表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コンビニ・ガダルカナル  作者: ほうこうおんち
第1章:兵隊も我々も生きていて物を考える
9/81

脱走兵の身体はガダルカナルに帰っていった

この話は、俺が勤めるコンビニの前に出来た謎の「門」から、

時空を超えてガダルカナルの戦場より脱走した兵士が、

現代日本で死んでしまった悲しい話である。

俺が直接見たのではなく、捜査本部からの情報を関係者から又聞きしてのものである。




うちのコンビニは、高速道が通ってからは寂れたドライブインを一部改装して出来た。

高速道を通らず、高速料金をケチって通るトラックにはまだ需要があった。

うちの休憩所をよく使うトラックの元受け会社から

「契約しているトラック運転手から、警官の服を着た者に乗っ取られたという連絡があった」

という。


その晩、被害にあった運転手の乗る長距離トラックは、

脱走兵捜索の為に張られた検問に引っ掛かった。

何遍も止められて、運転手は頭に来ていたという。

そして何度目かの警察からの停止命令を受けた。

その警官は降りろと言っている。

頭に来ていた運転手は、文句言ってやろうと降りた。

すると警官は銃を突き付けて、こう言った。

「会津に向かって貰いたい」


そう、警察に変装した脱走兵の平井一等兵だった。

ヤバいと思って、一発殴って逃げようとしたが、その小柄な男は腕力が強く、

抑え込まれた上で銃をこめかみに突き付けられた。

「会津さ向かえって言った。嫌ならトラックだけ貰う」

鬼気迫る迫力だった。

「会津には行かない。大体道が違う。ここからは埼玉に抜けて新潟に行くんだ」

警官姿の男は少し考えた上で

「分がった。群馬の前橋か高崎は通るか?」

「通る」

「じゃあそこまででいい。俺を乗せて行け」

運転手は従うしか無かった。


トラックは前橋、高崎の辺りで止まった。

男は

「すまねかったな。謝る」

と頭を下げて、下車した。

そして

「日光はあっちか?」

と聞き、そちらに速足で歩いて行った。

運転手はすぐに雇い元に連絡した。

会社から警察に、警察から捜査本部に連絡が入った。

警戒線を大きく突破されていた事を知り、愕然とした。

だが、場所が分かった以上、次の行動は迅速だった。

前橋から日光、日光から会津へと歩いて行けるわけがない。

無論、戦中の兵士なら歩く事に苦は無いかもしれないが、山狩りされたのを見て、

愚図愚図している訳にはいかない、冷静な頭の犯人ならばそう考える。

平井一等兵は、うちのコンビニに来店したのが運の悪さでもあった。

防犯ビデオに顔が映っている為、指名手配用の顔写真はすぐに準備出来た。

これと警官の服とを伝え、前橋から日光に向かう線で「麻薬不法所持犯」を捕まえるよう

群馬県警に協力要請を送った。

銃を所持しているという情報と共に。


市岡曹長はもう少し広域を捜索するよう提案した。

彼も一旦帰隊し、司令部の指示を持って帰って来ていた。

軍は「そちらで起きた事件であるし、そちらの判断に任せる」という回答だったそうだ。

市岡曹長は言う。

前橋~日光の線で捜索するのに文句は無い。

しかし、貴官たちは望郷の念の出てしまった兵士の気分を知らない。

戦場等一刻も早く離れたいのだし、一刻も早く生まれ故郷、家に戻りたい。

トラックを奪って非常線を突破することを君たちの誰も想像出来なかったように、

相手は思わぬ思考で、何としても故郷に戻ろうとするだろう。

前橋だろうと日光だろうと、「この世界の」それは彼にとっては異郷だ。

姿形は変わっていても、見慣れた山河がある故郷にこそ帰りたいものだ。

だから、すぐにでも福島県警にも協力要請をした方が良い、と。


市岡曹長の予想は当たった。

平井一等兵は、奪った警官の服の財布から金を盗んだ。

群馬県警に要請を送る頃には、目立つ警官の上着を捨て、

ワイシャツ姿で駅の場所を聞くと、そこから切符を買って電車に乗って会津に向かった。

警官のワイシャツはよく見れば分かるものだから、

駅の監視カメラと、

「1万円(ゆきち)札を見て首を傾げていた、変な警察官」

(『額も額だが、なして過去の偉人でも神様でもねえのがお札の顔なんだ?』とぶつぶつ)

という切符購入窓口の証言から、既に群馬を脱出した事が分かった。


そして会津若松で平井一等兵の足取りは一時途絶えた。

何度か街の中で確認はされたが、最終的にはどこかに隠れてしまった。

また山狩りという形になる。

市岡曹長は「門」に残り、山崎軍曹が警察に同行した。

なんでも山崎軍曹は同郷と言えないまでも、同じ福島出身ということだった。

山崎軍曹は以前にも、脱走兵の捜索をした事があるとのこと。

脱走兵は、自宅の門前までは来るが、そこで二の足を踏むらしい。

家族が見つけて迎え入れた場合、多くはしばらく家族で過ごした後に処罰覚悟で出頭する。

家族に迷惑をかけられない、一族の、地域の恥になるのが堪らないからだ。

家族に一目あって、気分が整理されるというのもあるだろう。

家族も説得するようだし。

自首しても軍法会議にかけられ、辛い任務につかされたり、

過酷な戦場に送られたりするが、逮捕された場合よりはマシらしい。

…家族の説得も拒否して、自殺を選ぶ場合もあるそうだ。

家族と遠目にしか会えなかった場合、多くは山等に逃げ込み隠れて生活する。

時間が経ち、事態が大きくなればなる程出て来づらくなる。

そうなると最後はあまり後味の良いものではなくなるらしい。

平井一等兵の地元は確かに会津若松だが、もうそこに家族はいない。

ガダルカナル戦から70年以上経っているのだ。

引っ越ししたかもしれないし、残っていたとしても代替わりし、

70年前の故人が現れても分かる筈もない。

大体、平井一等兵がこちらに来られたという事は、同一時間内に現在の彼はいない、

戦死でなくとももう死亡している人物なのだ。

そこまでは山崎軍曹には知らせていないが、

彼も「何故か開いた未来の日本であり、同じ日本人のよしみで可能な支援をしている」

という認識はある。

「未来の日本は、軟弱だが豊かになった。これも今戦っている自分たちの残した成果」

そう彼等は思っている。

彼等のモチベーションは

「自分たちが頑張り、自分は無理でも子や孫には豊かな生活をさせてやろう」

というものになっているらしい。


山崎軍曹は頑固な軍人気質な人物のようで、警察の車両で移動中、ずっと目を瞑っていたそうだ。

「未来の日本、それだけで十分。迂闊な物を見ると、自分の覚悟も揺らぎかねない」

そうで、ゆえに彼は「門」の出口までは来るが、うちのコンビニにはまだ来ていない。



山狩りが始まったが、平井一等兵は意外なとこで発見された。

会津若松市近くにも山はあるのだが、彼はなんともう少し離れた磐梯山に移動していた。

会津に来た山崎軍曹が

「俺なら景色の変わってしまった町でなくて、もっと昔の風景が残ってるとこを選ぶな」

と言い、山狩りの手配をすると同時に、鉄道やタクシー会社への聞き取りをした。

不審なワイシャツだけの警官が、猪苗代駅で降りたことが確認出来た。

写真と照合し、平井一等兵と確認出来た。

そこから磐梯山に向かって捜索をしたところ、

猪苗代湖の見下ろせる景色のいい場所に彼は座っていた。


現代の警察による説得には一切口を開かなかった。

山崎軍曹が怒鳴った。

「貴様は何をしておるか! 折角同じ皇国のよしみで協力して下さる、

 こちらの世界の方々に迷惑かけておるんが、分からんか!!」

平井一等兵はそれに対して色々言った。

それは後で調書を見せてくれるそうだ。

最後に平井一等兵はこういうような事を言ったそうだ。

「俺はここで死ぬ。死ぬならここしかねえ。

 俺はあんな島に戻りたくない。

 故郷で死ぬ。会津で死ぬ。

 随分立派な町になったけど、ここは俺の故郷だ」

そう言って拳銃を向けて来た。


山崎軍曹はやはり拳銃を向けた。

ニューナンブと9mm拳銃の撃ち合いは、自衛隊制式の方が勝った。

というより、ニューナンブを撃った平井一等兵は、当てる気が無かったようだった。

山崎軍曹は呟いた。

「武士の…、いや同郷もんの情けだ。

 俺が始末つけてやった。

 んだけどおめえも可哀そうな奴だよな。

 おめえは会津で死んだけど、ここでは眠れねえよ。

 おめえの死体はガ島に持ち帰れって命令されてんだ。

 じゃねえと、補給能力が低下しちまうらしいんだ。

 可哀そうだが、おめえはガダルカナルの土になるんだ…」

そうして軍曹は遺骸に手を合わせていたと言う。






「辛い結果ですね」

俺は浜さんに話した。

「でも、素直に従っても、戦場からの敵前逃亡じゃやっぱり銃殺刑じゃないんですか」

「大体はそうですね。翻意した場合例外もあったって話は聞きます。

 8月15日に色んな記録が焼かれて詳細不明なんですが…。

 今回は敵前逃亡にあたり銃殺相当ですが、置かれた状況が特殊過ぎますから分かりませんねえ」

本業自衛官の浜さんはそう答えた。

ガダルカナルでは「食糧を探しに行く」と言って、隊を離れたきり戻って来ないとか、

米軍との戦闘で戦力の差に愕然として、指揮に従わずに逃げるとか、

酷い場合は撤退中に弱った戦友の荷物を奪って逃走とかあったそうだ。

全体の兵力はともかく、指揮権下にある兵士は減っているから、

素直に帰営したなら戦力を維持する意味でも生かして使われる可能性はある、と。

しかし

「上官とて極限状態にありますから、計算は二の次で即時銃殺もあります。

 実際、戦局が苦しくなってきてからの方が、私刑的に銃殺されたりしてます」

そんな状況を改善するのが俺たちの補給の意義ではあるが。

「私が思うに、平井一等兵は死にたかったんだと思いますよ」

「現代日本で?」

「現代の日本で」

どうしてそう思ったかというと、調書の中の日本兵2人の会話からだそうだ。

俺も後で調書を読ませて貰えることになった。

関係者の強みだな。

もう一つ、気になった話を聞いてみた。

「平井一等兵って、実際の歴史だとどうなったんです?

 やっぱ戦死ですか?」

「それが…」

実は彼は1943年2月7日にガダルカナル島を撤退する運命だったそうだ。

だが、彼の連隊が1943年5月11日に再集結した時にはその名が無かった。

どこかで死亡はしているが、少なくとも現地時間で1942年11月ではない。

「歴史は確かに大きくは変わらない。でも影響の少ない範囲では変えられる。

 だが、命日を先延ばしするだけが歴史の改変ではない。

 命日が前倒しされる事もあり得るって事か…」

そう呟いてから俺はもう一個疑問を感じた。

「もし生きて戦後を迎える運命にある兵士を、現代で殺してしまったらどうなるんだ?」

(続く)

感想ありがとうございます。


会津の町中を舞台に出来なかったのは、実は行った事無いので地理感無かったからです。

なので、なんとなく普遍的に通じそうな場所にしました。

脱走兵の話は、祖父から聞いたのが元になってます。

脱走兵、逃げる時は必死で色々工夫をして県を超えて逃げるくらいアグレッシブだったそうです。

そして家族に付き添われて出頭してきたそうです。

祖父は内地待機で終わったそうなので、戦場からの脱走兵については「知らない」そうです。

「知らない」の他に「言えない」とも言ってましたが…。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 大叔父の話の又聞きだけど、インパールであまりに辛くて仲間と二人脱走したそうだ。 現地の人と仲良くなって村に匿ってもらい、物資の補給のために軍の倉庫に忍び込んだら見つかって、なんとそこは元いた…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ