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133話 歩む彼女(ヒロイン)

いつもお付き合い頂きまして、ありがとう御座います。

まだまだ続きます。

「こちらです」と使用人の少年が慌ただしく人が行き交う中を案内する。通されたのは、ベリー辺境伯王都邸の裏手に急拵(きゅうごしら)えで敷設した臨時プラットフォームだ。


「クラン代行様ぁ、サツキ様でぇす!!」


 少年が声を上げる。

 近づかないのは、周囲に溢れる物資だ。下手に触れるのを避けたのだろう。クランがそう周知したんだ。


 チラリとこちらを見て、片手を小さく上げすぐに元の作業に戻った。


「お嬢様、こちらは私共が」

「えぇ……切り替えの所だけ」


 お付の黒服と、板書と紙媒体を幾つか受け渡しし合う。


「……目録……こちらに回したものから詰めちゃって。臨時発注の返礼品……未受領分は正午までに来るから……今のうちに場所を開けておくこと」


 分厚い紙の束と羽ペンを持ち、忙しなく周囲のゴツい男達に指示を出し連絡を受ける。

 相変わらずのボソボソ声だが、ここまではっきり聞こえた。


 オダマキで見たスリムな黒い衣装と違い、飾り気のないブラウスに、ぴっちりとラインの出たパンツルックだ。それでいて短い裾は大きな花の刺繍が目立った。

 短く切り揃えたベリーショートと相まって快活そうに見える。こんな一面もあったか。


 普段見ない彼女に何故か安堵した原因は、その姿にあったと気付いた。


 そうか。


 これでは容易にパンツを押しつけてこれないよな。


「忙しそうですね、クランお姉さん」

「そりゃ俺のせいでもあるから――使用人くんは案内ありがとう。仕事に戻ってくれ」


 周りの木箱や宝箱に気を配りながら彼女の元へ近寄る。マリーも雛鳥のように続いた。


「下賜されたものは……一番奥でいいから。どうせ……辺境伯夫人が帰領するまで、出さないから」

「お嬢、他の貴族から親書の追加が来ました!!」

「むぅ……。」


 拗ねたように頬を膨らませる。

 はっ、と気づき声を掛けた年配の使用人はわぞとらしく咳払いをした。


「失礼しました、ベリー辺境伯代行。返信は今日中になされますか?」

「分類だけ、して置いて……。優先順は……こちらで考えておくから……。」

「かしこまりました――おい、今来た配達分は執務室だ!!」

「うぃーす」


 ぱんぱんに詰まった郵便袋を抱えたチャラい若者が敬礼してみせた。

 距離があるのに返事がしっかり聞き取れる。辺境伯軍の軍属かな?


「あの場でブルー姉さ叔父さんの代理って知れ渡ったもんな。社交会の誘いやお茶会の申し出なんて、引く手数多(あまた)だろう?」


 若者が母屋に消えるのを見送りながら声を掛けると、意外にも困った風に眉を寄せられた。


「だったら、いいんだけど……。」


 含みがあるな。


「派閥に巻き込まれるのは承知の上だと思ったが?」

「織り込み済みと……そうじゃないのが半々」


 想定外が5割か。


「支援、要るなら言ってくれ」

「……聞いてくれます? 避けられてたはずだけど……?」


 意外そうな顔をされた。


「追放される前から嫌悪はあったけどさ、呪詛による感情変質がそう長く続くもんか。短期間で色々経験し過ぎて情報過多になりゃ、あー、つまり俺の本質が呪いを置き去りにして成長すれば綻びだって」


 苺さんから色々聞いたのは内緒だ。あまりにも格好がつかない。そして内容も衝撃的だ。


「そう……。」と小さく頷き、出入口へ目をやる。


「今、来るコンテナ……二〇(フタマル)代で付番して。場所、いつまで塞いでいるのか……そこは道にしてと言ったはずよ」


 少し語気が荒くなった彼女を見て、マリーが小声で「急に機嫌が良くなりましたね」と耳打ちしてきた。

 どこがだよ?


「で、何をすればいい?」

「お気持ちだけで……。」


 手元の資料を胸に抱き寄せ振り向いた。

 とろん、とした瞳が見上げている。


「……うぅん、サツキくんにしか頼めない事はあるけど……どうしたものかしら」


 煮え切らないな。

 羽ペンを指で弄びながら、困ったように視線を重ねてきた。やっぱりこの子も小さいな、なんて思った。


「……マリーちゃんとは仲がいいのにね」


 意外な言葉が来た。


「終わった仲だ。古傷を抉りにきやがったか」

「そうなの……? とても……お似合いに見えるけど」

「私はクランお姉さんが本当のお姉ちゃんになってくれれば嬉しいと思います!!」


 意味不明な事を言って俺たちの間に割ってきやがった。

 お前、婚活に行き詰ったからってベリー辺境伯へ養子に取り入る算段か?


 クランも突然の宣言に目を丸くする。

 が、すぐに艶やかな黒髪を抱き寄せるように撫でていた。


「そう……そうなのね」

「どういう事だよ!?」


 ふにゃあと猫の様になるマリーに目をおとし、再び彼女は俺の瞳を見上げた。


「まるで言ってることが分からないわ……?」


 困ったわね、と同意を求められてしまった。何なんだよこのアチャラカ芝居は。


「でも、話は単純……サツキくんがパーティを追放された日から……ううん、皆で旅に出たあの日から……ずっと変わらずに」


 馬鹿か。


「カサブランカで決別し、オダマキでは置き去りにした。不義理だって事ぐらい承知している。義と仁に欠く男が君に相応しくないって分かるんだよ……。」

「サツキさん、それは卑怯ですよ」


 クランの胸に顔を埋めたマリーが小さく何か言った。よくわからない。

 いや、わかる。

 目の前の女の子を困らせてるだけだってことぐらい。

 でもな、


「複数の事物間に共通する関連性は認められても、消化できるかまでは確約できないんだよ。クランとの関係は本当に危ういバランスにあると思っている」

「私は……人との関りに善美であることを望んでなんていない……。」


 語気が荒くなるのはただの慨世ではない。たった一人。この小さな年上の少女が向ける憤り。

 だって、と悲しそうに眉を寄せ続ける。


「私だって女の子なんだから……いつか白馬に乗った王子様が……私のパンツを嗅ぎに来てくれる夢を見たっていいじゃない……。」

「ただの変態じゃねーか!!」


 思わず返したら、クランは一瞬きょとんとして小首を傾げた。あ、その仕草かわいい。


「それは……私? ……白馬の王子様?」

「君の中の白馬の王子様は君が生み出した想像の産物だ。ならば創造主たる君の趣向によるところが大きい」


 大きいというか、そのものだ。


「俺の理論が正しければ変態はクラン、君だと結論付けられる」


 言葉を濁すつもりだったが、無理だった。


「……そう……サツキくんには、私が変態に……見えるのね。……嬉しい」


 この女の頭の中ほんとどうなってんだよ!?


 あと、周囲の使用人たちが作業の手を休めて口々に「おめでとう御座います」「おめでとう御座いますお嬢様」と涙してた。おめーらも何なんだよ?


 そんな中、屋敷の正面から別の使用人が駆けてきた。40近い年配の男だ。


「代行、恐れ入ります。正門までお願いできますか」


 クランと俺が顔を見合わす。


「引き受けようか?」

「いえ……多分、緊急事態……彼が直接来るんだから……辺境伯夫人か辺境伯嫡子がまた何かやらかしたかしら?」


 またって何だよ?


「それが、出前のおかもちを持った不審な女が正門の突破を試みた末、衛兵6名を一撃よく薙ぎ倒し、代行との面会を求めており」

「出前……? おかもち……? 誰か頼んだ……?」

「奥様はヴァイオレット公爵夫人の招待をお受けしておられご不在。ワイルド様は公務を外れてギルドへ向かわれました。使用人のまかないは準備中です。追加で出前を依頼する食い意地張りなど、ご当家にお仕えする者にはおりません」

「……今は押さえてるのよね?」

「時間の問題かと」

「すぐ行くわ。サツキくん……お話の続きは今夜に」


 まだ続けるのかよ?


「あ、あの、私も見学していいですか!!」


 え? どっちを?


「……試してみる価値はありそうね」

「何試す気だよ!?」

「……見られたほうが……より興奮するか」


 何見せる気だよ?

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