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128話 監視の目

毎度読んで頂きまして、大変ありがとう御座います。

 翌日の朝だ。事態が進んだか。

 街で感じる視線に、緊張に似たものがあった。

 森林都市(ジキタリス)の木工芸商に潜伏したゴロツキとは違う。人数も性別も、実態が把握できないんだ。ただ、視線だけは消せないってだけ。


 存在自体を消せるサクラさんには劣るけど、こっちもいい仕事してるなぁ。


「こう、胸の所がそわそわしますね。でも私じゃ無い。気のせい?」

「冒険者が感じる違和感は何物にも優先される。マリーのそれは正しいよ」

「サツキさん、また騒動に巻き込まれてます?」


 恋人のように腕を絡めたマリーが、可愛らしい眉を憐れみに歪めた。

 むしろ、この子の方が気配に敏感か。


「気になるなら別行動にしてもいいぞ?」


 小さな体がぐっと密着してきた。

 体温、高いな。


「むしろ、見せつけていきましょう」


 いい性格してるよ。


「どうしてもというなら、ユリかシャクヤクに捕縛させますけど?」

「そうなったら逃げ切れないのはこちらだからなぁ。やっと二人きりになれたんだ。久しぶりに王都も楽しみたい」

「あら?」


 体を離し、後ろ手に手を組んで彼女は悪戯っ子のように笑った。


「昨夜は一人でお楽しみのご様子でしたけど。男の子が夜に、どちらにいらしたのでしょうね?」

「師匠から紹介された店だよ。回避が可能なら避けたかった」

「ふふ、カタバミさんは私の師匠でもあるんですよ?」

「気の利いた妹弟子で」


 お前の師匠はにゃーだけじゃないんだな。

 ていうかあの猫、SSランクと同等の扱いかよ。


「お楽しみじゃ……なかったんですよね?」

「結果が今の状況にコミットしてると言えば察してくれるかな?」


 これは嘘。

 監視の原因が冒険者の大量殺害なら、王都で危険視されたって。納得はいかずとも理解ぐらいできる。


 だけど、マリーにだけは感づかれたくないな。


 オオグルマへの道中は、あまり思い出してほしくない。

 アセビを失った事だって。彼女本人もまた。


「一言あっても良かったでしょう?」


 仔猫のような目で見てくる。

 拗ねてる3割、揶揄い7割ってところかな?


「それについては、慙愧(ざんき)に堪えねーよ」

「んー……許します」


 急に機嫌が良くなり、再び腕に絡んできた。

 何なんだよ。




 中央都市(アンスリウム)に滞在中はベリー邸へ身を寄せていた。

 さっき二人きりと言ったのは、


「では、暫くお(いとま)をさせて頂きます」


 シチダンカがガラ美の調教げふんレベリングに、北方迷宮(クリスマスローズ)遠征とか言い出した。

 そこに流石に付き合いが長いだけあって絶対無茶をすると踏んだコデマリくんも同行する流れとなり、物資の発注に出ていたのだ。クレマチスぐらいの大手が王都に支部を持たない訳がない。


 ……何かのタイトルみたいになった。


 尚、ガジュマルくんは引き継ぎと報告とで王宮騎士団に詰めている。軍属なので帰領までは宿舎行きみたい。


「死神お兄さん、荷物、多かったでしょうか」

「いいえ、奥様から馬車を拝借させて頂きましたので。お嬢様におかれましても二人での外出を物資搬入に付き合わせてしまい心苦しい所存です」

「心配に及ばずとも、この後存分に、ね」

「それは重畳」


 ふふふ、と二人で笑う姿の不気味なことよ。


「コデマリくん、君だけが頼りだ」

「うん、頑張ってツッコむよ」

「そのいきだ」


 多分、この子が一番の被害者になるんだろうな……。


「ガラ美は……辛くなったら逃げてもいいんだよ?」

「わたくしの為に用意して頂いた舞台。必ずやご主人様のご期待に応てご覧に入れます」


 苺さん手製のゴシック調なドレスを摘み一礼する。迷いの消えた姿に、田舎娘の面影は無かった。

 だいぶ仕込まれたなぁ。


「無理は禁物だぞ?」


 道中に例外はあったんだ。コデマリくん(エクストラヒール)にばかり頼られても困る。


「この命に代えましても」

「話し聞けや」


 アンスリウムに入る頃には落ち着いた風に見えたが、残念な所はそのままか。


 ……あ。


 要監視対象の容疑者そのまま放流しちゃってないか、これ?

 ガジュマルくんの気苦労、また増やしたかな?




「行っちゃいましたねぇ」


 だらしなく、カフェテリアのテーブルに頬杖をつくマリーに、居心地の悪さを感じながら彼女が食べ終えた皿を眺めていた。


「予定、立ててましたっけ?」

「なんらかのエクリチュールの発表が大講堂であると聞いたが。チケットなら苺さんから既に二人分」


 文章以外の劇や音楽といった表現法は、ある形式に傾倒しつつも常に模索されていた。大体のパタロンは貴族連中だからな。苺さんにだって付き合いぐらいはある。


「んー」

「琴線には触れないかな」

「手頃に済まそうとしてません?」

「さて」


 思わず目を逸らした。悪手だ。


「もう、サツキさんは!! 本当に二人きりになったっていうのに!!」


 テーブルに着いた細い腕を支点に、ぐぐっと顔を寄せてくる。

 ショートボブにした濡羽鴉の髪が艶やかに日差しを弾く。

 よく見ると、新色のアイラインだ。唇の艶は控えめだけど、こちらも新しいリップだな。


 自分じゃ可愛くないとか言ってるけどさ。

 小さい顔に、上向きに跳ねたまつ毛と整った鼻筋と、パーツパーツは繊細で花がある。

 それでいて小柄な肢体に柳腰の流線が、時折り覗く濃艶な顔と相まって魅了するように揺れていた。


「? どうしたんですか、私の顔に何かついて――青のり!? 青のり付いてます!?」


 小洒落たカフェテラスで、焼きそばを食べていたのだ。

 うん、もうちょっと可愛いチョイスとかあると思うんだけど、この辺はマリーだな。


「理解できないのは立ち位置だけじゃないんだな」


 気になるのは、彼女の中で何らかの相克(そうこく)を見せる瞬間だ。


「それは、青のり以外にもって?」


 彼女との縁談は、一方的な破談で幕を閉じた。なのに――。


「今でもベタベタされちゃ、警戒しか産まないんだよ」

「まさか!! ソース!? ソースまで付いてるっていうんですか!?」


 ハンカチで口の周囲をふき出した。


「一旦、焼きそばから離れよう? ね?」




 二日後、別行動の連中と合流した。


「途中の村で、テメェがオダマキで連れていた聖女に会ったぞ。放ってもおけず余計な手を出しちまったが」


 濃紺の甲冑姿が会うなり腹に一発入れきた。何でだよ?


「エビを相手にしてまで追ったもの、どういうつもりだ?」

「……世話になったな」


 出発して早々に一騒動起こしたらしい。


「新顔の完熟訓練でさ。クリスマスローズが近いからって――到着する前に何やらかしてんだ?」

「北方迷宮だぁ? あんな所、ハイキングに行くようなもんじゃねぇか」


 北方と言っても雪国って訳じゃ無い。単に中央都市の北に位置するってだけで気温も気候も穏やかだ。


「習い性となるってやつ。いやアレでも指定ダンジョンだ。お前くらいだよ、そう言えるのってさ」

「テメェが開拓した事を標榜(ひょうぼう)しねぇから正しい評価が下せねぇんだよ」

「いやだって、ほら、狩場としては美味しいし」


 いや、我ながらセコいとは思うよ。ほんと。


 くいくい、と控えめに袖が引かれた。

 不安そうなに眉を寄せる顎を引いたマリーと視線がぶつかる。

 逸らしたのはむしろ向こうだ。


「どうして……サツキさんは私と居るより、ベリーお兄さんとの方が生き生きとしてるんですか? いきいき兄さん菌ですか?」


 乳製品みたいに言うなよ。


「えぇ、えぇ、この二日間、面倒な女の子の相手はさぞ面倒だったでしょうよ!!」

「そう言うところ、可愛いと思うよ」

「やだもう♪」

「よし通った」


 俺達のやりとりにワイルドの視線が憐憫(れんびん)に変わった。


「通るのかよ――教会組とは会ってないのか?」


 坊主に知り合いは居ないが? いや居た。アイツか。


「本山で何か騒動があったらしいから、そっちかな?」


 大司教と大司祭が何か衝突したとか。


 ……後で知ったのだが、派閥の衝突じゃなく肉体が合体だったらしいが。何のこっちゃ。


「ここ二日は下手に動けなかったからなぁ……外の連中は見たか?」

「国家機関か。まさか狙いはテメェか!? ありゃ実戦も想定したエリート部隊だぞ!! 何やりやがった!?」

「どうせ王女様でもたぶらかしたんでしょ。サツキさんの不潔」

「知らんがな。ていうかやっぱ俺なの?」

ウチ(ベリー家)に用ならもっと単純で済む。正門のチャイムを鳴らすだけだからな」


 そりゃ王家寄りの辺境伯だもんな。


「だったら尚更だ。現時点での館の最高責任者、苺さんが名代を任されてるんだ。そっちから幾らでも通せる――待て、むしろ回避してる?」


 辺境伯に早急に通じるのを忌避して?


「だとしたら情報の鮮度かな」

「それでも母上が黙っておられる保証など」

「だからその時間が惜しいんだってば。親父さんは?」

「領内だ。向こうだって残務はあるだろう。いや、まさか丸投げって事はあるまい……?」


 冷淡な美貌に、珍しく不安の影が差した。

 親が二人とも破天荒だと子供は苦労人になるらしい。


「今早馬が出てもここにレスポンスがあまで一週間て所か」

「あの、その王家直属? の特殊な、えぇとアレ?」

「王家が特殊なアレみたいになってんぞ?」

「その人たちって、勝手に行動に出たりするんでしょうか……?」


 マリーの質問に、思わずワイルドと顔を見合わせた。

 そこん所どうなんだよ?


「組織としての構成が最適化されてる以上、最高責任者の決裁が無ければ通常勤務の筈だ」

「ちょっと待て!!」


 ワイルドの答えに、最悪の事態が思い付く。

 彼も真っ先にたどり着いたのだろう。

 皮肉っぽく口の端を歪めて、


「もし事に当たるとするなら、謁見の場かもしれんな」

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