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129話 謁見

 謁見といっても状況についちゃオダマキ卿とベリー辺境伯代行により説明は済んでいた。

 例の監視が緩んだタイミングと同じなら、やっぱ冒険者大量消失の偶因(ぐういん)だろうな。授与式だけ日程をずらされたのは、当初の想像通りプロパガンダに利用されたか。

 それと辺境伯代行だが、正式には苺さんでもワイルドでも無かった。アイツかよ。


 ……そういやアンスリウムの別邸じゃ会わなかったな。




 王城に着くと、正装に身を固めたガジュマルくんが謁見の間までエスコートしてくれた。


「俺、相当無理言って騎士貴族風な格好させてもらったんだけどさ」

「言わないでください」

「君だってちゃんと説明すれば」

「言わないでください」

「……そうか」


 何故か少女士官の式典服だった。

 それもエグいくらいのミニ。

 すらりと伸びた少年の足が艶かしかった。

 何言ってんだ俺?

 ちょっと激しい動きをしたら絶対見えるぞこれ。

 ほんと何言ってんだ俺?


 周囲の衛兵らの視線がガジュマルくんに集中する。おい警備しろ。

 俺の視線もガジュマルくんに集中する。

 あ、後ろ手にスカート押さえだした。


「サツキさん……。」


 恨めがましい目で振り返る。拗ねているようで妙な色気があった。

 周囲の衛兵が「おぉっ」と騒めく。いいから警備しろ。


 こんなに可愛らしいのに、不可解な術を体得してるんだもん。誘導術、だっけ。その本質は杳として知れないけど、この子にまで韜晦(とうかい)されてちゃなぁ。


 って、待って!!


「まさか……この視線誘導も君の術か」

「そんなワケないですよ!! もう!! さっきから何処見てるんですか!!」




 扉を守護する甲冑にガジュマルくんが敬礼し、謁見の間に通された。

 中央に雀茶(すずめちゃ)の絨毯を敷き詰め、上座には玉座が二つ並んでる。

 間取りは横に長いが、左手が小さなテラスになっていた。どうせそこにも潜んでるんだろ。


「そこの色の変わってる所でお待ちください。作法は大丈夫そうですね? あとあまりキョロキョロしないでくださいね。いえ、だからってボクの足ガン見されても困りますが、ってそちらの騎士様も何でそんな見てくるんですか!!」


 内股になりモジモジする姿の可憐なことよ。

 重騎士がグッと親指を上げてきた。

 同じ動作で返してやった。「コイツ、やるな」みたいな空気で通じ合う。


「自然的な()でる対象()が事実存在するなら、人が注視したいと願い望むのも当為(とうい)だろうさ」

「因襲みたいに言わないでください!!」


 やべ、揶揄い過ぎた。でも、


「もう!! それじゃあボクは外で待機になりますから。まだ誰も来てないからって変な事しないでくださいね?」


 怒った顔も可愛いな。


「最後に一つ確認したい」

「何でしょう?」


 防御の隙を与えず、捲った。

 ミニを。


 現れたのは裾の短い、スポーツ向けの短パンだった……。


「「裏切り者!!」」


 甲冑と俺が同時に叫んでいた。


「俺だけかよ!! 結局全部女もの着せられたの俺だけかよ!! コデマリくんだって普通のだったしさ!! ってそこの重騎士!! 跪いて手をあわせるな!! 俺に祈りを捧げるな!! わわ、ごめん、やりすぎた!! 泣かないでガジュマルくん!!」


 謁見の間で少女士官を泣かせてる人だよ、これ。

 そしてそれを拝む重騎士。何だこれ? ……何だこれ!!


「ぐす……もう、知りません……。」


 そもそも誰だ、ガジュマルくんにこんなの着せたのは? 王国の軍部か?




 指定の場所で跪いてると、背後の扉から誰かが案内されてきた。

 正体はすぐに分かった。俺の左隣で跪き(こうべ)を垂れる濃紺の礼服は、ワイルドだ。

 しばらくして、一人、また一人と案内され、同じく絨毯に膝を付く。


 ワイルドの左に、白地に水浅葱の装飾を散りばめたドレス姿が。クランだ。


 さらにその左。高位僧職の礼服を纏ったサザンカ。


 そして俺の右に、知らないおっさんが。


 ……。

 ……。


 いや、知らないわけじゃ無い。

 前にスズラン亭で会ったラーメンのおっさんだ。

 何で入ってきちゃったんだよ?

 いやだから、こっちに向かっていい笑顔されても。

 誰だよ、こんなの通したヤツは? 警備どうなってんだ?


 誰かに訴えようにも、ここに控えた瞬間から声は出せない。

 隣のワイルドへ目配りしようにも、奴め顔を逸らしやがった。

 くそ。これを俺一人で処理しろってのか?


 さらに、背後で気配が湧いた。

 床に布が擦れる音。

 裾の長いローブか。


「間もなく官僚並びに貴族がお目見えになる。そのまま(おもて)を伏せておくがいい」


 張りのある老人の声だ。

 何者かは確認できない。

 ただ、

 隣のおっさんが連行されていった。


 ……。

 ……。


 よし。妖怪的な何かだと思う事にしよう。

 宣言通り、入れ違いにどやどやと人が集まった。ご歓談しながらとはいいご身分で。


 おっさんが居た場所に、品のあるドレスの足元が見えた。

 仰ぐまでも無い。

 横に寄り添うように佇む女性は、苺さんの匂いがした。




 謁見での作法。

 拝謁に賜る者は、無人の玉座に跪きこうべを下げて国王陛下の段上を待たなければならない。

 国王陛下が玉座に着き、「(おもて)をあげよ」の声を頂戴したのち(すみ)やかに顔を上げるが――この時、どれだけ変顔をするかでポイントが加算される。


 ってポイント!?


 横に佇む付き添い人を睨んだ。

 最終確認と称してこの作法を語る苺さんは、とっておきの悪戯(いたずら)を思い付いた少女のようにあどけなかった。


 あ、小さく欠伸(あくび)した。


 流石は苺さんだ。居並ぶ貴族、大臣らが両側に居るってのに余裕だな。


「国王陛下ぁの、おなーりー!!」


 御成になったようだぜ。

 空間から音が消えた。居並ぶ一同の緊張ゆえか、何らかの魔術的効果のものか。


 後で分かった事だが、まさかの前者だった。


 代ってリズミカルな曲が背後で流れる中、国王が軽快に登場する。


 後で分かった事だが、オクラホマミキサーという曲だった。


 間もなく曲が()んだ。

 どうやら玉座に着いたらしい。


 ……いよいよか。


 覚悟を決めた時、次のミュージックがスタートした。

 って次の曲だと!?


「王妃様のぉ、おなーりー!!」


 まだ続くのかよ!!


 国王とは対照的に、静かな足取りでドレスの足元が玉座に向かう。


 後で分かった事だが、横須賀ストーリーという曲だったらしい。


 ……これっきりにして欲しいのはこっちだぜ、もう。


 今度こそ曲が終わり、シナリオは次の行程に移った。


「一同、(おもて)をあげよ」


 四人同時に顔を上げる。いや、上げた瞬間、クランが咄嗟に頭を下げた。

 嗚咽する様に肩が震え出す。

 その隣のサザンカも顔を背けていた。咽び泣いている風にも見える。

 俺はというと、


 変顔をするおっさんと目が合った。


 しばし見つめ合う。


 救いを求めるように周囲を見た。家臣一同も変顔だった。

 そうだ、ワイルド!! 貴族の作法に精通しているワイルドニキなら――ヤベェ、ぶっ殺しそうな目で玉座を見てるよ!!

 どうすんだよこの空気? 本当、これっきりにして欲しいよ?


 隣の王妃様が、ぷって小さく吹き出した。綺麗な人だな。


「陛下、もうおよしになられては? 坊やが困っていますわよ?」


 王妃様……いい匂いしそうだな。


「あらあら、こんなに可愛らしい男の子に褒めて頂くなんて光栄だわ」


 え? 俺、声に出てた? 謁見の場で勝手に王妃様いい匂いしそうとか言っちゃたの?


 まさかの出打首とは……。いや何だよ出打首って?


 焦燥となると苺さんが小声で「王妃ちゃんは心が読めるから」とフォローしてくれた。

 ならOKだね!!

 んな訳あるか!!

 どこで不敬になるかわからないって事じゃん!!


 王妃様が、誰にも見えないようにグッと親指を立てて見せる。


 ……この謁見、意外と難関かも知れん。


「苦しゅうない、礼を解くがよい」


 玉座からの一声で皆が表情を戻した。え? 許可なく変顔を解いちゃダメだったの?


「ふふふ、陛下も皆さんも、もうその辺で。坊やが本気にしてしまいますよ」

「せっかくのストロ殿の仕込みでしたからなぁ」


 王妃が苦笑を堪える風に言うと、背後の立派な髭を蓄えた老人が、生暖かい目で見てきた。

 確か宰相か政務大臣だったか。結構な年に見えるのに、目元だけは精気に溢れてる。


 ていうか、言い出しっぺは苺さんかよ!!


「お母さん頑張って皆んなを説得しちゃいました」


 貴族や大臣らをおかしな事で使うなよ!! 


 あ、王妃様、そんな笑い堪えて、また俺の心読んだの? 読んでるの!?


「ごめんなさいね、坊やが、いえ、サツキくんのツッコミが的確で。ふふふ、本当におかしな国よね」


 おかしいのは国じゃなくてここに居る連中だけどな!!


「ふふふ、もう、およしになって」


 特にそこのおっさんなんてラーメン屋で会ったし!!


「ふふ、もうやだサツキくんったら――陛下、少しお話があります。そこにお座りになって」


 急に声色が闇をはらんだ様に低くなった。

 国王を、というか旦那を見る目とは思えない殺気の溢れる視線よ。


 繊腰(せんよう)に重心を置き真っ直ぐに見詰める様は、曼理(まんり)の透明さと相まって雪の輝きを思わせた。


 あぁ、誰もが願っただろう。


 こんなお姉さんに叱られたい、と。


「もうやだサツキくんったら。褒めすぎよぉ」


 可愛らしく恥じらう王妃様。本当、可愛いな。


「うふふ、この子ったら」


 あ、よく見たら普通かも。


「えぇ!?」


 なぁんて、う・そ・さ。本当に可愛いよ。


「いいわ、そこまで言うなら奥の部屋にいらっしゃい。うふふ」


 何故か濡れた瞳で見つめられてしまった。


「ワシ、放ったらかしかえ?」


 壇上で正座させられてる国王が寂しそうだった。


 しかし、何だな。

 これが謁見というやつか。

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