けた。俺の背後。仄かな闇の様に佇む修道服姿。
今の声。彼女か? 俺の首筋にも冷たい雫が伝ったんだが。
アヤメさんに注意が向かなかったのは彼女の幽し気配だ。淡く不明瞭な深閑。
侮辱的に言うなら「無」そのもの。影すら曖昧だ。
そんなのが学園をフラフラしてちゃ、聖堂で面識が無かったら霊魂か亡霊か幽霊か、最悪、死霊の可能性を疑ったよ。
これに叫霊と騒霊と幻霊を加えて七大霊障とか、サザンカから教えられたっけ。
「まぁいいわ」
生徒らが何か言う前に、彼女は俺に向き直った。
「明日もお昼は聖堂でとられるのでしょう? 楽しみにしています」
「量、増やしてもらいますね」
「祈りと感謝を捧げに来る子たちが居るかもしれません。その子たちにも恵みがあらんことを」
「……もっと増やしてもらいます」
「わぁおっ」
晴れやかな笑みで去って行った。
その後、教師らが来るまでとても気まずい空気だった。
学園に五人居る魔法科教師の中でも高齢の、お婆ちゃん先生に連れられ、やっとのこと特別講師がお出ましになった。
お婆ちゃん先生がのんびりと彼女を紹介する。
「皆さんはもうご存知ですね。現在、アンスリウムに滞在されてますベリー辺境伯代行、クラン・ベリー様にお越し頂きました」
「……。」(こくん)
「「「おおっ!!」」」
鉄砲水のように歓声が湧く。ってお前かよ!!
エビメラ戦で着てた黒い光沢のある衣装。体に張り付く流線は、彼女の細身な肢体を強調していた。
腰から下はオーバースカートで覆われているが、その奥は尻がエグいくらいに食い込むショートパンツである。
あ、目が合った。
嬉しそうに、小さく手を振ってる。
「「「……。」」」
ほら見ろ、微妙な空気になってんじゃねーか!!
簡単な魔導理論の説明。基礎のほんの先のお話し。
「……同じスペル、系統魔法でも……効果効力の質は術者に依存します。どれほど高レベルであれ、レアスキルであれ、お気に入りのパンツであれ……つまりは自分の手足の延長である事を、決して忘れないように」
「おおっ、流石は大魔導に最も近いと謳われるクラン様だ」
「心構えからして、虎の威を借りる庶民とまるで違う」
「こうして直に講義を受けられるとは、俺たちは幸運だぜ」
おー、持ち上げる持ち上げる。
ていうか、さり気なく手足の延長にパンツを持ってくんな!!
「突き詰めれば……対象が術や術者を上回る場合、その効果は無いものと心得て下さい。例えば、あちらの的」
杖の先端を向けたさらにその先。重騎士の甲冑が立ててあった。
「はい、サイクロン……。」
空気が歪んだ。たわわんだ。熱が吸われる感覚。吸熱現象はその対極にこそ原因がある。
「見ろ!!」
クラスの誰かが指さした。
甲冑の足元から小さな竜巻が渦巻き出した。
だが違う。見るべきはそこじゃない。
鋼の鎧は、薄い空気の層に巻き込まれると、グニャリと飴細工のように崩れていった。
いやサイクロン言うんだから普通に巻き上げろよ。
何で溶解しちゃってんだよ。
ほら見ろ、皆んなも事態を理解できず目が点になってる。
「動かない相手だと……当然、ご覧の通りになります」
当然じゃないよ?
タネを明かすと彼女なりのフェイクだ。空気の螺旋は風や真空魔法ではなく、熱エネルギーの奔流だ。威力よりもどれだけ狭い範囲に圧縮するかが味噌だな。
生身であの中心に居たら、草いきれの下からの温かさを不快に感じた瞬間、肉体を溶解させただろう。
「……これが、比較的に動ける相手だと……話は変わります。……実際にやってみますね……ハナモモちゃん、手伝って」
「俺かよ!!」
思わず突っ込んでしまい、周囲がざわつく。
比較的に動けるやつに認定されてしまった。
「……助手は必要」
「了解した、コホン、かしこまりました。お手柔らかにお願いします」
ここで逆らっても周りの反感になるだけだ。
「……あそこに立って」
「必要なの助手じゃなくて的じゃなねーか!!」
ていうか生徒に攻撃魔法打ち込む気かよ。
「大丈夫……お手柔らかにする……。ふにゃふにゃな感じ……?」
何で小首を傾げる?
あと、俺の背後で、
「くすくす、クラン様がご指名というから何かと思えば」
「転入生さんを攻撃対象に選ばれるだなんて、クラン様も分かっておられる」
「あんな粗暴な言葉をお使いになるから、怒らせてしまったのですわ」
いや、むしろ知った顔に会えて安堵してるんだと思う。こいつ、割と人見知りだからな。
「そこ……死後は慎むように」
「「「……。」」」
ニュアンスが変だよ!!
俺が悪く言われたとでも思ったのかな? 少し不機嫌になってる。
ちょっとだけ頬を膨らます表情が、苺さんそっくりで可愛い。うん寒心に堪えないよ、この心境。
先程の標的のポイントに着くと、クランが詠唱を始めた――って、待て!! 何気に普通に唱えてるけど、それオダマキで使ったやつだから!! エビメラに打ち込んだやつだから!!
「今日は万全…… 『彼岸の通り道』」
水平にこちらを向いた杖の先端から、円形の魔法陣が直列に浮き上がる。幾重にも幾重にも。
最後にお馴染みの『たいへんよくできました』と花丸の魔法陣が展開され術式は完成を見る。
「……シュート」
「だからシュートじゃねーよ!!」
火線が魔法陣を次々とぶち破り、威力を増幅させた時にはこちらも既にステップを踏んでいた。
踊り子スキル〈反射盾〉Ⅵ。
直撃に合わせ展開。弾かれた紅蓮の奔流は、遥か上空へとその手を伸ばし、雲を突き抜け地上に明暗を焼きつけた。あぁ、もっと光りを。
……ってあっぶねぇ。
生徒たちがあんぐりと口を開け呆けている。これ何の授業だよ?
「……ふぅ……すっきり」
「すっきりしてんなよ!! 何で全力で来ちゃうんだよ!?」
「……ん」
手招きされた。
次射が無いのは何よりだ。こっちがクールタイムを必要って心得てくれてる。
「やるなら最初から言ってくれ」
「サザちゃんと違って……サツ、ハナモモちゃんは細かい調整が効くから」
咄嗟のことだってば。反射先を天空に向けたの。そこは信頼なんだろうけど、こそばゆい。
「ご期待に応えられたようで」
「いい子いい子……。」
爪先立ちになって頭を撫でてくる。
彼女に対して、前のような拒否反応は無い。状況が飲み込めたからな。
記憶が戻る日もそう遠くないか。
「帰りは……私の馬車を使う?」
「まだ授業は終わってない。講義をどうぞ――サークル回りと、パイナスの支部に当たってみる」
「了解です……。」
未だにポカンと口を開けた生徒達に向き直り、
「このように、同じ実力の者だと……術の威力に関わらず相殺される可能性が多々あります。……注意を怠らないこと」
……。
……。
「「「お、同じ実力者!!???」」」
全員が吠える。
畏怖嫌厭の情に塗り固められた顔が、何やら慚愧に崩れていた。
……これ、偽名で潜入した意味あるのかな?




