閑話 家出
ハルが夜10時に家を出て行こうとしてママに止められた。
こんな時間にどこへ行くの!?
ママがどれだけ聞いても、ハルは訳を言わなかった。
最終的にママが激怒して、逆にママが家を出ていってしまった。
そして、ハルも出ていった。
ママは30分程で帰ってきた。
ハルは、その後、10分程して帰ってきた。そして、そのまま自分の部屋に引きこもった。
ママを怒らせたハル。
ここでパパに怒られたらどうなるだろう。
ママが、なにを言っても答えなかったハル。
ああ、もう、言葉じゃダメだ。
なにも言えなくて、それでもどうにかしたくて、パパはハルの側に行った。
そして無言で向き合った。
どれだけ時間が過ぎただろう、言葉ではなく伝わってくる気持ちをハルに聞いて確めた。
今は、どうすればいいか考える時ではなく、ただ全身全霊で感じる時だ。
自分の中に全てを受け入れて深く沈めるように。
身を投げて相手の中に飛び込んで、深く潜り込むように。
いくつもの「ハルの気持ちは、こうじゃないかな?」とか「本当はこうなの?」と疑問を投げかけて、どれがヒットするかを、「それはダメ、それはいい」とは決して言わずに、ただハルの表情やしぐさ、呼吸のリズムや視線の運び、指の動き、顔の表情に現れる血色、言葉と言葉の間の取り方を見て、声の響きに含まれる感じを聞く。
ハルはパパと、もっとキャッチボールがしたかったの?
9時に10分だけじゃ足りなかったんだね?
ただのキャッチボールじゃなく、なにか特別な意味があったんだね?
でも、夜遅く外で遊ぶのは悪いことだって思った?
それでも、どうしても、体が動かしたくて、走り込みに行きたかったの?
そうか……、ママは、ただ外に出るなって言うだけだったんだね。
ハルが悪いって決めつけて言いつけるから、なにも言えなかったんだね?
ママが出て行っちゃって探しに行ったの?
もう、出て行かない?
寝る努力をしてみる?
ああ、その前に、ご飯とお風呂だね。
ママのことはパパに任せとけ。
ん? 添い寝もして欲しい?
分かった。
ハルが寝たら、次はママに向き合って苦情を聞いた。
ただ、聞いた。正座で。
ママが落ち着いてから、ハルの気持ちを伝えた。
ただ、聞いたままを伝えた。
ママの顔が、どこかスッキリしたのを確認して、その日はもう寝た。
一晩寝て、次の日には、家庭は何事もなかったかのように、いつも通りに戻っていた。
いや、ちょっと絆が強くなったような……。
なにが良かったのかは分からない。
パパは、なにも言わなかったのだから。
パパは、精霊使いで現代魔法の魔術師なのになぁ。
魔法使いは、言葉の通じない相手には無力だ。
それでも、どうにかしなくちゃいけない時がある。
魔法だけが奇跡ではない。
とにかく自分で、なんとかするのだ。




