10話 グリーンガーデン
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「サザンカはサザにゃんよ!!」
ナチュラルにローブ姿の僧侶が混ざってた。
ブロンドの上品な髪形で騙される冒険者が多いが、かなり豪快なヤツだ。そのパワーはゴリラ並みとも言われている。
言ってるのは俺だ。
そういやコイツ。旅に出た頃は周囲の冒険者、特に女冒険者に俺のことを妹と言って紹介した時期があったな。アレ、みんな信じてたぞ? あと男の冒険者からスゲー変な視線受けてたぞ?
「なんでお前が居る?」
俺の疑問が聞こえなかったように、キッと睨んできた。
「サツキにしては上出来かしらね。まぁ、あたしのクランに勝手に触れたことと泣かせたことは、そうね、一発ずつで勘弁してあげる」
それは多分、死ぬ。
「ていうか俺、そこまで嫌われたか?」
「あんたねぇ!! あたしより女の子に育っちゃって、自覚持ちなさいよ!! あたしが今まで顔だけには入れてないの、なんでかわかる?」
女に育った覚えはねーぞ。
それからクランをぎゅっと抱きしめ、
「頑張ったわね」
一言。
彼女の言葉に「……ん」とだけ応えていた。
名残惜しそうにクランを離す。ゆっくりしてられない事ぐらい承知してるのだろう。
ニャ次郎に、ローブの裾を摘まんで一礼をする。
こういうお上品な所作がとてもよく似合ってる、なんて言うヤツが居るが、俺からしてみれば酒瓶抱いておっぴろげのままソファでぐーすか寝てる印象が強い。そこが可愛い。
「さぞ名のある上位精霊様とお見受けいたします。我が友をお救い頂きましたこと、感謝の念に堪えません」
「にゃ。礼には及ばぬにゃ。どうしてもというのなら焼きカツオを献上するにゃ」
さっきと言ってることが違うよ?
ちなみに焼きカツオが何なのか、この場の誰も知らない。にゃーの好みということは、魚料理の一種と見た。
「いずれ。必ず」
短く答えて、サザンカは蟹をぶっ殺しそうな目で睨んだ。ここに来るまでに何人かヤッてきたような形相だ。やっぱり可愛いな。
「あたしのクランに上等な真似してくれたようね」
「……私……サザちゃんのものじゃ……ないから」
「そこはノリで一つ――サツキ。行って。癪だけど、クランのパンツは貴方に譲るわ」
譲られても困る。
「あの泡、見た目より衝撃が強いぞ?」
「問題無いわ」
口の端を吊り上げ、ニタァと笑う。殺意にまみれたサザンカの笑顔はとびきりチャーミングだ。
蟹が左右に小刻みに揺れた。
「にゃ。狩猟本能が刺激されるにゃ!!」
真っ先に食いついた。猫まっしぐらだ。
だろうな。よく動くもんな、アレ。
ぴたりと止まった。
次に来るのは、
ベっ、べっ。と泡が二段階に放たれる。規模は今までのより小さいが、泡は泡だ。にゃーの言うところの表面活性剤が輝いてる。
「連射できんのかよ!?」
「おどきなさい!!」
サザンカが前に出た。
脚を肩幅より大きく開き腰を下げる。こいつの僧侶服のスリットが大きいのはこの為だ。口元が窄まり、コォォと独特な呼吸を吐いた。
繰り出されたのは右の拳だった。先端に六角形の法陣が浮かんでいた。到達した泡が根こそぎはじき返される。
せい! の掛け声と共に代って左手。同じ結果であった。拳圧がこっちにまで来た。
「リフレクションか!?」
「本家本元、僧侶の防壁よ? 貴方の可愛いだけの乙女チックダンスより変換効率がいい分、連続で放てるわ」
お前のそれもどう見ても亜流だぞ? 普通の僧侶は、何でもかんでも拳で解決しないと思う。
あと可愛いとか言うなし。
「カメリア流に死角は無いわ」
もう僧侶とか名乗らない方がいいと思うぞ?
「だから、貴方は貴方の成すべきことをしなさい」
「俺の成すべきこと……。」
「クランのパンツを取って来なさい」
「俺がか!?」
「そしてあたしに頂戴」
「サザちゃん……さっき、サツキくんに譲るって……。」
「ごめんなさい、本音が出てしまったわ。大丈夫。大丈夫、私はステイできる女だから」
不安しかなかった。
「俺の成すべきこと……。クランのパンツを取ってくることが……俺の成すべきこと?」
「もう、馬鹿ね。そんな訳ないでしょ。ちゃんと嗅ぐのよ?」
「成すべきことなのそれ!?」
「貴方があたしに後ろめたく思う所があるなら、見せてみなさい。美少女が美少女のパンツを嗅ぐ様を!!」
「意味わかんないよ!?」
ていうか、美少女じゃねーよ。見た目気にしてんだよ。ちきしょう。
「いずれわかるわ。誰しも嗅いでから一人前になるのよ」
「それって一人前の変態だよね!?」
「え?」「……え?」
女子二人がキョトンとした。
それから怯えたように震えだす。
「な、何を言ってるの、サツキ?」「……パンツを嗅ぐくらい……誰だって……。」
「いや、無いから。絶対それ変態だから。ていうか、だれかれ構わず嗅ぐのは変態だって、今さっきそんな話ししたよね?」
根本的に意識の差があったようだ。
「待ちなさい。その話し、前提がおかしいわ」
うんうん、と隣でクランも頷く。必死に。
前提と言われてもな……。
「まずはどこからが変態か、定義を定めるべきよ」
面倒くさいことを言い出した。
いつの間にかフリップを取り出しこちらに向けていた。
「じゃあ始めるわね」
と表紙を捲る。
「好きな男の子の隣を占有したくなる」
「まぁそれくらいは」「……セーフですね」
フリップが捲られる。
「好きな男の子の鎖骨を見てしまう」
「いや駄目だろ」「……セーフですね」
……。
……。
おい。レベル、飛んだな。
「好きな男の子の匂いを嗅いでしまう」
「どこの!?」「……セーフですね」
いやアウトだろ?
「好きな人のパンツに顔を埋めてしまう」
「アウト!! アウト!!」「……余裕です」
「ほらね」とフリップを仕舞う。
知らなかったな。
俺、こんなヤバイ連中とずっと旅をしてたのか……。
「これで、あたしたちがやってきたことは健全だって証明されたわ」
「ふぅ……安心しました」
やってたのかよ!?
ていうか、誰のを嗅いでたんだ!? ワイルドか? あいついい男だし貴族の嫡子だし、そりゃ女冒険者からは色目使われてるけど、お前らだって会ってるだろ? あいつの婚約者に!!
「つまり好きな人に関して言えば変態の定義から大きく外れるのよ」
「……外れるのです」
頷いてるが、その理論で言ったら、お前のパンツ嗅いでるの、今隣に居る女だぞ?
「さて、それじゃぁサツキ? 行ってきなさい」
「色々納得できないが、クランが魔法を使えないからな」
「アイツ、動かない的しか狙わないみたいだから、このまま囮になってあげる。あたしだって色々聞きたいことはあるわ。あの黒い騎士のこととかね」
「クランは任せた――にゃー、頼む」
「乗るにゃ」
「って、え? サツキ!? 精霊様に!?」
小姓のように背を向けるニャ次郎にサザンカがびびるが、構わず背中にしがみ付く。
俺の体重を感じてとーん、と一気に飛び出した。
「ちょっと、もう! 精霊様にそんな恐れ多いことを――いいわ。後でそれも含めて話してもらうから」
サザンカがクランを庇う様にホールの中心を向く。体のラインが妙に浮き出た僧侶のローブ姿で、正拳突きの構えをとった。
「蟹の分際であたしのクランをにわか泡まみれにできると思わないことね」
黒目がすぼまって血管ぴきぴき言わせてる。こいつなら眼光だけで人を殺せるんじゃないだろうか。その愛らしさは、まるで天使のようだ。
……なんだよ。結局、未練たらたらじゃねーか。
「……だからね? 私……サザちゃんのものじゃ、ないけど……。」
「気分の問題!!」
「それに……サツキくんのためだったら……泡まみれになっても……。」
「おのれサツキ!! おのれーッ!!」
ハハハ、いくらおまえが可愛いからって、殺気まで俺に向けることはないだろ?
「サザちゃん……せっかく両想いになれたのに……。」
「はあ゛ぁ!? だぁれがあんなヤツなんか。けっ!」
そこから先、女子同士で何か話していたが、聞き取れなかった。
まずはこっちだ。
にゃーに乗って一気に距離を詰める。
「アレのハサミの間合いに入ったら!!」
「承知したにゃ!!」
にゃーの背に体を密着させ空気抵抗を下げる。
前方の蟹の姿勢がぎゅ、と腹這いに縮まった。まさか最悪のアレか? ジャンプで一気にクランに詰め寄られたら対処ができない。戻るか? いや、サザンカのカメリア流なら凌げるか?
果たして、俺が危惧した事は起きなかった。
奴は、ぴょーんと垂直に飛び跳ねただけで、すぐもとの位置に着地した。
着地の振動。
なんだ? 違和感?
さっきのボス部屋で感じた感覚だ。
「にゃ。増えるにゃ」
蟹の前方の広場に6つ魔法陣が展開された。
召喚陣か。
そこから、すぅっとモンスターらが湧き出た。この蟹、ポップさせやがるのか。
ライオンの頭にヤギの頭に蛇の尻尾に、大鷲の羽。体が小さいのは雑兵レベルにまで落とさないと召喚に耐えられなかったからか?
「量産型キマイラってところか」
「にゃーが籠っていた部屋に居たヤツと同じにゃ。でもちびっこいにゃ」
扉が6つ。てことはボス部屋が6部屋。そのボスをポップさせる能力。ここに封印されて生体に変化が起きたのか。
「一人3体だ」
「駄目にゃ。にゃー一人で6匹全部にゃ」
「にゃー?」
「サツキにゃは早くアイツからクランにゃの大切な物を取り返すにゃ!」
「ばっ、おま、そんな事言われたら……惚れてまうがな」
駆けながらブルルっと体を振って俺を引き剥がす。化粧石に着地し、スピードを殺さずニャ次郎と並走する。
手前側のキマイラと会敵――ニャ次郎が勢いのまま3体にダイブした。
「早く行くにゃ!」
「無茶だ、何でそこまで、俺たちのために、そこまでしてくれるんだ!?」
「にゃーは悪い子にゃ」
三条の銀光が容赦なく先頭のライオン頭を斬り飛ばす。俺、さっきよくアレを躱せたな……。
「にゃーはにゃーのわがままでクロ様の大切な物を持ち去ったにゃ! だからわかるにゃ!! にゃーにはわかるんだにゃ!」
おい、やめろよ……。
何言ってんだよ。そんな事、黒騎士はとっくに許してるじゃんかよ。
3体の蛇が一斉にニャ次郎の体を取り囲む。器用に間を縫って、そのうちの一つを床に押し付けた。
「今のクランにゃは苦しんでいるにゃ! サツキにゃにとってのクランにゃは、にゃーにとってのクロ様にゃ!!」
だからやめろ。そんな辞世の言葉みたいこと。
横合いからヤギ頭が襲う。これも寸前で躱した。着地した場所にライオンの牙。ニャ次郎の爪がその左目を抉る。
お別れみたいな言い方。そんな言葉は聞きたくない。
「だからわかるんにゃ! にゃーには!! あの――勝負下着を奪われた苦しみをにゃ!!」
「わからんでええわ!!」
「にゃ?」
いやもう全然わかってないぞ。
にゃーの所へ駆け寄ろうとした。だが遮られた。その前に立ちはだかる、濃紺の鎧に純白のマントを纏った男。
やはり来ていたか。
「ああん? 何だ? 文句あんのかこら」
「……昨日は世話になったな」
「ちっ、出てきた魔物を掃討しただけだ。礼を言われるものじゃ無いな」
ぶっきらぼうな喋りの割には、なんか嬉しそうだな。
「相変わらず、女みてぇな姿しやがって」
チラ、と肩越しにニャ次郎の方を見た。
彼の視線を追うと、複数の小型キマイラ相手に善戦していた。
「何だかわからんがおまえにそんな顔をさせる存在……放ってはおけんか」
こちらに向き直り、
「クランの事。もう近づくな」
「――あぁ、そのつもりだびゃらッ!?」
ヤツの右アッパーが決まった。俺の腹に。
そのまま、車田漫画みたいな構図で飛ばされた。無論、ワイルドの顔に影がかかって目だけが光るヤツだ。
「ふざけてんじゃねーぞコラ!! 死なすぞ!?」
「どないせいっちゅーねん!!」
「ちっ、俺のギャラクティカスノーベリーマグナムを受けて生きて起き上がったのは、お前が初めてだぜ」
「喰らったら起き上がってこれないもん放ってたのかよ!!」
睨み合う。
口が悪くて手の付けられない乱暴者だが、根はいいヤツだ。多分。
剣の切っ先が俺の目先に向けられた。
多分……いいヤツなんだよな?
「アレは何だ?」
くい、っと顎だけでホールの真ん中を指す。
「蟹だな」
「蟹か」
「無論だ」
「なら、あの黒いのは? 昨日、お前とクランが追っていたヤツだろ?」
いや、クランに追われていたのは俺の方だ。
「噂の痴女だ。訳あってヤツの動向を監視していた」
「ですから!! 痴女じゃありませんってば!!」
いや、何で君、その距離で会話に混ざってこれるの?
未だ単身蟹の脚を斬り落としている。実はこうやって余裕かましていられるのは彼女のおかげだ。本当ならフリップ出して変態の定義をしている場合じゃない。
「ああ言ってるが?」
「痴女はみんなああ言うんだよ」
「お前は……俺たちから離れて随分と痴女に理解が広くなったな」
何故か憐れむような、悲しそうな目だった。
「ところで、中央で俺たちとよく話していた黒髪の女が、こっちで結婚したそうだが」
何だ? 唐突に話が変わったな。
「昨日、お前に似た冒険者と親しくしていたらしいな」
「別にギルドの受付嬢なら、冒険者と親しくしたっておかしかないだろ」
「いや、おかしいね」
ギロリと睨む。
「俺は、ギルドの職員の話なんかしてなかったんだが?」
「てめぇ!! 汚ぇぞ!!」
「おめーこそ何やってんだよ!! クロユリとかいう女囲って何考えてんだコラ!!」
そいつは、お前が聞いていい話じゃないよ。
俺は、ワイルドの剣を刃に触れないよう摘まんで、胸の位置まで降ろした。
一歩進む。
剣先が沈んだ。
遅れて、血の線が剣を伝って、途中で床に落ちた。
「何やってやがんだ? ああん?」
「気に食わないなら、このまま斬れ。俺はもうお前らと関りが無い。パーティを追放された者が何をしようと、お前らにとやかく言われる筋合いじゃないんだよ。それも気に食わないってのなら、ここで斬れ。どうせ剣じゃ本職には敵わん」
「くだんねーことしてくれたな。そうやってイジける。お前、俺を見くびってんのか?」
正直、たじろいだ。
子供の頃からワイルドはいつだって正しかった。領主の嫡子というだけじゃ無い。俺に持っていないもの。俺もああなりたいと切望したもの。
ワイルドにはそれがあった。
一歩進んだ。少し深い。
顔色は変えない。あくまでも涼しい表情で。すましたままで。
こんな物、虚勢だってバレている。
「ふざけてんじゃねーぞ」
ドスの効いた声で、剣が引き抜かれた。
胸から下が赤黒く染まる俺に、眉根を寄せて、
「まぁ良い。猫の手助けくらいこっちでやってやる」
俺に背を向け、剣を一振りする。俺の血が刀身から弾かれた。
「お前はお前の用事をさっさと片付けろ」
言い捨てるように、ワイルドは剣を構えてにゃー達の戦場に突撃して行った。
その背を見送り、胸に手を当てる。ぬめっていた。
手のひらを見る。
結構出たな。
視線を上げた。
ワイルドの背中。
おもいっきり甘えた声で言ってやった。
「頼んだよ。ワイルドお兄ちゃん」
あ。ずっこけた。
ぶんっ、と勢いよくこっちを見て、
「お前はー!! お前はー!!」
あはは、顔、真っ赤でやんの。
いつもこんなノリだったな。
SSランクパーティ・グリーンガーデン。謀らずともここに再結成したわけだ。
お付き合い頂きまして、大変ありがとう御座います。
もはやニャ次郎の為だけに書いてます。
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