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コンビニ・ガダルカナル  作者: ほうこうおんち
第1章:兵隊も我々も生きていて物を考える
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脱走兵の捜索が始まった

俺は映画とかではその名を知っていた。

「脱走兵」

だが、それが自分の身に降りかかって来るとは、つい1月前までは思ってもいなかった。




俺は一応この「ガダルカナル極秘支援計画」の一員だから、面倒でも起きて駆け付けた。

今日のシフトの浜さんは現場に向かったと言う。

弟は店番をすると言う。

俺は「門」まで行ってみた。

市岡曹長と浜さん、医官が話をしていた。


状況はこうだった。

先日市岡曹長と共に来た兵士、平井一等兵だが、

「うわぁぁぁぁぁぁぁ」

と叫びながら、買い出し当番を押しのけ、そのまま門を通って「現代」に逃げてしまった。

医官が異常な絶叫に気付いて外を見ると、何者かが山の奥に入って行ったのを見た。

この時点で現代に来られる残り人数は2人となった。

上官たる市岡曹長が「平井一等兵を連れ戻すこと」を命じられ、

残った1人ずつ交代で物資の補給を行うことになった。


しばらくして、以前会議室で顔を合わせた担当者が数人駆けつけた。

一人は警察だった為

「山狩りになりますな…。すぐに人員を手配します」

と事務的に言っていたが、次の医官の言葉で表情が急に引き締まった。

「聞いた話によりますと、脱走した兵士はヒロポンを常習的に服用してそうです。

 そして涙目になった後、突然叫び出し、買い出しの兵を突き飛ばして

 こちら側に駆け出して行ったとの事です」

「………」

「ヒロポン?」

「今で言う覚せい剤だ」

うわ、麻薬中毒者か…。




1942年当時、ヒロポンは麻薬とかヤバい薬という認識は無かったそうだ。

今で言う栄養ドリンクのような扱いだったそうだ。

疲労をポンと飛ばすから「ヒロポン」。

だから平井脱走兵は軍医からヒロポンを貰って飲んでいたが、別に誰も何も言わなかったそうだ。


麻薬中毒者が山に逃げ込んだ、危険度がグッと上がった。

だが一方で警察官たちは

「山狩りの理由をでっち上げずに済みました。

 『麻薬中毒者が施設から逃げた』と付近の住人に知らせます。

 彼が何か言ったとしても、麻薬中毒者の戯言(たわごと)として処理できます」

とか言っていた。


そして朝を迎え「門」が閉じた。

市岡曹長ともう一人、山崎軍曹がこちらの世界に残った。

これでこちら側に3人いる為、ガ島で新たな脱走希望兵が出ても、もう現代には来られない。

それにガ島側では、こちら側に来られない士官が「門」前に立って封鎖しているという。

とりあえず拡大する事は防いだ。

下士官2人も、こちら側が「どんな世界」かを詳しく知っている訳ではない。

一応「未来」の日本で、

「戦争で日本は滅亡せず、逆に豊かで物に溢れる世界になった」

とは知らされている。

…敗戦後に、というのは誰も言わない。

敗戦を知らない、ガダルカナルのこの後の運命も知らないから、

彼等は物資補給後に辛い戦場に戻れるのだ。

平井一等兵は、「必ず死ぬ」と知ってはいない。

では、何故平井一等兵は脱走したのだろう?


「精神が軟弱だからだな」

と突き放したように山崎軍曹が言う。

補給が届き始めても、相変わらず過酷な戦場に変わりはない。

だから平和な世界を見て、もう戦う気が失せたのだ、と彼は言った。

一方、警察の見方は

「麻薬による錯乱ではないだろうか?」

「錯乱し、獰猛になっている可能性もあるな」

であった。


夜明け前にはもう警察犬や人員が到着した。

脱走兵の遺留物の臭いを警察犬に嗅がせ、追跡が始まった。

実際に追跡が始まると、一般人の俺にすることは何もない。

家に帰って二度寝する事にした。




起きたら、事態は悪化していた。

平井一等兵はつい一昨日、現代でシャワーを浴びていた。

その際、石鹸で衣服、特に下着を洗いもした。

長く戦場に居た兵士としては清潔であった。

その兵が、山から川に下り、服を捨てて体を洗い、川沿いに逃走した。

ガダルカナルの熱帯雨林(ジャングル)に比べたら、一応東京内の山林など庭を歩くようなものかもしれない。

警察犬の捜索がここで行き詰った。

そして、非常線の外で巡回していたいわゆる「駐在さん」こと派出所の警察官が襲われた。

命に別状は無いが、不意に首を絞められて気を失い、目覚めたら全裸で放置されていた。

平井一等兵は警官の姿で現代社会に隠れてしまった。

銃を持って…。


警察官たちが深刻そうな顔になっている、とはバイトに来ている和田君の報告だった。

彼は用心の為、コンビニも自宅も警戒を厳にして欲しいと伝えて来た。

警察は「麻薬中毒者の行動だから危険」とし、万が一の場合は射殺も検討していると言う。

軍ではなく警察が射殺する、その処置で良いか?

…戦前に軍人の非行を巡って警官と軍が対立し、結局軍が勝って警察は軍人を逮捕出来ず、

憲兵のみが軍人を取り締まれる事になった「ゴーストップ事件」というのがあった。

その為、ガ島の軍側が「警察が何するものか!」と怒り出すことを、現代側が警戒しているそうだ。

山崎軍曹は「門」が開く時間になったら司令部に戻り、返事を持って来ると言う。

また、平井一等兵の行動を予想しようと、彼の情報を集めているそうだ。


事が物騒になった為、俺たち一般人は関われなくなった。

コンビニもバイトという形で派遣されている自衛官だけで営業する、

今日のシフトの和田君の他、野村さんも応援に来るということだった。

する事も無いので自宅待機。

弟は他のバイトもしているが、今日は休み。

母親に「珍しいねえ~」と言われる家族4人揃っての遅い食事になった。


親父が「だから面倒な事に関わるなっつったろ」と

ちょっと前の「要望には出来るだけ応えてやれよ」を覆しやがった。

この親父は言う事に一貫して一貫性が無い。

母親は事情を知っている。

知っていて同情していた。

「かわいそうに。戦場しか知らなかったら耐えられたんでしょうけど、

 迂闊にこっちの世界を見てしまったんだから、逃げたくもなったんでしょう。

 兵隊さんだって人の子なんだし、ここは日本なんだし、

 生まれた家に帰りたくなったんだろうねえ」

「あ………」

物凄く初歩的な動機を忘れていた。

麻薬、覚せい剤って言葉に引きずられてしまった。

行動原理は「生まれ故郷に帰りたい」じゃないのか?


俺は食事を切り上げて、店に電話を入れた。

電話に出た野村さんに、望郷の念の話をした上で

「それを伝えてくれないか?」

と頼んでみた。


しばらく経って返事が来た。

「上官を通じて捜査本部に連絡しました。

 昼くらいから既にその線で捜査が始まっていたそうです。

 あとは脱走兵が『理性的か、そうでないか』が問題だそうです。

 麻薬患者だった事は確かですが、あの時代ヒロポンの害は知られてなく

 『ヒロポン使ったからって、頭すっきりするだけだろ』という返事だそうです。

 幻覚症状等が重い麻薬中毒者の場合は、おそらく近場ですぐに確保できる。

 しかし警察は、麻薬は逃げ出す衝動を引き起こしただけで、

 その後は巡回中の警察官を襲って服と武器を奪う等、冷静だろうと見ています」

…素人の考え、休むに似たり、か。

流石にプロだな、もうそこまで考えて捜査を進めていたのか。

「以上ですが、他に何か?」

「ありがとうね。

 後は警察に任せた方がいいかもね。

 あ、一個質問。

 分かったらでいいんだけど、逃げた兵隊さん、出身どこ?」

「平井一等兵は会津若松の出身だそうです」


ガダルカナル島の投入された兵力の1つ、第2師団。

宮城県、福島県、新潟県の兵士で編制されていた。

その中の会津若松に本営をおいた第29連隊。

先の戦闘で極めて大きな損害を出したそうだ。

ただ、この部隊は10月に投入された兵力だった為、飢えや病気はさほどではない。

一番先に現代に来て、病院で「変死」した西田軍曹のいた部隊は川口支隊というのに属し、

市岡曹長らより1ヶ月程早くガダルカナルに投入された為、飢餓の状態が深刻だったそうだ。

…そして、ガダルカナルの司令部では、飢えて衰弱した部隊よりも、

まだ元気がある部隊に俺たちが渡している補給を回し、戦力回復させているそうだ。

今晩も、出入り出来る人数が2人減っているし、警戒下にあるとはいえ、

水・食糧・医薬品・衣服・工具等が細々と補給されているのだ。




事件から3日が過ぎた。

俺ら家族は昼間の方のシフトに回り、深夜は自衛隊が代わって経営していた。

非常線を張っているが、やはり夜間に長距離トラックの運転手がよく来る。

駐車場使う、休ませて、仮眠所貸して、等。

その対応について、最初の方は慣れていない自衛官バイトから質問の電話が来るので、

自宅にいても仕事してる感があった。

4日後の昼間、弟がシフトで仕事中に、店と家の俺に同時に連絡があった。

「解決した」、と。

今、遺体を持って引き返して来ている、と。

何がどうなったのか、これから語るのは浜さんから聞いた話になる。

(続く)

感想ありがとうございます。

先に謝っておきます。

自分、ヒロポンは使った経験無いので(笑)、想像で書いてます。

実は「こうなる」って経験談を感想で書いてくれたらありがたいです。

通報はしませんので。


この章は軽く鬱展開でいきますが、宜しくお願い致します。

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― 新着の感想 ―
第二次大戦では日本どころか各国のパイロットにヒロポンを投与されてたようですね特に長距離飛行する爆撃機や哨戒機のパイロットには必需品やった。実際日本海軍の零戦パイロットがガダルカナルの戦いに赴いたパイロ…
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