118話 生み出されし化け物
ガサリ、と生い茂った大振りの葉が揺れた。気付く者は居ない。
止める間もなく、今だ不意打ちだとばかりに草陰の波からアイツが飛び出した。
「ぷぎゃぁっ!?」
青梅雨に色合いを一層濃くした木々の間を、自称勇者の悲痛な叫びがこだまする。
その腕に食らいつくは、灰色オオカミのリーダー、ラッセルだ。自称勇者の動きを攻撃動作と判断したんだ。
……お前ずっと草隠れの中、出番待ってたのな。
「腕っ、俺の腕が!! 俺の腕をこの畜生が!!」
ジタバタ悶える姿が、何かの踊りのようで滑稽だ。
むしろ、(カプ)あ、ほら空いた左腕に弟のテキセンシスが齧り付いた。
お前は、オモチャかと思ってるな。
「ヒヒィンッ!! コ、コイツ、ラ!?」
両腕を灰色オオカミに噛まれのたうち回る自称勇者。
頭を巨大レッサーパンダに食われてプランプランな僧侶。
何だこの地獄絵図は?
これを俺に処理しろと言うのか? 神よ!!
「タ、タ、タスケろっ魔法使い!! 拾ってやった恩を忘れたか!! いますぐおれを解放しろノロマの田舎者が!!」
自称勇者から苦悶に歪んだ顔を向けられた魔法使いは、尻餅をついてちょっと説明しにくい状況になっていた。
えーと、これは……うん触れないでおこう。
「あーっ、出てます出てます!! これは400デシリットルくらいいってるんじゃないんですか!!」
やめろマリー。そっとしてあげて。流石にかわいそ過ぎるから。
涙目でこひぃこひぃと口から空気を漏らし、違うところも漏らしつつ茫然自失になる娘に、同情すら禁じ得ない。
「この役立たず!! 寂れた田舎から拾ってやったのに!! 何でお前だけ!! 何でお前だけ!!」
彼の憎悪は、一人だけ無事な魔法使いの少女に向けられていた。
何故彼女だけ?
幻獣・鵺と灰色オオカミがそう判断したんだ。
実際の攻撃は彼女しかしてなくたってさ。本当に滅すべき敵がお前らだと、ちゃんと分かってる。
怨嗟にまみれた罵詈雑言が響く中、俺の足はステップをやめていた。
最初にユリが僧侶を狙った。
恐らくこの自称勇者、えぇと何だ? 国境無き勇者団か? の主犯格は彼女なのだろう。
コイツらのパワーバランスに興味は無いが、魔法使いを獲物と見なさい事と最後の自称勇者の叫びを聞けば大よそ想像がつく。
結論から言って、魔法使い以外の二人は駄目だった。
流石に野盗の変種といえ、見殺しも目覚めが悪い。コデマリくんにこっそり最上級回復術を施してもらったが、効果は無くそのままお亡くなりになられた。
熱気も深緑の露に洗われ影涼しい中。
後に残るは、茫然自失の魔法使いよ。
「大丈夫かね?」
「ひぃぃ……。」
俺が近づくと、こんな風に怯える。
傷ついた。女の子に真剣に怯えられるのって、グサリとくるのな。
「サツキさん、デリカシーないですね。魔法使いのお姉さん、失禁して盛大にプシャーってなったのを異性に見られたんだから、怯えても当然じゃないですか」
デリカカシーの無い代表が何か言っていた。
ふと、頭上を仰ぐ。
伊吹に溢れた葉先が零す雫は、青時雨の名残でもあったろうか。
足元の、若草を焼いた跡など嘘のように、空気は清涼で、肌から火照りを奪っていく。
そうだな。
盛大に、
めっちゃ出てたな。
「大丈夫ですよ、お姉さん? 恐怖に顔を歪めながらのお漏らし。きっとサツキさんの趣味にも刺さるものがあったでしょう」
「何で俺を辱める方向に行くの!?」
一番野放しにしちゃ駄目なのはこの娘か。
「……ほんと?」
先刻の敵対した勢いを失い、舌足らずな声で聞いてきた。
甘える猫のような子だと思った。
「ええぇ、サツキさんなら必ずや」
「マリーはもう喋らない方がいいぞ。俺が泣くから」
魔法使いは大きな瞳で、夏の終わりに咲く向日葵のようなマリーの笑顔と、困惑に陰る俺を見比べた。
血色の抜けた白い顔は、赤毛に反して沙羅の花を連想させる。
盛者必衰の理を表すとは歌ったものだが、果たして――。
「……ほんとに、ほんとにいいの? ……涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔でお漏らししちゃう女の子でも……本当にいいの?」
全員の視線が俺に集中した。
どうしろと?
「何だその……助かった命だ。無駄にする事はあるまい」
『おぉっ』と周囲から感嘆の声が上がった。
何なんだよ。
「サツキの姉さ兄さんのご恩情。生きて報いるよう努めるがいい」
「いやお前も何でそんな上からなの?」
「俺もかつてはサツキの兄さ姉さんを裏切った。ダンジョン深く。魔王軍四騎士の筆頭、かの両断卿と相対した時だ」
あー、そんな事もあったな。俺、あの時もっと恐ろしい物と相対したしてたけどさ。
あと何で姉さんにした?
「あ、それなら私もサツキさんに気がある素振りでお見合いまでしてお断りしてるわ。案外、裏切られての人生なんですね、サツキさん!!」
俺が攻撃されてるだと?
「お母さんちのお婆ちゃんなんて、サツキちゃんに呪いまでかけてたものね」
いや止めろよ。
「皆さん……イジメは駄目ですよ?」
慰められてるはずの女魔法使いに庇われるとは。
「君を生かしたのは自称勇者どもについてだ。連中とは後転的に、いや同行を強要されてたんだろ?」
涙と鼻水で化粧もボロボロの娘が、目をパチクリとさせ俺を見る。
「どうして……。」
「立ち位置で判断はつくさ。君はいいように表やに出されたんじゃないかって。もう一人の僧侶があまりにも後ろに居るから」
「!?」
「それに本当の君は、何だろう、もっと繊細な子じゃないかなって思えてさ」
「……うぅ、オラ、ほんまはやりとう無かったんねん」
「そうか」
「でも頑張って勇者様の役に立だないと……オラの居る場所さなぐて……。」
「うん、大変だったね」
再び泣き出す魔法使いの頭をそっと撫でる。
尿の匂いが鼻腔をくすぐった。
その背後で、
「流石はサツキの姉さ兄さん!! パーティが全滅した娘に優しい言葉をかけてたぶらかすとは!!」
うるせーよ!!
「サツキさん、私もちょっと引きます!! いくらその人に利用価値があるからって、タラシは良くないと思います!!」
ほんとお前は喋るな。
「ぐず……いいんだオラ都合のいい女でも……必要だって言ってぐれるなら」
うわ、面倒くさい。
「はいはい、そこまでー」
ぱんぱんと手を打って苺さんが仲裁に入る。
「いつまでも失禁した女の子を放っておかないの。まずは身を清めるのが先よ」
言い方。もっと言い方。
「添乗員さん、この近くに川か湖はないかしら?」
「あ、はい、少し進んだところに緩やかな河辺が。この時間ならキャンプも少ないでしょう」
「ならそこね」
コデマリくんが出した地図を全員で覗く。
「街道から外れるな?」
「大きな修正にはなりませんから。トレーダーも休憩所に使ってます。どのみち午後はチェリーセージで一泊なりますし、その頃でも名物店は営業しています。お肉には間に合います」
最後の言葉に全員が頷いた。
どんだけ肉が食いたいんだよお前ら。
「君は狭いが後部の荷台に乗ってもらう」
素性の分からないお漏らし娘を、苺さんやマリーと同席させるわけにはいかない。
「わ、わ、わたしなんかを馬車に乗せていただくだなんて恐れ多い……ひぃぃ!?」
俺の傍からぬぅっと巨大な腕が現れ、ぺたんと座り込んだ魔法使いをつまみ上げた。
「ば、ばば、化け物!?」
魔法使いが怯えた。
腕の正体を見て、
「ば、ばば、化け物!?」
俺も怯えた。
ゴシックの中に耽美とロリータ趣味と筋肉を秘めた野生的な巨体が降臨したのだ。
鬼神シャクヤク。ゴスロリバージョンだ。
「って、何でそっちの姿に着せちゃったんだよ!!」
「ふふふ、シャクヤクちゃんって何着せても予想外だからお母さん刺激を受けまくって、ついうっかり」
「ついうっかりで、とんでもないモンスターを生み出してくれたな……。」
改めて見上げる。
今にもはち切れんばかりの筋肉が、どこか悲しげだ。
摘み上げられた魔法使いもどこか悲しげだ。
「そのような目で見るな。それよりこの娘、このまま我が連れて行こう」
「いいのか? 途中で漏らされるかもしれないぞ?」
「あるじへの危害を極力回避したい。兄様もまだ納得はしておらぬだろう?」
「そりゃあな」
詳しい事情を聞かない限り、判断はできないもんな。
一部の表現について、
決して私の趣味で無い事だけはご理解下さい。




