事件が起きた
俺の勤務するコンビニは山道に面している。
駐車場は比較的広く、長距離トラックが2台は停車出来る。
道の向かい側にはガードレールがあり、その先は藪になっている。
藪を数十メートル抜けると、少し開けた場所があり、崖が見える。
その崖の一端に穴が開いている。
ここが1942年のソロモン諸島ガダルカナル島に繋がっているとか、今も信じられない
俺は日常の隣にある非常識と接しながら、今日も仕事をしている。
防衛省として極秘に日本陸軍の支援を決めた時、うちのコンビニには3人自衛官が配属された。
名目上はバイトであり、給料は支払う事になる。
その分は機密費から補填されるので、うちが損する事はないが。
バイトとして
浜さん
和田君
野村さん
という3人が深夜時間帯に交代でやって来る。
浜さんは、中年に片足突っ込んでる俺よりも上の、立派な中年だ。
だが身体は引き締まり、おっさん臭さは無い。
苦労人というのは、何となく雰囲気で分かる。
和田君は若い。
配属後、そう何年も経っていないのではないだろうか。
野村さんはWAC、女性自衛官である。
和田君よりは年上だが、年齢は聞かない事にしている。
3人とも補給とか経理の部署に居たそうで
「書類業務ばっかりで、力仕事は苦手です」
とか言ってるが、
…近場のサバゲー会場に来る連中の大部分よりも圧倒的に強そうだ…。
(和田君によると「実は退官された同業の人も参加してたりしますよ」とのこと)
彼等は通常のコンビニの業務も(深夜に一般客が来る事も稀にはある)こなしながら、
本来業務であるガダルカナル島の日本軍への補給を行う。
日が開いたが、11月になって入れ替わり、何度も日本兵が来るようになった。
「自分は連絡役を拝命した、市岡曹長です。以後よろしくお願いします!」
と今日も2人の部下を連れて、下士官が現れた。
今日シフトの和田君が敬礼を交わし、情報交換をした。
この市岡曹長は3度目の来店である。
最初のおどおどびくびくはどこかへ行ったようだ。
ガダルカナル島の日本軍でも、日本と通じる謎の通路の存在が知られ、認識された。
不便な事に士官以上は使用出来ず、武器弾薬も通らない制限も。
そこで、この不便な補給線を如何に有効活用するか、がガ島の上級司令部で課題になった。
水だけあれば十分ではない。
医薬品も食糧も工具も、とにかく物資は不足しているのだ。
さしあたり攻撃失敗の今、欲しいのは医療用物資だった。
この補給路の近くにいる何個かの部隊から、3交代で2000円分の物資を運び出す。
1日で補給出来るのは3部隊な為、その日補給を受けない部隊が不満にならないよう、
入替式でミスが出ないよう上手く調整する。
そのようにガ島の方では決めた。
1部隊あたりの持ち時間は約40分。
運び出せる物資には限界があるが、その代わり現代で治療する分には何人でも問題が無い。
補給用の1人の他は、傷病者が来て、簡単な治療を受けたり薬を飲んだりして帰る。
抗生剤や抗マラリア剤の服用、化膿止めやいくつかのワクチン注射。
それを交代で繰り返す為、40分の間に数十人が手当を受ける。
大分新規の病人は減っているそうだが
「抗マラリア剤を飲む時に飲酒禁止を言われ、悩む兵士も若干いる」
とか。
どっちが大事か問われ、結局薬になるそうだが。
「でも、それだけが仕事じゃないんすよ」
と和田君は言った。
この「門」はガダルカナル島と通じている為、人だけでなく様々な害虫や病原体が転移して来る。
自衛隊は初動調査で、日本のちょっとした山間部10月の寒さで動かなくなっていたハエを見つけた。
その為、門は常に防疫消毒、さらに害虫駆除を毎日行っていた。
この仕事も彼等自衛官の仕事だった。
「てことは、最初に現れた数人は、ヤバかったって事?」
「そうです。南方の病気を持ち込まれなかったのは、偶然というか幸運でした」
「自分たちも、あの道を通る時は消毒が義務付けられています」
そう市岡曹長が語った。
「門」の現代側出口は、しめ縄を貼られ「関係者以外立ち入り禁止」と偽装した。
偽装した「門」の横に簡易祠を置き、そこに消毒液を置いていた。
ガ島から来た兵士は、「皇国を汚染しないよう」命令という形で
・祠にある消毒液で手や肌を消毒する
・「門」の出口のマットで泥を完全に落とす
・祠の下の「一見神社の手洗い」で、口を濯ぐ
こうしてからコンビニ(ガ島の日本兵には「便利商店」と翻訳)に来て貰うことになった。
神社っぽく偽装した「門」の近くには、簡易「社務所」も設置した。
ここには医官が毎晩詰めている。
社務所とは外見だけで、内部は簡易診療所である。
買い出しの兵でなく、要治療の兵士はここに運ばれる。
もしも手術が必要ならば、ここから連絡が飛び、病院に搬送される。
ただ、そうすると「現代」に来られる人数が減ってしまう為、ガ島の司令部の方で
そんな重症者は送って来ない。
1人を治療して、持ち帰られる物資が3分の2になると、より多くが迷惑するという戦場の判断だ。
医官にしたら、連れて来たら治療出来るのに…と残念な気分だそうだ。
市岡曹長は必要な物資について和田君と話している。
その間に2人の兵士は、コンビニ併設の元ドライブインで入浴している。
戦場の兵士だけに入浴時間は短く、シャンプー等は使わず石鹸で頭を洗う。
1942年にフレグランスな髪の毛でいたら、風上にいたら目立ってしまうだろう。
彼らは数ヶ月散髪していない為、髪や髭は伸び放題だ。
安全カミソリやハサミを買っていくのは自分たちで散髪しているからだろう。
ただ入浴が必要なのは、兵士のリフレッシュの他に、衛生面でも重要だ。
傷だらけ、皮膚には泥、蚤やダニ等が貼り付いていると、病気の源になる。
散髪や髭そりをするのも、毛に虱がつくからだ。
熱湯で洗い流すだけでも多少生存率が上がるだろう。
日本兵と自衛官は、持ち帰る物資の裏技を見つけていた。
持ち込んだ「水筒」に「水道水」を入れて帰る分には、金額制限は適用されないようだった。
タンクのようなものだと、もしかしたら水道メーターから金額計算されるかもしれないが、
現地にそこまでのものは無いようだし、こちらからだと「タンク」が金額制限対象になる。
そこで来られる兵士3人掛かりで出来るだけ大量の水筒をぶら下げて来て、
俺も手伝って手分けして水道水を入れている。
兵士がシャワーから出て来た。
褌姿の小柄な男たちに、俺は弁当を出す。
「ありがたく頂戴します!」
と言い、拝んだ後に食事を貪り食っていた。
彼等が「現代」で食べて帰れば、その分持ち帰った食糧を他に与えられるのだ。
これも裏技であった。
偽装基地で治療を受けている兵士もお粥を食べて、裏技の恩恵に預かっている。
しかし、なんだなあ、なんで味噌汁を飲んだり梅干し食べると一様に泣き出すんだろう…。
食糧といえば、炊飯したものでなく、米袋のまま渡せば安くなるという事情もあったが、
現場から拒否されたという。
炊事の煙は敵から発見される元、
雨の日の炊事は困難、
兵によっては飯盒も失われ炊事が出来ない事、
炊事には時間がかかる為、すぐに食べられる物が求められる
等より「急いで食べられるもの」が要望された。
俺が無知なだけだったんだが、日本兵はパンも食べる。
洋風のは排除してると思ってたが、
「いや、乾パンとか糧食にありますので」
「戦前の日本は洋食って既にありましたから」
「空腹ですし、何だって食いますよ。…あそこはそういう戦場です」
とバイト自衛官にツッコミ入れられた。
すぐに食えるということで、サンドウィッチの需要も多い。
ガ島兵士の買い物は、裏技も覚えたせいか、次第に生活必需品から逸脱していっている。
今回の買い物の中にあったのは「軍手」「ガムテープ」「ライター」だった。
合計で2000円に抑えなければならず、そこが過去の兵士と現代の自衛官とで話し合う部分だった。
あと最近はガ島の連中「栄養ドリンク」と「スポーツ飲料」の味を覚えやがった。
「栄養ドリンク」は高いので、1本買えば他を圧迫するのだが、
一度医官の薦めで「病気で特に衰弱の酷い人の治療」用に持ち帰らせ、
最早噛む力も残っていない病人を少々延命させたようだが、それ以上に工兵が気に入ってしまった。
糖分過多の飲み物だが、野営陣地を造ったりする工兵はこれを欲した。
さらにパッケージの「眠気に勝つ!」等のキャッチコピーを見た士官たちが試しに飲み、
そしてハマってしまった…。
スポーツ飲料は、要治療で脱水症状が見られた兵に与えたら、そこから流行った。
買い出し時に担当兵は上官から「士官である俺は行けないのだから、どうか頼む!!」
と拝み倒されるらしい。
栄養ドリンクやスポーツ飲料には、裏技は通じなかった。
「門」の地面に、穴も開いていないのに水筒の中身がぶちまけられていたのだった…。
治療時に使う物のうちいくつかは「持ち込む」金額に換算される為、
治療は傷を消毒したり、注射をしたり、縫ったり、投薬だったりした。
ガーゼや新しい包帯の巻き直しは大丈夫だったが、ギプスとかコルセットは「持ち帰れない」。
どこに境があるのか、まだ分からない。
殺虫剤でマラリアを媒介する蚊を寄せ付けず、マラリアの予防をするだけでも効果はあるが、
全体の人数から見たら焼け石に水であった。
安い蚊帳に防虫剤を塗って持ち帰って貰っているが、やはり全体には行き渡っていない。
それに敵やマラリア蚊だけではなく、アリもそうで、噛まれたり蚊帳を噛み切られたりするそうだ。
つくづくガダルカナルとは酷い戦場だと思った。
市岡曹長らが帰った後、別の部隊からも買い出しが来て、
制限時間いっぱい各部隊が補給をしていった。
朝5時を過ぎ、もう「来客」が無いことを確信した俺は、
後始末を和田君に頼んで「社務所」に向かった。
「お疲れ様です」
「おう、ありがとう」
年配の医官が床にモップ掛けをしながら応えた。
仕事の後の消毒も仕事の一環なのだ。
「差し入れです」
「サンキュ」
「今日はどうでした?」
「来られる奴はいいんだよねえ」
「やっぱ、来られない患者の方が気になりますか」
「一回行ってみたいよね。手が届かないのが歯がゆい」
面倒事が嫌いな俺と違い、医官は仕事増やしてでも助けたいようだった。
医官と別れ、コンビニに帰る。
和田君はこの後朝8時まで勤務する。
俺はコンビニから徒歩5分の自宅に帰って寝た。
今日明日は弟がシフトで、俺のシフトは明後日になる。
起きたらどっか遊びに行こう。
寝て起きて、久々に峠を降りて電車に乗り、近くの町で遊んだ。
自分の買い物をして、
「今日は何も気にせず寝るか」
と独り言して眠った。
3時半、電話が鳴る。
クソ迷惑だ。
誰だ、こんな時間に。
見ると弟からだった。
「なに?」
俺の声は不機嫌だったと思う。
だが弟の報告で一気に目が覚めた。
「大変だ!脱走兵が出た!」
(続く)
感想ありがとうございます。
無事序章部分が終わり、ここから起こる事件を描けます。
まずは脱走兵のエピソード。
脱走兵は今後も出ますが、まず最初のを書いてみます。
あとコメントで「敵性言語」の指摘がありました。
修正は考えてますが、誤字脱字と違ってブロック単位で直すことになるので、
落ち着いた時に時間取ってしようと思ってます。