1「盟約」
「ありがとうございましたーっ!」
アリスの元気な声が店内に響いて、それから少しの静寂。午前10時に開けたこの錬金術店は午後7時に閉店する。途中暇な時は雑談をしたり魔術について教えて貰ったりとしたが―――
「割と忙しいんだな」
「だから稼ぎは良いって言ったでしょ? これでも街じゃ名の通ったお店なの。値段は適性、態度も良くて何より看板娘がいるんだから」
それ自分で言うか……まあ否定はしないが。外に比べりゃ目が眩むほどの照明の中ではアリスの細かい部分にまで目が行く。
煌びやかな金髪、色白で端正な顔立ちに透き通った声。そりゃあ看板娘にもなるだろう。まあ実際娘は1人しかいないから当然なんだけどな。
「しかし急に男が増えてるってのに怪しまれないものだな」
「そりゃね、やっと助手を取ったかーとかそのくらいでしょ?」
そうかなぁ、店に入った瞬間笑顔が消え去って死んだ目になった男は何人いたか。違う、違うんだお客さん、希望を捨てるな諦めるにはまだ早いぞ。
そんなエールを送る訳にもいかず、俺は終始アリスの言われた通りに働いた。と言っても精々高い場所にある物を取ったり荷物運び程度ではあるが。
「じゃあそろそろ閉店ね、外の札裏返してきてくれる?」
「ああ」
言われた通り入口の扉へと向かい、扉を開ける。
「あっ、あの」
「ん?」
すると今正に入って来ようとしたのか、小さな女の子が涙目で俺を見上げていた。歳は……10くらいか? ただでさえ暗いのにこんな時間に外を出歩くのは不用心極まりない。
「お、お使い……頼まれてて……アリスお姉ちゃんいますか?」
「ああ、いるぞ。もう閉める時間なんだが―――」
「ふえぇ……」
閉める時間だけど呼んでくるって言いたいんだよ! 言い切る前に泣くんじゃない!! なんて子供相手には言えない。俺が原因でこの店の信用を失っては初日でクビにされかねないからな。
「……呼んでくるから待ってろ、ってのも危ないな。とりあえず入れ」
「は、はい……ごめんなさい」
「謝んなよ……」
「ひぃ……ごめんなさいぃ」
うっわめんどくせぇ……そうか、俺子供は苦手か。思わず顔に出してしまったらしく、女の子は遂に大粒の涙を零し始める。あ、終わったな俺クビだわ。
今後どうするか考えながら女の子を連れて店内に戻る……前に札を準備中にしておいて、中に戻った。
「アリス、最後の客だ……」
「お姉ぢゃあぁん……」
「えっ!? なんで2人してそんな悲しそうな顔してるの!?」
「おうぢの魔石切れちゃっだがら買いに来たんだげどね、もう閉まっちゃってたぁーっ!!」
「大丈夫大丈夫! 今閉めようとしただけでまだ閉めてないから! セーフだから!」
なんとも慈悲深い。いや子供相手にもう閉店時間だからアウトとか言えないよな。死にかけの俺を死ぬ気で助けたんだ、このくらいは朝飯前なんだろう。
カウンターから出てきたアリスは女の子としっかり目を合わせてやると、ポケットから取り出したハンカチで涙を拭いてやる。
「それで魔石が切れちゃったんだっけ? 照明用かな?」
「うん、6番の3つ」
女の子は持っていた小袋を丸ごと渡すと、アリスはカウンターの中に入っていった。何をするのかと少し覗いてみると、小袋の中には使用済みらしい魔石と代金らしき銅貨。魔石はどれも女の子の手にすっぽりと収まる程の大きさだ、あれが6番とやらの大きさなのか?
だがアリスが取り出したのはそれよりほんの少し大きめの魔石。それを袋に入れると、何枚かの硬貨をまた袋に詰め直して女の子に渡した。
「はい、いつもありがとね。お母さんに今後ともよろしくって言っておいて?」
「うん! ありがとアリスお姉ちゃん!」
「遅いし送っていこうか?」
「ううん、1人でも大丈夫だよ!」
「でも危ないよ? 今ならタダでこのお兄ちゃんが守ってくれるよ!」
え? いや何の問題もないが、タダより怖い物はないのでは? というより出会ったばかりで魔術も使えない俺が役に立つのか? そこまで信用される要素あったか?
しかし拒否する選択肢はない。やれと言われたらやる、それが今の俺の行動方針だ。それに護衛というのは……なんだか懐かしい気がする。
「このお兄ちゃん悪い人じゃないの?」
「とっても良い人だよ。顔も怖いしあんまり喋らないけど」
最後の要るか? むしろ不安にさせるだけなんじゃなかろうか。
女の子は曇りのない瞳で俺の目を見て、微かに身じろぎした。それが怯えから来たものなのか、それとも何かを感じ取ったのかはわからない。ただ、何かに気付いたという事はわかる。
「お兄ちゃんはアリスお姉ちゃんと好き同士なの?」
「いや断じて絶対微塵も違うが」
「そこまで否定されると流石に傷付くんだけど……」
「違う物は違うとはっきりさせておかないと後々面倒だぞ。特にこういうのは」
「そうだけど……まあいいや! とりあえず送って行ってあげて、最近物騒みたいだから短剣忘れないでね」
「ああ」
カウンターの裏に置いてあった短剣を腰に提げ、開店前に新しく渡された外套を羽織る。女の子は俺の準備が完了したとわかると、アリスに手を振って店を出て行った。
俺もそれに続くべく外に出ようとした所で、いつの間にか近くまで移動していたらしいアリスに手を掴まれる。
「!? な、なんだよ……気配殺して近寄るな」
「新しい魔石、渡しておくね。こうして予備の魔石と一緒に握って、念じれば発動するから」
「……人差し指を相手に向けるのか?」
「そう、簡単な魔術だけど護身用にはなるから」
「わかった、借りておこう」
渡された魔石をポケットに忍ばせて、急いで女の子を追う。ふと振り返ってみれば、店先で小さく手を振っているアリスがいた。なんとも世話焼きというか、人情深いというか……本当に難儀な性格をしてるな、あいつは。ああいうのを狙って付け込んでくる輩もいるだろうに。
走って女の子に追いつくと、ご機嫌な様子で鼻歌を歌っている。色々情報収集をするべきか、子供相手なら聞き方を間違えなければ話も聞き出しやすいだろうし。
「お兄ちゃんはいつからアリスお姉ちゃんの所にいるの?」
何を聞こうか考えていた所で、先制は女の子に取られてしまう。まあ先に答えておけば聞きやすいか。
「今日からだ。遠い所から来て迷ってる所をあいつに拾われた。しばらくは店で手伝いをしつつ色々勉強するつもりだ」
「へー、お名前はなんて言うの?」
「エレク」
「エレク!? 昔のお話に出てくる人と一緒だね!」
「お話? どういう話だそれは」
由来は古代語と聞いていたが、どうやら先人がいたらしい。女の子は街をゆっくりと歩く中で、そこそこ有名なお伽噺を語ってくれる。
古代、魔術がまだなかった頃の話。彗星と共にやってきた1人の男はこの世界に魔術を広めた。そして1ヶ月後、その男は召喚魔術を発動させ、また男を呼ぶ。それがエレクという名で、そいつはこの世界に鋳造技術と軍の知識を与えた、という話だ。
「鋳造と軍か……画期的だが穏やかじゃないな」
「でもそのおかげで幸せになった人がいっぱいいるよ?」
「そうだろうが、その召喚魔術と技術のおかげで戦争も起こった。まあどうであれいずれ通る道だろうが。それで俺からも質問だ、アリスはどういう奴なんだ? 好きな物とか、周りからどう思われてるとか」
子供には些か難しい話だろうし、自分から話を変えてみる。すると女の子はその場で振り向き笑顔いっぱいになる。
「すっごく優しいの! お母さんも喜んでるしこの街でも有名な“れんきんじゅつし”だって言ってた!」
「錬金術……? 魔術師だって聞いたんだが」
「錬金術も魔術だけど、他の事もできるから魔術師なの! 他の魔術も勉強してて、いっぱい魔術を覚えてるの! すっごいんだよ!」
「ほー、頭が良いのか」
「うんっ!」
まるで自分の事の様に喜ぶ女の子は、アリスを大層慕っている様だ。そうか、俺はかなり人徳のある人間に拾われたんだな。それもそうか、そうでなきゃ引き取るだなんて言わないだろうしな。
「お姉ちゃんは皆に優しくするけど、それが嬉しくない人もいるってお母さんが言ってたよ。まだわたしにはわからないけど……」
「大人の世界には色々あるんだ。でも安心しろ、当分は俺が付いてるから危ない目には会わないだろうさ。変な奴がいたらぶった斬ってやるから」
「えー、でも暴力はダメだよー」
「俺もダメだと思う、だから出来るだけ“お話”するように努力するさ」
「じゃあお姉ちゃんも安心だね! ……あ、お家ここなの!」
歩いて15分か、子供にはそこそこの距離だったな。家の中は暗いが、物音はしている。これでこの子のお使いは無事終了だ。
「そうか、じゃあまたな」
「うん、お兄ちゃんが優しい人で良かった! またね!」
お互いに手を振り合って別れると、俺は元来た道を戻っていく。その間、あの子が最後に言った言葉が頭から離れない。
俺は優しくなんかない。送っていったのも仕事で、守ってやりたいなんて気持ちは微塵もなかった。夜道は危ないだろうが、あの子がどうなろうと知ったこっちゃない。……そう感じるって事は、やっぱり。
「はぁ……」
溜息を吐くのは癖らしい。無垢な子供心に触れて自分の汚さを実感する。さて、帰ろうか。街の風景でも見ながらゆっくり歩こう。
「おい兄ちゃん」
一歩を踏み出した瞬間、進行方向にある薄暗い路地からガタイのいい男が出てくる。等間隔で置かれている街灯の光もまともに届かず、人相やどういう服装かもおぼろげにしかわからない。
「見慣れねぇ顔だな、新入りか?」
「……まあな」
暗がりから出てきた男の顔がようやく見える。左目には額から頬に掛けての傷跡、ありゃ見えてないな。
「娘を送ってくれたみてぇだな、ありがとよ」
「娘? あの子がか?」
「おうよ、自慢の娘だ。時々こうして見に来るんだよ、今じゃ近付く事も許されねぇがな」
ほほう、あの子も苦労してるんだな。となると今は母親と二人暮らしか。
「何か用か?」
「いいや、礼を言いたかっただけだ。じゃあな」
「……ああ」
男は片手を上げてまた路地に消えて行く。何しに来たんだあいつは? 本当に礼を言うだけか、それとも……嫌な予感とでも言うべきものか、微妙な感覚になる。女の子の家の方に振り返ると、家には明かりが灯り娘の帰りを喜ぶ夫婦の姿があった。
色々面倒そうな事情があるらしい。まあいい、他人の家庭環境なんか知ったこっちゃない。
帰路の途中、街を見てみる。家の殆どはレンガ造り、大体10歩ごとに街灯が並び心許ないながらも足元を照らしている。地面は石畳で、ゴミ1つない綺麗な街並みだ。
遠くには一際大きな建物があり、丁度7回目の鐘が鳴り終えていた。角を折れた所で、暗がりでもよくわかる金髪の少女に待ち伏せられる。
「護衛ご苦労様、疲れた?」
「いや、この程度なら朝飯前だ」
「そう? なんか浮かない顔してるけど」
「なんでもない」
顔に出していたのか、それともアリスの勘が鋭いのか。どうであれあの子の事は俺には関係ない。どれだけ気に病もうと行動を起こさない限りは変わらない。
「つうか付いてくるぐらいなら一緒に来いよ」
「付いてきたんじゃなくて迎えに来たんじゃない。まだ慣れてないでしょ? 迷っちゃうかなって」
「そりゃどうも……」
着の身着のままで来たらしいアリスは武器らしい物も持っていなかった。物騒だと自分で言っておきながら無防備な奴め、もしもの事があったらどうするんだ。
「じゃあ今からは私の護衛ね」
「お節介焼いた挙句仕事を増やすな」
「ならデートでもする?」
「他の男に冗談でもそんな事言うなよ、次の瞬間路地裏に連れ込まれるぞ。あとそういうのは結構だ、3年後に出直して来い」
忠告をしてやるとアリスは微かに頬を染める。どういう状況になるのか想像したか? 割と年増なのかもしれない。それかそういう願望が……やめよう、嫌な気分になってくる。
「そ、そうしとく……」
「帰るぞ、今日は色々と聞きたい事が山程ある」
「色々!? 色々ってなに!?」
「なに想像してんだ……? 俺はそこまでド畜生じゃないからな、いやド畜生だけど、そういう面では理性的なんだ」
勝手に赤くなっていくアリスの手を引っ張って店まで戻る。どこに連れ込む訳でもなく、鍵を開けさせて中に入ると速攻手を放して距離を取った。
すっかり火照っているアリスさんはわたわたと鍵を掛け直して暖炉のある部屋に走っていく。勿論ドアは開けっ放しだ。
「アリスさーん? ドアは開けたら閉めるんですよー?」
「うぅるっさい!! ち、ちょっと今は1人にしておいて……」
何を恥ずかしがっているのかさっぱり理解できない。言われた通りに暖炉の前にあるソファでしばらく寛いでいると、ようやくアリスが戻ってきた。
「あの、すごく言いづらいんだけど……」
「あぁ?」
部屋着に着替えたアリスは手に何かを握ったまま俺の前に来る。……なんだこの空気はまるで死刑宣告でもされそうな感じだ。
「えっと……血の盟約って言うのがあって」
「はあ」
「それを……私とエレクの間でして貰えないかなー、なんて……?」
「盟約をする理由があるのか」
「え、えっと……はい、あります……」
何故敬語なのか。それよりもっと気になるのはやけに恥ずかしがっている事だ。その盟約とやら、とんでもない方法なんじゃなかろうか。それか効果か理由がとんでもないのか?
「まともに喋ってくれないか?」
「そ、そうね! えっと、エレクは私の召喚魔術で召喚されたんだけど……10日以内に血の盟約を交わさないと、消滅しちゃうのよね?」
「へぇ、そうなのか。……はい!?」
「だから血の盟約でこの世界に楔を打っておかないと―――」
なんでそんな事を今更!? あっ、そういう事か。つまりアリスと初めて会った時も、今日よろしくやった時も。『面倒を見る』というのは10日間限定だったのか!
いやだとしたらおかしくないか? それを告げると言う事は最悪俺が無理矢理盟約を交わす可能性もある。なのにわざわざ言ってきたと言う事は―――
「消滅は……嫌だな」
「そうよね? だから血の盟約をしましょう? 昔だとこの10日間で召喚者を見定める試用期間みたいなものだったの」
「でもいいのか? ただの人助けだと思ってやるなら止めてくれ、俺は人の情けを受けてまで生きていたくない」
アリスは微笑みと共に首を振る。……なんと慈愛に満ちた表情であろうか、その真意は俺には汲み取れない。
「ううん。私には夢があって、それを手伝ってほしいの」
「夢? 一応聞いておこうか。なんだ、アリスの夢ってのは」
「……この街を明るくして、それで出来る限りの人を助けたい」
立派な夢だった。だが街を覆うマナの黒雲は毎日最大限魔術を使っても向こう500年は残るとアリス自身が言った。その後ならともかくとして……難しい話だ。一朝一夕どころか一生掛かっても叶わない。
「見込みがあるのか」
「うん、だから私は消費の激しい召喚魔術を使ったの。でも成功しちゃって……これ以上エレクみたいな人を増やしちゃいけないし……」
「はぁー、そりゃ難儀だな。しかし魔石に全部封じ込めちまえばいいんじゃないのか?」
「それもダメ。魔石は一時的なマナの貯蔵庫だから本人のマナを込めるの。それに例え毎日魔晶を製造しても10年縮まるかどうかだもの」
そういえば魔石と魔昌の違いは詳しく教えて貰っていない。今の俺じゃ魔石よりもマナが多く入る高価な石、という認識でしかない。
「って考えてる時間なんかないの! 消滅まで時間がないんだから!」
夢か。俺は夢を見た事があったのかどうかはわからない。しかしアリスの夢は大層なもので、手伝えるものなら手伝ってやりたいとも思う。問題は……俺がこの世界に残って力になれるかどうかだ。
「……アリスは俺が必要か?」
他力本願も甚だしい。だが魔術の知恵もなく、文字すら読めない俺を必要としてくれるなら……残る価値はある。拒めば消滅、受け入れればアリスと共に人の為になれる。
それだけでも自分の中で答えは決まっているようなものだが、あと一押しが欲しかった。
「俺は見ての通り魔術も扱えない役立たずだ。強いて言えば少々腕が立つ程度で、人を助けるのではなく傷付ける方が多い。それでも、お前は俺を必要だと思うか?」
「私は……」
アリスは言葉に詰まる。俺を助けた時も、周りに転がっていた屍を見ただろう。なのに迷わず俺を助けた。
―――何故だ? 血の盟約を交わさなければ10日の命、それが数日縮まっただけで身を挺してまで助ける義理なんてない。なのにアリスは俺を助けて、しかも助手として雇ってくれた。
それなら……アリスなら。淡い希望を抱きそうになってしまう。期待するだけ馬鹿らしい。勝手に期待して、勝手に裏切られたと言う奴ほど惨めな奴はいない。そう頭の中で囁くのは誰なのか。
「―――目を瞑って、ちょっと痛いかもしれないけど」
「……いいだろう」
元より聞くまでもなかったかもしれない。俺はアリスに拾われた。理由としちゃそれだけで十分なんじゃないのか? この身は全てこいつの物で、俺は黙って付き従う。そういうのも悪くない。
唇に微かな痛みが走る。鋭利な物で切られたらしく、一筋の感触が顎まで伝わっていった。
「じゃあ、するから」
「……ん?」
そういえば血の盟約っていうのはどういう物なんだ? 血判状? いや、魔術的な何かだろう。なら魔石関連か?
困惑している間に、今度は唇に温かい感触が触れる。あの時と同じ……血の味。でもあの時とは違う……もっと柔らかい。というかなんかこう、匂いと言い人の体温が間近に……
思わず目を開けてしまう。
「んっ!? んーーーっ!!!」
そこには頬を真っ赤に染めて怒っているアリスの顔が。間近どころじゃない、接触中だった。これは間違いなくキスで、どういう盟約なのかさっぱりわからないが只ならぬ感じがする。
「っ! なんで目開けるの!?」
「いやいやいや開けなくてもわかるだろ!? つうかなんだ! それ何の盟約だ事細かに委細全て話せ!!」
やっと離れた唇からは誰の物とも知れぬ液体が零れそうになる。その不快感に思わず舌で舐め取ってしまうと、アリスは更に顔を赤くさせた。
「ちょっ!?」
「落ち着け!? まず話をしよう! 血の盟約とはなんぞや! 今の行為はどういう理由で行ったのか! はい座って!」
無理矢理アリスの肩を掴みソファに座らせ、俺は床であぐらをかく。まだ口元を手で隠しているアリスは落ち着きを取り戻そうとしたのか深呼吸し、こほんと小さく咳払いをした。
「血の盟約には色々種類があるの。婚約、主従、隷下、忠誠、メジャーな所だとそのくらい」
「今のは?」
「マイナーであまり知られてないけど、『親愛』の盟約よ! 出来るだけお互い自由になる術式選んだんだから!」
「忠誠とかでいいだろう!? ていうか親愛でキスするのか!」
「親愛と言ってもその……恋仲になった人がするヤツなの! 今じゃ廃れてるけど効果はあるからいいでしょ!? それに忠誠だともしエレクが私が間違ってるって気付いた時に消えちゃうの!」
アリスも気を使ってくれた結果だというのはわかる。だがよりによって親愛……恋仲だと!? そりゃどういう事だよ。
「それにその……親愛の盟約は……少しでも気がある相手じゃないと成功しないし……」
「……」
つい言葉を失ってしまう。ついさっきアリスには3年後に出直して来いと言った手前、これが成功してしまっては嘘っぱちという事になる。確かにアリスは美少女の類に入る。だが俺は年端もいかぬ少女相手に気があるとは認めたくない。
「……成功しちゃったんだから……いいじゃん」
「ちなみにこの国……というか世界は……いくつから成人だ?」
「16よ?」
「嫁入りできるのは……?」
「特に制限はないけど、成人後が多いかも」
つまり俺は……盟約を結んだ以上恋人に……? いやぁ、流石にそれは無理だろう……
自分でも少し顔が火照っているのがわかる。それを見て、アリスはくすっと笑う。
「ふふっ……結構初心なのね?」
「違う。だがアリス、この盟約を破るとどうなるんだ?」
「どちらかが破ったら速攻消えちゃうわね」
「つまりその……俺はお前の……」
「いいのよ、最初に言ったでしょ? 私に人生預けてみないかって」
うっわぁ……こいつ最初からそのつもりで……これなら最初から主従か忠誠で良かったんじゃないのか? まあそれを嫌がった結果こうなったんだろうが、何であれ自己犠牲が過ぎる。
「あ、でも親愛の盟約は上書きできるからエレクが本当に好きな人がいたら新しく盟約を結べばいいわ。他は上書きできないからこれ選んだんだからね?」
「あ、左様ですか……まあいい、のか?」
「うん、いいのよ」
懐が深いのか、単にそういう意識が薄いのか……いやキスした瞬間滅茶苦茶赤くなってたからそれはないか。それに親愛の盟約は気がある相手じゃないと成功しない……という事は。
「……ちょっと外の空気吸ってくる」
「照れてるの?」
「ちーがーう」
「照れてるんでしょ? もう、初心なんだから」
そうは言いつつアリスも若干赤くなったままじゃないか。……しまったなぁ、先が思いやられるぞこれは。にしても……俺はこの手に関する免疫がないらしい。一体ここに来る前はどんな生活してたんだ、俺は。
「あ、それと……週に一度愛情表現が……いるから」
急いで外にでようとした所で、気になる発言をしてくる。
「なんだ、それは」
「キスとか……その、それ以上とか」
それ以上ってなんだ、と突っ込みたくなるが恐らくそう言う事だ。出来る限り過激でない方が望ましいな。
「抱き締めるのはありか?」
「それはダメ」
「面倒だな」
「だから廃れたの、今時こんな盟約結ぶ人なんてそうそういないもの。盟約なんて物に縛られるより好きに愛したいんじゃないかな」
俺は一々廃れた物に縁があるらしい。2度ある事は3度あるとも言うし、今後も付き合い続けていくかもしれない。
生き続けるには週に一度のアリスとのキス。盟約……契りとも言えるそれはきっと片方がいなくなれば解消されてしまうだろう。即ち、例えばアリスが死んだ時には俺も同様に死ぬ。
まあそれもいいだろう。ここまできたんだ、行ける所までは付き合っていこう。
「じゃあ早速今週分……しとく?」
「……お願いします」
2度目のキスは甘かった。沁みるのも気にせず、たった数秒だけの接触であるにも関わらず1秒1秒が長く感じてしまう。それか、思いの外長くしていたのかもしれない。
どちらからと言う訳もなく顔を離した時。アリスは優し気な微笑みを浮かべる。一体何故なのか……俺はその理由を知らなかった。