122話 彼女のレベリング
昼とは別の宿を取った。
中央近郊だったら貴族の遠征向けに施設が充実するけどさ。それ以外は領事館や代官邸に身を寄せる。
今回は苺さんが先触れを断ったのだ。
辺境伯夫人の枷から離れたいのも頷けるけど、ガジュマルくんは辛い立場だろうな。最終的には、現役SS級の俺が寝室以外の護衛を兼ねる事で因果を含む形になった。
だが、それでも一悶着あって、
「お客様、馬小屋はご勘弁下さい!! 部屋をご用意しております、どうぞそちらへ!! いえ流石高級宿屋いい藁使ってんなぁとかじゃなくて!! 当亭は馬小屋の藁で高級感を演出してはおりませんので、どうかお部屋に!!」
ガラ美とシチダンカが従業員に迷惑を掛けていた。
「あの、もういっそ他人のフリをするわけには……?」
気づくと、ガジュマルくんの瞳からハイライトが消えている。
今からそんなんじゃ王都までは保たないよ。
「ほら二人とも、スタッフを困らせないの。部屋割りするから中に入りな」
「いたしかたありませんな」
何で仕方ないなって感じになってるの?
「わ、わ、わたしなんかが宿屋に泊まるだなんて……!!」
「待て、ちょっと待て!!」
昨夜、ロッジで宿泊させた時も異様に拒まれたっけ。強引に1階奥の部屋に押し込んだお陰で、ガジュマルくんから事案扱いされそうになったよ。
苺さんやマリーも居るから男性を警戒してたとも思えなかったが、まさかこの子――。
「今までの旅で街に宿泊するとき、お前――どこで寝ていた?」
昨夜は怖くて聞けなかった。
だからって先送りにはできん。逃げるわけにはいかないのだ。
「納家や馬小屋は屋根があって良好でした。そうでない時は、公園でしょうか? 宿屋はあの人達だけで利用することになってましたので……。」
「お客様ー!! どうぞお部屋に!! なにとぞ!! 何卒ー!!」
「頼むから俺たちと居るときぐらい部屋を使えよ!!」
俺と従業員が涙目になりながらガラ美を客室に誘導した。
何卒ー、何卒ーって。
ていうか、あの偽勇者ども。こんな娘を差別扱いして悦に浸ってたのか?
夕食は食堂で採った。
高級宿だけあって料理の凝り具合が違う。まずここに差が出る。
香辛料や調味料の流通には独自の取り回しが必須だ。生産地やファームとの提携で独自性を維持するから。その点、この宿は当たりだな。素材の一端をクレマチス商会が担っていちゃあね。
そして地酒。
ワインだ。
香りを楽しみながらちびちびやるのだが、苺さんはグビグビやっていた。
「流石は奥様、本物は違いますな。ささ、ぐぐぅっとどうぞ」
苺さんよりお前が何なのかわからなくなってきたぞ?
いや、この後が怖いのだが。
部屋は、マリーを生贄ゲフン護衛も兼ねて苺さんとマリーを同室にした。
高級宿だけあってセキュリティは万全だが、シチダンカと手分けして周囲を目視する。実際に見るのとカタログじゃ違うから。
「少し外の空気を吸ってもよろしいでしょうか?」
外壁を見回った後だ。
外ねぇ。
野盗の被害は聞かなかったら、来る途中の森かな? 魔獣かゴブリンぐらいは居そうだけど。
「そこまで熱心だったか?」
「いえ、俺ではなく。サツキの姉さ兄さん方式で鍛えるのに手頃かと。お許し頂けるなら、その名を一言頂戴したく」
「え? ガラ美の事?」
右手で闇が動いた。空気の流動に、少女の甘い香りが混じった。
シチダンカも気づいたのだろう。「やれやれ、先が思いやられますな」と肩をすくめていた。
「はっ、ガラ美ならお側に」
跪く黒装束のイワガラミは、もう魔法使いに見えない。
「って何で当たり前のように控えてるんだよ!!」
「ご主人様に身も心も、いいえこの魂を捧げても足りない……足りない……全然足りない……。」
消え入りそうな言葉が返ってきた。
答えになってない。
「おい少し見ない隙にこの子どうしちゃったんだよ?」
「サツキの姉さ兄さんに従うに相応しいよう、少々先達の役目を」
「目からハイライト消えてんじゃねーか!! 怖いよ? 自我崩壊してるみたいなこと繰り返してるし? 怖いよ?」
「いいえ、まだ甘い。甘いのだ小娘よ。何だそのシャンプーと石鹸の香りは!! そのような匂いを漂わせては敵に見つけてくれと言っているようなものだぞ!!」
「何と戦わせる気なんだよ!!」
「――己の闇とに御座います」
跪いたまま顔を上げる。凄くひたむきな視線。さっきまでの虚無感が嘘のようだ。
「闇ときたか。小娘が大層な事を吠えおる」
コイツ、もう何だか分からない存在に昇華してるよな。
「嘲笑になりましょうや。この身はいつご主人様に所望されてもいいよう清めて参りましたお望みならそこの木陰でも!!」
「何言い出してんの!?」
「そうだ何を言っておる!! サツキの兄さ姉さんがかような標準的趣向で満足されると思うなよ!!」
「テメーも何言ってんだよ!! あと何で今姉さんに言い直した!?」
「すみませんお客様!! 茂みででも何でもいいですから、声を抑えていたしてください!! 他のお客様にご迷惑なりませぬよう、特殊な性癖は何卒ー!! 何卒ー!!」
「あんたの声の方が大きいわ!!」
「何でしたら小道具もお出ししますから!! 何卒ー!! 何卒ー!!」
最終的には従業員のせいで、この後色々と不名誉を被った。
新緑が鬱蒼と枝葉を広げ、天高い天満月から逃れようと覆っていた。
その下を勁草を踏みしめる複数の足音と、気配も音もなくそれを追う洪笑がこだました。あ、こっちは俺だ。
「あはははは! さぁ進め! 斬れ! 斬り倒せ! 俺に斬られたくなければ迫る魔物を全て斬り伏せて見せろ!!」
やっぱレベリングは楽しいな。
ダンジョンの外だと獲物は魔獣系魔物か、ゴブリンに限られる。
ダンジョン内で討伐対象となる二足種――オークやトロルやオーガと言った魔物は、ダンジョン外では独自の生活様式を持つ、いわゆる部族になるのだ。
彼らにも区別があるようで、地上のオークがダンジョンのオークを討伐する目撃談もある。
例外は、ゴブリンだ。
連中に地上も迷宮も無い。むしろ味方を平気で罠に嵌める、囮にする、弱者を馬鹿にする。この世の負の感情を煮詰めたような奴らだ。ダンジョン外でも討伐クエストには事欠かない。
「はひ、はひぃぃ、これ、魔ほう、魔法使いの訓練じゃ、はひぃ……。」
息も絶え絶えで、既に惰性で目の前に現れた緑色の小人を彼女は斬り伏せる。斬っているのだ。剣で。
「無駄口を叩くとは、まだ余裕のようだな」
左脇から黒い翼を広げた怪鳥のように、大釜を振り回したシチダンカが襲いかかった。
あ、これ当たるヤツだわ。
「すとーっぷ」
咄嗟にシャヤマダハルの先端を射出しシチダンカの刃先を巻き取った。
「ぬぅ!? 限界まで加速した我が死の刃がびくともせん!? 流石は我がサツキの姉さ兄さん。未だ実力にか様な差があろうとは!!」
「よせやい、ふふふ――じゃねーよ、何トドメ刺しに行ってんだよ」
気を抜くとこれだ。
コイツ、教育係は向かないんじゃ?
何で限界まで加速させちゃうんだよ。
ついでに言うと、限界まで加速したって一度固定されたら意味ないよ?
「オーバーワークは禁物だ。カサブランカの時だって休息は入れてたぞ?」
「思えば休んだ気がしなかった、いや、気の休まる時がありませんでしたな、ハハハッ!!」
豪快に笑っていた。
辛かった日々も時間が経ち楽しい思い出になったアレか。
そんな事だから、ほら。
「失礼、サル共の縄張りであったようです。俺が行きます、小娘の事を頼みます」
「シチダンカ」
しゅっ、と飛び上がる所を呼び止める。
「はッ、承知しております。幾つかは残しておきます」
「行け」
「ははッ」
全部狩っちゃたらガラ美が可哀想だもんな。
せっかくのレベリングのチャンスだ。
死のギリギリまで楽しでくれればいいな。




