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120話 花瓶の脇にでも添えてください

「失礼ながら苺さん。彼女はもうイワ美って言うほどでもないでしょ? もうガラ美でいいですよもう」


 要するに面倒になってきた。


「サツキさん……センス」


 あ、マリーが引いた。


「わかったわ、ガラ美ちゃんね。でも、どうしてそう思ったのかしら? サツキちゃんはそんな子じゃ無かったはずよ?」


 え、俺どんな風に思われてたの?


「前述案ではいずれ被る人も出てきます。事前の対策大切だと」

「確かに紛らわしいかしら」


 うん、と納得する。別段、イワ美に拘りは無いのかな。


「流石サツキの姉さ兄さん。奥様の候補も素晴らしいですが、この後イワカガミなんてのが現れたらどちらのイワ美か測り兼ねます」


 ここぞとばかりにシチダンカが持ち上げる。よせやい、ふふふ。

 まぁその時はガラ美とカガ美で紛らわしいのだが、そう都合良くそんな名前の奴と合うはずもないか。


「そう言うわけだ。只今から君はガラ美だ」


 どう言う訳か自分でも分からなかった。

 言われるがままのイワガラミは、顔を伏せ肩を震わせていた。

 あれ……やっぱ自分の名前でいじられたから怒ったかな?


「サツキさん、僕、いじめは良くないと思う」


 コデマリくん。

 それ以前に俺たち略奪されかけたんだよ?


「女子のあだ名で遊ぶのはダメですよ? 好きな子に意地悪してる認定されちゃいます」


 ガジュマルくん、さっきの俺を見て言ったのかな?


 ビクン、と魔法使いの肩が小さく跳ねた。


「す、すす、好きな子……。」

「違うぞ? ガラ美へのそれはちょっと違うぞ?」

「ガラ美……ガラ美……。」


 口の中で反芻する様に呟いていた。

 不意に顔を上げた。ひたむきな瞳と視線が重なった。


「も、もう一度、呼んで頂けますか……?」

「大丈夫か、ガラ美? 頬が随分と赤いが……川に浸かりすぎたか」

「ガラ美……上書きされちゃった……あたし……会ったばかりの男の人? に名前を上書きされちゃった……。」

「呼び方考えてただけじゃん!! あと今何で疑問系挟んだ!?」

「あたし……もう、この方の元に……。」

「不穏なこと言うなよ!!」

「いっそのこと、もっと間を採ってくださっても!! なんでしたらワラ美でも!!」

(わら)美かよ!! 草生えてんのかよ!! あ、マリー? 何で君はドーナツのホークで俺の太もも刺しにきてるの?」

「ふーんだ」


 なんか俺、とんでもない事をしでかした気がする。また俺何かやっちゃいましたか系だ。

 あとシチダンカがイワガラミに「此奴、なかなか見込みがありよる」みたいに頷いていた。


「なんとなくですが……昔はワラ美って呼ばれていた様な気がするんです」

「酷い奴だなソイツ!!」




 あたしは、地方のドが付く程の田舎で畑を耕して暮らしていました。父と二人暮らしです。


 村に勇者一行を名乗る二人組が訪れたのは、一ヶ月も前だったでしょうか。

 資金援助をする代わりに、紹介した者を村に住まわせると条件を提示され、過疎の進んだ村の発展に貢献してくれるはずでした。


 今思えば、程のいい移民の受け皿に狙われたのでしょう。

 約束の支援も援助もなく、結果、文化も違う働き手でもない村人が増え、村は荒廃の一途を辿ったのです。


 そんな中、わたしはあの男に、勇者に見出された体で抜擢されました。

 言い出したのは同行していた僧侶の女です。彼女にわたしの魔法使いとしての適性を見破られたのです。

 あぁ、勇者の方は最初からあたしを嫌な目で見ていました。若い女は、と言ってもまだ15ですが、あたししか居なかったので。


 最初はパーティへの勧誘でした。一緒に救済の旅に出ないかって。

 胡散臭さは感じてたし、僧侶の態度は鼻につくし、勇者の視線は気持ち悪かったけどドーナツですかはい頂きます甘いの久しぶりです。

 えぇと、それでもあの村を出れるならって。自分たちで故郷を良くしようという気概もなく、安易に外部からの労働力を期待して陥穽(かんせい)に嵌められた可哀想な人達。

 浅はかなわたしは、ただあの村を出ることしか考えていませんでした。


 村からの開放感はあったものの、勇者たちとの生活は良いものではありませんでした。

 経験を積む為だと、いつも前に出て勇者を称える事を強要され、また強硬手段もわたしの役割でしたから。


 先程のわたし、どう思われましたか?


「攻撃魔法に躊躇いがあったぞ。狩れる時に狩らないのは三流の仕事だ」

「あ、うちのアホは気にせず続けて続けて」


 えーと……あ、はい。


 それで言われるままに魔法による暴力を振るっていたんです。

 人死こそ出なかったけれど、僧侶と勇者が被害者から略奪なんかを……。

 本当は嫌でした。何度逃げようと思ったか。でも、拒否すればあの女が勇者の敵は世界の敵だ市民の敵だとなじってきて、酷い時は三日も食事を抜かれたり……あ、ドーナツは美味しいですおかわりですかはい頂きます。


 それで、あの、

 今更だって。本当にむしのいい話しです。でも、あの女に解放されて気が楽になりました。


 どうか、あたしに罪を償う機会をください。


 冒険者のお姉さお兄様の(つるぎ)で、あたしの首を斬り落として、このテーブルの花瓶の脇にでも添えてください。


「って嫌だよ!! ドーナツ食べてる女の子の生首飾って談笑とかどんなお茶会だよ!!」

「差し詰め、悪魔崇拝か邪教のサバトの様相でしょうな。我がサツキの姉さ兄さんに素っ首を差し出すとは良い心がけではあるが、我らが信奉するはあくまでサツキの姉さ兄さんだ。その辺に転がってる邪神や魔神などではないと心得ておくがいい」

「は、はい!!」


 いやそこら辺にそんな物騒なものが転がっててたまるか。

 君も元気よく返事してる場合じゃないよ。テーブルを彩るの、下手したら君の生首だよ?


「ならその時、残った体の方はサツキさんの自由ですね!!」


 だめだマリー!! それはダメな奴だ!!


「あ……。」


 マリーの言葉を理解したのか、耳を紅潮させ再びモジモジし始めた。


「え、と……こんな貧相な、カラダでよろしければ……。」


 もっとダメな奴が居たよ!!


「お母さん、可愛い子の首と胴体は繋がっていた方が好きよ?」


 俺もだよ!!


「大丈夫!! さっきは何故か失敗したけれど、離れた瞬間なら僕のヒールで息を吹き返せます!!」


 コデマリくん、君も大概だな。


「それなら安心して斬れますね!!」


 だからオメー(マリー)は安心できる要素が無ーんだよ!!


「私もドラゴン討伐の時、お腹から下が分解しちゃったけど、コデマリくんのヒールで一発回復しました!! 膜も無事です!!」


 うるせーよ!!


「!? ねぇコデマリちゃん? お母さんにヒールかけてみてもらってもいいかしら?」


 苺さんは今更膜再生させてどうしようってんだよ!?


「あの、お聞きしてもよろしいでしょうか?」


 剣呑な空気に反して、ガジュマルくんだけが神妙な面持ちだった。


「イワガラミ容疑者の故郷に住み着いた自称移民の人たち。どれくらいの規模だったのでしょう?」

「……80人は居たと聞きました。働き手の名目でしたが、結局は村でその人らも養っていくことになって」

「貴女が村を出た時の規模か、その後の行動予定などについては?」

「確かに……グループを分けて都市を目指すという話は聞こえましたが。あの女です」

「ジキタリスの名に聞き覚えはあるでしょうか。都市の名前です」

「言っていました!! 森林都市へ50人規模で送り込むって!!」


 何か繋がった?

 ガジュマルくんが顔を見合わせて頷き合ったのは――俺ではなくシチダンカの方だった。


「異国の者なら、聖女様護衛ついでに30名ほど鎌の錆にしてやったが。いずれも快くサツキの姉さ兄さん復活の礎になってくれたわ」

「そっかぁ……全然関係ない所で凄い量を捧げられてたんだ」

「此奴らや青い甲冑が仕留めた分も含めれば、残りの分ぐらいには及でしょうな」


 俺の足元でぺたんとなっていたラッセルとテキセンシスが、自分の事を言われたからか耳をパタパタさせた。


「ジキタリス以外は中央を目指したんだよな?」

「別れてから何隊に分散したかは分かりませんが。大多数はそちらに」


 他に別口で仲間が侵入してることも考えると、人数の誤差は問題じゃない。


「前後の状況から見て共和国か」

「妥当ですね。オダマキでラァビシュにクリスタル体の技術供与をした連中と一致するかは別として、相当数に中央に入られたかと」


 ガジュマルくんが難しい顔で頷く。

 オダマキ卿への報告を迷っているんだろうな。まだ不確定要素が多い。


「サツキさんは彼女の事をどこまで信用されていますか? まさか今の身の上話しを全肯定はされないでしょう?」

「するよ」

「え!?」


 意外といった顔で見られた。

 ガラ美からも意外と言った顔で見られた。


「あの、わたしは特には…… その冷罵(れいば)嘲弄(ちょうろう)を受けてもいいので、その、どんどんどうぞ」


 カモンカモンと手招きする。


「褒美を欲しがるとは卑しい奴め」


 シチダンカだけがうんうんと頷いていた。

 あとマリーに至っては、テーブルの下からガラ美のスカートに潜り込んでいる。

 こそばゆいのか、時々ガラ美が小さく鼻を鳴らした。何やってんの?


 ……どいつもこいつも。


「いずれ情報士官ならそっちで裏付けも取れるだろ。信じるかどうかは別な話しだけどさ」

「そりゃあ、そうですが……。」


 連中の人間関係に間隙はあったんだよ。

 だってさ、人にファイアーストームなんて高度な術を放っておいて「無事で良かった」なんて安堵するような子だもん。

 俺にだけ聞こえたあの呟きは、本心からのものだと思いたい。

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