113話 新作
番頭さんに呼ばれ正面プールへ出ると、困り顔のマンリョウさんと鉢合わせた。
「わたしの配慮が足りなかったわ。こういう所は未熟ね」
便箋をひらひらして見せる。
「多岐に重なり過ぎなんだよ。組織自体が対オダマキのプロジェクトに注力してる中なら」
よく分からんがフォローする。
彼女はハッとなり、
「そうだけれど。ごめんなさい、サツキさんに漏らしちゃうだなんて。それに気が回らなかったのは本当よ――来たわ」
ゲートへ目を向ける。一台の二頭立て馬車がくぐった所だ。
商業用や連絡用じゃない。上流階級向けの丁寧な作りだ。ジギタリスでこんな物を乗り回すヤツは限られている上、明らかに俺たちに向かってる。
「え、呼んだの? マンリョウさんから?」
「先方からの申し出よ」
「昨日の今日で?」
「期日まで余裕が無いのはサツキさんの方じゃなくて?」
ジギタリス名士、キバナジギタリス氏との和解は聞いていたが。
このフットワーク。やり手の資産家の所以か?
「利害が浮き彫りにさえなってしまえば交渉のテーブルは順調なのよ。結論だけ言うと、相互に提携する関係の維持で一応の決着を見たわ」
到着した馬車のタラップから降りる人物を見て納得した。
簡素だが仕立てのいい事務用ドレスがとても似合ってる。
「急な連絡にご対応頂き恐縮です、皆さん」
昨日キバナジギタリス氏に求婚されたナツメさんの顔は、何故か物理的にツヤツヤしていた。
その理由は、その後のキバナジギタリス邸で明るみになった。
「急に呼びつけてすまなかった!! 謁見まで時間が無いと聞いてな!!」
語気に反して都市経済の防衛に精力的だった男の顔は、見る影もなくやつれていた。
ナツメさんを見る。
きゃ、と頬に手を当て赤面していた。
そうか。
昨夜はハードコアだったか。
「新作だからと言ってそのままという訳にもいくまい!! まずは採寸だ採寸!!」
飲み屋を梯子する勢いで彼が宣言すると、わらわらとメイド達が現れる。
「どう言う事だ?」
一緒に来てくれたマンリョウさんに意見を求めると、
「それなりの格好が必要でしょ」
と肩をすくめられた。
「なんと言っても陛下への謁見だからな!!」
名士のおっさんが伸ばしたメジャーを両手に構える。
え? あんたが測るの?
メイド達の立場は?
ああ、俺を脱がす係ね。
「つまり……どういう事だってばよ?」
「むむ、聞いておらなんだか? 貴公にも行商人にも多大な迷惑を掛けたか上、ジギタリスの防衛に寄与してもらった礼だ。遠慮は不要!!」
「端折り過ぎだって言ってんだよ!!」
「謁見に向けた礼服を用意すると言っている!!」
お互い逆ギレだった。
ジギタリス名士ことキバナジギタリス氏は、実際に会ってみると共和国やラァビシュのようなスノビズムとは真逆な人物だった。
むしろ、俗物主義と言った肩書や物欲に支配された連中を軽蔑する節がある。
だからこそ胡乱な連中の跋扈に敏感だったのだろうが、それで嫁さんが工作員だったのだからしょうもない。
「凄いな……数時間でドレスを仕上げちゃうだなんて」
言われるままに着せられた。
最初からおかしかった。
「無論、一から仕立てたわけでは無いからな!!」
「とても似合ってるわ。サツキさんは白が映えるわね」
「似合ってちゃダメだろ。俺、何でいつも女の子の格好させられてるの?」
「それってつまり……いつも女装されてるの? あら? この意匠……。」
……そういやカサブランカ出てから割と多いな。
ていうか君も俺に女冒険者の服着せてたよね? 俺の趣味じゃないよね? ね?
「フハハハッ、旧友のデザイナーに足を運んでもらった甲斐があったというものだ!!」
俺にドレスを着せた男がめっちゃ勝ち誇ってる。
いや、今更だけどさ。
「!? お待ちになって!!」
マンリョウさんがぐいっと来た。
「デザインの系統でもしやと思ったけれど、この生地、この裁縫――まさか中央貴族御用達の装飾デザイナー、マドモアゼル・イチゴ!?」
「聞いた事がある名前がきたな……。」
「市場にも滅多に流れない超人気ブランドよ!! うちだって簡単に扱えないんだから!!」
そんな凄い人だったのか。
「あはー、やっぱりお母さんの見立て通りね!! よく似合ってるわサツキちゃん!!」
「やっぱあんたかよ!! 何で俺だって知っててドレス仕立てちゃってるの!?」
ていうか、ジギタリスの名士と辺境伯夫人が既知の仲だったとは。
「ま、ま、まさか、マドモアゼル・イチゴご本人!? まさかこんな場所でお会いできるだなんて!!」
「フハハッ、こんな場所とは言ってくれるな!!」
「はぁいー、お母さんはこんな場所でも来ちゃいますよー」
お前らいっぺんに喋んな。
あと、苺さん、朝にはクレマチス支部に居たぞ? 滞在する気満々だったぞ?
「お会いできて光栄です。わたしはクレマチス商会でジギタリス方面代表代理を任されておりますマンリョウと申します」
「はい、お母さんですよー」
「!? お、お、お母様!!」
「ふふ、マンリョウちゃんは甘えん坊さんねぇ」(ぎゅ)
俺、一体何を見てるんだろうな。
「サツキ殿、彼女はどういう了見で母を名乗っているのだ!?」
「俺にとっちゃ育ての親も同然な人だったから……?」
いまいち断定できん。
「確かに、学生時代から抱擁力だけは人間の比では無かったが」
何者だよ。
「苺さん、その頃から年下の男の子をスカートの中に押し込めるような事を?」
「それはどこの痴女だね?」
なるほど。学生時代はまだ普通だったのか。
「いや、そう言えば二学年上の会長が似たような目に合っていたな」
「やってたんかい!!」
「とはいえ女生徒同士の絡みだと思えば何ら普通の事だ!!」
「尚更おかしいわ!!」
苺さん、何やってたんだよ。
マンリョウさんをその豊満な胸に沈める姿に、早目に止めた方がいいのか、言い知れぬ焦燥感を覚えた。
「いや……オレの思い違いか、確かにアレが女生徒なはずが無いんだ。首席の女は別に居た。だったらアレは何だというのだ……?」
嫋嫋とした声で何やら呟いてる。
いや、苺さんの若かりし頃の奇行はいいんだ。
問題はこっちだよ。
「今からでも衣装の方向性を変える事は……?」
ドレスの裾を摘んで間合いを確認しながら聞いたが、期待はしてない。
マンリョウさんをアルティメットに抱擁していた苺さんは華やかな笑顔で振り向いた。
「勿論いけるわよ!!」
「本当ですか!?」
「まずはウメカオル染悉皆と相談して――。」
「待て待て何年掛けて作る気だ。国王陛下の謁見終わっちゃってるよねそれ」
「サツキちゃんの晴れの舞台ですもの。陛下なんて待てせておけばいいのよ」
「そうです!! マドモワゼル・イチゴの新作の為です!! 待たせておけばいいんです!!」
マンリョウさん、いいから君はちょっと待て。
「苺くん、君も少し落ち着きたまえ!! せめてセクシー路線とか方向性を変えてだな!!」
お前も落ち着けよ。
「ふふふ、貴方様ったら」(ぎゅぅ)
ナツメさんが見えないようにキバナジギタリス氏の肘を抓る。
「――というのは戯言としてだ、やはり本人が望む通りがいいだろう!!」
奥さんの事、大事にして差し上げて下さい。
「そうねぇ、お母さんも迂闊だったわ。サツキちゃんの好みの色合いもあるわよね」
「いや普通の礼服でいいです。シンプルな」
「シンプルなドレスね。わかったわお母さん頑張る!!」
「紳士物で!! 普通のパンツスタイルで!!」
「まぁまぁ? サツキちゃんに男装の趣味があっただなんて。お母さんプチショック」
「あんた俺を何だと思ってるんだよ!!」
「可愛い可愛い――愛娘?」
「本物の愛娘に謝れ!!」
「サツキちゃんがお嫁に貰ってくれるのよね」
「え? 辺境伯と離婚調停でもする気ですか?」
「?」
「いや、いくら憧れの人でも人妻と婚姻なんてあり得ないし、そこはきっちり身辺整理をした上で交際を」
「本物の方の愛娘だけど?」
「……。」
もう何も信じない!!
116話でイワガラミというキャラが出ます。
シチダンカ、アマチャ、オカトラノオの三馬鹿に加えて、サツキ四天王の原型が完成します。
(要するに新たな信者になる、と)
ちなみにこれらの名前はアジサイに因んでいます。




