138話 わたくしの可愛いお馬鹿さん
ここまで読んで頂いて、大変ありがとう御座います。
残念なお知らせがあります。
144話がかなり下品な内容に仕上がりました……。
「はい、演劇部も予算額引き上げの恩恵を頂きました。学園と生徒会の認可がある活動は一律引き上げだったかと。えぇ、最終的には総会で発表になりましたけれど、そこは生徒会も関与してなかったと私のお姉様、先輩から伺いました」
ここも似た回答か。
「ありがとう皆さん。貴重な休憩時間にお邪魔してすみませんでした」
対応してくれた子以外は、ずっと遠巻きに見られてたな。
邪魔しちゃ悪いし早々に引き上げよう。
「いえ、あの……編入生のハナモモさんですよね? ハナモモさんは演劇にご興味はありませんか?」
何?
油断した。まさか一気に押し寄せてくるとは。
「女の子なのに背、高いですね」
「本当!! 美麗の王子様役にピッタリ!!」
「素敵ですわね。ワタクシ達の活動、男性はほぼ裏方に集中して舞台に立つのは女子だけなんです」
俺を囲むようににじり寄ってくる。
この眼光。
獲物を狙う、何かあれ的なアレだ。狩られる。
「そうですね、機会があればまたお邪魔しようかと思います」
笑顔を貼り付け後退する。その背後から、
「他のサークルも回ってきました!! 最初の感触と変わりませんね――わわっ!!」
マリー突撃。
人の背中に豪快にヘッドバットを放ってくれた。おのれ。
そのまま倒れ込みそうになる彼女を抱き寄せ受け止める。彼女とガラ美には他の聞き込みを受け持ってもらってたんだ。
小さな顔が接近した。
演劇部員の少女らから一際黄色い歓声がトラパーの波の様に押し寄せた。
「……サツ、ハナモモお姉様、ありがとう……ござます?」
「もう、あまり心配させないの。わたくしの可愛いお馬鹿さん」
誰だよコレ?
今日一番の「キャー!!」を頂きました。
あ、なんかいい気分になってきた。使命と嗜好が内部で相克してる。
それと等しく、演劇部内部で俺の立ち位置を巡り二分派がその勢力を伯仲させたとか。
「随分と盛況のご様子でしたね」
廊下で待たせていたアマチャが満足気に俺からリストの紙片を受け取った。
「流石は一学。寓意の表現技法の模索に余念が無いな」
アマチャが上品に噴き出した。この野郎。
「それも一つの風諭ですね。本音の所は如何でしょう?」
「娯楽に飢えてるんだろう。五号生まであるんじゃマンネリだって起こす。玉響の夢だってあってもいいはずさ」
「貴族は責任の上に成ってます。思った以上に自由意志が無いのは私たちの歳なら否応にも分かるものです」
「見てるから分かるさ」
ワイルドやクランがそうだ。
だから俺たちは冒険の旅に出たんだ。
いずれは魔王討伐を掲げて。
……。
……。
いや無理。絶対無理。魔王、あの人だよ? 人類に勝てる気がしない。
「午後の授業が終わったら文化系以外も回ろう」
「引き続き案内します」
「引き続き纏わりつきます」
仕事してくれ。
ガラ美が後ろで満足気にうんうん頷いてる。君は何に納得した?
「さておいて、サークル多いな」
「新規立ち上げは推奨されています。公式でルール決めのあるものは規定が設けられてますが」
「クラスの子から伺いました。自分で定めた目標が達成できる為の支援だって」
それでこのカオスか。
「生徒の自主性に重きを置くねぇ」
誰の方針だか。
「その分、設立までの審査も厳しかったはずです」
アマチャがフォローするが、むしろそれを踏まえて生徒への課題だろうな。
「なのに運営費用の助成が急に右肩上がりか」
「貴族子女に甘いってだけじゃありませんよ。当初はいずこの豪商が結託してるまで噂に上がりましたが。生徒の中には家にお抱えの物販が通うのもザラですから」
「……商人、でしょうか?」
控え目にガラ美が訪ねてきた。
俺に見つめられ、赤面し視線を逸らした。何だ? 旅をした時とは反応が違い過ぎる。
「サツキさんが相変わらずの鈍感で安心しました」
「何だっていうんだよ――商人の話だったな。単純に助成金の使い道だ。設備費や微消耗品費、資材なんかが主な使用目的になるだろう?」
「だから多くの品目を一度に扱う大手ですか」
ふむふむと納得する。
その間にもちらりと俺を見て、また視線を逸らす。
何なんだよ?
「特定の商人とは限らない。乗馬器具とガラス細工じゃ畑が違い過ぎるだろ?」
「あ、組合」
「主犯格じゃ無いにしろ、確かに恩恵は受けてるよなぁ」
「では不認可の商人ということは無いのですね?」
ガラ美、色々考えられるようになったな。
「鑑札ありきだからね、第一学園との取引は。流通に関しちゃこいつが特定の貴族に癒着する理由でもあるんだが」
謁見で国王が指摘したのがそれだ。
「カンサツ?」
「いずれかの商業系ギルドの認可証さ。けど、ギルドが直接取引の窓口になる場合、下請けまでその限りじゃ無い。そういう意味ではガラ美の発想はいい線いってると思うよ」
頭を撫でてやると、頬を紅潮させ目線を泳がせた。
マリーに小声で何かあったか聞いたが、「クラスでちょっと」と返ってくるだけだ。
何かやらかしたらしい。
「……では、この後は業者の特定ですね」
触り心地が良くていつまでも撫でていたら、うっとりさせてきた。いかん調子に乗った。
「いずれは分かる事だよ」
念のためパイナスの支部にもアポを取ろうかな。
まあ、最初の話の感触じゃ、こっちは根拠なしの噂程度に思うけど。
「数日は予定通り生徒側を一通り回ろう。当面の本命攻めは情報を比較評価してからだ」
思い込みで飛びつくには禁物だ。それで失敗した連中が居た。ジキタリスの正規な冒険者だ。
「敵の本丸ですか。サツキの姉さ兄様の行くところこのアマギアマチャ、例え幽界でもお供いたします」
何処に行かせる気だよ?
「別に主犯格じゃないから気負わんでくれ」
「サツキさん、ハナモモお姉様、どちらを予定されてるのです?」
廊下で在校生とすれ違い、マリーが腕に体を絡めてきた。
後方で再び黄色い声が上がる。
「何処って、そりゃ当事者に感触を聞くさ」
クラスへ戻ると、
全員が一斉に顔を背けた。
うーん、この……。
先ほど声を掛けてきた委員長は――あ、視線逸らされた。
まぁいいけど。
何とも静かな空間で次の講義がスタートする。
次の休み時間。教員が通常座学専門だけあって10分程度の休憩時間だ。
マリーからの式を受け取るため人目につかないよう教室を出る。すぐにクラスから談笑の声が溢れ出した。
……良かった。あの中に巻き込まれんで。
同じ事は午前中ずっと続いた。
そのたびに、俺は廊下でクラスの喧騒を背で受け止めた。
そうか。
滲み出ちゃったか。
この体から放つSSランクの格の違い? てやつ?
どうやら、俺のせいでクラスに要らぬ緊張感をもたらしたようだ。
あぁ、神よ。何故このような業を俺に背負わせるのか。
変化は一つだけだ。
午前最後の授業の時である。
扉が唐突に開くと、ズカズカと金髪縦ロールの生徒が、取り巻きを引き連れ押し入ってきた。
「編入生はこちらかしら? 噂になっていますわよ!!」
「スミレ様!! まだ講義中です!! せめて休憩時間にでも!!」
「引き返しましょうよ、スミレ様ぁ」
後ろの二人は常識人のようだ。苦労してそうだ。
俺に用があるみたいだが。
勝気そうな大きな瞳と目が合った。透き通る空色だ。
「一際異彩を放つ貴女ですわね? 貴女、ワタクシのクラスにおなりなさいな!!」
えー。
「変な噂が立ってましてよ? 見たところこちらのクラスは空気がよろしく無いご様子。要らないのでしたらワタクシが貰っても構いませんわね!!」
凄い論法だ。
そして誰もが顔を背けてる。関わり合いたくないんだな。彼女にでは無く、俺に。
委員長は……あ、また視線逸らされた。
「……すまんのう……今は講義中じゃて……後にしてくれんかのぅ」
お爺ちゃん教師がプルプル震えながら止める。貴族相手にどこまで発言権があるか。
ちなみに、常にプルプル震えてる。
「分かりましたわ。先生、お騒がせしました」
めっちゃ素直な子や!!
「編入生さん、それではまた改めまして。ごきげんよう!!」
諦めの悪い子や!!
「あまりこういう事は言いたくありませんが、サツキさん。クラスでハブられてませんか?」
聖堂で昼食中、マリーが指摘する。
料理はベリー邸から搬入した。
使用人の集団が裏口から速やかに潜入。テーブルや大振りのクロス、食器、料理を並べ占拠に成功。流石にいい仕事をしてくれる。
隣に控える執事がワインを勧めてきたが、これは断った。
「ハブられて? そんな、まさか?」
としか言いようが無い。
それだと俺に都合が良すぎる。
「いえ絶対そうですよ」
「だとしたら、どんな裏があってのことか」
俺の利益に叶いすぎてちゃ警戒もする。誰の差金だ? まさか王女殿下じゃないだろうな?
「サツキの姉さ兄様の後光に、塵芥供が畏怖を感じるのも摂理でしょうね」
アマチャが得心したという顔で首肯する。俺の背中から何が放たれてるって?
「あまり良い雰囲気では無いですね。ご主人様への愚弄、見過ごすわけには参りません」
「いやいや、だったらめっちゃ理想的だよ?」
「そう……なのでしょうか?」
ガラ美が不安そうにアマチャに視線を巡らす。
「冒険者登録をして間の浅い君にはまだ得心がいかないか。サツキの姉さ兄様の第一優先はクエストの達成だ」
「それは理解できますが、それでは……学園生活のエンジョイは? ご主人様の級友との交流はどうなるんですか?」
何でそんな憤りを抱えるんだ?
「ふっ、瑣末なものだ。私が排除するまでも無かったな」
こっちはこっちで物騒な事考えてたよ。
「サツキさん、やっぱりハブられてますね」
うるせーよ。
「あの、皆様、ご歓談のところ失礼します……。聖堂で談笑しながら食事をするのは、えぇと、控えて頂ければな、と」
申し訳なさそうに注意された。
若いシスターだった。
よし、分かった。
「すまないシスター。よろしければご一緒にどうです? こちらの唐揚げなどは絶品です」
「いえ、あの、そういう事では……。」
「なぁに気に病む事はない。袖の下とでも思って頂ければ」
「……御相伴にあずかります」
よし落ちた。
執事に椅子を引かれテーブルに着く。手はホークとナイフに伸ばさず、胸の前で組んだ。
「我らが女神様、シンニョレン様、我らにこの恵みと糧をお与えてくださった事に感謝を捧げます」
シンニョ……って、ここの聖堂、アレを祀ってたんか!?
宗派を等しくする教会でも祀る神はそれぞれ個別だ。殉教者にはこれらを巡って祈りを奉納する行脚ツアーが人気企画だった。
改めて本堂の女神像を見る。
うん。誰だよこれ。めっちゃ女神様してるぞ? これ作った職人、本人にあったら絶対落ち込むね。
それにしても、
「うめぇー、唐揚げうめー」
楚々とした物腰だった割に、汚い食い方だな。
「まあ、お恵みを与えてくださったのはベリー辺境伯だがな」
「苺様!? まさかストロ様のお使いの方々でしたか!?」
驚愕しながらも唐揚げを食う手は休まる事を知らない。
「苺さん、ベリー様の奥様。ご存知なのか?」
「私が殺人鬼からこうして学園専属のシスターになれたのも、ひとえにストロ様のご温情のおかげです」
……何引き入れてんだよ。
そして昼食後。
教室に戻ったら誰も居なかった。




