116話 やっぱり国境は大事だなって思った
愛すべきイワガラミの登場。
ここから123話までイワガラミのターンです。
左右は枝葉を伸ばした木々に幽冥に陰っていた。
前方。人影を三つ視認する。「行きますか?」の質問に減速を指示した。
こいつ、首狩れないと対応がおざなりなのな。それも殲滅する方向に。
おざなり系殲滅型。
一体誰の影響やら……。
念のためラッセルとテキセンシスは茂みの中を通らせた。
魔獣系魔物だ。上位魔物だ。ダンジョン外でも脅威になる。故に商隊の遠征に犯罪の抑止力として期待できた。目下マンリョウさんのもと試験運用中なのがそれだ。
ユリの方は……うん、このまま行こう。
この子の愛嬌なら、まぁ可愛いで通るな。
前方の三人組。周囲に馬は無い。隠してるのか徒歩での旅か。
警戒はしつつも素通りできるか期待したが、
「止まれ!! その馬車止まれい!!」
先頭の男が叫んだ。
後ろ二人は女性だ。視線に嫌な物を感じる。
「サツキの姉さ兄さんに『止まれ』だと?」
「こら、生きのいい生贄が自分から飛び込んできたって目で見ないの」
例え敵でも、人類の尊厳は守らねばならない。
「鎧から察するに戦士職の冒険者といった所でしょうか。だが益荒男と呼ぶには及ばない――狙うなら装甲の隙間。関節か首の付け根ですよ」
「……俺に何させる気?」
とは言え進路上に出られちゃ、一度は止まらざる得ない。
半耳にしたインカムから車内へ停止する旨を伝えた。
『え、停まる? いえいいんですけど、こっちはそれどころじゃ……あっ苺お母さんだからそれは駄目ですって!! コデマリくんはこんな可愛らしい姿でも男の子なんでs、ちょ、だから苺お母さん!? 苺お母さんー!!』
何かやらかしてる最中のようだ。
「変わった馬だが、この国の行商人か?」
先頭の男が値踏みするような不躾な視線を投げて来る。不愉快だ。
「やんごとなきお方の護衛任務だ。今なら主人が不問にするとの仰せだ。そこを退け」
高圧的に出るが、結果は見えていた。こいつらには猜疑というより嫌悪が先立つ。
「何だと!? 無礼が過ぎるでは無いか!!」
ああ、やっぱり。道理から外れた事を。
大声でワガママを通すタイプか。
「やはり分からないのか」
ため息をつく横でシチダンカが、
「ナイス挑発」
グッとサムズアップする。
「お前も分からんのか……。」
威圧的に出たのは恣意行為だ。
最初の発言でこの国の人間じゃ無い事は察した。
だから「貴族の進路を塞いじゃ駄目ですよー」の威圧が通じない。
都市外の街道で貴族の馬車を止める意味も。
「……そういやこの時点でお前が大収穫する大義は得てるんだよな」
「サツキの姉さ兄さんのお声を頂戴できれば、今すぐにでも」
そうじゃなくたって出て行くだろうに。
要は、野盗扱いでその場で討伐が許されるんだ。
「こちらはお前らに構う謂れが無い。この馬車を辺境伯所有と承知の上での振る舞いか」
承知してなくても既に討伐対象だが。
「ちょっとぉ!! 勇者様を無視して何話してるのよ!!」
後ろの女たちが非難の声を張り上げる。こいつらも同類か。
せめて人の話を聞け。
「って、勇者だぁ?」
新たに召喚された話は聞かない。ニュースになるはずだ。
どこぞの組織が秘密裏に召喚したか?
取り巻きの女。魔法使いと回復術師か。勇者が前面に出るならこれでもバランスはいい方だろう。
「そうよ!! こちらは風の勇者様なんだから!!」
聞いた事が無い。
念のためチャンネルをオープンにした馬車内へ照会する。
『えぇと、勇者召喚ですね。苺お母さんに確認してみます。あ、はい。イチゴわかんなーい、だそうです』
「……そっか」
暫く中には戻れんか。
俺の反応をどう解釈したのか、三人が勝利宣言の様にふんぞり返った。
「フハハ、この風の勇者を前にして恐れ入るのも分かる!! 恥じる事は無い!!」
「そうよ!! あなた達は幸運なのよ!!」
「でも勇者様に不遜な態度を取った事は謝罪すべきよ!!」
「そうよ謝罪すべきよ!!」
「賠償を要求するわ!!」
自分らのやらかした事を棚に上げて何か言っている。
こいつらの主張する価値体型に比べたらあらゆる根底から虚無を見出すニヒリズムの方が断然マシだ。
「いや待て、ちょっと待て。風の勇者ってなんだ? 語感に漂う黒歴史感が半端ないのだが」
「我々、国境無き勇者団を知らないとは話が通じ無いはずだ!! 物を知らぬ愚者を導くのも勇者の務め」
「流石は風の勇者様!! 寛大な御心!!」
呆然とする俺の耳に、マリーの『何でやねん』という乾いた声が響いた。それは関西な御心だ。
「国境が、何? え? 勇者召喚は国家規模の事業じゃないの?」
「サツキの姉さ兄さん。どうやらこの憐れな子羊どもは召喚勇者じゃないみたいですぜ」
小物の悪党みたいにシチダンカが耳打ちしてくる。絵面だけ見るとこっちが悪者だ。
「召喚じゃない? じゃあ自称勇者って事か。うわぁ……。」
関わらないのが正解だなこれ。
むしろ、触れない事が優しさだ。
「そう!! 召喚に拘らず世界の為に立ち上がった勇者こそ、我ら国境無き勇者団だ!!」
「流石だわ風の勇者様!!」
「あんた達も世界の為に賛同するといいわ!!」
「フハハ、何も言えないか。少しは俺たちの偉大さを理解したようだな!!」
これ、世界に解き放っていいのか?
「で、その自称勇者が何だってんだ?」
「要求は一つ!! 世界の為に活動する我々のため、その馬車と馬を譲り受けたい!!」
一つじゃないのか?
「それと水と食量も渡してもらおうか!!」
一つじゃないんだ。
「我ら勇者一行の為の支援だ!! ありがたく思うがいい!!」
困った。どうやってコイツらを黙らせようか。
シチダンカを見た。あ、もうサイズ引っ張り出して飛びかかる体制だ。
面倒だから彼に始末させようかな? いや、でもやってる事が野盗や追剝ってだけで、本人ら善良なつもりみたいだし。
説得は――。
「なに、望むならそちらの美しいお嬢さんにご同行頂いても構わないのだよ」
お嬢さん? え、まさか俺のこと? ちゃんと男性冒険者の格好してるよな?
シチダンカを見た。あ、俺が美しいとか言われて嬉しそう。
ソワソワすんな気持ち悪い。先にコイツを説得すべきか。
「風の勇者様!! そんなブサイク放っておきましょうよ!!」
「そうよ!! 馬車は私たちだけで使えばいいじゃない!!」
後ろの女どもが自称勇者を持ち上げる。勇者、頭の中身詰まってなさそうなので、担ぐのも楽そうだ。
そして隣から溢れる殺気の塊よ。
「ちょっとそこの一般人の女!! さっきから風の勇者様に何媚び売ってるのよ!! いいぞもっとだ!!」
「嫌らしい目で見てんじゃないわよ!!」
いや、むしろ俺が嫌らしい目で見られてるよ?
て、舌なめずりまでしてんじゃねーか!? ガチかよ!? 森林迷宮でゴロツキに触られまくった時は女装してたから分かるが、普段通りでコレは怖いわ!!
あれ?
女性冒険者。
新人メイド。
イブニングドレス。
フォーマルドレス。
……あれ? 普段の俺って一体?
「なぁに、君も勇者である俺と旅ができて光栄だろう。むしろ俺たちと来るべきだ」
あ、説得は無理そう。
魔法使いの赤毛の女に妙な違和感があったが、まずは自称勇者の方だ。
俺は御者台でお尻の位置を隣へずらし、シチダンカにしなだれ掛かった。
「折角の申し出だが、俺はこの人と婚約を交わしてる身だ。不貞は良くないよな」
正義や世界平和を振りかざすなら、倫理に訴えるまでだ。
くくく、人の花嫁に手は出せまいて。
「な、ななななっ、サツキの姉さ兄さんと俺が婚姻関係!? まさか神話の始まりとでもいうのか!?」
始まらないよ?
ていうか、俺の正体知ってるお前が動揺してどうする?
「なんて事だ!! 君はその男に騙されているんだ!!」
そっちはそっちでどうなってんだよ!?
「騙してなどおらぬ!! サツキの姉さ兄さんが我が花嫁となるは必然!! お帰りなさい貴方、ダンジョン攻略にします? 首狩りにします? それとも殲滅?」
「オメーは俺をそんな目で見てたのか!? ていうか何で家に帰ってそうそうお前の中の俺は遠征に追い立ててんだよ!! あとしれっと首狩り混ぜんな!!」
「ぬかったわ!! サツキの姉さ兄さんなら俺が帰宅する頃にはダンジョンボス程度、軽く5頭は狩ってるはず!!」
「流石に狩り過ぎだ俺!?」
「そこは5頭分の花嫁という事で一つ!!」
「うるせーよ!!」
「貴様ら……俺を差し置いて、イチャイチャするとは恥というものを知らんのか!! 謝罪したまえ!!」
「今大事な話の最中だ、オメーはすっこんでろ!!」
「な、風の勇者様になんて口の聞き方!? こんなの放置してたら私たち市民は安心して暮らせないわよ!! いいぞもっと言って!!」
魔法使い、どっちなんだ?
「勇者様!! ここで討伐しても仕方がないと思います!! このままこの女どもを許しちゃ絶対にいけません!!」
「聞いての通りだ、君らの悪徳は目に余る!! 君らは早くその馬車を明け渡したまえ!! そして我々が許すまで我々に尽くすんだ!!」
何故そうなる?
ていうか、我々とか言うのほんと好きだな。
「まいったな。このまま予定が後ろ倒しになると、チェリーセージでの滞在が困難になるぞ」
俺が小声で呟くと同時に、バァーンって勢いよく馬車の扉が開き、
「サツキちゃん……お母さんね、凄くお肉が食べたいわ」
ドレス越しに立派なお肉を揺らしながら苺さんが大地に降り立った。バァーーーん、だ。
威圧と品格と美しさをコンクリートミキサーにぶちまけた存在感のゴモラを前に、自称勇者どもが怯む。
俺も怯んだ。
ぞろぞろと続くコデマリくんガジュマルくんも可愛らしいドレスを着せられていた。びびる。
「な、何を言ってるんだ?」
自称勇者がたじろぎつつも、苺さんの胸から目が離せないでいる。分かる。俺もそうだから。
「すみませんサツキさん、私では苺お母さんを止められませんでした!! あ」
慌てて後を追ってきたシンプルなドレス姿のマリーだが、シチダンカに腕を絡めつつ寄り添う俺に硬直した。
「そんな……私が縁談を断ったばかりにサツキさんが男の人に走るだなんて!!」
絶望するところ、そこか?
「大丈夫よマリーちゃん。サツキちゃんだってお年頃だから、いっときの気の迷いだってあると思うの」
酷い言われようだな。
「サツキさん、やっぱり……。」
コデマリくん。やっぱりって何だ?
「お母さんたちの行手を阻むなんて、大変な事になるんだから」
苺さんがふわっとした事言い出した。
ぷんぷんと口に出して言う。
そして揺れる。
……え? まさか?
「な、なんだこの女性は!?」
自称勇者、ビビるビビる。
そりゃ『本物の威厳』に当てられたんだ。この程度の小物なんて。
シチダンカが咳払いをし、視線を自身へと誘導した。
「こちらの奥様は、無為徒食に施す馬車も物資も持ち合わせていないと仰せだ。どうしてもというのなら、そうだな――我がサツキの姉さ兄さんの為にその首ぐらいは有効に使ってやろうか」
「姉さんなのか兄さんなのかどっちだよ!?」
「フフ、俺と対峙した奴らはみんなそう言う」
だったら少しは改めよ?
ていうか、首とか本当好きだな。
その背後で小声で、
「コデマリちゃん、どうしてあの人は野盗通り越して殺しの為なら金すら要らないみたいになってるの?」
「んー」
と言葉に詰まり、
「信仰かな?」
おい待て聖女様?
「ちょっと待って、俺何に祭り上げられてるの!?」
「精神や意識をサツキの姉さ兄さんに還元したとらえ方は、即ち救いの根本的実在を我らが得た証し!!」
「ふふふ、シチダンカちゃんは見所がある子ね。お母さんも入信しようかしら」
「大司教の席をご用意してお待ちしております!!」
一番入信させちゃダメな人を勧誘してる。
「おのれ!! なんて常識の通じない連中だ!! 言葉が通じないのでは話にならん!!」
「そうよ!! 地面に頭を擦り付けて風の勇者様に謝罪し、私たち市民に尽くすべきなのよ!!」
……ひょっとして、馬車止めずにあのまま加速すべきだったか?
無駄に話なんて聞いちゃうから。
これ、物事の真実を簡潔に表現した警句だよな。鋭く刺さるなら己の行動規範を反省すべきだ。
この教訓から言えることは、
やっぱり国境は大事だなって思った。




