101話 蘇る女
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背後から拘束される。
これを不覚というには、あまりにもロマンスが過ぎるぞ。
「てめぇ、さっきは好きにしてくれたなぁ、あぁん?」
俺の両手を封じる元パーティメンバーに、力が抜けるのを感じた。
振りほどけない。
さっき? 温泉の事か、それとも顔を埋めた事か。
……あ、多分後者だわ。
「くっ、離せ……。」
声が震えた。くっハナだ。
何だ? この弱々しいの。俺か?
「恥をかかされたんじゃあなぁ、落とし前だって――ふっ」
ゾクリときた。吐息が耳を嬲る。あんっ、と思わず声が出そうになっちまった。ちきしょう。
視界には無いが、すぐそこに。
ワイルドニキの端麗な顔が。
あの時の仕返しとばかりに、今度は……ひんっ!!
馬鹿かコイツ!? 耳たぶに齧りついてきた。
強めに噛む。
ちきしょう。
こんな奴に。
おお!?
首筋を這う舌に身悶える。
肩が、異常に震えたかと思うと、突き放されるように背から温もりが遠のいた。
視界の隅で、濃紺のメイド服がコマのように回転するのが、絵画の様に焼き付いた。
ああ、広がるスカートの下で踊る曲線美よ。
って、いつまでその格好なんだよ!!
あかん? 何よ?
彼の視線に違和感を覚える。
下。床。俺の影が、身を離した彼との中間地点まで延びていた。
いつの間にか室内の灯が狂おしいほど朱色に染まっていた。俺の左手で。
ワイルド・ベリーが咄嗟に距離を離したのが、この影の異変と誰に知れようか。
その前に。この明かりは誰が灯したものか。
いいや、光源に立つ赤い筋肉の隆起よ。
お前はいつからそこに居た?
息を整える俺の視界で俺の影も合わせて盛り上がった。ちょうど下腹あたりからこんもりと。おい嫌味か?
白い腕がにょきりと生え、床に手のひらをついた。そのまま両の関節を曲げ、横たわる姿から「よいしょ」と上体を持ち上げる。
勢い余って、薄い胸を仰け反らせた。
彼女のイカのような筋張った腹を正面で見たのか、ワイルドが眉根を寄せる。
全体に作りが小さい子だった。
ゆっくりと立ち上がる。
余り肉付きのよく無い白いお尻がこちらを向いている。
ちっちゃいな。
まぁ、そりゃここ数日死んでたんだものな。スケルトンにならないだけマシか。
念のため横目でストレージを確認した。ちっ、もぬけの空だ。
そうか、弾き出されたのか。
生存中の生物は、機構的に格納ができないらしい。
「ふぅ」
と懐かしい声が大義そうに息を吐いた。
呼吸。生きてるんだ。
挑むようにワイルドを睨め付ける。
「ちょっとそこのお兄さん!! 自分らで追放しておいてベタベタし過ぎじゃ無いですか!? 今更戻ってこいと言われてももう遅いんですよ!?」
ははは、君は怖いもの知らずだな。
「何だテメェ? 憑依系には見えねぇが、ずっとそこに居やがったのか?」
そうだ。いつから潜んでやがったんだ? ていうか体捌きで誤魔化してたが、微妙に体が重かったのはこの伏線だったのか?
「へへーんだ。私はサツキさんの特別なオンナなんんんででで、ちょ、サツキさん!? 急にどうしたんですか!?」
気づいた時にはマリーを後ろから抱きしめていた。
駄目だ。言葉が出ない。
「え? え? 本当にどうしちゃったっていうんですか? そんなに私に会えたのが嬉しいんですか? アレ? サツキさん泣いてます? 感涙に咽び泣いてます? これって私の勝ちでいいんですか? 私、勝利ですよn――。」
うるさい。少し黙れ。
「んんん゛ん゛っ!?」
彼女の顎に手をやり唇を塞いだ。
小さな口だ。
歯並びも。
舌も。
引っ込んでいったマリーの舌先が、恐る恐ると迎え撃ってくる。
その間も、華奢な腰を力強く抱きしめた。
もう離すまい。
「ぷはっ……っていい加減離して下さい!!」
「嫌だ」
「はたから見たら変質者ですよ!! 裸の女の子に無理やりチューしちゃうだなんて!!」
「裸なのは俺のせいじゃ無い」
「そりゃ、こちらに降ろされた時にすぱーんってなっちゃいましたけど……。」
「無理やりは、嫌だったか?」
「当たり前です。何言ってんだこの男?」
「俺とでも?」
「はい。サツキさんはただの見合い相手ですから。お互い進展は無かったはずです」
事務的な言い回しに、少しだけ冷静になれた。
感情が昂っていた。
死別した彼女に会えた嬉しさと、二度と手放すまいという感情が超新星の爆発にも似た輝きを放って脳内をマリー一色にし――待て。俺は本当に冷静さを取り戻したのか?
ただ、一つだけ違和感を覚えた。
「お前、本当にマリーか? 何だってそんな常識人みたいになったんだよ?」
「どういう意味ですか!? 出会ってすぐ女の子の唇奪う鬼畜外道に言われたくありませんよ!!」
「いや、おかしいだろ!? マリーならもっとこう、こう!! ――向こう側から戻った人間が別人の様になるというアレか?」
「向こう側から帰った人に言われたくありません!!」
「っていうか何で生き返ってんだよ!! 黄泉の平坂が禁忌とかどうしたんだよ!!」
「こっちにだって事情があるんですーぅ、禁忌だってその上位の管理者が認めたら道理も引っ込むんですーぅ」
ぐぬぬ。
何でこんなところで丁々発止にならにゃ。
「口下手なあるじに代わり釈明しよう、兄様」
今まで寡黙を通していた巨体が、錆びを含んだ声を放った。
この部屋に現れた時から指先で炎を焚いていたヤツだ。どうやら一風変わった室内灯じゃないらしい。
……ずっと黙ってるからひょっとしたらと思うじゃねーか。
「君は一度会ったな。あの丘で」
「あるじを守れぬ無様。見ておいでだったか」
「鬼の王か? いや人の娘を主人とは崇めはすまい。だったら」
「この身が鬼神なれば」
「神性じゃねーか!!」
マリー? え、マリー!?
がしゃ髑髏に雷獣・鵺ときて鬼神かよ。何従えちゃってんだこの子?
「それであるじなのだが、亡くなられた時ぐらい大人しく召されておればいいものを、何というか、表現はしずらいのだが、女神の居城でやらかしてしまって」
「もうシャクヤク!! 余計な事は言わないの!!」
何? え、それって……。
「ものの見事、死後の世界より追い出されておったわ」
「いいのかそれ!?」
「良い訳があるまい。ともすれば輪廻にも戻れぬ亡者の出来上がりよ。異界の神と縁のあるあるじなればこそ、大火山大噴火的嵐を巻き起こし復活も――すまぬ、あるじよ。この辺にしておくゆえ、声も出さずに泣くのはやめてくれ」
「ぐす……シャクヤク意地悪」
マリーが規格外で今に至るってのは分かった。
だったら他の人らは?
「経緯はともかく向こうから送り出されるのはアリか。俺の時もそうだったな」
「その様な事はあるまい」
あ、駄目か。
「兄様の時は、即座に僧侶の娘が蘇生を試みた。土壌となる肉体が整っていたゆえ女神たちも送り出せたろう。あるじに至っては、兄様が夜通し損傷部位を回復し、間を置かずして肉体は時空の狭間に保存された。結果、仮死状態のまま時が止まったのだ。僧侶の娘が行った蘇生に掛かる準備は不要といえよう」
必要な条件が厳しいって事ね。
サザンカの法術だって、術者に掛かる負担は甚大だったもんな。
「サツキさん、まさかあの日に戦った冒険者達を?」
彼らだって被害者だ。
「クレマチスの方面代表から事情は聞いてたがなぁ。冒険者が自分で選択したクエストで命を落とすのは自業自得だ。テメェが気に病む必要は無ぇよ」
マリーの登場から無言だったワイルドが吐き捨てるように言った。
彼にしては、嫌悪感を隠そうともしない。
ああ、そうか。
俺が日和見出したんだ。
マリーが帰った事で守りに入ったって俺以上に分かるんだ。
それは確かに、
嫌だな。
「こっちの要件を先に済ませる。コイツに何か着せてやれ」
と言われても……。
クローゼットを漁る。
メイド服しか無かった。
そもそも女子更衣室で何やってるんだって話だ。
改めて見る。
全裸の少女と、
男二人と、
筋肉隆々な鬼神。
事件の匂いしかしない。
俺とワイルドが数瞬見つめ合う。
頷き合う。
マリーを押さえつける。
「きゃっ、ななな何です!? なんばしよとですか!?」
「いいから着ろ!! ほらこっちのお子様用メイド服でいいから!!」
「この女、普通に全裸で馴染んでやがった!! 相当ヤベェぞ!?」
「だからヤベェ子ちゃんなんだってば!! こら、そっち袖通せ!!」
「いぃやーっ!! 着せられるぅー!!」
「やかましいわ!!」
しかし、いつから影に潜まれてたんだろうな。
ていうか、距離を感じるのは色々見られたからか?
お付き合い頂きまして、大変ありがとう御座います。
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