137話 立場を弁える……あ、無理
様式美を目指しました。
学園長とは名ばかり。普通のおっさんだった。スナックの雇われママみたいなものか。
定型的な挨拶と教頭である老教諭の説明を済ませ、担任教師と顔合わせ。
クラスへの移動までスムーズだ。王家がよく便宜を図ってくれたな。
「以前はポーチュカラの分校だったと聞いたけれど、相当優秀だったようだね」
若い教師は穏やかな優男風だが、どうにも大きなメガネが胡散臭い。
いかん、冒険者のクセだ。斜めに構えちまう。
「基礎的なことは納めましたが、深く専門を極めるなら王都の一学だと家族の後押しがありまして」
パイナス系列の商家の出という偽造経歴も滞在先の理由には十分だ。
「ベリー様のような大貴族とご縁を結ばせて頂いたのは何よりです」
問題があるとすれば、
――女言葉使うの、気持ち悪りぃ。
「それは何よりだね。ここだ。声を掛けたら入ってきたまえ」
彼が先に教室へ入る。
ドアには美しい彫刻で「2ーB」とレリーフがあった。2号生Bクラス。
さて、最初が肝心だ。可能な限り目立たないように。
今頃はマリーも新しいクラスで挨拶中だろうか。付き人とはいえ、ガラ美にも学園生活を経験してもらえる。
……。
……。
いや、大丈夫だよね? 騒動起こしてないよね?
今思うと、組ませちゃダメなコンビなんじゃ。
「入りたまえ」
まずは自分の心配だ。
声に従い入室する。
おぉ、という男子のどよめきが迎えた。遅れて一部妖しい女子の視線と、今朝も感じた敵意に満ちた視線。最後のは、登校の騒動を見られたか。
「えぇ、ポーチュカラの分校より編入されましたハナモモさんです。編入したてで分からない事も多いでしょう。皆さん、助けて差しあげて下さい」
勿論偽名だ。尚、マリーはマリー。ガラ美はイワ美で通すらしい。
「ハナモモと申します。本日付でこちらに配属となりました」
あ、やべ。勢いで敬礼しそうになった。
「え、えぇと……ご覧の通りまだまだ至らないところがございます。皆様のご指導ご鞭撻を賜ればと存じます」
こうして俺は生温かい拍手と共に学園の一員となった。
「ハナモモさんは豪商のお嬢さんと聞いたけど、ポーチュカラではどんな商いをされていたんだい?」
「寮住まいじゃ無いんだって? 滞在先はどちかな? 帰りはうちの馬車でお送りしましょう」
「バカ、何抜け掛けしてんだよ!! どうだい俺が学園を案内してやろうか!!」
「君のような熱血漢は彼女に相応しく無い。下がっていたまえ」
「んだと、コラァ!!」
「ちょっと男子ぃ、ハナモモさんが怯えるじゃ無い!! 他所でやってよ!!」
「ねぇねぇ、ハナモモちゃんはさぁ、今朝一緒に居た可愛い子とどんな関係なのかなぁ? 妹さん? 妹さん? ねぇ食べ物では何が好き? クレープには餡子入れる派? 私はぁ猫も犬も飼ってるんだけどぉ――。」
「「「いいからお前はちょっと待て!!」」」
……騒々しいな。
休み時間。昼でも無いのに30分もありやがる。
魔法講義や貴族作法など教科や実習が特殊すぎるから、授業の準備に時間を要する為だ。非効率だなぁ。
空気が変わった。
俺を囲む人垣の一部が割れた。
ポッカリ開いた空間の先に、三人組の女生徒が居た。
「ハナモモさん、あなた調子に乗ってらっしゃるのではなくて?」
と来た。
「は、はあ……。」
我ながら間抜けな返しだな。
「とぼけた顔をなさってますけれど、転校早々にアマギアマチャ様と馴れ馴れしくされていらしたわよね」
「そうです、そうです。少しお声をかけて頂いただけで」
「他の皆様もご挨拶されたいと思っておりましたのに、図々しくもまとわりつくだなんて」
今朝のアレか。
アマチャについても聞いている。
近隣に潜伏する他国の工作員組織を壊滅したって標榜され、貴族子女の間じゃ有力株にのしあがっていた。
周囲を横目で見ると同意する女子が数名居た。
いかん、余計目立つなこれ。
「ご忠告ありがとう存じます。確かに迂闊でした」
迂闊に現地協力者と接触しちゃったもんな。
「これからは十分配慮します」
人目の無い所で会おう。
「また何か至らないところがありましたら、どうぞ教えてくださいませ」
この子らにも調査のダシに役立ってもらおう。
「お分かりになればよろしいのよ。ここには貴族の子女が大勢居るわ。身分を弁える事ね」
よし通った。
危うく軋轢を生む所だったぜ。
なんかクラスの出口が騒がしいけど。
「サツキの姉さ兄様、お迎えにあがりました!!」
「何でお迎えにあがっちゃうんだよ!!」
「なっ、アマギアマチャ様!?」
目の前の三人も、周囲の女子も顔を赤らめるのは羞恥ではなく……あー、俺への怒りだわこれ。
「ハナモモさん、貴女って人は舌の根も乾かぬうちに!!」
「これ俺のせいなの!?」
うっかり突っ込んだら、さらに周囲が騒ついた。
「聞きました? 俺ですって」
「なんて粗暴なのかしら」
「育ちが出てしまうものね」
ほんと面倒だな!!
「何故と申されましても、師をお迎えするのは弟子の務め。サツキの姉さ兄様のためなら私は喜んで馬にだってなりましょうぞ」
めっちゃいい顔で何言ってんの?
「馬ですって!?」
「馬と仰ったわ!!」
「衣服を剥いで首輪をして跨るおつもりですわよ!!」
「チキショウ!! 俺も跨られてぇぜ!!」
「ふっ、君のような無骨者に彼女の馬が務まるものか。ハナモモさんの馬に相応しいのはこのボクさ!!」
「んだと、コラァ!!」
「ちょっと男子ぃ、ハナモモさんが怯えるじゃない!! 他所でやってよ!!」
……大丈夫か王立第一学園?
「無駄な時間を取った。効率的に回りたい」
「サークル棟は今、何組か文化系が居ますね――随分と盛り上がってましたね、サツキさん」
廊下で待つ間に式で哨戒したマリーが、少し意地悪な視線を向けてくる。
表情が仔猫のようだ。
「これもご主人様の徳の成せる業でしょう」
後ろに続くガラ美は満足げに目を伏せた。
最近は何だか妖艶なシャム猫のようだ。
……コイツらはクラスに馴染めてるんだよな。
俺だけか? 馬にするしないで揉めてるのは。
「サークル棟でしたら近道があります」
馬候補その一は、むしろ忠犬のようだ。
「あの……ハナモモさん!! ヒィっ」
クラスから飛び出してきた人影が、切羽詰まったように呼び止める。
そしてガラ美とアマチャの眼光を浴びて引き攣った悲鳴をあげた。
こらこら。
「大丈夫、怖くない、怖くないよ。どうしたの委員長さん? ――お前らも手加減しろ」
メガネの少女はクラス委員長と紹介されていた。
「え、えぇと……。」
「失礼した。案ずる事はない、話してみたまえ」
峻峭な気配に不安を露わにする女生徒に、アマチャが表情を崩し優しく促した。
こういうタラシな所、なんとなくアイツに似ている。濃紺のメイルがキザったらしいSSランクの剣士。
「……呼び止めてごめんなさい、ハナモモさん。クラスの皆さんの仰ること、あまり気に病まないでください」
チラチラとアマチャの存在を気にしながら、言葉を選らんでいた。
ああ、そいうことか。
「気に掛けて頂いて、ありがとうございます。私なら大丈夫です。皆さんも突然の事で、きっと戸惑ってらっしゃるのでしょう。いずれ、良くなりますわ」
マリーが気づかれないよう、ぷっと吹き出してる。俺だってそうだよ。
「ハナモモさんはお優しいんですね。何かありましたら、お話し頂ければ相談に乗らせて頂きますから」
「えぇ、頼りにさせていただきます」




