123話 当身
長らくお付き合い頂きました、イワガラミ編の最終話です。
今後は、イワガラミをメインにした短編もちょこちょこ挟む予定です。
(当面は、125話「番外 ヤケタ肉」を予定)
「その姿!! どうされたのですかお客様!?」
宿に戻ると、フロントの従業員がガラ美の惨状に目を丸くした。
「なぁに、そこの森でちょっと」
シチダンカが余計なことを言う。
「たはぁ……二人がかりでですかぁ。見たところお嬢さん、お体がお小さく存じます。差し出がましいとは存じますが、無理はなさいませぬようお心遣いを進言申し上げます」
ほら見ろ誤解された。
「あたしなんかの為に……ご心配頂いてありがとう御座います。でも大丈夫です。最初は体が辛かったのに、回数を重ねる度に、自分が次のステージに登るのを実感できるのです。今は、とても気分がいいんです」
わざと言ってるの?
「何と!! ……そうで御座いますか。もう、そこまで」
従業員は、憐れむような視線で土まみれの黒装束を見ていた。
なんか、
もうこの宿屋利用しずらい。
「では俺は自分の部屋に」
フロントを後にすると、シチダンカは深々と頭を下げた。
「ああ、お疲れ様。ゆっくりするといい」
「勿体無いお言葉」
ぴんと背筋を伸ばすと、何故か三度出口へ向かった。
……。
……。
どうせ明日には街を出るんだ。よし放っておこ。
「ガラ美も自分の部屋で休みな。疲れてようと朝は予定通り出発だから」
「はい、ご主人様……。」
同じく一礼をし――そのまま固まった。
……。
……。
「どうした? このままここに留まる気か? 従業員に迷惑だぞ」
「あたしの、いえ、わたしの部屋はキャンセルさせて頂きました」
いつの間に。
あ、宿屋の設備を見回ってた時か。
「お前また馬小屋かよ、やめてよ、他の馬やお客さんがびびるから」
尚、灰色オオカミのラッセルとテキセンシスは都市経営の獣舎だ。冒険者の出入りが多い街じゃ、使役獣向けの施策も整っていた。
ユリはマリーの影の中だ。彼女を苺さんに付けた理由でもある。シャクヤクにも、いざとなったら二人を抱えて逃走するよう言い含めている。
「馬……わたしに馬をけしかけるおつもりなのね」
何言ってんの?
「……あのぉ、他のお客様の所有物や資産にはくれぐれもぉ」
フロントの方から心配そうな従業員の声がした。本当にすまん。
ガラ美は、わずかに俯き唇をむにゅうと歪めてから、決意したように顔を上げた。
「恐れながら、覚悟を決めさせてもらいました」
ランプの灯に半顔を照らされ、挑むような表情で俺を見上げる。
赤毛の前髪から覗く瞳に、艶やかな燈が見えた。
急に化けたな。
育ちの貧しさと偽勇者一味の扱いで、肉付きと血色の良くない顔が、艶麗に火照っている。
女の子はこうだ。何かの切っ掛けで全く別なモノに変化する。
なら俺の取るべき行動は――。
「よし。よく決意した。続きは明日の朝に聞こう。じゃあお休み」
逃げた。
がっと腕を掴まれた。
見るとめっちゃ足を踏ん張ってる。
「あたし、ようやく分かったんです。この身も心も首もご主人様に捧げる為にあるんだって」
ぐぐっと引っ張られた。
「あの男に迫られても守りぬいたもの、どうかご主人様の為に!!」
「重いわ!! 地雷女かよ!!」
「いいえ別にご主人様がわたしを想ってくだされなくてもいいのですちょっと気が向いた時にチョチョイと済ませられる都合のいい女の子でもむしろぞんざいに扱われてこそ所有物として喜びもひとしお!!」
なんか目の中の輝きがぐるぐるしていた。怖いぞ。
「は、離せ、そんなもの望んでおらんわ!! 離してくれ!!」
「……あのぉ、お客様、そろそろお静かにして頂ければとぉ」
「いいんです!! わたしは一度は魔獣の牙に肌を裂かれ臓物を食い破られても不思議じゃない罪を犯しご主人様のお情けに預かった身かくなる上はアッチのお情けにも預かりたくもういっそここででも!!」
「うるせーよ!!」
「人前でおしっこをお漏らししちゃう女の子ですが!! 何卒!! 何卒ー!!」
「お、お客様!! 困ります、こんな所では!! せめてお部屋でお願いします!! 何卒!! 何卒ー!!」
何事かと他の宿泊客やスタッフが降りてきた時。
俺を挟んで「何卒ー!! 何卒ー!!」と叫ぶ一団が居た。
何卒なのは、むしろ俺だった。
薄墨色のベールが東の空から白白とした灯りに濃さを失う頃。朝曇りの清涼な中、早々にチェリーセージを後にした。
ていうか逃げた。
ちなみにガラ美は、あの後俺の部屋まで着いてきたので当身で昏倒させベッドで寝かせた。
尚、俺は昨夜も馬車泊の模様。
ただ、宿屋を出る時……。
「急げ、他の客に見られると在らぬ誤解を招くぞ」
「へい、サツキの姉さ兄さん。荒縄で縛ってありやすので目が覚めても暴れられませんぜ」
「よし、馬車に積み込むぞ」
ガラ美を簀巻きにして担いで出た所で、従業員とばったり会った。
「ヒィ、ゆ、誘拐……!?」
「いや本人も了承済みだ」
咄嗟にシチダンカが返した。
「え、でも今、暴れられてもとか……?」
「そういうので燃える女もいると言う事だ。まったく手間を掛けさせてくれる」
お前はいい加減反射神経で喋るのやめろ!!
「たはぁ……まだお若いのに」
「生まれついての嗜好はそうそう矯正できまいて」
一つ、確かな事があった。
もうチェリーセージには来れない……。
「お母さん、もう少しゆっくりお肉が食べたかったわ」
「工程に余裕がありましたし、慌てなくても良かったのでは? いえ、サツキさんの安全が優先ですが」
「サツキさん昨夜お楽しみでしたね!! あ、私は不潔な人は駄目なんでもう近寄らないでください」
こいつらは……。
険悪な空気の中、コデマリくんだけがハラハラしていた。
「それでどうなんですか? 魔法使いさん、昨夜は本当に致しちゃったんですか? サツキさん、凄かったんですか?」
「はい、実に素晴らしい――当身でした」
「「「(あ、当身!?)」」」
車内が騒ついた。
「(初めて聞きます。当身プレイ? え? 私だってサツキさんにされた事なかったのに)」
「(ど、どうしよう……経過時間に比例してオダマキ様に報告できない事が増えていくよ)」
「(最近の若い子は、そんな夜の当身だなんて、お母さんも知らないことを……。でも駄目ね、ここはお母さんとしてしっかりしなくちゃ)」
急に静かになったな。
何が起きている?
「そ、そうね、二人が納得の上での当身なら、お母さんは何も言う事が無いわ」
「いえ、背後から突然でした。流石はご主人様様です。綺麗に入りましたね」
「「「(綺麗に入った!? 背後から!?)))」
車内が騒ついた。
「(え、そんな唐突に入っちゃうものなんですか? え? オーナーと女将さんの見せて貰った時だってじっくり前段階、楽しんでたのに!?)」
「(れ、れ、レポートにまとめなくちゃ……って書けないよ!!)」
「(どうしましょう!! サツキちゃんが凄く遠くに行ったように思えるわ!! 待って、いくらサツキちゃんでも将来クランちゃんとそんな激しい事しちゃうだなんて……ここは最初にお母さんが味見ゲフン実体を把握しておくべき、よね?)」
また静かになった。
大丈夫かこいつら。
「ねぇ、そのサツキちゃんの当身プレイというのは、その、激しいのかしら? かしら?」
「いえ、むしろすっときて、トン! ですね」
「「「(すっと入れられてトンじゃう!?)」」」
車内が騒ついた。
「(ど、ど、どういうことですかサツキさん!? いつのまにそんなんテクニシャンになったんですか!? 入れられた瞬間に昇天しちゃうだなんて!!)」
「(わわわ、どうしよう!? これは国家機密なんじゃ? ううん、本当にこの人たちを王様に会わせてもいいのかな? これ国家転覆罪になったりするんじゃ?)」
「(あんなに小さかったサツキちゃんが、立派になって……。)」
苺さん――泣いてる!?
え? どういう事? 今のやり取りで泣く要素なんてあったか?
「わかったわ、サツキちゃん。お母さん覚悟を決めようと思うの。サツキちゃんの成長した姿をお母さんにも見せて? ね?」
「はいはい!! 私も味わいたいです!!」
「ボクも……領主様への報告義務があるから……。」
かくして、何故かこの三人に当身を放つことになったのだが。何でこうなった?
その後の車内は、とても静かだった。




