13話 マリーと陰謀
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収まりの悪さに目が覚めた。
気を失ったのは2、3分程度かな。宿屋を出る所だ。
何を嗅がされたかはわからないけど、状態異常なら自動で回復する。睡眠中に命に関わる行為に及ばれた場合も、自動防衛戦闘システムが働く。もっとも、そうなった場合は私にも手が付けられないから面倒です。
よほど慌てたのだろうな。手と口を縛った程度で、そのまま担がれるとは。不審者だ。私なら、加えて両足を縛って目隠しもして、野菜入れの袋に詰め込んで気配を消すかしら。
宵闇に乗じるなら、その程度はする。
少なくても、こちらに向けられる視線ぐらい気に留めるんだけど……見られてるよね?
しばらく担がれたまま移動した。
徒歩か。目立つな。
あ、目的地、あそこは倉庫かな? 割と近いのもマイナスです。せめて乗り物を乗り継いで足跡を消すぐらいは……まぁいいか。
置いてきた寝具の回収、楽かもしれない。
倉庫? らしき建物に入ると、荒くれ者な男が5人居た。
なんてことだろう。
5人も。
愕然とした。
考えが甘かった。
5人も居て……どれも好みにヒットしない。
今日追放されたパーティもそうだけど、どうしてこう、こう、な?
「誰にも見られなかったな?」
「おう、任せておけ」
……あの、見られてましたよ?
「本当につけられなかったな?」
「おう、任せておけ」
……ついて来てましたけど?
実を言うと、マントのフードを被っていて顔はよく見えなかったけど、尾行者と目が合ってお互い少し困った顔になっていました。
ほんと気まずかった。
「ちきしょう、この小娘。役立たずの魔法使いとかカモとか噂になってやがったから見逃していりゃ、厄介なのと関わりやがって」
乱暴に床に投げ出される。
痛いです。
お尻とか痛いです。
この状態だと受け身を取るとバレるしなぁ。
って、ちょっと待って下さい!! 何ですかそれ!? 私、そんな風に言われてたんですか?
え? 役立たずは仕方ないかもしれませんが、カモって何ですか?
「そっちはどうなってるんだ?」
「明日、ギルドに来るらしいからな。そこに合わせて使いを出す。コイツを口実に街から手を引いてもらえば、今はそれでいい」
どうせなら、もう少し主語をはっきりして欲しい。
私が関わった特別視される人って、多分師匠のことですよね。ギルドのフロアに集合ってのも知られてるようだし。
師匠に何か要求する為の人質というわけか。
気になるのは追ってきた人ね。
つまり、私にはまだワンチャンある。
尾行者だ。
顔はちゃんと見えないけど、目は見えた。ていうか目が合った。涼しげで切れ長の目元。かなり期待ができる。
もっとも、宿屋のおじさんのストーカーという線も捨てきれない。その時はその時だ。おじさんにワンチャンあるということで。
しかし、あれっきり計画の話、しなくなったな。
ここに居るのは実行犯だけで、黒幕が別に控えてる可能性もある。よし、私にも選択の幅が広がった。
と男の一人が寄ってきて、私を足で仰向けにひっくり返した。
これは、まさか定番の貞操の危機では?
「せっかく女を攫ったんだ。少しは楽しませてもら――さて、夜食の準備でもすっか」
「待てやコラ!!」
しくじった。
意識無い振りしてたのに、つい。
いや、大事な事です。正さなければならぬのです。
貞操の危機が低層の危機だったとか洒落になりません!
「今どこ見て目を背けたんです!? 私の体には興味すら無いっていうんですか!?」
「おまえ、もう目を覚ましたのか!?」
「ちっ、おい!! おやじ!!」
と男たちに睨まれ、おじさんが青ざめた。
何ていうか、美少女誘拐事件の犯人にしては肝が据わっていない。おじさん、このお仕事むいてないと思うよ。
「待ってくれ、ちゃんと嗅がしたぞ!? あの薬なら1日はぐっすりのはずだってお前らが言ったんだろうが」
そんな物、人に嗅がせてはいけない。
「ちょっと!! こっちの話しがまだなんですけど!!」
「ていうかお前!! いつの間に口のやつ外したんだ!?」
「あんな物いつまでも咥えてられません!! 女の子攫ったんだったら『へへへ、俺の固いのを咥えさせてやろうか』とか思わないんですか!?」
「いや、あんたじゃそんな気は起きないから、安心しな」
「胸か!? 結局そこか!? 男の人は結局そこなのか!? あぁん!?」
「うわ、このねーちゃんちょっと怖いわ。違う意味で怖いわ」
気づいたら、悪漢にドン引きされていた。
おのれ! 恐れをなしたか!!
「バレてしまったら仕方がありません。察しの通り、私は怖いんです。大変ですよ? ね? 凄い事にならないうちに、悪事を全部吐いてしまいなさい」
おじさん以外の男たちが一斉に私を囲んだ。
剣を抜く人、両手に格闘用武器を嵌める人、棍棒を持つ人、あと剣とか剣とか。
「ふざけてるのか?」
どうしよう……。尾行の人がどのタイミングで来るか分からない。半分は残しておくべきか。むしろもう一度捕まってしまおうか?
剣の男が斬撃を放ってきた。
ヒョイっと避けたけど、当たったら洒落にならない。
「どうして急に殺す勢いなんですか!?」
「アイツが従ってくれりゃぁいいんだからよ。なら、生きてるか死んでるかなんて関係ないよなぁ」
あ、面倒になったんですね。
ここで私の処分に決定を出すって事は、ある程度裁量を任されたか現場に丸投げか……後者のような気がしてきました。
黒幕ありきの話だけど。
「な、何故、こんな酷い事をするんですか……。私、ただの流しの冒険者なだけなのに」
流浪と言いたかった。流しのタクシーみたいだな。
「知る必要は無い。大人しくおっちんじまいな」
「そ、そんな」
絶望に打ちひしがれたように、ペタンと座り込んだ。
なんて事でしょう。眠っているところを寝巻きのまま拐われ、今まさに処分されようとは。
あぁ、なんと薄幸なことか。よりにもよって、あんな安宿に泊まったばかりに。
男たちが、嫌な笑みを張り付かせて私を囲んだ。四方に逃げ場なんて無い。
剣を振り上げたのは正面のヤツだ。私に見せつけるように、ゆっくりと振り上げ――降ろした!!
カッ、と固い音がした。
地面に弾かれた剣先を5人が不思議そうに見ている。
無様に私を探す彼らを、私は天井に張り付いて見ていた。
おっと、寝巻きから生足がこぼれた。はしたない。
右手を振った。5人分。黒光りするクナイは、彼らの影に突き刺さった。
「なっ、あの女、どこへ行きやがった!?」
「待て、動けねぇ!? どうなってんだ!?」
驚いてる驚いてる。
だから、獲物を前にして舌舐めずりは三流だっていうのよ。
秘術・影縫い。お母さんに最初に仕込まれたのがこれだ。
何故最初に教えられたのか。言うまでもあるまい。
すたっ、とさっきの場所に着地する。
さて、と。
――ボキ。
いい音を響かせ、棍棒持ちの右腕を折ってあげた。悲鳴が上がった。のたうち回ろうにも体が動かない。できる事は、精々絶叫を放つぐらいだ。
「もう、この程度で大袈裟ですね。そんなんじゃ拷問を受けた時、苦労しちゃいますよ」
左腕も折ってやった。
そこから先は単純作業だった。5人全員の両腕を折った。仲間外れはいないな、よし。
それにしても、うるさい。
5人分の絶叫だ。
二人目で全員が同じ事を喋った。黒幕の正体を白状したのだ。本当かどうかはこれから確認するとして、まずは一通り折ってやった。
「そこまでよ!! 通報したからすぐに衛兵が来るわ!! 諦めてその子を離しなs――ひぃぃぃっ!?」
出口を蹴破って現れたお姉さんが、インスタント地獄絵図に悲鳴を上げる。
さっき目が合った人だ。残念、女性でした。
あ、でも凄い美人。
ブロンドの長い髪に、ちょっとツリ目の瞳と厚めの唇が色っぽい。フード付きのコートはよく見るとブランド物じゃないか。あれ? 最近どこかで会ったような気がする。
「ちょ、ど、ど、どいう事!?」
私を中心に5人の男が両腕折られて絶叫している絵面を、どう説明したものか……。
「ふっ、どうもこうも無いですね」
私、何言ってるんだろ?
「お姉さん、宿屋からずっと見守ってくれてた人ですよね?」
「え、えぇ、助け? が遅くなってしまってごめんなさい。衛兵とギルドに連絡しているからすぐに駆け付けるわ。でも、どうしましょう。何て報告すれば……。」
わかります。戸惑う気持ち、わかります。私も説明のしようがないもの。
「どうして後ろを着けてきたんです?」
「貴女が連れ去られるのをたまたま見ちゃったから。その場で声をかけてもきっと貴女が人質になるだけだろうし、場所を確認してから助けを呼びに行ってたの。本当に無事? で良かったわ」
説明は理に叶ってる。
でも、納得はできない。
あの時、大声を上げるとか騒ぎを起こせば、あのおじさんなら私を置いてさっさと逃げたんじゃないのかな? 今もそう。
影縫いから外してあげた。一人目の腕を折った時点で自分だけ裏口から出て行った。追跡はしてるから、いずれ男たちの証言の真偽を証明してくれると思う。
それに、攫われたのが冒険者じゃなく普通の女の子だったら、今頃、斬られてた。死んでいた。無事なわけないよ。手遅れだよ。
「思い出しました。冒険者ギルドのお姉さんですよね?」
一瞬、何で今ここで? というような戸惑った表情をされたけど、余裕のある顔に戻り「えぇ」と頷いた。
凄いな美人。余裕のある女。私も見習いたいな。よし、盗もう。いや駄目だ。悶絶する男たちに囲まれて余裕の女ってそもそも何だよ?
「受付をやってるアカシアよ。よろしくねマリーごーr」
「マリーでいいです。長いと呼びずらいですから」
こんなに綺麗な人が私を知っている。嫌だな。今日、4回目の追放にあった。もう知られちゃったかな? どうせ明日にはバレるけど。ちょっと気まずい。
「でも何だって貴女が誘拐? されるのかしら」
戸惑いながら男たちを見る。絶叫は止んでいた。みんな泡を吹いてて動かなくなってる。
アカシアさん、さっきから疑問形が間に入ってるけど、まぁわからなくも無い。
「起こしましょうか?」
「いいから!! こんな状態じゃろくに言葉も喋れないわよ」
「何だかすみません……。」
しょんぼりする私を、困った子を見る様な目で見ていた。
「貴女、思っていたのと違うわね」
どう思われてたのだろう?
「場慣れしてるっていうのかしら? 妙に落ち着いてる」
「慣れてるのは……確かにそうかもしれませんが」
アカシアさんは受付と同じでフランクだった。
時折、不躾な視線で見てくるけど嫌らしくない。
凄いな。大人の女。何か見られてる内にこう、許してしまうシステム。あの……お幾ら払えばいいのでしょうか?
「ね? 貴女が拐われた原因に心当たりとかあるかしら?」
「組織的な誘拐、て多いのでしょうか?」
「さぁ……?」
「そうですか」
「……。」
「……。」
「あーっ、もう! わっかたわよ。どこまで聞いたか知らないけど、大物が関わった犯罪組織なら一つだけ存在するわ」
「では、それですね。あ、ごめんなさい」
ぺこり、と頭を下げると、アカシアさんがキョトンとした。
「せっかく心配してくれたのに、出し渋りするような真似をしてしまって」
「貴女……変わってるわね」
「4回もパーティ追放されてますゆえ」
「え!? オカメインコ倶楽部も追放されたの!?」
ちきしょう。そっちはまだ知れ渡って無かったか。
「え、えぇと……はい。しょっぱい魔法しか使えない魔法使いに世間は厳しいようです」
「だからって、2日で追放だなんて」
「自己ベストを更新しました。ふふ」
はにかんだような笑いしか出なかった。
自分の不甲斐なさから来た追放なのに、何だかむず痒い。
アカシアさんは私を上から下へと値踏みするように見ると、
「貴女、とってもチャーミングなんだから、いい女になって馬鹿な男どもを見返してやりなさい」
無茶な事言い出した。
私なんかで男を後悔させられるのだろうか。
自分の胸に両手を当てがう。むむ。成長の兆しがあるとは思えん。おのれ。
アカシアさんを見る。凄いな。おのれ。
周りを見た。
とりあえず、5人ほど後悔させたけど、何か違う気がする。
「善処します」
「本当に? 大丈夫よね? 方向性とか」
あ、けしかけておいて不安になってる。
何だか私も不安になってきた。
私、大丈夫なのだろうか……。
お付き合い頂きまして、大変ありがとう御座います。
1人のキャラにフォーカスして掘り下げるみたいな事書きましたが
本編で一瞬しか登場していないキャラにフォーカスしてしまいました。




