精霊使いの子供
「ここどこだろう……?」
バスの中から見える景色が、まったく知らないもので、ハルは不安に震え、こぼれそうになる涙をこらえる。
お使いで、ひとりでばぁばのところに行った後の帰り、家に行くために乗ったバスは、見知らぬ団地街にハルを連れて来た。
団地街でバスを降り、キョロキョロと周りを見渡す。
一緒に降りた数人の乗客は、三々五々に散って居なくなり、ハルはポツンとそこに置き去られた。
見知らぬ街で、誰も居なく、どうしていいかも分からない。
不安で心が押し潰されそうになった時に、それは聞こえた。
『ひさしぶり』
『お帰りハル』
『大きくなったね』
『会えて嬉しい』
人の声……ではない。
心に直接響く、なつかしい温かな喜びの色で染められた声。
周りを見渡すが、誰の姿もない。
でも確かに心に声が響く。
まるで流れる川が、心を穏やかにしてくれる水音を奏でるように。
まるで、木々の葉を優しく撫でる風がささやくように。
体を暖めてくれる熱の火が勇気を叫ぶように。
足についた地面が確かな安心を約束してくれるように。
いくつもの声が心に伝わった。
ハルはその声に、心の中の呟きで応えた。
自分の窮状を伝えた。
『それなら、次の次のバスに乗ればいいよ』
『それまで私達が一緒に居てあげる』
『知らない仲じゃないからさ』
『大好きだよハル』
バス停には誰も居ない。
でも、ハルは、まったくさみしくなかった。
自分はひとりぼっちじゃない。
誰も居ないのに、そう確信した。
やがて、目的のバスが来て、それに乗る。
『またね』
『元気でね』
『パパによろしく』
『バイバイなんて言わないよ』
見送りの声を受けてバスは走り出した。
そのバスは間違いなくハルを、見慣れたハルの住む町に連れて行ってくれた。
すっかり日が暮れた家に帰ると、玄関先でパパとママとタカが待っててくれた。
「よく帰って来てくれた」
「どこまで行ってたの?」
「おかえり、ハル」
ママの質問に団地街のバス停の名前を告げた。
すると……。
「そこって、ハルが2歳まで住んでた街じゃない!」
ママが驚いた。
パパは納得したような顔でハルに言った。
「覚えていてくれていたのかい?」
ハルは嬉しそうな顔で答えた。
「うん!」
みんな、ボクのことを覚えていてくれた。
そして、ボクのことを助けてくれた。
ハルはーーー精霊使いの子供は幸せそうに、満面に笑みを浮かべて笑った。
おしまい
短い期間でしたが、お付き合い、ありがとうございました。
よろしければ、続編であるエッセイ、『精霊使いの身の丈世界探索』を、引き続きお楽しみ下さい。
 




