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102話 破談者

 案内されたのは領事館の地下ホールだった。

 ってホール? 何だこの作り?

 内観や様式も変だが、地下に大広間って。


「来たかね」


 夕方まで執事長だった男が迎える。

 仕立ての良い衣装だが、過度に華美では無い。それでいて上品で貴族にしては良い趣味だ。


「素肌にこれはゴワゴワして、話に集中できません」


 さっきまで全裸だった女が抗議する。

 仕立ての良いメイド服だが、中に肌着は無い。それでいてキャミもペチコートも無い。マニアックな趣味だ。


 ……。

 ……。


 うん何で一緒に来ちゃってるの?


「見てもらいたいというのは、これだ」


 あ、オダマキ卿。動じないんですね、

 ていうか、領主の御前でも誰何(すいか)されないこの馴染みっぷり。


「私のこれだって見てもらいたいくらいですよ。布が直接当たって赤くなってるんですから」

「……。」


 流石に今スカートたくし上げちゃダメだろ?

 今、領主様が大事な話してるだろ?


「さて、どうしたものか」


 ほらオダマキ卿も困ってるじゃん。

 思案するように自分の顎を撫で、


「直接肌に、と聞こえたが。下着(など)はどうしたのかね?」


 そっち優先させちゃったか!!


「何も着けてませんよ。この下、すっぽんぽんなんです。無理やり着せられたんですから」

「君たちは何をしてるのかね?」


 オダマキ卿の眼光に殺気にも似た光が宿った。


「勝手にメイドを採用したのはこの際置いておこう。だからといってこの様な年端もいかぬ娘を」


 衝撃が走った――この人、何で俺達に人事権認めてるの!?


「待ってくれ執事長!! これでもマシになったんだ!!」

「まったくだぜ。さっきまで全裸でうろちょろしやがってたんだ」

「ぜ、全……!? このような幼気いたいけな少女に何をしていたというのだ!?」

「無理やり服を着せられてました」

「君は君でもっと自分を大事にしたまえ!!」

「如何程の塗炭(とたん)の苦しみを味わった事か……ぐぬぬ」

「よもや全裸を常とする民族か」

「あ、いえ、普通に着てます」

「ならば君も先達に習いたまえ!!」


 流石は領主様。律儀に球、拾うなぁ……。




 一度マリーを地上(うえ)の部屋に連れて行き、彼女が残した予備の荷物から下着も含め冒険者向けの衣装を掴み出す。

 ストレージの肥やしにならず良かったよ。


「何だか慌ただしかったですね」


 背を向けた向こう側で、布の擦れる音を聞きながら、彼女がまだそこに居る事に安堵する。


「お互い前にも増して高かったもんな。テンションがさ」


「……サツキさんの方からシテくれるとは思いませんでしたけどね」


 思わず唇を奪った事か。自分でも意外だった。

 クランとあんな事があったばかりなのに。本来なら唾棄すべきだ。


「今じゃなきゃってね」


「はい?」


「あのまま消えてしまうんじゃってさ、焦燥感に駆られた」


「あはは、消えませんよ。肉体に魂が定着しましたからもう安心です。流石に次に死んだ時は無理でしょうけど――あ」


 カタン、と乾いた音がした。

 ん? 気配が。


「マリー? どうした……おいっ、マリー!! 何があった!?」


 申し訳程度の衝立を倒し、押し入る。

 床に脱ぎ散らかされたメイド服を残して、彼女の姿は消えていた。


「待てよ、マリー、冗談が過ぎるぞ、おい、おいマリー……マリー!!」


 血の気が引いた。

 胸の中で鉛が重みを増した様な。足の指先から感覚を失う錯覚。


「……マリー」

「はい、ごめんなさい」


 背中にしがみ付いてくる温もりに、別の意味で心臓が跳ね上がった。


「……。」

「悪ふざけが過ぎました、ごめんなさい。まさかサツキさんがここまで取り乱すだなんて、迂闊でした。少しキモいです」

「……。」

「あ、嘘です。その、凄く嬉しかったのですが、なんていうか……小っ恥ずかしい、です」

「振り向いても?」

「?」

「そこに居るんだよな?」

「えぇ、居ますね」

「マリーのままで?」


 俺の問いをどう受け止めたのか。少しだけ間があった。

 気配はそのままだ。

 沈黙を心地よく感じた。


「振り向いて下さっても大丈夫ですよ。とっくに()()()越えました。ここには牛頭馬頭も居ません、私だけが居ます。服だってちゃんと着てます」


 言われるままに振り向く。

 妻を失った神の御伽噺(おとぎばなし)に反して、俺の知っている冒険者服のマリーが居た。

 胸の奥から、改めてこみ上げてきた。

 あぁ、抑えられない。


「どうしたんですか? イタズラしたのは私が悪かったと思いますが、無言は怖いですよ――あん」


 抱き締めた。

 小さな体が、消えてしまいそうで、泣きたくなった。

 前に、師のカタバミから聞かされたっけな。

 冒険者なんてのは、守るものができたら廃業だって。


「変なサツキさんですね。さっきからスキンシップがエッチです」

「だめか?」

「駄目ですよ。それに私、サツキさんとの縁談は辞退しようと思ってるんですから」




「やっと戻って来やがったか。さっさと来いってんだよ――って、何で通夜みたいな顔になってんだ? この世の終わりかよ?」


 形だけの悪態から、本気で心配されてしまった。

 あれ? 俺、そんな酷い顔してるっけ?


「少年よ。そのようなフラフラとした足取りで、何でもないなどと大人を舐めた答えは言うまいな?」


 オダマキ卿からも心配されてる。

 そうか。

 俺、そんな駄目か。


「お騒がせしてすみません」


 マリーが丁寧に頭を下げた。


「私とサツキさんはお見合いを通して縁談を進めさせて頂いていたのですが、このたび私の方からお断りさせて頂いた次第でして」


 うん言わないで。


「なんだテメェ、女に逃げられて落ち込んでたのか?」

「少年よ。人生、女性だけが全てではない。気をしっかりもつといい」


 オダマキ卿……俺、そこまで深刻じゃないっスよ?


「しかしあれだな、テメェは追放者どころか既に破談者だな。お? 破談者。何かこう特殊な能力使いそうじゃねぇか」


 ワイルドニキ、何でそんな嬉しそうなの?

 ああどうせ破談だよ。くっ破談。くっハダ。


「あの、そろそろ本題に入らせて頂いてもよろしいでしょうか?」


 白衣姿の痩せた男が困惑していた。

 30代後半か40半ばだろうか。皺こそ目立たないが、綺麗に整えた頭髪に白いものが混じっている。

 ……。

 ……。

 まさか、この茶番の間、ずっと待機していたとでもいうのか。


「待たせてしまったが、彼はオダマキ領専属の技術主任だ。今はこの施設の解析の指揮を任せている」


 あ、説明の為ずっと待機してたんですね。


「まずはこちらです」


 男の後ろに円柱のガラスケースがあった。その中央で、翡翠色の多角体――クリスタルが波間のように揺らいでいた。


「他の4体分はすでに上に引き上げ調査に回しています。合わせて主犯格からの証言も取っていますが、事態は深刻なものでした」


 4体? ああ、これを含めると丁度一致するのか。


「あ、ちょっと待って。言いたいことはわかるけど、だからって連中だよ? 歯車や滑車の原理も理解できなければ、見た物を再現すらできない奴らだよ?」

「仰せの通りです。例え一世紀の時を得ても奴らにこれと同等の品は作れません。それどころか運用も無理でしょう」

「察するにエビメラの精製核だよね? 実際、産み出したって言ってたが……あ、そうか」


 自分で言ってて気づいた。

 ラァビッシュと呼ばれる奴らが、他人の技術や功績を自分の物だと言い張る改竄(かいざん)は歴史が証明していた。


「つくずく盗人に追い(せん)だなぁ」

「完全に外部からの技術供与だからってな。経費の捻出元を想えば笑えない話だぜ」


 ワイルドが俺に目配せする。その先に、技師服の若者が居た。

 オダマキ卿が引き継いだ。


「この者は元はアザレア北方の民だが、中途採用の公僕として取り立てていた」

「所謂、北方領民か」


 ワイルドの言葉に、若者を見る目が変わった。

 アザレア国の北界。さらに先にある幻の技術大国。地理的にそのウメカオル国と隣接した民族だ。

 性格が温厚で生真面目な事もあり、裏面史上の文明と交流を成した希少な集団らしい。

 国家規模の秘匿事項でありながら、地方領主間ではまことしやかに囁かれていた。俺もベリー卿から聞いて知っていたぐらいだ。


「彼のひたむきな仕事ぶりは、彼の同僚や上長から聞いている。着実に出世したところを言いくるめられ協力した結果になったが、偽監査官一味に技術供与した連中が浮き彫りにもなった」


 領主に促され、彼が一歩前に出た。


「サイネリア族のツワブキと申します。自分が引き継いだのはこれら魔攻殻の心臓部、仰せの通り精製核の運用並びに保守でした」


 凛としたよく通る声だった。

 オダマキ卿はうむと重々しく頷き、


「彼からの証言でこの技術を持ち込んだ者と、偽監査官を手引きした者が一致した」

「どのみちラァビッシュの連中には運用も計画も無理だって分かるんだよ。俺達ベリー側の目的はそこだった。なのにテメェまで巻き込まれやがって」


 悪かったよ。体質なんだよ。


「朝ご飯のついでにジギタリスの聖女騒動に首を突っ込んじゃいましたからね、サツキさん」


「「「それだ」」」


 ワイルドとオダマキ卿と白衣の男が同時にマリーを見た。

 いや、どれだよ?

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