死
次に死について話そうか。
ん? 怖いから聞きたくない?
人生で一回しかないから、我慢しろ。
死について、はっきりと分かっていることは、たったひとつだ。
死んだら、この世から、居なくなる。
それ以外のことは、ぜんぶ推測だ。誰も本当かどうか確かめたことがない話しばかりだね。
ん? それはどうしてなのだって?
この世には死んだことのある人が居ないから、死んでいる人の話しが聞けないんだよね。
死人に口なしって言うよ。
死んだらどうなるのって聞いても答えてくれないんだ。
ん? 死んだら自分は消えてなくなっちゃうのだって?
存在について話したときに言ったよね?
そう、無はない。
無がないから存在が存在している。
だから、人は、思い考えるかぎり、死んでもどこかで生きているとしか思えないんだよね。
だから、あの世って言葉があるんだよ。地獄とか天国とか。
精霊使いは、死んだら精霊になって、真の呪文を唱え、無に到達する。
そこで無になって、『無はない』という原理によって『存在が存在する』に転じて、新しい存在に生まれ変わる。
なんて言い伝えもあるけれど、この世の誰も、それが本当かどうか確かめることが出来なかった。
それにね、その必要もない。
ん? それはどうしてなのだって?
だって、誰の例外もなく、いずれ、死ぬからね。
みんな、死ぬ。
なにもしなくても、必ず経験して誰でも分かることだから。
ん? さみしそうな顔をするな。
無はない。
死んでも決して無にはならないさ。
全てがあるぞ。
無がないから。
この世界ほど豊かなものはない。
さて、今度は逆に生……生きるってこと。人生について話そうか。
覚えておいて。
ある存在について話すとき、無と存在の仕組みによって、その存在の正反対のものと比べると、よく分かるってことをね。
無は存在とは正反対なのに、ひとつになっているだろう?
それと同じだ。
人生とはなにか。
ここで、人生を問題として、人生の答はなんだと思う?
ん? そんなの人それぞれだよだって?
そうだね。
だけど、みんなにとって同じこともあるんじゃないかな。ひとりの心じゃなくって、みんなの心。
そのレベルで考えてみないか?
さあ、誰にでも人生という問題の最後に現れることはなんだ?
……そう。死だ。
人生の答は死である。
本当かどうかとか、言いたいことはいっぱいあるかも知れないけど、ここはひとまず、そういうことにしておいてくれ。
でも、人生って人が生きているってことだよね?
そして、生きているって、死んでいるのではないってことだよね?
この世に自分が存在しているってことだ。
その人生の答が死だなんて信じられないよね。
そう、実は、人生の答は人生じゃないんだ。
では、なにが人生なのか。
それは、答にたどり着くまでの間の道のり。
問題を解決している間が人生なのさ。
だから、生きていると、次々と問題が押し寄せてくるよ。
ん? それって大変なんじゃないのだって?
とっても大変さ。とても苦しいよ。
でも、苦労して問題が解決したときは嬉しいよ。
すぐに新たな問題がやってくるけどね。
でも、その問題を、知恵をしぼり、みんなで力を合わせて工夫して乗り越えていくのは、結構、楽しいものだよ。
色んなことが、ちょっと、よくなるしね。
苦労に注目して、人生は苦しいって言う人と、楽しさに注目して、人生は楽しいっていう人がいるね。
苦しみにとらわれて、そこから脱け出せない人も居るから、安易に誰かの人生で良いとこ探しはしないようにね。
例え話をしようか。
大きな地震が起きて、被害が出たんだけど、ある人が「人のいっぱい居る都市で地震が起きなくて良かった」って言っちゃったんだ。
それは、よいことかもしれないけれど、実際に被害を受けた人の苦しみがなくなるわけじゃないだろう?
人が、どれだけ目をそらしたって、あるものはあるんだよ。
これが存在の全体性って言うんだ。
ん? じゃあ、楽しいことに目を向けてはいけないのって?
自分の人生だ。どんどん楽しいことに目を向けなさい。
ただ、精霊使いとして、確かにあるものを「そんなものはない」って言うのはやめときなよ。
存在の全体性を失って、魔法が暴走するよ?
苦しみも楽しみも確かにある。その上で楽しみに目を向けなさい。
精霊使いは死ぬと精霊になる。
精霊魔法は、ある意味、死と密着した魔法だから、生死のことは、確認されている事実と未確認の話しを、ハッキリと分けて知っておきなさい。
じゃないと、呪文を唱えたときに、魔法が暴走するよ?
未確認の話しは、精霊魔法ではなく、現代魔法がやること。分野、領域、担当、役割だからね。
ん? 死がなにか分からないから、死ぬのが良いことだったら問題ないけど、もしすごく悪いことだったらどうするのって?
うん。怖いね。
怖いのは、みんな一緒だぞ。
人が分からないことを、分からないままにしておけない理由が、それなんだ。
分からないから、悪いことを考えてしまって、怖い。
でもさ? あの世には、お前が大好きだったじぃじが居るぞ?
お前は、そっちの現代魔法のほうを信じたいんじゃないのかい?
現代魔法が広まるわけが分かったかい?
悪いことが考えられるなら、よいことも考えることができるんだ。
人は、分からないという恐怖に長時間耐えられるほど、心が強くはないんだ。
神様の前で、2時間正座とか嫌だろう?
覚えておいて。
考えるという力を使うということは、考えないこともできるようになるということなんだ。
お前に、考えを休む極意を伝えよう。
なにもしない、『なにもしない』もしない。
なにも考えない、『なにも考えない』も考えない。
考えないようにするために「ボクは、なにも考えないぞ!」って、一生懸命、考えちゃうんだ。
だから、自然に浮かんだ考えに、注意深く集中して、細かく観察する。
この時点では、それが良いとか悪いとか評価してはいけないよ?
ただ『ある』だけの存在の全体を、良いとか悪いとかいう側面だけで、つかみとってはいけないんだ。
つかんだつもりが、横にのけて無視しただけになっちゃうんだよね。
ただ、そういう考えや感じが『ある』と確かめるだけにしておきなさい。
全てがあるんだ。
無がないから。
「こんなことを考えちゃうのは悪いことだ」と思っても「そういう考えもあるんだ、ふ~ん」くらいに受けとるんだよ。
そうしないと、そういう考えや感じという存在は「無視された」と思っちゃって、逆にお前から離れなくなるよ。
考えや感じを存在化しないと、転じて、無にすることができないんだ。
考えを、じっと見つめて目をそらさない。すると、やがていつの間にか、考えは終わり、次の考えに移ろい逝く。
考えってね、目をそらすと、いつまでも、くっついて離れないんだけど、見つめると、いつの間にか、いなくなっちゃうんだ。
まるで、昔話に登場する妖怪ーーー魔物のようだね。
これを、魔術用語で言うと、『魔力』だね。
魔物の本当の名前を見抜いて呼びかける。
『真名』って呼ばれる魔法の極意だよ。
魔物は、受け止めて欲しいんだ。いいとか悪いとかはその後にして欲しいんだよ。
ハルも挨拶して、返事してくれなかったら、イヤでしょう?
最低限のマナーだよ。
精神から魔力を運んで来てくれるのは精霊。
その魔力を受けとる受信機が人間だから、人は精霊を人間だとしか思えない。
人間を相手にするように接するのだぞ?
ああ、それから、『考えない』と思った時は、自分の呼吸に注意を集中するといいよ。
呼吸はいいぞぉ、自分が生きてることを教えてくれる。
ん? それって、かっこよく言ってるけど、単に考えることに厭きただけだよねだって?
身もふたのない言い方だね。
その通りかもね。
厭きるは飽きる。もうそれ以上、入らないんだね。
常識化しちゃって、気にならなくなるんだよ。意識できなくなっちゃうんだ。
その考えが身について自分自身になる。
敵が味方になるようなものだ。
マナを扱うのは、すごく難しくて、すごく疲れちゃう。
だから、辛く苦しくて、どうしても考えという魔物から気をそらしたかったら、楽しいことを考えてみるのも手かもね。
あの世に行ったら、じぃじにいっぱい遊んでもらうんだ。とかね。
実際に確かめたことのない『かもしれない』を本当にあるんだと思うーーー違うな。願うようにする。
祈るように、夢見るように。
存在の原理は無。
究極の真実は分からない。
だからこそ、夢を信じる。
だからこそ、人が自由に決められる。
これが、神秘に立ち向かう人の心の力の強さだよ。
神を前にして、祈らずになど、いられるものか。
ん? それって逃げじゃないのだって?
非力な子供がウソで自分の身を守るようなものだからね。
でも、逃げても生きてさえいれば、お前の勝ちだ。
それに今日のお前より、明日のお前のほうが強いだろ?
「明日がある」
これが最強の現代魔法だよ。
今日に明日があるわけないのにね。それでも「ある」って言い切るんだよ。
それが、願い、希望、夢、祈りなのだから。
ん? ないものを「ある」って言ってくれる人には愛を感じるって?
……………………。
ん? なに嬉しそうな顔してるのって?
ははは、なんでもないよ。
ん? ところでパパ、人生の答が死だって、決めつけないのはなぜなのだって?
だって、人生っていう大きな問題に、たったひとつの答で魔力を込めるなんて、恐れ多いよ。
人の数だけ人生があるのだから。
良い結果にたどり着く道は、いくつあってもいいんじゃないかなぁ。
2019年4月21日 追記
2019年4月24日 追記
2019年4月25日 追記
2019年5月5日 追記
2019年5月7日 追記
2019年5月17日 修正
2019年5月25日 追記