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コンビニ・ガダルカナル  作者: ほうこうおんち
第5章:絡み合う思惑
34/81

お薬出しておきます

検査結果が出た。

と言っても俺のじゃない。

俺のは「ちょっとは良い睡眠環境を与えてあげよう」で解決したみたいだから。

なので検査結果は、店の前の「門」から通じるガダルカナル島の百武中将のものだった。






-------------------------


衛生兵が読み上げる検査結果を、百武中将は半分聞き流していた。

血液中の老廃物?儂を老人扱いする気か?

免疫物質の増加?良いことではないのか?

一々そんな事を報告しても、それでどうしろと言うのか?


軍医は流石に少し不安な表情になっていた。

気になったことが「血管の弾力低下」「血糖値の高さ」であった。

これと高血圧が組み合わされた時…。


「里見曹長、彼の人たちの所見は何だった?」

軍医が衛生兵に問う。

専門知識から言って本来あり得ない光景だ。

「彼の人たちは、軍医殿の判断に任せるのが筋であると言っていました。

 それでもあえて診断するならば、年齢から言っても卒中の気があるとの事でした」

「何だと?」

百武が声を荒げる。

里見衛生兵は少し後ずさりしながらも

「今日、明日の話ではありません。退役後になるかもしれませんが、

 今頭痛が出ている事と、血圧の高さ、血管の弾力性の低さから、

 将来脳の血管が破ける可能性がある、と申していました」

「馬鹿馬鹿しい。血圧が高いくらいで血管が破れる等、聞いたこと無いわ」

「いや、中将閣下、血圧だけでなく血管の弾力性の無さも原因に加わりましょう。

 それと、ガ島に来て以来、飲める水が多くは無いので節制していますな。

 血液中の水分が少なくなると、それだけでも血圧は上がりましょう。

 すると、信じられない値になるやもしれません」

軍医が診断した。

「それで、彼の人たちはどうしろと言っておった?」

「軍司令官は多忙ゆえ、ゆっくり治療している時間もありますまい。

 ゆえに薬を処方するから、欠かさず飲むことと、

 水ももっと飲むことを勧めております」

「暑いから水を飲むと、かえってバテるではないか!

 彼の連中はそんな事も知らぬのか?」

「それは間違った解釈だそうです」

「何だと!?」

「中将閣下、落ち着きましょう。里見君、続け給え」

「…は、はい。発汗し体内の水分を放出していくと、

 やがて血液中の水分も使用されていきます。

 すると血液の粘性が上がり、血流が滞ります。

 そして血液の集まる心臓や脳で出血する症例が報告されている、

 彼の人たちはそう言っていました。

 だから、水は補給するから制限せずに飲むように、と」

「それから…」

別の衛生兵が話を続ける。

「司令官閣下が仰ったように、確かに暑い中、ただ水だけ飲むとバテる、

 というか倒れる事もあります。

 それは汗をかくと、水分だけでなく、体から様々な栄養素が出ていくからです。

 その補充も必要との事でした。

 そういう物が欠けると心臓に負担がかかったりするそうです」

正確には栄養素ではなく電解質なのだが、百武も自分の知識・常識を

全面否定され無かった事で多少気を良くした。

「では、どのような水を補給すれば良いのか?」

「軍医殿と相談いたしますが、塩分が少々必要です。他に栄養素も欲しいとこです」

「分かった、分かった。軍医、儂の食後にはその水と、薬を出すようにな」

そうして、こうなった。






-------------------------


コンビニにて

「はい、スポーツ飲料粉末、お買い上げありがとうございます!」

そりゃ重いもの持っていくより、粉末買っていって現地で溶かした方が便利だからねえ。


…代わりに、多分今まで司令官に渡されていたであろう

「梅干し」「佃煮」「塩昆布」がここ最近買い出しから外れるようになった。

現代のは減塩だから、戦前のとは違うんだけどね…。


-------------------------






「いやはや、随分と薬が多くなりましたなあ」

百武の高血圧の原因と見られる男が現れた。

「全くだ。彼の世界、どれだけ先かは分からんが、未来とやらは薬が多く、仰々しいことだ」

血糖値を下げる薬、降圧剤等数種の薬を用意された百武は不満そうに言った。

「ところで今日は何だ?」

「何だ?とは、これは手厳しい。

 元々小官はガ島からの撤退について協議する為に来島したのですぞ」

「先日、『何故兵が回復しているのに攻撃に出ない?』と言ったのは貴官では無かったか?」

「そうです。撤退するにも手順が要ります。

 もしも第17軍が一度攻勢に出て、米軍に何らかの打撃を与えていたならば、

 即座に撤退について話していたでしょう。

 まあ、過去の事はよろしい。

 吾輩も軍中を視察し、機を待つと言った司令官の言っていることを理解しました」

(なんだ、この男、不気味だな)

百武はそう感じた。

「吾輩、未来世界とやらに武器の補給を依頼しましたので、攻勢はそれからになりましょう」

「また貴官は、勝手な事を!」

「勝手ではありません。だから報告をしに来たのです」

「事後承諾か? 相変わらず貴官は…」

「事後ではありません。撤退と攻勢、これらは今後の事でありましょう」

「待て。食後すぐにこんな場所でする話ではない。司令部に行こう。そこで聞く」



辻は行動計画を示した。

大本営は既にガ島に執着する気が無く、船舶を他に使う為にも撤退を望んでいる。

従って撤退準備をしておく必要があるが、それに先立って陽動の攻勢を行う。

陽動の攻勢はルンガ飛行場(ヘンダーソン飛行場)のような軍事的急所でなく、

これまで日本軍が狙っていなかった物資集積所等に一撃を与える。

米軍に心理的奇襲効果を与え、追撃を阻んだ上で撤退する。

…という作戦計画書を見せた筈だが。

「中佐、これはおかしいぞ。これでは撤退前提ではなく、

 ガ島全体を取りにいく作戦計画ではないか?」

辻は表情の変えず、答えた。

「それくらいの勢いで無いと米軍に効き目はありませんよ」

「貴官、まさか残存兵力1万5千を全て投入した浸透戦術をしようとでも言うのか?」

「それは武器が間に合ったらですな。

 残念ながら、武器弾薬医薬品食糧、全兵力を動かすには足りません」

百武は痛み出した頭を治める為か、首筋を揉んでいた。

「肩凝りが酷いようでしたら、吾輩が揉みますぞ」

「余計なお世話じゃ! 可能な限り、復活した兵を使っての攻勢というのは分かった。

 実際どれくらいになりそうか?」

「………二千が良いとこですな」

「妥当な数字だな」

百武は落ち着きを取り戻し、作戦計画書を最後まで読んだ。

「士気を維持する為に、傷病兵を多く引き連れ、早い内にガ島を離れる。

 撤退を規定の事実として示せば、撤退まで頑張れば良いと兵士は思う。

 理解は出来た…」

「司令官にはその兵士たちと共にラバウルまで撤退していただきたい」

「なんと! 軍司令官に勝手に任地を離れろと言うのか?」

「まず、彼の世界の技術で出来た通信機は、極めて感度良好。

 指揮はガ島でなく、ラバウルからでも執る事が出来ます。

 それと、軍司令官から第8方面軍と海軍に話を通し、

 当地と連絡を密にして転進を成功させましょうぞ」

「それは話が違う。指揮官は最前線で軍を率いるもの。

 各組織間の調整こそ本来の貴官の役割ではないのか?」

「無論そうであります。しかし…」

辻は涙ぐんでみせた。

「病気の司令官に対し、まだ残って戦えとは無情に過ぎます。

大本営への上奏は不遜この辻が行います。

 より快適な地で病気を治しながら指揮をし、快癒の後にこそ

 前線で再び皇国の為にお働きいただきたい」

芝居がかった大仰な態度だったが、これには他の参謀も賛成した。

「確かに、大変な時期に再び倒れでもされたら大変です」

「ラバウルならば、万が一の時は今村閣下に指揮を委ねられます」

「左様」

辻はまた語り出す。

「ここには数人の師団長がおりますし、司令部も総員ではなく半数は残り、

 現場指揮官間の調整を行います。

 前進の為であれば軍司令官が前線近くで指揮をするものでしょうが、

 撤退が前提であれば、後方から全体を見て指揮するのも重要でありましょう」

百武はグワングワンと再び痛み出した頭で考えた。

この男は、何かを企んでいる。

それに自分は邪魔なようだ。

だが攻める事に生き甲斐を感じるこの男が、こうまで撤退撤退と口にするのも珍しい。

…つまりは撤退に際し雑務を司令部に押し付け、前線では自分が功を上げようという肚だな。


(要は戦史に残る見事な撤退戦をやってやろう、そういう事か)


そう飲み込んだが、言い分にも一理はあるように思えた。

撤退作戦として一度動き出せば、そこから止まる事もない。

本来、殿(しんがり)を担うべきであるが、本当に大本営の意思がガ島放棄ならば

先に引き上げて全軍撤退の準備をするのもやぶさかではない。

だが、やはり司令官が先に安全地帯に撤退し、残した兵の帰るを待つというのも

残される兵たちからしたら納得がいかないだろう。

戦況がある程度掴め、前線と言える程度の後方ならば………。

百武は地図を持って来させ、しばらく考えた。


そして百武は言った。

「ラバウルでは後方に過ぎる。

 あくまでも大本営からの命令あり次第だが、

 第17軍はブーゲンビル島エレベンタに司令部を移す。

 そこで攻守両面に対応出来る態勢を整える。

 進軍命令が出れば、そこにて兵を集め、再度ガ島に上陸する。

 撤退命令があれば、エレベンタを兵の一時収容拠点として、

 最終的にはラバウルや本国までの撤退作戦を指揮する。

 辻中佐は、まずは大本営にこの件の許可を得られるよう連絡し給え」

辻は黙って頭を下げた。

(ラバウルではなくブーゲンビル島か、まあ良かろう)

そのニヤリとした口元は、誰にも見られていない…。

(続く)

感想ありがとうございます。

もう分かると思いますが、辻は屁理屈連発させてますので。

まあ、あのおっさんならアリだろうな、と。


辻が語ってる

「後方から全体を見て指揮するのも重要でありましょう」

てのはルンガ沖海戦での田中頼三少将の指揮が元ネタで、

海軍ですら「指揮が消極的に過ぎる」と批判されたものです。

上位指揮官は理解してたみたいですが、それでも指揮官解任のきっかけになりました。

そんな指揮をしろと辻が言もっともらしく言うってので、一個のネタにしました。

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