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Prologue「墜ちた探求者」

 常夜(とこよ)の街、グリムレイク。この地方でも有数の交易都市として栄えるこの街は、観光地としても名高い。常夜の名の通り、昼間でも常に薄暗く、魔晶による人工の光がなければ道を歩く事もままならない。しかし、そんな非日常的な場所が良いとして移住してくる物好きな人間もいる。


「刻印……よし、魔法陣の精度、よし。これなら」


 そんな街の外れにある平原で、錬金術を得意とする少女『アリス』は大規模な魔術を行使しようとしていた。平均的な家なら一軒丸ごとを効果範囲内に収められるような規模の魔法陣は細かく砕いた魔石で描かれている。その細粒には限界値ギリギリにまでマナが込められ、強制的に位置を固定されていた。座標固定――瞬間移動の術式に組み込まれるものと同一の、高難度の術式だ。


「――マナよ、我が呼び声に応えよ」


 魔法陣の前、詠唱の為に設けた小型の接続術式の中心で、アリスは魔晶を手に祈りを捧げる。


「我が求めるは異界より来たりし異形の神、混沌を制し、平穏をもたらす制定者」


 やがて光り輝く術式は、上空にある膨大なマナを吸い始める。当然の事、この陣に込めたマナはあくまで陣を安定させるもので、召喚術式を成功させるには雀の涙だからだ。

 そして、それこそが真の目的でもある。この街の空を覆い、光を遮る膨大な魔力粒子。通称マナはおよそ70年前に起きた術式の事故によって広がったものだ。日々魔術師が錬成や錬金、魔術を行使し続けても晴れない黒雲は、向こう500年は残ると言う。


「この街に光を。それが私の望み―――『発現』せよッ!!」


 少女の叫びと共に、轟音と共に“何か”が降る。それは黒雲を切り裂き、一瞬ではあるが街を照らした。だが“それ”が過ぎた後すぐに穴を埋めてしまう。見れば、空からは煌々と輝く物体が落ちてきていた。深紅の魔力粒子に包まれた物体は地面に近付く程速度を緩める。


「……う、ウソでしょ?」


 どすん。微かに地面を揺らし、粒子が晴れた時。そこには見慣れぬ衣服に身を包んだ青年が横たわっていた―――


 召喚術式。今は当に形骸化し、世界の(ことわり)から消え去ったとされる古代術式の一つ。

 遠い昔、この世界の人間はこの術を使って他国と戦争をした。当たり外れはあるものの、良いモノを引けば世界を手中に収めるのも夢ではない……そんな野望に塗れ、世界は何度も何度も異界のモノを呼び出した。その結果、この世界を監視するとされる“管理者”を怒らせ、召喚術式は世界から消えた。

 ……という御伽話のような本当の話は初等部でも最初に習う物語の一つで。それ以降術式を組んで発動させる事はできても、結果が伴わなくなった―――らしい。


「だからね、あなたが呼び出された事は本当に“異常”なの」


「……お前な、いきなり訳の分からない場所に来て異常判定喰らったヤツの気持ちわかる?」


「ご、ごめんなさい……でも本当にわからないの。どこにも……他の術が発生する余地はない筈なのに」


 暖炉の前で、俺達は温かいお茶が入ったカップを手に落ちぶれていた。双方とも何故? と言った顔とこれからどうしようと言う気持ち、なんとも対処し難いこの場の空気に、何も言わなければ夜明けまでこうしているのもあり得る程の沈黙だった。

 俺には、記憶が無い。名前も分からなければ何処から来たのかも当然分からず、気付けばこの女が俺の顔を覗いていた、としか言いようがない。話を聞けば、俺はこいつが造った『陣固定型略式召喚魔術』によって呼び出されたらしい。

 しかし、その召喚なんちゃらはとっくの昔に使えなくなっている。なのに俺は呼び出された。もう訳が分からないし帰る事も出来ない。途方に暮れてしまうが、絶望するよりこれからの事を考えた方が良い、と判断した。


「まあいい。それより頼みがある」


「な、なに?」


 炎に照らされ、橙に染まった髪を揺らした少女は俺の顔を見た。


「いくらか金を貸してくれ、あと夜明けまでここに居させてほしい」


「……それは無理ね。此処、ずっと夜だから」


「何?」


 少女が言った言葉に疑問を隠せず、つい沈んだ顔を凝視してしまう。それに気付くと恥ずかしがってそっぽを向いてしまうが、どうやら嘘ではないらしい。じゃああれか、此処は時間の流れがないとか、そんなふざけた場所だっていうのか。


「この街は常に夜なの。濃いマナが空を覆っちゃって、光が届かないのよ」


「マナ……? うん、よくわからないがとりあえずわかった。夜は明けない、ね」


「お金を貸すのは問題ないわ、でもその必要はない―――うん、決めた」


 何を決めたのか。問おうとするとカップの中身を全て飲み干し、少女は立ち上がった。端正な顔立ちを凛々しくさせて、俺に向き直る。急な事で戸惑ったが、俺もカップを置いて立ち上がる。


「あなたは私が呼んだんだもの、私が責任を取る。……ねえ、あなたの人生、私に預けてみない?」


「……それは詰まる所、どういう意味だ」


「あなたの面倒を見る、って言ったのよ。これでも私、稼ぎは良いんだから」


 慈愛に満ちた表情で少女は手を差し伸べる。なんと神々しいことか、一流の画家を呼んでこの光景を写して欲しい……なんて冗談が頭を過る。それと同時に、喜ばしい提案は胸の奥で固い物に跳ね返されるのもわかった。

 意地だろうか? 俺は、人に媚びるのが嫌いだ。自分をよく見せよう、好いて貰おう、少し身を削ってでも相手に認めて貰おう―――クソ食らえ、ってか? そうだな、確かにそんなのは嫌いだ。自分を偽る必要なんかどこにもない。


「悪いが、それはやめておこう」


「……え、なんで」


 魅力的な提案をしたつもりだったんだろう。少女は喪失感とも似たような感情を瞳に浮かべる。確かに、魅力的だった。俺だって、こんな薄暗闇でもはっきり美人だと分かる相手にそんな事を言われたら多少なりとも心は躍る。でも嫌だ。俺は、誰かの一部になるつもりはない。


「なんで、と言われても説明は難しい。だが一概に言ってしまえば、ただの我儘だ」


 そう言って、俺は少女の手を取る事は無かった。力なく降ろされる綺麗な手。今からでも握れば間に合うだろうか? どこからか握ってしまえと甘い誘惑を囁く自分がいる。それもこれも、全てを片隅へ追いやって―――俺はもう一度少女に“頼み事”をした。


 夜明け。微かに街の外が白んできた頃、俺は数時間滞在した少女の家を出た。寝る間も惜しんで得たのはこの世界の知識と、魔術の知識。そして少女によって祝福された短剣。

 知識は頭に、短剣は腰に、餞別として灰色の外套と角ばった銀貨20枚の入った袋を身に付けてまだ静かな街を出る。途中関所で言われた通りに銀貨を1枚出すと、ジャラジャラと貨幣の入った袋を出された。よくわからないが、割と価値のある物らしい。


「……広いな、こっからどうするか。野盗でも働くか?」


 街の外は石畳に覆われた道が続く平原。ここからしばらく進めば交易所の中継地点があり、そこでは護衛の依頼が受けられるらしかった。一先ずはそれを受けて、ぶらぶらしながら文字の勉強でもするか。

 右手で短剣の柄を握り、とりあえず抜いてみる。もう街から離れているから問題はない、いくらか慣れておかないと要事に対応できないしな。

 まず普通に握って振ってみるが、どうも違和感があった。逆手に持ち替えても違和感は残り、少しは使えるだろうが自信はない。なんとなく閃いて左手に持ち替えると、その違和感は解消された。なるほど、俺は左利きなのか。

 いくらか振ってみると驚く程手に馴染む。というより、どうやら俺は武器に慣れているようだ。握り方も力の入れ方も、いざ人間を相手にした時どうすればいいかも何となく分かる。そこで初めて、自分がどれだけ残酷な人間なのかも分かってしまった。


――街を出て2日が経った。中継地点で護衛の仕事を受け、安い給料で行商人の馬車に揺られる。襲撃なし、比較的穏やかでゆったりとした旅だ。


――街を出て5日。初仕事は無事終了し、そこそこ仲が良くなった行商人に次の仕事を紹介して貰った。また中継地点に戻る事になるが、まあいいだろう。


――街を出て8日。道中盗賊が出るとの噂を聞きつける。行きはよいよい帰りは恐い、とはよく言ったものだ。……さて、どこの言葉だ?


 そして、時は来た。来て欲しくなかった、とも言える。件の盗賊達は俺が乗る馬車を囲み、火矢を番えた弩を構えている。要求は至ってシンプル、金目の物を出せ。俺は幌の付いた荷馬車に隠れ、依頼主である行商人は中にあると言って盗賊の1人を中に誘き寄せる。


「へへっ、さぁて何が―――」


 安っぽい台詞を全て聞く義理も無く、躊躇いなくその首筋に刃を突き立てる。音もなく崩れ落ちた肉塊を外に捨て、勢いよく馬車から飛び出した。その隙に馬車は走り出し、俺はその場に置き捨てられてしまう。

 驚きに溢れた声、矢の行き先は俺に向けられ、当たらまいと走りながら本能に身を任せ短剣を振るう。途中色々と刺さりはしたが、なんとか十数人の盗賊共を生ゴミに変えてやることが出来た。


 「……はぁ、こんなものか。そりゃそうだよなぁ、こうなるわ」


 分かりきっていた。何の記憶もないままに生きていける訳がない。名もなく、目的もなく、意味もない。無銘の刃は折れるのも早い、所詮は鈍らなんだからな。

 肩に刺さっていた矢を引き抜き、大腿に付きまとう誰かしらの臓物を切り裂き彼方に投げる。後は腹やら胸やらの刺し傷で痛むわ出血は止まらないわ……長くは持たない。折角甘い匂いの染みついていた外套も、10日と経たぬ内に埃と血生臭い悪臭で塗り替えられた。

 勿体ない。ある意味、俺の拠り所だったと言うのに。俺は、“また血に塗れてしまった”。


「何の為に……俺は此処に来たんだろうな」


 柄にもなく、独り言が零れる。誰が拾ってくれる訳でもない――誰にも気づいて貰えない悲しきうわ言だ。


「俺は、何がしたかったんだろうな」


 とうに、辺りは薄闇の中だった。日暮れか、それとも俺の目が光を捉えられなくなったのか。この場にへたり込んでどれ程経ったのかもわからない。


「そんなの、これから探せばいいのよ……」


 そんな中、あの時聞いた声が頭に響く。遂に幻聴まで聞こえるようになったと……笑えてくるよ、あの時手を取っていれば、俺は此処で死にかける事もなかったろうに。


「だから言ったのに。でも、これであなたにも理由が出来たね。―――私は、あなたを拾った。あなたは、私に拾われた」


 いつしかの外套と同じ匂いがしたと思った。その瞬間、口内に何かが流し込まれる。覚えのある味だ、昔から……よく味わっていた。自分の作る下手な料理よりも、その味の方が断然美味かった。だがそれよりも、今味わっているこの味は格別に感じる。


「我は望む。血の代償を用いて、彼の者の傷を癒せ」


 その後は覚えていない。暖かい感触に身を委ね、いつの間にか眠っていた―――


 ぱちぱちと薪が爆ぜる音で目が覚める。気付けば俺はあの時の少女の家に逆戻りしていて、俺は暖炉の傍にあるベッドに寝かされていた。軽く溜息が出るね、結局こうしてあいつの世話になり、見栄を張って出て行った癖に傷だらけで帰ってきたんだから。


「目が覚めた? 酷い怪我だったんだからね、というかもうほぼ死んでたわ。自分の内臓を抉り取るなんて人初めて見た」


 すぐ横にある椅子で読書をしていた少女が俺の顔を覗き込んでくる。いきなりの事で驚いたが、いよいよ俺はこいつの手間を増やしたらしい。


「あれ俺のかよ……まあそうだよな、じゃなきゃ纏わりついて離れないなんて事……じゃあなんで生きてるんだ!?」


「ありったけの魔昌と私の血を使って治したのよ! ほんと共倒れになるかと思ったんだからね!?」


「あー……そう、か。悪い、いい迷惑だったな。助けて貰った事には感謝する、だが腑に落ちないな……なんでそこまでして助けたんだ」


「事故? とは言え私が召喚しちゃった人を『はいそうですか』って見送る訳ないでしょ、私も魔術師だから筋は通したいの! 私の所為であなたは死にかけたんだから、手を差し伸べるのは当たり前でしょ?」


 それはなんとも慈悲深い。しかし同時に墓穴を掘ってる気もするな、見殺しにしておけば召喚による事故の一件は終わった。多少の罪悪感は残るだろうが、血とその魔昌とやらを使う事もなかっただろうに。

 こうして助けた以上、最後まで面倒を見てくれると思われても仕方ない。……いや面倒を見られる気は甚だないが、俺なら一瞬でもそう考えてしまう。


「……難儀な性格してるな」


「あなたに言われたくないわよ、格好つけて出てった癖に。……まあ長生きした方だとは思うけど? 盗賊もきっちり全滅させちゃってるし。――で!! あなたの住民権とか諸々取っておいたから! とりあえず慣れるまではこの街にいない?」


「難儀な性格だなぁ、お前」


「うるっさい! そもそも命の恩人に対してお前ってなによ!? 私には『アリス』っていう立派な名前があるの!」


「そうなのか、よろしくなアリス」


「ええ、よろしく―――じゃなくって!」


 本当に難儀な性格してんな、この女。怒ってる素振りなのに顔も声も全く怒っていない。怒り慣れていないというか、普段から人に対してあまり怒らない方なんだろう。それか人との接点があまりないのかもしれない。


「それはともかくとして、俺は名無しな訳だが」


「えっ、あ……そ、そうよね。じゃあ名前を付けてあげるわ」


「え、今?」


「そうね、ガザエフでいいんじゃないかしら」


「早くない? その、お前の……いやアリスのネーミングセンスを疑う訳じゃないが……意味は?」


「古代語で乱暴者って意味」


 なんて名前を付けるんだこの女!? いや乱暴者じゃないと言えば色々語弊がある、むしろぴったりかもしれないが、ぴったりかもしれない、が! 俺は断固拒否したい。そこらの鳥にあだ名を付ける感覚では困る。


「冗談よ。あなたの名前は“エレク”、意味は古代語で“探求者”よ」


「まあ、それならいいか。しかし何故古代語……?」


「ワクワクしない? あ、でも住民権を取る時に名前がいるからもうエレクで登録しちゃったから」


「事後報告とか無能のやる事だぞ、マシな名前だから構わないが。というか起きてから取りに行けばよかったんじゃないのか?」


「ダメ、絶対姿眩ますでしょ。まああの短剣を持っている限り場所はわかるんだけどね」


 なるほど、つまり俺はずっとこいつの手のひらの上で踊らされていたと。祝福とは名ばかりの追跡装置付きの短剣を渡され、俺はいい奴に会えて良かったと感傷に浸りつつ死にかけたのか。

 ……この際どうでもいいか。助けられたのは事実で、こうして生きているだけでも御の字だ。共倒れになるかもしれないリスクを負ってでも処置をしてくれた相手に対して怒るのも寝覚めが悪い。


「……で、住民権取ってどうするんだ。字の読み書きもできない余所者が職を得られるのか、ここは」


「残念ながら難しいかな、だから私の助手をして貰うから! 私は魔術師だから助手がいてもおかしくないし、むしろ助手を付けろってうるさく言われてたの」


「魔術師ねぇ、俺が手伝えるものかどうか」


「簡単な素材収集とか私の付き添いとかだから安心して。この街はいつだってブラックだけど、私は至ってホワイトだから!」


 この顔、上手い事言ったと思ってるな。すごく自信ありげに胸張っちゃって……どんなに期待しようが俺は褒めないぞ。しばらく黙って眺めていると、次第に顔を赤くさせながらもじもじし始める。


「……あの、今の小粋なジョークだったんだけど……」


「なるほど、つまりアリスは黒と」


「そっちの意味のジョークじゃない! ……えっ、そっちの意味よね!? えっ!? まさか見―――」


「何の話だ、腹黒いって意味か?」


 地雷を踏みかけたと思い咄嗟に切り返したが、今度は別の意味で赤くなって牙を剥き始める。それはまるで子供の様で、見てくれじゃあそこそこの歳に見えるってのにどうも落ち着きがないな。情緒不安定と言うか……単に落ち着きがないだけか。


「あーわかったわかったすんませんでした」


「適当に返事するなあっ!」


「やかましい奴だな、近所迷惑だろ」


「もーっ! ほんとあなたと話してると調子崩れる! ……まあいいわ、とりあえずついて来て」


 大きな足音を響かせながらアリスは他の部屋へと繋がる扉を開き、向こう側へと消える。俺もベッドから起きてついていこうとするが……不思議な事に、身体には痛む傷は1つとして存在しない。

 服を捲って確認しても、薄く矢創のような痕と腹に切創痕が残るだけだ。流石に痕まで残さず回復はできなかったか、女でもあるまいしそんな事は気にしない。むしろ勲章が増えたと喜んでおこう。


「……しかしあれが治るのか、魔術ってのは便利なものだな」


 その代償がアリスの血と魔昌なる代物とは言え、これではしっかりと止めを刺さないといくらでも万全の状態で敵が湧いてくる。―――なぜこんな考えに至るのか。記憶がなくても経験や知識はある程度身に付いている。その証拠が短剣1つで繰り広げたあの死闘と、いくら傷を負っても折れなかった心だ。

 俺は一体どういう人間だったのか。知りたい、知らなければならないと確信する。……エレク、古代語で探求者か。あいつも中々いいセンスしてるな。


「エレク! さっさときてよ、もうあまり時間ないんだから!」


「あーはいはい」


「はいは1回!」


 アリスに急かされて半開きになっていた扉の向こうへ来てみると、そこは如何にも何かの店だと思える内装だ。壁一面に棚やケースがあり、中には様々な物品や宝石が並ぶ。そしてそのどれもに値札らしき紙切れが添えられていた。


「ここが私のお店、『アリスの錬金術店』よ」


「直球な名前だな、もっと捻らなかったのか」


「この街……というかどこでもそうだけど、捻った名前よりわかりやすい名前の方が通りが良いの。捻り過ぎたら何のお店かわからないでしょ?」


「まあ一理あるが」


「じゃあ、早速特訓しましょうか」


「は? なんの?」


 在庫としてカウンターの裏側に置いてあった宝石を1つ取ると、俺に手渡してくる。

 透明度が高く、綺麗な立方体の形をとる宝石は俺に渡す前は橙色に染まっていた。しかし俺へと渡された瞬間色は薄れていき、数秒と経たぬ内に無色に戻ってしまう。


「人は誰しも属性を持ってるの。で、それはその属性を判定できる魔石。私は火属性だから橙色、色の濃さによってどれ程強いかもわかるのよ?」


「……透明なんだが」


「あれ? おかしいな……」


 改めてアリスが魔石を手に取ると再び橙色に染まる。なるほど、その火属性が強ければもっと濃くなると。逆に弱ければ薄くなる……という事は透明だった俺はほぼ測定不可能なレベルなのかもしれない。


「感度悪いのかな……じゃあこっち持ってみて」


 今度はさっきよりも大きめの石を持たされる。だが悲しい事に何色にも染まらない。2人してこの状況に首を傾げていると、アリスは何かに気付いたらしくはっと顔を上げた。


「もしかしてだけど……召喚された人間だからマナを貯める機能がない?」


「つまり魔術は使えないと」


「うーん、下準備は出来ても魔術の起動にマナがいるんだしそうなるよね……あ、でも魔石に陣を刻んだものなら使えるかも。待ってて、取って来るから」 


 今度は入ってきた扉の向こう側に引っ込むと、何かガチャガチャと音が聞こえてくる。一体何をしているのか……待っていろと言われた以上待つが、何か大きな音でもしたら見に行くか。


「きゃーっ!?」


 一際大きな物音と同時にアリスの悲鳴が聞こえてくる。早かったな……まあいい、怒られるとしても悲鳴を聞いちゃ黙ってはいられない。開けっ放しの扉から部屋を見渡すと、さっきまで俺が寝ていた部屋にあるまた別の扉が半開きになっている。あいつは扉をちゃんと閉めない癖があるらしい。


「無事か?」


 恐る恐る部屋を覗いてみると、そこは工房兼アリスの自室らしく大きな机とベッドが置かれている。そしてお目当てのアリスさんは―――いた。本やら小物に埋もれて右手だけが天井に伸びている。


「なにしてんだ? 随分楽しそうだな」


「棚の上にある魔石取ろうとしたら……つっかえ棒蹴っちゃって」


「助けは?」


「いる……」


 目で見える範囲で重そうな物を退かしてやって、墓石の様に伸びている右手を引っ張ってやる。はは、まるで一本釣りだ……


「んで、お目当ての物は見つかったか?」


「とりあえず前作ったヤツならあった。これ使えるか試してみて」


 そして今度手渡されたのは乳褐色の石。中央には小さな円と文字が刻まれている。


「どう使えばいいんだ」


「とりあえず強く握って念じてみて、石に意識を集中するの」


「難しい事言うもんだ」


 試しに強く握ってみるが、何も起こらない。念じる、と言ってもどう念じればいいんだ? 石に意識を集中……っていうのもよくわからない。ヤケクソで目を閉じて祈るようにすると、握っていた手から何かが流れ込んでくるような感覚がする。


「ん? これか」


 次に目を開けると、視界が妙に明るい。


「成功したみたいね、じゃあ明かり消してみましょうか」


 アリスが机の上にあったランタンを消す。だが俺には部屋中が問題なく見渡せた。暗視か、今俺の目は魔術で小さな光でも問題なく見えるらしい。


「すごいな」


「でしょ? 暗視魔術よ、原理がどうなってるか知りたい?」


「大方予想が付く。光を増強しているんだろ」


「はい不正解。それは本来マナを探知する魔術なんだけど、効力を弄って物の表面を覆ってるマナも見える様にしたの。色は流石に無理だけど、物の構造とかはわかる筈よ。……ふふっ、これで実験が1つ成功したわ、ありがとね」


 ……もしかして俺は人体実験の検体にされたのか? 作ったはいいもののいざ使おうにも失敗するリスクもあったのか。……大体想像つくな、眼球が弾け飛びそうな気がする。

 唖然としたまま魔石を見ると、輪郭のみで透明な石になっている。今は暗いままだから色は見えないとして……これは使う前なら透明には見えないんじゃないか?

 いやでも……試した方が早いか。


「それは私が開発した即席魔術なの。適性がなくてもマナさえ込めれば使える優れものよ? とりあえず助手として雇う前金代わりにあげるわ」


「ならもう一度マナとやらを込めてくれないか、試したい事もある」


「いいけど……なにを試すの?」


「お前の研究に一役買ってやろうって言ってるんだよ、今は黙って込めろ」


「だからお前じゃなくてアリス!! 雇い主にはちゃんと名前で呼んでよ! 貸して!」


 改めてランタンに火を灯し、石をぶんどってくる。怒りつつもマナは込めてくれるんだな……根は優しいタイプだなこれは。


「はい! で、何を試すのよ」


「もう一度暗くしてくれ」


「えー、変な事しないよね?」


「ハッ、誰がするかよ……なんだ期待してたか?」


「してないっ!! ってか変な事したら焼き殺すからね!?」


 自分で言うのもおかしなもんだが怒らせてばかりだな。でも仕方ないんだ、つい口に出しちまうのは元々の性格故なんだろう。俺は一言多いんだな。

 俺を警戒しつつもアリスは灯りを消してくれる。そこで改めて石を見ると、考えた通り輪郭だけでなく中心部分も何かで埋まっている。これがマナか、あんな短い時間だったのに確かに蓄積されてるんだな。


「よし分かった、となるとこの状態でマナが多い場所に行くと全く見えなくなるんだな?」


「そうね、でも意識すれば本来の視覚の方に切り替えられるわよ? 魔術の心得があれば、の話だけど」


「……無理そうだな。じゃあこれは貰っておく、色々と応用が利きそうだ」


「悪用しないでよ?」


「しないさ、多分な」


 アリスの話通りならマナが濃い場所では使えなくなる。だがその反面霧なんかで視界が利かない時は有用だ。……今よからぬ事を考えついたが、まあ今はいい。


「それじゃあお店を開けましょ、初日だけどビシバシいくから。あとあなたが召喚魔術で来た事はまだ秘密にしておいてね」


「了解した。何かあればその都度指示を頼む、何も知らないまま勝手に動くのも危なっかしいだろうからな」


「そうね、魔昌なんか割られたら大赤字だもの」


「だろうな。じゃあ今日からよろしく頼む、“ご主人様”」


 皮肉めいた挨拶と共に無意識に手を差し出していた。はて、これはなんだろう? 自分でもよくわからないでいると、アリスは迷わず俺の手を握ってくれた。


「それやめてよね、私の事は普通にアリスって呼んで? 私もちゃんと名前で呼ぶから」


「そうか。じゃあ改めて―――よろしくな、アリス」


 それが俺達の始まりだった。これから起きる困難も幸福も共に乗り越えていくんだろう、時には仲違いもして道を違える事もあるかもしれない。それでも、俺に名前を与えてくれたこの少女は間違いなく特別な存在だ。

 何故死んだ筈の魔術によって俺が此処に来たのか。他でもないアリスに探求者の名を与えられた俺は、由来通りに死ぬまで探し求めて行くと決めた。

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