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131話 顧客が本当に欲しいもの

「これでは埒があきませぬぞ、陛下」


 政務大臣が耳打ちする。いいぞお爺ちゃん。もっと言ってやれ。


「姫様の件に関しては後ほどゆっくり部屋を用意するとして、まずは話を進めてはいかがかと」


 何余計なこと言ってんだジジイ。


「そうじゃのぅ、これ以上伸ばすと一般公開の編集も大変じゃろうて。最悪、深夜枠も視野に入れるかの」


 じゃろうじゃろう煩いよ。ていうか心配するところそこ?


「ならばサッちゃん、続きを言うがよい。この期に及んで姫以外の何が欲しいというのだ?」


 ……あ、俺の事か。サッちゃん。


 良かった、やっと言える。


「我が欲しまするは、ブランドの市井への卸し並びに販売、つまりは流通の権利に御座います」


 あ、待たされ過ぎて喋りがおかしくなった。


「ジューンブランドね!? そうなのね!?」


 壁際で何か言ってる奴が居る。だが、


「ツバキちゃん、少し落ち着きましょうね?」

「わかったわ落ち着くわ!!」


 苺さんが窘めるとすごくいい子になった。

 王家にも発言力があるらしい。

 ……いやこれ発言力か?


「市場の独占とは大きく出おって。このこのぉ」


 国王陛下が肘でつっつく動作をする。

 周囲の大臣や貴族は意図を判断しかねてるって顔だが、国王陛下だけは、


「このこのぉ」


 あ、王妃様も隣で声援を送って下さる。

 このお二人には、虚勢じゃないって分かるんだ。

 この話、進めていいって事だよな?


「それで、具体的には何を望むのだ? 苦しゅうない申して見よ」

「貴族や所謂(いわゆる)上流階級の世界においてすら希少と承知しております装飾総合ブランドを」


 というのはマンリョウさんの受け売り。

 母上同然に慕った女性に、そんな手に職があったとはジキタリスで再会するまで知らなかったもんな。

 あ、やば、王妃様……あ、親指立ててくれた。よし。このまま押し通そう。


 恐らく騒動屋気質なんだけろうけど、王女殿下とはまた違った見識ある動向がとても安心する。

 国王陛下(おっさん)の嫁さんじゃなけりゃ、婚姻を結びたいのはむしろ王妃様のほうだ。


 あ、頬に手を当ててふるふるしてるな。可愛い。王妃様、可愛い。大人の魅力。

 いかん、言い過ぎた。スカートを捲り始めたぞこの女。そんな事まで望んでないから。


「サツキちゃん、あまり王妃ちゃんを揶揄(からか)っては駄目よ? あんな風に機嫌がよくなるなんて……王妃ちゃんだけずるいっ。お母さんもいっぱい誉めて欲しいんだから!!」


 手をぶんぶんして抗議する苺さんも十分可愛いと思うが、謁見の最中なんで口には出せない。


「分かった後にするんだから」


 え? 俺声に出して無かったけど……? 待って、王妃様と何かアイコンタクしてる? この二人、共謀してるのか!?


「(……ニチャァ)」


 王妃様の先鋭的な笑みが怖い……。

 そして俺の隣りで佇まいを直す苺さんが、誰にも聞こえない声でこう言った。即ち、


「――とろける卵のダブル親子丼、ね」


 そうか!! お腹が空いて気が立ってたのか!!




 話は戻って、


「ぶっちゃけアレ、高いよ?」


 おい、その指で輪っか作るのやめろ王様。


「こほん、恐れながら発言のお許しを」


 右手の長髭を蓄えた老人に目配せする。閣僚の主席だ。ずっと鋭い眼光で睨め付けられちゃあな。

 彼が頷き、陛下が短く「許す」と宣言した。

 これで他の貴族や大臣から文句は出ない。


「彼の衣装師の作品が一般流通に上がらないのは、ご存知の通り品質の高さと取引先を極端に絞り込んでいる為です。精製までに関わる素材、意匠などの材質を下げることで貴族官僚向けの華やかさに欠いたが一般流通に耐える商品化の拡充は見込めでしょう」


 問題何は貴族どもがクオリティによる差別化を意識できるかだ。


「とはいうがの、並の問屋では扱い切れるものではないかの。卸に流通に、つまるところ何処かの貴族の独占に関わる事になるぞ」


 ここだ。

 この(たび)の申し入れの本来の目的だ。


「貴族官僚に組みさないトレーダーに心当たりがあります。正しくは組合ですが、(ちまた)ではパイナスを名乗っています」

「多くの商業ギルドを傘下に置いているときくな」


 やはり知ってるか。裏路地のラーメン屋に顔を出すだけはある。


「その常任理事に、卸商と委託倉庫も包括し従来の運搬業も含めての市場最大手があります」

「此度の作戦でよくベリー辺境伯を助けたと聞く。それを思うと、生産と流通、販売が一極化する構図になるのは看過できん」


 ワイルドがめっちゃ睨んできた。

 わーてるよ。考えてるよ。


「3年は仰せの通りに市場が膠着しますでしょう」

「ならばならん、と言いたいが3年とは?」

「何事も初めてのことです。品質を低下させる事は材料の選別の敷居を下げ工程を簡略する事は申し上げた通りです。その副産物こそ生産性になりますが、それを小売店に並ぶまでのノウハウとリスクの対策に試験的な運用が必要と見ています」


 縷縷(るる)として語る俺におっさんがニタリと笑った。あ、担ぎに来てるな。


「それで市場最大手か。バックボーンにしろリスク対策に伴う資金にしろ、それに耐え得る資本力を持つというのなら、確かに多くはあるまい」


 一応は納得した――風を装ってるか。

 国王の背後の老人を見ると小さく頷いた。お言葉に甘えて続けさせて頂く。


「1年後あたりから徐々に市場を解放していき、3年後に国内での流通を平常化します。特許はあくまで制作者に。製法は今最もそのお方の真の厚い――。」

「ベリー辺境領になるな。それで良いかな、ベリー辺境伯代行よ」


 彼の眼差しの先で跪くのは、白地に水浅葱の装飾を散りばめたドレス姿だ。


「ははっ、寛大なご配慮、もったいなく存じます」


 うお!? こんなはっきりした声出すの初めて見たよ!?

 いやパーティ組んで旅に出てからだけど。昔はこんな感じだったのかな。

 おっさんもやるな。今回の名代はあくまでクランなのを立ててくれた。


 俺も、これまでの件で世話になったセンリョウさんとマンリョウさんに借りが返せる。

 クレマチスへの恩義だったが、話がスムーズなのは警戒すべきか。


「ならば本件は褒賞とは別に王家預かりとする」


 よし!! って、よしじゃねーよ!! ここまで進めて保留かよ!?


「そんな顔をするな。お主への褒賞が既に決まっておるのだ。こちらの段取りを乱してもらっては困る」


 そういや目録を読み上げる前に割り込んだんだった。


「いずれ功績を上げさえすれば、ほれ、承認印なんぞチョチョイのチョイじゃ」


 この期に及んでまだ何かやらせる気か?


「確約は、できないと仰せになりますか?」

「そんな事はないぞ。ただのぉ、此度の働きに応じた褒賞があまりにも大きくての。ありていに言って其方の要望に応えるには、ほれ、ちぃとばっかし功績が欲しいのよ」

「それは……寛大なご配慮、ありがたく存じます」


 ここが幕だ。これ以上食い下がれないって、引き際という奴だ。


「……もうちょい粘るかと思ったがの」

「ですな」


 国王と政務大臣が小声で何か言っている。

 この辺は織り込み済みか。


「それでは、冒険者サツキへの褒賞だが」


 爺さんが目録へ目を落とす。


「その前に改めて確認しておこう」


 今度は国王が話の腰を折った。


「うちの姫、本当にいらんの? 何とかならない?」

「ご寛恕くださいますよう謹んでお願い申し上げます」

「丁寧にディスられてるわ!?」


 壁の花が何か言っている。

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