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119話 間を取ったはずが両脇だけが残った

 行商や冒険者の遠征向けに、街道沿線には安全地帯が開拓されている。

 近隣の脅威を排除した上で、水源、狩、安眠、臨時店舗の適応により、トレーダーギルドと冒険者ギルドの協賛でランク付けされ国家行政が承認するのだ。


 その日。河原にポツポツ点在するキャンプ地が、やがて恐怖の波に呑まれ騒然となる事件が起きた。

 始まりは微かな違和感――振動だ。


 料理番が鍋に張った水を沸かすべく簡易釜戸に火を入れようとした時、微妙に揺れる水面に気付き怪訝に首を捻った。


 平な巨石に寝そべり交代で仮眠を取る冒険者は、背中に感じる揺れの不快さに、太い眉を寄せた。


 近場の森に食料調達へ出た狩人は、動物の気配を失った深緑の静けさに嫌な汗が流れたという。


 黒々とした木々の向こう側で、野鳥の影が逃げ惑うように飛び立つのを、旅商人に連れられた少年だけが見ていた。


 そして、ついに音。


 誰もが身構えた。

 近づいてくる。

 地響きに見合った質量が。


 障害物を薙ぎ倒し。

 ただ純粋な破壊のエネルギーを正面に放ち。


 間もなく現れた。

 万緑で埋めた森が、あぁ、錯覚とはいえ割れて見えようとは。

 恐怖が具現化せしめたか。もっと光をと。


 どすどすと凄い勢いで、伸ばした腕の先に魔法使いの娘を摘んだ鬼神が駆けてきた。


 ――ただの鬼にあらず。


 今や赤黒い筋肉をゴスロリな衣装の下に隠したファンシーさよ。よくボタンやリボンが弾けないな。不可視の弾性は苺さんの技の冴えか。


「ひぃぃっ、ば、化け物!?」


 怯え戸惑う商人や冒険者たちが、チグハグな方向に逃げ惑う。

 普通なら「魔獣の襲撃か!?」て構える所が化け物ときた。

 その感覚、俺は分かるぜ。


「こっちからは魔獣の群だ!!」


 誰かが叫んだ。

 現れたのは、シャクヤクに追い縋る俺たちだ。

 幻獣が黒塗りの馬車を引き、灰色オオカミが左右に付く。


 ……これ、魔王軍の進撃みたいになってない?


「護衛の冒険者はどうした!!」

「くそっ、見張りだけじゃ間に合わない!!」

「商品はいい!! とにかく逃げろ!!」

「逃げるったってどこへだよ!!」

「俺たちが時間を稼ぐ!! 川上から街道へ回り込め!!」


 ……言わんこっちゃない。大騒ぎじゃんか。


 中でも、


「あの娘が操ってるのか!?」

「弱点を突き出してるってわけか!!」

「術者を狙え!!」


 って、魔法使いピンチになってね?

 だが、シャクヤクは決して反撃の機会を与えなかった。


「駄目だ、もう来る!!」

「伏せろ!!」


 どすどすどすと重音を纏い迫る破壊の権化よ。別に京都出身ではない。

 右往左往した上に七転八倒なキャンパーたち。全員が頭を上げた。

 直前で巨体が飛んだのだ。

 彼らの頭上を通り抜け、そのまま綺麗な放物線を描き川へ着水する。

 打ち上がる水飛沫が霧のシャワーとなり虹と共に人々を涼ませた。風流だった。


「せい」


 掛け声と共に、摘んでいた魔法使いの娘を川に放り入れる。

 それでも姿を消さない巨体に、彼女が術者じゃないと悟ったようで。


「ちょ、何投げ入れてんだよ!!」

「待ってろお嬢さん!! 今助けるからな!!」


 勇敢な冒険者たちがレスキューに向かおうとした。

 その頭上から錆を含んだ声が降り注ぐ。


「ふぅ、散々失禁しおって、尿道の緩いヤツじゃ。おかげで黄金水まみれよ。どれ我も清めようとするかの」


 全員が川に入るのを躊躇った。

 遠巻きに見られながら、魔法使いの娘はただ川底に手をついて泣いていた。


 誰もが、いたたまれない気持ちでいっぱいになった。


「……聞いたことがある。湖に斧を落としてしまった木こりの話だ」


 商人の一人が、記憶を探る様に言った。


「確か、仕事道具を失い困り果てた木こりの前に、一体の泉の女神が現れてな」


 何でモンスターみたいに言った?


「お前が落とした物を返してやろう、と凄い上から来やがったそうだ」


 言われてんぞ女神?


「木こりが斧を落としたというと、女神は二つの斧を見せこう言った――お前が落としたのはこの黄金の斧か? それとも銀の斧か? 即ち――。」


「黄金……黄金水」(ゴクリ)

「女神の黄金水……。」(ゴクリ)

「黄金水の女神様、だと?」(ゴクリ)

「まさか、あの少女が……?」(ゴクリ)


水際で戸惑う男たち。

色んな意味で水際だった。




「すみませーん、通してくださーい。お騒がせしましたー」


 マリーの間延びした声と共に、河原に馬車を乗り入れる。

 事の顛末を見極めんと集まった冒険者や商人の群れが途端に割れる。

 刺す様な眼光。灰色オオカミが睨みを効かせたからだ。

 怪訝に思う者。警戒心を解かぬ者。その程度で済んだのは、先頭で声をかけるマリーのキャラクターゆえだろう。殺気を向ける者がいないのは救いだよ。シチダンカ(うちの馬鹿)を喜ばすだけだから。


「えらい騒ぎだったけんどよ、ありゃあ姉ちゃんらの仲間かぁ?」

「んだぁ、おれんところのが騒がしてすまんかったのぅ」


 ……マリーがバイリンガルを駆使してるように見えた。


「このまま目立つのは避けたい。シャクヤクを小ぶりにできないか?」

「背は小さいのに胸は全然小ぶりじゃないんです」

「俺が知るか。彼女の世話、宜しく頼む」

「そりゃあいいですけど、苺お母さんが両手わきわきしちゃってますよ?」


 視線を追うと、馬車から降りた苺さんがゾンビ系アンデッドのように両手を胸の前でわきわきしていた。


「辺境伯夫人に不審者の世話をさせられるもんか。あちらは引き受けた」

「はぁい。手ぬぐいとスポンジと、あと上がった後のタオルを何枚か」

「着替えは俺のじゃ……大きすぎるか」

「それ私がやりたいヤツ!! 着る物がなくて男物の彼シャツ素肌に着るヤツ!!」

「……いや、女の子用の冒険者服なんだが」

「……。」

「マリーに言われて、あの後自分用に下着も何枚か」

「……。」


 一瞬無言になったマリーだが、


「後で着用してる所ちゃんと見せてくださいよ!!」


 俺から手ぬぐいとスポンジを受け取り、シャクヤク達の待つ河辺に向かった。


「さて。俺はこっちか」


 彼女らに背を向け、俺は袖を捲ってる苺さんを止めるべく死地へ赴いた。




「思った通りね。魔法使いちゃんは淡紅色(たんこうしょく)が似合うのね」


 一通り清めて川から引き上げた魔法使いに、強引にひらひらフワフワな薄桃色のドレスを着せた苺さんが会心の笑みを浮かべた。

 赤毛を後ろで三つ編みにし、頭にはヘッドドレスまで乗せている。

 

 ……田舎娘の風采までは隠し切れんか。


 ペチコートでボリュウムを出したスカートが落ち着かないのか、内股になりモジモジする姿は、果たして恥じらいによるものか、或いは尿意か。

 衣装、やたらリボンの装飾が多い。デザインのターゲット層は10代前半かな?


「こだな、おでの為に、わたくしの為にこんな素敵なドレスを、も、もったいないです……。」


 一人称迷子か。緊張、やっぱ解けないよな。

 どうしたものかと思案していると、シチダンカと目があった。

 察したと言わんばかり頷き立ち上がる。今はその背が頼もしい。


「この期に及んでサツキの姉さ兄さんに対し己を謀るか」


 大鎌の刃先をドレス姿の魔法使いの喉元に突き付ける。

 ……何一つ理解されないのな。

 返せよ。

 俺のさっきの感心を返せ。


「ひぃぃ、ず、ずびばぜんー!!」

「よせ、シチダンカ。精神状態が未だ不安定なんだろ。いやむしろお前が不安定過ぎるぞ? 大丈夫かほんと」

「サツキの姉さ兄さん……俺なんかの為に心を砕いてくださるだなんて……。」


 うん、巡り巡って俺のところに返るからな!!


「冒険者のお姉さお兄様……あんな下衆な事をしたおでを庇ってくれるだなんて……。」


 いやお前ほんとどこの生まれだよ? ていうか発想がシチダンカに似通ってるぞ?


「さぁさぁ、お召し替えも済んだ事だし、少しゆっくりしましょう。お母さんお茶の時間だと思うの」


 苺さんが言うなら仕方がない。


「シチダンカ」

「はっ、姉さ兄さんっ」

「やれ」

「はいっ」


 恭しく一礼をする。

 その頭が上がる刹那、奴の姿は残像に煙った。

 スマートな流れでテーブルが据えられる。茶器が並ぶ。アニメ(ティー)でポットから紅茶が注がれる。


 ……命じた俺が言うのもなんだが、お前何で冒険者なんかやってんの?


 日毎に手際が良くなるシチダンカに不安が募る。


「さぁ、貴女も席について」


 シチダンカに椅子を引かれ着席した苺さんが、淑女らしく気を配る。

 貴族といっても、質の違いがこういう所で出るんだよ。

 そして弟子の一人は執事の質の違いを見せつけてくるんだが……。


「あ、あの……。」

「奥様がそうせよと仰せだ」


 囁くように言うシチダンカに、淡紅色(たんこうしょく)の魔法使いはこくんこくんと激しく頷いた。

 全員が席に着く。

 シチダンカが、コデマリくんとガジュマルくんの取りやすい位置にスイーツの大皿を移動する。何このイケメン?


「それじゃあ自己紹介からね。貴女、お名前は何て言うのかしら?」

「は、はい、い、イワガラミと申しますっ」

「そう――。」


 短く頷き、苺さんは瞼を伏せ顎を僅かに上げた。彼女の思案する時の癖だ。別にキスシーンではない。

 その場の全員が固唾を飲んで見守る中、今まで気怠げだった顔に明らかな明快な色が映えた。


「間を採ってイワ美ちゃんね」


 ……いや、むしろ両脇しか残ってないのだが。

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