109話 苺襲来
「門前で話していないで、中にお入りになったら?」
支部の扉が開くと、質素なパンツルックにブランドもののカーデガンを羽織ったマンリョウさんが現れた。
露出が少ないな、彼女にしては。おおよその見当はつくけど。
屈強な兵士達に強制連行だもん。
だから気丈に振る舞うのは、やるせないんだよ。
彼女を追うように、灰色オオカミ達がわらわらと足元に絡み付いた。
偉いぞ、ちゃんと護衛してる。
褒めて褒めてとやってくる彼らをヨシヨシってしてやる。
そんな心安まる光景の裏で、
「ひぃぃっ、灰色オオカミの群だなんて、高ランクの魔物が!!」
ガジュマルくんが慄いていた。
その横で、
「ひぃぃっ、シチダンカさんと一緒に森で荒くれさん達を血祭りに上げてた魔物が!!」
コデマリくん。その前に君はシチダンカに慄きなよ?
アイツ、笑いながらサイズ振り回してたよな。狂気の沙汰だよ。
「大丈夫よ。この子達はいわば守り神みたいなもの。サツキさんのまじないで調伏してあるから」
「人をシャーマニズムに組み込まないでくれ」
俺の魅了スキルが切っ掛けだが、マンリョウさんによく懐いてる。
トレーダーの護衛の件。運用できるかな。
「マンリョウさん、具合の方は?」
「サツキさんとあの方が守ってくれたおかげよ」
ガッツポーズを作って見せる。ああ、駄目だ。
あれだけ小麦色の健康的な肌を晒していた女が、酷く儚げに見えた。
「ふふふ、サツキさんに気を遣わせてしまったわね」
「そんなこたぁ無いさ」
いかん。顔に出てたか。
「距離、取ってくれたのが分るわ」
「さて」
「別に衛士らに乱暴された訳ではありませんし、彼らもあの後丁重に謝罪をしてくれたから。わたしが誠意として受けた以上、サツキさんが気に病む事は何一つ」
ほんと、この人の方こそよく気遣いができる。呆れるくらいに。
「それはそうと――シチダンカさん?」
「ギクゥ」
俺の背後で妙な返事が返った。
「お客様がたにおもてなしもせず門前に立たせるとは、あるじたるサツキさんの顔に泥を塗る気ですか? あぁん?」
「ひぃぃっ、す、すいやせんお嬢!! ただちに!! ただちぃにっ!!」
え? どういう力関係?
「さ、ささ、聖女様とお客人、こちらにお茶のご用意をしております。どうぞ奥へ!! なにとぞ奥へ!!」
「……シチダンカさんがこんなに恐怖に引きつるだなんて……あのお姉さんって一体」
逆にビビられて笑うわ。
「こほん。サツキさん、少々よろしいかしら?」
「ご指名ありがとう御座います」
「どうしてホストクラブみたいになってるのよ……いえ、わたしは行ったことが無いけれど」
まだツッコミにキレが無いな。
案内されたのは、クレマチスの配送センターから奥ばった広場だ。
朝の業務に活気立つ職員らを横目に進むと、見覚えのある馬車が定着していた。
「眠っているのかな?」
「いいえ。伝言を賜っているわ」
居ないのか。
マンリョウさんの事で礼を言いたかったが。ん? 伝言?
「奥様方に居場所が特定された為、お嬢様がたを伴い一度家に帰ると」
「奥様方……お嬢様がた……。」
忽焉と姿を消した彼ら。
苟しくも一国の王様だもんな。
むしろ、こんな所をフラフラしてる方がどうかしてる。
ん? 家って魔王城か?
魔王の四騎士をフォーカードって呼ぶの、まさか奥さん達との緩衝役――彼にとってのまさに四枚の切り札って事じゃ?
「この馬車はサツキさんに頂けるそうよ。寝具は持ち帰ったようだけど」
ああ、棺桶ね。
「魔王様から下賜された未知のテクノロジーの塊りね」
ツワブキくんなら大喜びしそう。
「その名は口にしてはダメよ?」
「おっと。サクラさんの娘さんには会えたのかな?」
「お二人だけ。一人は冒険者ギルドの職員だったわね。縁談、お受けするのかしら」
そこまで聞いてんのか。
……いやサクラさんと二人で密約とか交わしてないよね?
マンリョウさんを見る。
俺の視線に気づき肩掛けのカーデンガンの前を閉じた。
やっぱすぐには戻らないよな。
「失礼した」
無粋を詫びる。
むしろマンリョウさんがそれで自分の仕草に気づいたようで。
「気になさらないで。一昨日までは嬉しかったのでしょうけど、今は整理がつかないわ」
「オオグルマには?」
「兄ならベリー領よ。正念場ですもの。支援者の側は離れられないわ。いずれ気は散らせたくないから」
釘を刺されてしまった。
本人がそう言うなら、余計な世話は焼けない。
「願わくば、君の心身に平穏のあらん事を」
「やめてよ。そんなの商人としては死んだも同然だわ」
「それは、重ね重ね」
「……。」
「どうした? 気を悪くしたかね?」
「わたしの事、慮ってくれるのよね?」
「そんな殊勝な人間じゃないさ。いい人なんて言われた日にゃぁ……おおぅ、ナンマンダブナンマンダブ」
「馬鹿ね」
口元が自然と綻んでいた。
そうこなくちゃ。
「初めて会った時の凛とした佇まいも素敵だが、やはり商人は愛想が大事だ」
「ふぅん。サツキさんはこういうのがいいのね」
「一般論だよ?」
「欣快の至だわ」
それから少しだけ、マンリョウさんからおちょくられた。
「お言葉を頂いても喋んじゃねぇよ」
「お、おう」
「直答を許すと言われるまで余計な事はするな」
「お、おう」
「直答を許されても喋るな」
「おう?」
その後、ちゃっかり居るワイルドニキから謁見の作法を伝授された。
……そういや、普通に出入りしてるよな。
一昨日はメイド姿だった為、従業員からは同一人物と思われてない、よし行幸。
風呂番にでも会ったら騒ぎになりそうだしな。
いや、俺もだが。
「そして褒賞の話になったら――。」
「いや、いらないし」
「サツキちゃんのバカ!!」
当然のように腕を絡める妙齢の女性が罵ってきやがった。
何でこの人まで居るの? 混ざってるの?
あと当たってるよ? 当ててんの?
「お披露目はね!! 功労者に王が褒美を下賜する行為に意味があるのよ!! それにね!! どんなつまらないものでも黙って受け取るのが礼儀だってお母さんずっと言ってきたわよね!?」
「礼儀に欠いてんの苺さんじゃねーか!!」
仮にも王様からの褒美をつまらないものとか言っちゃってるよ。
密着する甘い匂い。
光りを弾く長い髪に、クセの様に前髪だけが外側へ跳ねている。その下で、ちょっと拗ねた勝気そうな目が、猫のようで魅力的だ。
瑞々しくハリのある肌と艶やかな唇。相変わらずの容姿だな。
右側あから包み込むような肉感が、とても安堵する。あぁ、破天荒でありながこの包容力よ。
俺に年上好きという烙印を押した張本人。
ワイルドとクランの母上にして、ベリー卿夫人。
ストロ・ベリー様。
またの名を、苺さん。




