冒険者狂騒曲〜酒場での一幕、追放劇〜
どう考えてもヒューマンドラマかつ復讐譚です。
とある酒場にて。
一日も終わりに近づき、各々が飲んで騒いでその疲れを癒している中、ひどくその場の雰囲気に似つかわしくない、重苦しい空気の中、五人組が卓を囲んでいた。
服装や武装はバラバラではあるが、不思議と統一感がある。おそらく彼らは冒険者パーティーなのだろう。彼らが受ける依頼の中には、難易度位の高いものもある。そうなれば必然的に呼吸を合わせる必要も出てくる。不思議な統一感というのは、彼らのそんな雰囲気があってこそだろう。
そして、その酒場の雰囲気に似つかわしくない重苦しい空気を保ったまま、一人の青年が口を開いた。
「その、言いにくいんだけど…」
「このパーティーから抜けてくれないか、クルト」
その言葉に辺りが静まり返る。話を始めた当のパーティーだけでは無く、先ほどまで騒いでいたはずの周囲さえ、息を飲んでその様子を見守っていた。
「ど、どうしてだよ!?お、俺を追放するつもりか!?嘘だろ!?今まで俺たち仲良くやってきたじゃねえか!?」
クルトと呼ばれた男は取り乱し、まるで請い願うかのように言葉を紡ぐ。
その言葉を受け、パーティーを抜けるように促した青年は、
「そうだよね、仲良くやってきたし、やっぱり止めようかな…」
「「「「「「「待て待て待て待て!!」」」」」」」
先ほどの言を舌の根も乾かぬうちに速攻で翻したかと思うと、そう言葉を発し、更に間髪入れずに周囲の客兼冒険者たちに止められていた。周囲の冒険者たちは慌てた様子で口々に叫ぶ。
「決めたことだろ!散々言ったじゃねえか!このクルトを追放するって!!」
「そうよ!このクルトがあんたたちの足引っ張ってんのよ!?分かってる!?」
「逆に考えろ!!これはこのクルトを更生させるために、必要なことなんだって!!」
「今までの所業を考えてみろよ!捕まってねえのが不思議なくらいだよ!!」
「いや、でも……」
「「「「「「「何でそこで躊躇う!?」」」」」」」
周囲の猛反対を受けるも、躊躇う青年の様子に、驚愕する周囲。
「道理でおかしいと思ったぜ。クリスが俺を仲間外れにするようなこと言うわけもねえもんな。このアホどもに唆されたんだな」
先ほどまで慌てていた様子は何処へやら。得心がいったというように、頷くクズことクルト。
冒険者たち、周囲の言もどこ吹く風どころか、むしろガラの悪いメンチを周囲に切ってさえいる。
◆◆◆
その話題の中心たるクルトは、とあるパーティーに属していた。
その名も『夜明けの創造者』。その名に恥じることのない、期待の新星である。
冒険者ギルドという世界的な組織の中であっても、数少ないAランクに認定された、非常に優秀なパーティー。特に彼らはまだ歳若く、その年代で認定されたのは、前例があるとはしても、非常に稀なことであった。故に将来性も非常に高い。更に、パーティーとしては勿論、メンバーもまた優秀かつ話題性に富んでおり、周囲の冒険者にとっては羨望の的でもあった。ただ一人を除いて。
優秀な攻撃役かつ、壁役もこなすことができる、前衛として文句の付け所がない実力。性格も公明正大という、物語から抜け出してきたかのような、金髪碧眼の美青年こと、クリス・フェルト。
比類なき魔法使い。思慮深く、また多くの魔物への知識を併せ持ち、少々厭世気味な性格でこそあるが、銀髪にワインレッドの瞳を持つ、パーティーの中でも最も若く、未だ幼気な様子の残る可愛らしい容姿の少女、アルマ・メリル。
奇跡の癒し手にして、情け深く、慈愛に満ち溢れ、敬虔かつ柔軟な信仰者。流れるような白金の髪と同色の双眸を併せ持つ、さながら白百合のような可憐さを感じさせる容姿、そして何よりも、その胸部に豊かな双丘を持つ、アイリス・クリスタル。
音もなく駆け抜け、その一撃はまさに必殺。何よりも冒険において肝要な索敵、調査を一手に引き受ける斥候役。濡れ羽色の髪に金色の瞳、褐色の肌と容姿、そしてその肢体はまさしく妖艶という言葉を具現化したような存在である、サラ・タタラ。
そして最後に、なぜいるかもわからない、一応前衛兼中衛という役割。珍しくも何ともない栗色の髪に、同色の双眸。その容姿は決して悪くは無く、むしろ良い方だとも言えるが、その死人のような輝きの消えた目で全てを台無しにしている、パーティーのお荷物及びクズこと、ただのクルト。
計五名で構成されるそのパーティーは、割と深刻にクルトの素行が問題になっていた。
クエスト用に用意していたはずのパーティーの金は賭場でスる。金が無いからと、パーティーメンバーにたかる。彼らがクエストを受けている中、サボったかと思えば、街でナンパして、共有のセーフハウスに、女性を連れ込む(ただしこれは未遂に終わった)。
犯罪にこそ手を染めてはいないが、立派なクズの所業の数々。普通の冒険者パーティーならば、追放されるどころか、身包み剥がされて、叩き出されてもおかしくは無い。
しかし、幸か不幸か、このパーティーは荒くれ者が多いはずの冒険者にあまり似つかわしくない慈悲深きパーティーであり、詳細は不明ではあるが、漏れなくパーティーメンバー全員がなぜかクルトに恩義を感じているようで、その所業を見ても大して問題視しなかった(セーフハウスの件を除く)。
クルトの所業と、彼らの貧乏くじの引かされ具合を見兼ねた周囲の冒険者たちは、クルトによって、パーティーの評価自体が悪化の一途を辿る上に、Sランクという、名実ともに最高峰のパーティーに昇格するという、彼らの夢にまで悪影響が出かねないと考えた。
ついでに言えば、クルトが見目麗しいパーティーメンバーに囲まれている状況が妬ましいという、冒険者たちの個人的かつ醜い私怨まで含んだ結果として、クルトを一度パーティーから追放すべきという冒険者の総意が生まれたのであった。
しかし、その肝心の交渉はというと、冒険者たちの思いとは裏腹に、想像以上の難行であった。
なぜなら、揃いも揃って彼らは異口同音に、
「「「「クルト(彼)は僕(私)がいないとダメなんだ(です)」」」」
などと言い始めたからだ。
その言葉を聞いた瞬間、冒険者たちは戦慄した。
(((((((こいつら、ヒモを養うダメ男とダメ女になってやがる…!!)))))))
そこから冒険者たちの高難易度クエストレベルにも相当する、熾烈な戦いが始まった。
ある者は彼がこのままパーティーに所属することによるデメリットを示し、またある者は彼の行った所業を逐一報告し、またまたある者は彼を養うことのメリットを逆に聞いた。
結論から言えば、彼らはその全てが徒労に終わった。
しかし、完全に無駄かと言うとそうではなく、その戦いの中で一つの光明も見えた。
要は『言い方』さえなんとかすれば、彼らの興味を惹けると気付いたのである。
そう、『クルトのため』という枕詞を付けることで劇的に彼らの反応が変化したのだ。
例えば、
「お前らといることで、クルトは安心しちまってる。より良いクルトの未来のために、お前らが一時的に離れるべきじゃねえか?」
といった言い方や、
「クルトはあんなに輝いていた。今ではそれが見る影もねえ。俺は悔しいんだ。クルトがまた輝く姿を見てえんだ。どうかクルトのために、パーティーを一時的に抜けさせてやってはくれねえか?」
といった言い方を織り交ぜ、説得を少しずつ行うことで、自らのパーティーこそがクルトの成長を阻害させてしまっているのだと思い込ませた。もはや洗脳やカルトのやり口である。控え目に言っても、冒険者がやるようなことでは無い。
ちなみに言えば、クルトが輝いていた覚えもない。
だが、彼らの長期的かつ地道な努力の甲斐があってか、『夜明けの創造者』のメンバーを渋々ながらも納得させるに至った。
その期間なんと三ヶ月。一日も欠かさず、彼らはその難行を行うことで、冒頭の場面にまで漕ぎ着けたのだ。正直、冒険者たちも何故ここまで努力しているのか、途中で疑問に思ったほどだ。
それがクルトの否定の言葉一つであっさり水泡に帰そうと化しているのだ。焦るのも無理はないことであった。
◆◆◆
「クリスに余計なこと吹き込みやがって…テメエら覚悟はできてんだろうな?」
周囲にガラの悪いメンチを切るクルトに一瞬気圧されるが、この流れを変えたくなかった冒険者たちは、口々にクルトを批判する。
「うるせえぞ、クズ!テメエは黙ってろ!」
「お前に発言権ねーから!」
「クリス様と比べて反省しろ、クズ!」
「いっぺん死ね!」
「むしろ、パーティーのこと考えるなら、今すぐやめろよ!」
「死ね!!」
「くたばれ!!」
「その前にテメエらを地獄に送ってやるよ、クソがァッ!!」
大して持つわけでもないクルトの堪忍袋の緒が切れ、冒険者たちの集団へと飛び込み、酒場はあっという間に乱闘騒ぎへと発展。
冒険者たちもまた、日頃の鬱憤を晴らしてやるとばかりにクルトへと飛びかかった。
◆◆◆
「ハハハ、やっぱりクルトはみんなから愛されてるね」
彼らの乱痴気騒ぎを横目に見つつ、どこかズレた感想を述べるクリス。
「いつものこと。冒険者はいっつも喧嘩してる」
少々呆れたような声音でそう呟くアルマ。
「クルトさんには申し訳ないことを言ってしまいました…」
発言した本人ではなくとも、自らがそう言ったようなものだと、しょんぼりした声音で口を開くアイリス。
「まあ、こういうのもまた、アイツらしいだろう」
彼らの騒ぎを愉快そうに眺めつつ語るサラ。
四者四様の反応ではあるが、彼らにとってみれば、この程度の修羅場は些事ではあるし、毎日ではないが、珍しくもない日常だ。彼らもまた冒険者。率先して暴れることだってある。ごく稀ではあるが。
「それで?」
「それで、とはどういう意味だい?」
サラが思い出したかの様に口を開き、彼女の言葉に対し首を傾げる、クリス。
「とぼけるなよ、リーダー。クルトの処遇は?どうするんだ?」
「ああ、その事か」
更に重ねられたサラの言葉に、得心がいったという様に、頷くクリス。
そう。未だクリスはクルトの処遇を明言したわけではない。クルトが暴れ始めたから有耶無耶になっているだけである。サラの疑問も尤もであった。
「そうだね。決めていた通りに、クルトには申し訳ないけど、パーティーを抜けてもらうことにしよう」
クリスの言葉とともに、周囲の喧騒がピタリと止んだ。
「へ?」
それまで冒険者たちと熾烈な殴り合いを演じていたところへの唐突な言葉に、クルトの間抜けな声が辺りに響く。
「お、おいおい、そんな笑えない冗談なんてお前らしくないぞ、クリス?」
「ごめんね。本当に申し訳ないと思うけど、決めた事なんだ」
震える声で口を開くクルトに対し、心底申し訳なさそうな声音でもってそう告げるクリス。
「う、嘘だよな。アルマ、お前はそんなひどいこと言わないよな」
「ごめん、クルト」
自らの所業を棚に上げ宣うクルトに、感情を顔に出さないアルマが珍しく、眉根を下げてそう告げる。
「あ、アイリス。アイリスはそんな冷たいこと言わないよな」
「…ごめんなさい、クルトさん…」
縋るように言葉を紡ぐクルトに、絞り出すように一言告げるアイリス。
「さ、サラ!!アイツらがひどいんだ。お前は分かってくれるよな?」
「すまんな、クルト。決まったことだ。覆せん」
最早半分泣き叫ぶクルトに、肩を竦めてそう告げるサラ。
「ど、どうして!?どうしてだ!?俺はお前らと一緒に――」
「クルト」
更にみっともなく足掻こうとするクルトを手で制すクリス。
「僕たちはね、パーティーの金を使い込まれたり、僕たちが君に貢いでいる状態を悪いとは思っていないんだ」
いや、悪いだろ。
その場の冒険者のほぼ全てがそう思った。しかし、ここは敢えて突っ込むのをグッと堪え、静かにクリスの話に耳を傾ける。
「でも、セーフハウスの件はダメだ」
そこかー、そこなのかー。
またもや、その場の全ての冒険者の心情が一致する。
冒険者的には一番許されそうなラインがまさかの決め手。こういっては何だが、冒険者には荒くれ者が多い。その分性に開放的ではあり、いくらパーティー共用のセーフハウスに連れ込むのがよくないとは言っても、冒険者たち的にはギリギリ許されるラインではあった。勿論、クエストをサボったクルトは論外だが。
「僕たちよりも、そこらの、どこの馬の骨とも知れない女を優先するなんて、許されない!!そうだろ、皆!?」
深く頷く、『夜明けの創造者』のメンバー。勿論のこと、それ以外の冒険者は誰一人として共感していない。
冒険者たちは思った。
え、何、コイツ等怖…と。
「そ、そんな…」
絶望したように一言漏らすクルト。
コイツはコイツで、何でショック受けてんだ?自分の行いを少しは省みたほうが良いのでは?
周囲の冒険者たちは率直な感想を抱いた。
だが、これで晴れて冒険者たちの努力は報われたのだ。我らの勝利。クエスト達成だと諸手を挙げて歓声を上げようとしたところで―
「だから、クルトには『一時的に』パーティーを抜けてもらう」
「「「「「「「は?」」」」」」」
次は冒険者たちの間抜けな声が酒場中で響いた。
「そ、そんな!?俺はこれから、どうやって暮らしていけば!?」
いや、依頼受けろよ。
冒険者たちは思う。
「クルト…僕たちも辛いんだ」
沈痛な表情でそう口を開くクリス。
いや、何が?
冒険者たちは思う。
「う、うう…ううあああああ!!!クリスとアルマとアイリスとサラのバカヤロー!!!!」
「「「「クルト(さん)!!」」」」
何に耐えきれなくなったのかは全く分からないが、捨て台詞を残し、酒場を出ていくクルト。
「「「「「「「…………」」」」」」」
酒場に沈黙の帳が降りる。
何故だろうか。冒険者たちは目的を達成したはずなのに、何だかこう、釈然としない。ものすごく不完全燃焼だ。
そんな酒場内の微妙な空気を払拭するかのように、クリスが声を上げた。
「皆、心配をかけてすまない。でも、クルトはきっとあの日の輝きを取り戻してくれる!だから、今日はその前祝いだ!僕の奢りだ!皆好きに飲んでくれ!」
全くそんなことは望んでいませんが。
冒険者たちは思ったが、奢ってもらえるとなれば、話が別だ。
「流石だぜ、クリス!!」
「アルマも、よく頑張った!!」
「アイリス様!きっとあんたの信仰は報われるぜ!」
「サラ、なかなかの啖呵だったよ!」
良くも悪くも即物的なのが、冒険者だ。
不完全燃焼ではあるが、今までの苦労が報われたとでも思っておくべきなのだろう。
結局、その日一日、冒険者たちは『クルト追放パーティー』と称して、朝まで飲み明かした。
◆◆◆
ところ変わって、路地裏。
クルトは苛立ち紛れに、一人拳を壁に打ち付けていた。
「アイツらめ…今に見ていろよ…!!」
クソ身勝手な逆恨みごとを呟き、奥の闇へと消えていった。
そう、その奥にある『夜明けの創造者』のセーフハウスへと消えていった。
要は、普通に帰っただけである。
ヒューマンドラマです(強弁)