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2「狭間から見たもの」


 血の盟約を結んだ夜から3日が過ぎた。店番も慣れ、金の使い方と値札ぐらいなら読める様になった俺はアリスのいない店内で客と押し問答の最中だ。


「お願いだって! あと3銀貨! いや1銀貨まけてくれ! これ買う為に最近ずっと待ってたんだからよお!」


「悪いがこの商品の値引き交渉はできない。何せアリスが丹精込めて作った物だからな」


「いつもの嬢ちゃんならまけてくれるぜ!? ケチくさいこと言うなよぉ」


「ケチも何もない。こちとら商売だ、1銅貨でもまけたら次もまけろと言うんだろ? ほっときゃいつかタダでくれてやる破目になるんだよ」


 ヒゲ面のオヤジは照明用の魔石を置くスタンドを買い求めに来た。だが残念な事にこの店は錬金術店で置いてある物は何かしら魔術的効果が付与されたものばかりで、値段が多少上がってしまうのも致し方ない。


「そうか……じゃあこれ以上まけないって決めときゃそうはならないんじゃないか?」


「そうだな、それが今だ」


「くそっ! わかったよ! これでいいか!?」


 ようやく折れたか、中々粘った方だったな。しかし我慢強さなら俺も負けていない。裕福そうなおばさんに頭がおかしいと罵倒されるくらいだ、店が閉まるまで無理だと言い続けてやる。

 強情な客、腰の低い客、人間とは面白いもので笑顔で出て行く奴から怒って出て行く奴までいる。さながら百面相で、俺がこうして値引きに応じないのもアリスの意思によるものだ。


「毎度。また頼む」


「ああ、嬢ちゃんによろしくな」


 俺がこうして不愛想な対応をしても問題がないのはアリスの人徳もあっての事だろう。話が長い別のおばさんに聞いた話では、むしろ今までアリス1人で心配だったとまで言われる始末だ。


「……もう行った?」


「ああ」


「良かったぁ……私あの人苦手で……」


 無理もない。いつもこうなら骨が折れるだろうよ。最初から値引きは無理だと言っているのに30分近く粘られたんだからな。


「それで、あのスタンドはどういう効果があるんだ?」


「あれは単に魔石の発光効率を上げただけなんだけど、作ると2日は掛かっちゃうから……」


「なるほどな、そりゃ値引きできないのも納得だ」


「普通の魔石ならいいんだけどね」


「程々にな」


 あれからいくつかの知識も得た。魔石は単なる貯蔵庫と言っていたアリスだが、この街で暮らすには必須となる物だ。特に照明用は1番から10番まで種類があり、家屋で使う物は基本的に7番を部屋に1つ置くだけで事足りるらしい。

 この店で使われているのは8番で値段もそこそこ高いらしいが……使い回しが効くのとアリス自身が魔石にマナを込められるのもあって苦労はない。


「アリスがいない間に魔昌が3つ売れたぞ」


「うん、聞こえてたよ。多分街灯用だと思う。でも街灯用の魔昌はギルドが全部管理してる筈なんだけど……」


「誰かが割ったんじゃないか?」


「かもしれないね、使ってる内に光も弱くなってくるから単に寿命かもしれないけど」


 店は久し振りに静寂に包まれる。アリスはカウンターの裏で在庫の確認をしつつ、右手で魔石にマナを込めている。器用な奴だな……それともあの程度は片手間でできるものなのか?


「あ、そうだ。明日はお店の定休日だから出掛けるわ」


「そうか」


「……あなたも行くんだからね?」


「俺もか?」


「そうよ、2人になったんだし色々買いに行かないと。ベッドはあるけど服とか靴とか、それに食器も足らないし」


「それもそうか。なら荷物持ち兼護衛として付き合わなきゃな」


 外では17時を告げる鐘が鳴っている。大通りから1つ外れた場所にあるおかげか店の前も人通りは少ない。立地的にはよろしくないんだろうが、それでもアリス目当てに毎日通う人もいる。

 来客を告げるベルの音にアリスが振り向く。俺はさっきの客から受け取った銀貨を金庫にしまっている最中で、接客はアリスに任せる。


「いらっしゃいま……あ」


「やあアリス、久し振りだね。修理の依頼をしたいんだけどいいかな?」


「え、ええ……内容によるけど」


 なんだか難しそうな対応をしてるな。若い男の声は、鼻歌を歌いながらカウンターに何かを置く。

 金庫の鍵を掛けた俺が立ち上がると、その男と目が合った。黒い外套に身を包んだその男は、いかにもお伽噺に出てきそうな風貌をしていた。


「おや? 君は……?」


「この人はエレク、私の助手よ」


 アリスと同じ金髪の髪、目元や雰囲気もどことなく似ている。まさか身内か? 兄か弟がいるとは聞いてないが。


「へぇ、助手を雇ったんだ? 初めまして、僕はリースヴェルト。リースでいいよ」


 自己紹介をしながら左手を差し出すリースは、俺の顔色を窺っている。嫌な目だ、どこまでも見透かしてきそうな……些細な表情の変化すら許されない気がする。


「ああ、俺はエレクだ」


 軽く握手をすると、リースは俺とアリスの顔を交互に見る。そして何かを感じ取ったのか、微かに口角を上げた。


「アリスが遂に助手を取ったか、いい事だね。魔術師たるもの補佐する者がいなければ一流にはなれない。……で、盟約は結んだのかな?」


「ええ、しっかり結んであるけど……何か気になる?」


「いやね、2人の繋がりがどこか薄い気がするんだよ。忠誠や隷下とまではいかなくとも、せめて“術師”の盟約くらいはしたんだろう?」


 繋がりが薄い? それに術師の盟約というのは初耳だ。余程マイナーなのか?


「術師は……えっと、エレクはちょっと特異体質で体にマナが溜められないの。だから他の盟約を……」


「なら忠誠かな? それにしたって忠誠心が低過ぎるね」


 ……まずいな。親愛の盟約が口にされないってのは相当イレギュラーな事態なのかもしれない。魔術の補佐、それに術師の盟約にマナとなると……こいつが言ってる盟約っていうのはマナの相互譲渡が可能になるものか?

 だとしても盟約を結んだ者同士の繋がりが見えるというのは普通の事なのか、それともリース固有の能力なのか。アリスの対応と話の内容を聞くにこの男も魔術師の可能性が高い。


「き、昨日盟約を結んだばかりで……」


「そうか昨日か! なら薄くても頷けるね。すまない、つい詮索してしまった。だけどこれも君を想う故の言葉だ、許しておくれ」


 思わず嘘をついたアリスだが、リースはその嘘には気付かなかったらしい。とはいえここで無言というのも怪しいだろう、せめて一言くらいは何か言っておくべきかもしれない。


「その繋がり……というのはなんなんだ?」


 俺の質問にリースは笑顔で左手を広げる。良い質問だ、とでも言いたそうだな。


「良い質問だね」


 やっぱり言ったよ。感情の起伏は顔に出やすいらしい。


「僕は魔術を扱う内に人と人の繋がりを見られる目を持った、まあ厳密に言えばマナの流れを見れるようになったんだけどね。その副次的効果として盟約を交わした者同士の繋がり、要するに『絆』の強さがわかるのさ」


「なるほど、だから昨日盟約を結んだ俺達の繋がりが見えたと」


「その通り。でもおかしなものだ、忠誠の盟約は結んだ時点である程度の忠誠心が芽生える物だ。でも昨日の夜に結んだのなら確立されてなくてもおかしくはないね、それかエレク君の特異体質の所為でアリスからの繋がりしか見えていないのかもしれない。仮にそうだとしても妙だと思えるのが―――」


「はい終わり! リースは昔から話が長いから……」


「あぁ、ごめんよアリス。エレク君もすまなかった……」


「い、いやまあ……為になった」


 アリスがカウンターに置かれたそこそこの大きさのケースを開ける。中には銀に輝く金属の棒……と言うより、腕? これは義手なのか。


「どこも壊れてない様に見えるけど……」


「僕にもそう見えるんだけど、親指が動かなくなってね。なんとか3日以内にお願いしたいんだ、それがないと僕も研究に取り掛かれないからね」


「3日……はちょっと厳しいかも。ここ最近忙しいのよ」


「うーん、じゃあ5日。5日あったらなんとかなるかな?」


 外側から見る限りは異状なし、となれば間違いなく中身の問題だ。どういう機構で動かしているのかはわからないが、魔術が絡まないのであれば俺でも協力できそうだ。


「5日も厳しい……でも出来る限りやってみる。とりあえず5日後にまた来て?」


「わかった、じゃあよろしく頼むよ。それじゃあね、エレク君」


「ああ」


 華麗に外套の裾を翻して、リースは店を出て行く。それを見送ったアリスは大きな溜息を吐いて壁にもたれ込んでしまう。


「大丈夫か? あのリースってのは何者だ」


「私の従兄(いとこ)よ、昔は許嫁だったの」


「ほー、あいつが」


「リースは勘が鋭いからヒヤヒヤしたけど、なんとかやり過ごせたみたい」


 果たしてそうと言えるだろうか。俺なら一度気を抜いたフリをしてボロが出るのを待つもんだがな。ああいうのはしつこく目ざとくを信条にしてるような奴だ。


「で? その義手は5日で直せるのか」


「どうせ術式からマナが逆流して魔昌が割れちゃったんだと思うけど、見てみない事にはわからない。もう今日は閉めちゃいましょうか。―――もうっ私もまだやらなきゃいけない事あるのに!」


 切羽詰まっているのかアリスは頭を抱えてしまう。こんな状態じゃ店は開けられないか……俺だけで営業しても評判が下がりそうだしな。


「じゃあ閉めてくるぞ?」


「うん、そうして」


 こりゃ駄目だな、完全に折れてる。

 外にある札を捲って戻ってくると、アリスは義手が入っていたケースと一緒に消えていた。だが扉はいつも通り開けっ放しで、それを追っていくとアリスの自室に辿り着く。

 不用心な奴だな、自分の部屋くらいちゃんと扉を閉めたらどうなんだ。


「エレク、ちょっと来て」


「……何の用だ」


 呼ばれた通りに部屋に入る。中は薄暗く、就寝用の照明で照らされた室内ではまともに前も見えない。


「リースが言ってた事……繋がりが薄いって」


「ああ、言ってたな」


「血の盟約には種類を問わずある効果があるの。例えば忠誠なら結んでから何日かで一定の忠誠心が芽生える……弱めだけど精神支配の魔術も兼ねてるの」


 なんだその恐ろしい効果は。それより……精神支配? そんな魔術もあるとなればこの世界は……やりたい放題じゃないか。


「それは隷下の盟約も、親愛も同じ。私とエレクは盟約を結んでから3日目なのに、その繋がりが薄い。それだと些細な事でも盟約が破棄されちゃう」


「……だが俺とアリスはそういう関係じゃない」


「そうだけど……盟約の効果なのかわからないけど、私はエレクに消滅して欲しくないって思ってる」


 アリスが元々優しい性格なのもあるんだろう。この3日間、俺とアリスは普通に過ごしていた。初日にキスをしただけで、他に恋人らしい事は一切していない。それもそうだ、実際に恋人でもないのに安易に触れるなんて事はできない。


「なら今からでも上書きするか? 忠誠の盟約ってヤツなら俺でも出来そうだが」


 だがアリスは首を振る。何故頑なに忠誠や隷下の盟約をしたがらないのか、俺には到底理解できない。


「私は忠誠なんていらない」


「じゃあ何ならいるんだ? 俺に術師の盟約が効けばそれで良かっただろうが、効かない以上忠誠しかないだろう」


「本当は術師の盟約はエレクでも効くの、でも……術師の盟約って言うくらいで魔術を使う時にマナを半分ずつ出し合うんだけど、体にマナがなければオドが使われる。オドは命そのもの、使ってもそう簡単に回復しない。話してなかったけど、盟約を結ぶとそれを維持するのにマナを使うの」


「ならマナがない俺とどうやって―――」


「私が無理矢理繋げてるようなものよ。ほぼ一方通行だからリースは薄く感じたんでしょうね」


 ……じゃあ今までアリスにおんぶにだっこされてたのか? 拾われておいて全部アリスに任せっきりだったっていうのか。


「ねえ、エレク」


 アリスが毛布から顔を出す。やけに艶っぽい眼差しにまだ傷の残る唇、どことなく危機感を覚えてしまう。


「やっぱり、私じゃダメ? 私は頑張ってマナを送り込んでるけど、エレクには少ししか届いてない。それも原因の1つなの」


「それはつまり……俺がアリスを認めていないって事か?」


「端的に言えばそう、なのかな。引け目を感じたり、信用できなかったりするとどうしても薄くなっちゃうんだと思う」


 原因は俺にある、か。確かにアリスに対しては色々と世話になっているのも含めて引け目を感じていないとは言えない。1週間に一度のキスも、必要とはいえ実際に恋人でもないのにするには抵抗がある。

 信用……はしているつもりだが、やっぱり『親愛』の名の通り生半可な気持ちじゃ駄目なんだろう。


「……すまない。そこまでしてくれているのに、俺はアリスを……というより、やっぱりこの盟約は俺達には合っていないのかもしれない」


「でも忠誠とかっ! そんなの……違うよ」


「俺はアリスになら忠誠は誓える。そこまでの事をしてくれたんだからな。仮に命令に背けなくなったとしても、俺は本望だ」


「なんでそんな死に際みたいな事言うの!? そもそも血の盟約なんて……魔術なんて物より呪術に近いものなのに……!」


 呪術、か。この世界には魔術の他にもいろいろな物があるみたいだ。その中でも呪術は……この言い方から察するにあまり気持ちのいいものじゃないらしい。


「そうは言ってもそういう仕組みなんだろう? なら従う他ない。それで? 忠誠の盟約はどうやるんだ」


「教えない! 忠誠なんかいらないからっ!」


「じゃあどうする。俺は正直……生きる為とは言えアリスとキスするのは……それだけが気掛かりなんだ、いつか後悔させるんじゃないかと」


 自分でもどうかと思うが本心を打ち明けると、アリスがとてつもない勢いで起き上がる。目には涙を浮かべ、目元は赤くなっていた。バレないように泣いてたのか。


「ねえっ! 私の事見くびってる!? 私がそんな安い女に見えるの!?」


「い、いやそういう訳じゃなくてだな?」


「じゃあ私も言うけど、この前のアレ初めてだったんだからね!?」


「そ、そうか……悪い事したな」


 何故かアリスは泣くどころか怒り始め、頭をがむしゃらに掻き乱しながら紅色の瞳で俺を睨む。ヒステリック持ちか……? 怒らせると厄介な質か? それか怒らせ過ぎておかしくなったのかもしれない。怒らせるつもりは毛頭なかったが、余程俺の態度が気に入らなかったようだ。


「私は後悔なんてしないから! するとしたらあなたが死んだ時よ! あなたが死にかけてた時も……本当にどうしようもなくて大っ嫌いな呪術まで使って……初めてあなたを見た時からずっと……」


「なんだ? 生贄にでもしようかと思ったか?」


「ち・が・う!」


 今のは完全にわざとだった。勢いに任せていつもとは正反対の姿を見せるアリスも、よく見れば可愛げがある。いつもはお淑やかに振る舞ってはいるものの、実際は子供の様な性格をしているんだ。


「だから……私と一緒だって、思ったの。あなたと私は1人きりで、身寄りがないから。だから……」


「ふっ、はははっ! そんな理由で週1でキスする盟約結んだのか! 全く、ペット飼うんじゃないんだぞ?」


「……でも、寂しかったでしょ? 誰も助けてくれないし、たった1人で生きてくなんて」


「……まあな」


 なるほど、アリスの真意は大体わかった。同類の俺を見て放っておけなかったんだ、1人の寂しさや厳しさを知っているからこそ見過ごせなかったのかもしれない。


「―――悪かった、その点でもアリスは俺を助けてくれたな。そう思えば、例え“ごっこ”でも悪くはない」


 受け入れた事で盟約の効果が出たのか、それとも俺の中でアリスに対する気持ちが変わったのか。どちらかはわからないが、愛情と呼べるものが芽生えた。そうだな、1人ってのは孤独で……悲しいものだ。


「なっ……なんで急に……そんなに態度変えるのよ……」


「今言った通り『悪くない』と思えたからだ。なんなら仲直りのキスでもして風呂でも一緒に入るか?」


「そ、そそそこまではいい! それはまだ早過ぎると思うの!」


「ははっ、だろうな」


 まだ……か。前途多難だな、いつかそうなる日もくるかもしれないと考えると色々とこう……難しいな。俺は俺で、誰かと仲睦まじく暮らす事は望んでいない。確かにアリスはいい子だ、だがそれだけで俺が達成すべき事には障害になるに違いない。


「そんな事よりご飯よ! ご飯にしましょ? 何が食べたい?」


「さあ? 料理に関してはさっぱりだ、全部任せるよ」


「わかった、じゃあできたら呼ぶから」


「ああ」


 ぎこちない歩き方で調理場へと向かったアリスと同時に、俺も宛がわれた自室に戻る。やるべき事は沢山ある、一先ずはこの世界の文字の習得と文化と魔術の知識を仕入れなきゃならない。

 アリスから借りている入門用の魔術書と子供用の文字を覚える絵本を見比べながら、俺はさっきアリスが口走った『呪術』について調べる。


「……マナを持たない生物でも行使可能、か」


 呪術とは、魔術の適性やマナが存在しない場所でも発動できる数少ない分野だ。多くは血を贄として捧げ、禁忌の領域にあるものは人間そのものを生贄とする術式もある。

 発動するには魔術と同じく魔法陣を組み、適切な詠唱とマナの代替である贄を必要とする。よって基本的には入念な準備が必要となる。だが術式を直接体に埋め込めば詠唱のみ、慣れれば詠唱無しで即時発動も可能となる。

 ……となれば、魔術が扱えない俺は是が非でも呪術を覚えなきゃならないな。魔術師であるアリスの助手が何も扱えない一般人以下では話にならない。術式を組み込む事さえできれば俺も……


「なにしてるの?」


 唐突に背後から話し掛けられサーッと血の気が引いていく。ホラーが苦手な俺にとって脅かすのはご法度だ、それが例えアリスであってもナイフが手元にあれば突き刺していたかもしれない。


「驚かすなよ、調べ物だ」


「驚いて……たっけ?」


「肝が冷えたんだ。もうできたのか?」


「まだだけど、エレクって豆食べられたかなーって」


「なんでも食うよ、ゲテモノじゃなければな」


 呪術の欄にある代表的な術式に目を通していると、アリスが横から顔を覗かせてくる。その目は真剣そのもので、正に魔術師と言った顔だ。


「……呪術なんか調べて、どうするの」


「俺にも扱えるのはこれしかないと思ってな。何かしら汎用性の高い物でも埋め込めば体裁も保てる」


「埋め込むってどういう事かわかる? 一生消えない痣みたいなものなの。それに呪術はこの世界じゃすっごく嫌われてる」


「だからって何も使えない奴が助手じゃあアリスの顔も潰れるだろう」


 アリスの顔は真剣というよりも険しい物に変わっていく。何故そこまで呪術を嫌うのか、そんなに呪術は悪い事だと教わっているのか?


「確かに血を消費するのは頂けないな、それでも呪術には頼らなくちゃいけない。俺を助けた時だってアリスは呪術を使ったんだろ?」


「……使ったけど、ああするしかなかったから。ねえ、エレク? 私は別に世間体とか体裁なんて求めてないから、魔術が使えなくたっていいのよ?」


「俺は使いたい。剣1本で守れる物なんてたかが知れてる。ならどんな物であれ使える物は使う、あの時も……俺が魔術を使えたら死にかけずに済んだだろうしな」


 元も子もないと自分で突っ込みたくなる。どうせ俺は魔術を扱えない、アリス達魔術師が造作もなくできるマナの貯蓄という基礎的な機能を欠いているんだからな。 それを補助するには魔石か魔昌にマナを込めて代替するか、そうでなければオドと呼ばれる命そのものを削るしかない。


「……じゃあ1つだけ、基礎の呪術を教えてあげる。人によって術式にも相性があるの、それでダメなら諦めてくれる?」


「本当か!?」


「ええ。でもその術は呪術の本質、血の力よ。地域によっては禁忌にされてる……それでも習いたいと思う?」


 呪術とは血肉を元にして発現させる。場所によっちゃいくつかの術式が禁忌とされていたり、呪術そのものが禁忌に指定されていたりもする。そして呪術の多くは人の不幸を元に、誰かを不幸にさせる術だ。

 そんな汚れた術式を使う覚悟があるのかと問いたいんだろう。人を不幸にさせる呪術使いになる事を望むのか、と。……その所為でアリスに嫌な思いをさせるかもしれない。


「……アリスさえ良ければ、俺は使う。この先街を出るんだ、身を守れる(すべ)は多いに越したことはない。――教えてくれるか?」


 はたしてアリスに届いたんだろうか。真摯な瞳のアリスはしばらくじっと俺を見て、呆れるかのように息を吐く。


「言っても聞かないみたいだから、教えてあげる」


「感謝する」


「一応忠告しておくけど……この街で呪術は使わない方がいいよ、禁忌じゃないけど良い思いはされないから。これから教えるのは特に、ね。短剣を貸してくれる?」


 言われた通りに机の上に置いてあった短剣を渡す。


「血を使って自分を強化する呪術なんだけど、いくつか問題があるの。まず前提として自分以外の血しか使えない、それと血を“飲まなきゃいけない”」


「血を飲むのか……」


「気味悪いでしょ? それに加えて必ず誰かから血を貰わなくちゃいけないから。さ、服脱いで? あっ、上だけでいいからね!」


「元よりそのつもりだって……」


 アリスは短剣で自分の指を切ると、俺の左胸に何かを描いていく。丸や三角、記号のようなものを組み合わせ、描き終わると手を当てて何かを念じている。


「―――我は血の欲求に応えし代行者。汝、血を求め狂騒せよ。……我が血に一層の力を込め、分け与えん」


「うぐっ!?」


 短い詠唱が終わったと同時に描かれた箇所に激痛が走る。痛みだけじゃない、頭の中まで掻き乱されているような感覚さえある。


「呪術って……こういうものなの。まだ取り返しは付くけどやめる?」


「やめるかよ……これ以上の痛みは散々味わったんだからなぁ……っ!」


 これが呪術だ。魔術と違い、直接身体に埋め込み行使できる。その分埋め込む時は壮絶な苦痛を味わう。これがアリスの嫌う意味か? 一生消えない痣というのは描かれた呪創とやらの事か。

 だからなんだ。埋め込みさえすればこっちのもんだ、例え他人の血を啜り続ける事になろうと、生身の人間で出来る範囲は限られてくる。例え達人であろうと10人ならまだしも、そこに1人2人と増えただけでギリギリどころか簡単に死ぬ。構造的にも弱い生き物だ。

 だからこそ、俺は力を欲する。魔術でも呪術でもなんでもいい、なんとしても力がなければ……この先生き残れない。


「結構耐えるね?」


「そりゃあな。大分慣れてきた所だ」


 虚勢を張るだけの余力はある。ならまだ大丈夫だ、心の底から絶望しない限り勝算はある。


「ならもう少し追加するね――汝は広大な器を持ちし者、血を糧に力を得んとする強欲の化身」


 痛みは更に激しくなった。見れば、アリスが手を翳している呪創に禍々しい文様が浮かび上がってくる。元からいくらか隙間があると思えば、後から追加できる代物かよ。

 いつ終わるかもわからない、並の拷問よりか3倍近くの苦痛だ……待てよ、何故俺は拷問の痛みを知ってるんだ。


「才無きその器に力を与えん。アリスの名の元にこの印を刻む……『血狂鬼』!」


 それがこの呪術の名前か……俺によく合ういい呪術だ。


「終わったよ、大丈夫? 私の名前を言ってみて?」


「あぁ……」


 痛みがなくなったと思えば、次は倦怠感か。体が重くて仕方ない……


「エレク!?」


 椅子から転げ落ちそうになってアリスが俺の肩を支えてくれる。あー駄目だ、この怠さは我慢ならない。一発薬でもキメて楽になりたい。


「死ぬほど怠いんだが?」


「う、うん。ごめん……言い忘れてた。埋め込みってすごく体力を消耗するの、私も結構疲れちゃった」


「そうだったのか……それもそうか、タダで埋め込めるなら誰でもするよな」


 それにしても想像を絶する所業だった。胸の物理的な物と頭の中を直接掻き混ぜられる様な頭痛、それに加えて意識がどんどん削り取られるかと思うくらいの何か。途中で追加された時はもう叫び声すら出せなかった。なるほど、そりゃそうだわな、この胸の呪創に埋め込みの痛み……進んでやる奴なんていない。


「でも耐えられたね。無理そうだったら途中で止める気だったけど」


 まるで幼子をあやすかの如く、アリスの胸に抱かれ甘い言葉を囁かれる。息がし難い、というかしていない。この状態を維持すれば俺は窒息死するだろう。―――というか、見た目じゃわからないが……着痩せするんだなこいつ。


「動ける? ベッドまで連れて行こうか?」


 要らぬ気遣いをさせない様に、自らの手でアリスを押しやり首を振る。声も出せない程疲れていると勘違いしたのか、少々不安そうに腰を落として俺の顔を覗き込んできた。


「いや、いい。大丈夫だ。それよりなんだったか、俺に埋め込んだ呪術は具体的にどういう効果があるんだ」


「血を飲む事で身体能力の強化とか、自分のマナにするとか。でも体の中でしか変化は起こせないから見た目はそこまで変わらないの。だから隠しやすいでしょ?」


「なら血を啜れば俺でもマナが溜められると」


「それは無理かも、エレクには溜める場所自体がないから。でも変換して即使う事はできるんじゃないかな」


 ……しかし俺には魔術は使えない。なら啜った血を元に呪術を発動させる方が手っ取り早いか。血を燃料とする呪術なら、そのタンクは俺の胃袋だ。消化される前ならその場で呪術が使える。


「なら呪術師でも目指すか……」


「あんまりおすすめしないけどね。……100年前ならまだ良かったけど、人を呪う事に特化し過ぎちゃったから」


 それ以前はどういうものだったんだろう? 多少なりとも人を傷つける術があったとしても、もっと人の為になるようなものだったのかもしれない。それこそ(まじな)い師とでも呼ばれていた可能性も―――


「……まじない」


「え? おまじないの事?」


(のろ)いと(まじな)いって、一緒の文字か?」


「違うけど……どうしたの?」


 そうだよな? ならなんで俺は同じだと思ったんだ……?


「何か……思い出した?」


「いや――思い出した訳じゃない。でも数日前から不意に違和感を感じる。文字や、言葉に」


 頭の中で何かが光るイメージが湧き出てくる。まるで暗い箱の中に開けられた空気穴の様な……その穴から向こう側を覗こうと目を凝らしても、眩しくてよく見えない。そんなどうしようもない感覚だ。


「待って! そのまま集中してて!」


 何をするのかと思えば、アリスはポケットから魔石を取り出して何かの術式を起動させる。それを俺の頭に接触させると、段々向こう側が鮮明に見えてきた。


 ―――それはいつだったかわからない。砂まみれの街、様々な露店が並ぶもののどこにも人はいない。所々にノイズが走って、色もほぼ全てが灰色で……まるで昔のモノクロ映画の様だった。

 視界の主は左を見る。ポケットが沢山ついたベスト、背景と同じ色の服装をした色黒の男は視線に気付き親しみのある笑みをこちらに向ける。手には黒くて短い杖のような物体を握り、ポケットには金属製と思われる箱がこれでもかと詰め込まれていた。あれは……なんだ? 殴るには不釣り合いな見た目だ。不効率とも言えるその物体は、どこか懐かしさも感じさせる。

 その懐かしさの原因を探る前に穴は閉じられてしまった。


「……どう?」


「ああ……少しだけ、思い出せた」


「本当!? 元居た世界はどんなだった!?」


「よくわからないが……砂まみれだったな。この街より技術的に大分劣っていた」


 それなのに金属の物体だけはやけに複雑な形をしていた。削り出したにしては精度が高すぎる、それに……


「悪い……疲れたからもう寝る。晩飯はいらない」


「あ、うん……ゆっくり休んでね」


 ―――アリスが出て行った後も、あの光景が頭に焼き付いたまま離れない。あの景色、それに男が持っていた黒い筒。間違いなく俺は何度も目にしている。

 そうでなければ、この感覚は……一体なんだって言うんだ。

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